18.更なる襲来
「皆様、終わりました。お疲れ様でした」
これ以上、ウォンとの会話は疲れる。無理やり切り上げる。
私の宣言を聞いた後、周囲より喜びの歓声が上がり、崖の裂け目や坑道に隠れていた軍事や冒険者が広場に這い出てくる。
「エータ!エータ!エータ!」
「魔姫!魔姫!魔姫!」
完全に私がルネス君の活躍の場を奪ってしまった。これは、大臣や王の思惑からすれば、大失敗だ。しかし、この王国は、ブルードラゴンの脅威は取り除かれた為、大局で見れば作戦は大成功だ。止めを刺す人間が違っただけだ。
ちなみに主役のルネス君は、初めてのドラゴンとの対面で恐慌状態が解けていない。まだ、顔面蒼白の状態だ。他のルネス隊の三人も同じ様だ。
それに引き換え、軍人や冒険者共は平然としている。やはり、場数を踏んでいるだけの事はある。
「ウォン殿、では失礼致します」
ウォンへ背を向け、ルネス君の方へ歩みを進める。これ以上、窮屈なエータを続けていたくは無い。
「ところがな、エータ。実は、終わっていないんだな」
ウォンのその一言で足を止め、ウォンへ振り向く。奴はニヤニヤしている。何をたくらんでいる。
「今回は、ドラゴン退治で依頼終了のはずです。他に何かあるのでしょうか」
そう、これで終わった筈だ。何か、予測外の事態が発生したか。
「採石場跡に着く直前、地平線近くに二匹の飛行体が見えた。多分、こいつの親じゃないか」
聞き捨てならぬことをしれっとぬかす。
つまり、子供を追いかけて両親がこの場に迫っているということか。
不味い。すぐにミドル級以上のブルードラゴン二匹と戦闘になる。ルネス隊や軍と冒険者では対応できない。私とウォンとカタラの三人で対応した方が早い。いや、全員隠れてやり過ごすべきか。駄目だ。子供を殺されたドラゴンが報復に出るに決まっている。となると、必然的に人が多い王都へ八つ当たりに行くだろう。
勇者がここに居て、それを見過ごすなど、許される訳が無い。ええい、やはり知名度なんぞ足枷だ。早く、ミューレに戻りたい。
ここは、ルネス君にとって、無謀な戦いをするしかないのか。
ならば、いっその事、こいつら冒険者を盾にするか。この有象無象の中に隠れて、攻撃魔法を加えた方が勝率を上げられる。さらに贅沢を言えば、完全武装でミューレに戻れば、勝率は跳ね上がる。だが、カタラが人々を盾にすることは許さないだろう。無視して決行すれば、私が怪我をしても治療してくれないだろう。さて、困った。
「困りましたね。遠くに見えた飛行体の詳細は分かりますか」
「いや、流石に遠くて良く見えなかったな。だが、ドラゴンだろう」
「ドラゴンのサイズは、判りますか」
「わからん。ミドル級以上なのは確かだな。ラージ級かもしれん。」
では、腹を括り迎撃準備といこう。人間の盾作戦は、却下しよう。カタラとの関係は円満でいたい。
「ウォン殿。今度は、お手を貸して頂けますか。お仲間が居られるようでしたらば、共同戦線をお願いしたいと考えます」
「一人崖の上に待機しているな。呼べば来るし、協力してくれると思うぞ。で、そっちの戦力は?」
「私一人です。仲間の四人は、盾にもならないでしょう」
「じゃあ、いつも通り三人でやるか。久しぶりに手応えのある戦いになるな」
やっぱり、ばれている。いつも通りとか普通に言っている。もう、隠すというか遊ぶ気もないのか。ドラゴン戦が楽しみで仕方ないのだろう。この戦闘狂め。
「いつも通りというのは、よく分かりませんが、お仲間様のご職業は何でしょうか」
「僧侶だ。カタラというんだが、知らないか。凄腕だぞ」
ウォンがこちらを見ながら、私の反応を楽しんでやがる。こうなったら、とことん白を切ってやる。
「いえ、存じ上げません。では、申し訳ありませんが、お二人で前衛、私が後衛でよろしいでしょうか」
「剣を持って、前衛に立たなくても良いのか。そっちの方が性分にあうんじゃないのか」
「御冗談を。魔法使いの私が前衛に立てば、足を引っ張るだけです」
「そうかい。なら、そういう事にしておこうか」
ウォンの奴め、いちいち含みを持たせやがって。
「だが、敵は二匹だぞ。前衛後衛の区分けは意味が無いのじゃないか」
「いえ、とりあえず一匹を釘づけにして頂けるだけでも、戦いの趨勢が読み易くなります。二匹共、自由に動ける状態では行動が読めません」
「まぁ、一理あるか。分かった。お~い、カタラ~」
ウォンが崖上の一気に向けて手を振る。私には判別がつかないが、多分あれがカタラなのだろう。ウォンの行動に反応し、崖を駆け下り、こちらに向かってくる。
さて、私も迎撃準備だな。ルネス君の所に行くと正気に返ったルネス隊の面々に歓迎される。
「エータ殿、流石です」
「魔法三発で撃破とは胸が熱くなるな」
「まさか、有言実行されるとは思いませんでした。大変失礼を致しました。お詫び申し上げます」
「やっぱり、エータはカッコイイね。最高だよ」
軍の方からも似た様な賛辞を貰うが、歩けて凄いねと言われている様で、逆に不愉快になってくる。さっさと、こいつらを地獄に落とすか。
「まもなく、ミドル級以上のブルードラゴンのつがいが来る。全員逃げろ。邪魔です」
極力、抑揚をつけず、冷淡に告げる。
歓喜の声で溢れていた岩場が急激に静まり返る。全員が凍り付く。
いち早く正気に戻ったのは、軍の中隊長だった。
「ルネス様、勝ち目はございますか」
その声に弾かれ、ルネスも正気に戻る。
「いえ、残念ながら無理でしょう」
「ルネス様が無理ならば、勝てる者はここにおりません。撤退しましょう。全員、早急に撤収。装備は捨てて良い。ドラゴンに見つからぬ様に穴倉に潜れ。物音は立てるな。くれぐれも姿を見せるな。隠れてやり過ごすぞ!急げ!」
中隊長の命令で一斉に軍人も冒険者も静かに各所に散らばる廃坑に潜っていく。
この稼業は、命あってこそ。ここで無駄死にするのは、馬鹿がする事だ。最初から勝てない勝負をする者は居ない。
もう広場には、ルネス隊と私とウォンとカタラしか居ない。他の者は、息を潜め隠れてしまった。静寂が採石場跡を占領する。
「エータ殿は、どうされますか」
「いや、ルネス。エータでもドラゴン二匹は無理だろ」
「論理的に考えても、逃げの一手でしょう」
「エータ、早く隠れてやり過ごそうよ」
ルネス隊は、撤退を勧めてくる。当然だろう。ドラゴンは、この世界で最強とされる生物だ。それのミドル級以上が二匹も来襲するのだ。普通の人間が勝てると思っていないだろう。
「私は、逃げても問題ないが、子供を殺されたドラゴンは怒りで近くの街を襲うぞ。いいのか。ルネス隊の名声が地に堕ちるぞ」
つまり、お前達は逃げても恨みで庶民に殺される。ここに留まってもドラゴンに殺される。ルネス隊へ事実上の死刑宣告をする。
四人の顔が青ざめるどころか、白蝋の様に血の気が無くなる。さらに身体が痙攣の様に震えてきている。恐怖の限界に近付いているのだろう。気絶しないのは、心の中で褒めておこう。
誰も発言しない。早く、この四人に腹を括ってもらわないとドラゴンが来てしまう。こいつ等には選択肢は無い。戦うしかないのだ。
「い、いいか。みんな。一介の冒険者に過ぎない私達を、王様に気に入って頂き、厚遇して頂いた。お陰で名誉も富も庶民の出である私達が上級貴族並みの生活をしてきた。ここで逃げては王様より指名手配を受け、処刑されるだろう。もしくは、逃亡中、民衆に捕まり、袋叩きに遭い死ぬかもしれない。今から数日間、命を延ばすことに意味があるだろうか。皆、思うところがあるだろうが、ドラゴンを迎え撃とう。そして、少しでも生き残る可能性に賭けたい。皆、どうだろうか」
ようやく、ルネス君が弱々しく語る。
「うむ、ルネスの言う通りである。我らに退路は無い。蝋燭の様に最後に激しく燃え上がるのみだ!」
戦士のベースがいち早く戦う事に賛同した。
「合理的に考えても、ルネスの言う通りになるでしょう。じわじわ処刑されるよりも正々堂々と戦い散りましょう。もしかすると、死しても王が蘇生をしてくれるかもしれません」
僧侶のプーチが希望的観測を述べる。ルネス隊が全滅してもせいぜい国葬をされて終わりだろう。また、新しい勇者が造り出されるだけだろうね。
「エータなら、勝てるよね。一人でドラゴンを今倒したよね。お願いだから、勝てると言ってよ」
盗賊のトーカーが涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を私に向けてくる。
「庶民では味わえぬ良い思いをしてきたのだ。潔く死ね」
冷たく言い放つ。その言葉に四人が腰砕け、地面に沈み込む。
ルネス隊に勝ち目など無い。せいぜい最初の数分を戦い、散ればよい。それで、穴倉から見ている連中は、勇者達は奮戦したと納得する。
ミドル級のドラゴンを二匹同時に相手をして勝つ人間は、一般常識では居ないのだ。何の問題も無い。後は、私が上手く取り繕ってやる。




