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17.強敵登場

翌日、昼食前に誰も来ない岩陰でインテリジェンスソードを構え、剣術の練習をしていた。本職は、魔法剣士だ。剣術の鍛錬を毎日欠かしたことは無い。ただ、この一団の連中にばれぬ様に深夜に行っていた為、御者席で居眠りすることが多かったのだ。

この鉱山跡地ならば、隠れる場所はいくらでもある。深夜に隠れてする必要は無い。

一汗かいた頃、キャンプ地が騒がしくなった。剣をフォールディングバッグに仕舞い、汗を手拭いで拭きとり、キャンプ地に戻る。多分、私の想像通りだろう。

歩いて数分のキャンプ地に戻ると囮以外に残っていた冒険者ギルドの連中が騒々しい。

「斥候の話では、十五分以内にドラゴンが来るぞ。全員戦闘用意だ」

「ルネス隊の巻き添えに気を付けろ」

「俺達は、空き地から離れた場所に隠れろ」

「戦闘開始されるまで物音立てるなよ」

「ドラゴンに襲われたくなかったら、最後まで動くな」

いかつい顔した面々が殺気立てて叫び、走り回る。

そんなに力まなくとも、すぐに済ませる、と言ったところで話が通じないだろう。声を掛けるのは止めておこう。

正面から、トーカーが走ってくる。さすがは盗賊。この乱雑な人の流れ中、最短距離で私に走り寄って来る。

「エータ、探したよ。ドラゴンが来るよ。本番だよ。どうしよう」

青ざめ、今にも泣きだしそうな顔で私に恐怖を訴えかけてくる。

「そう言えば、聞いていなかったな。ドラゴンに会ったこと、いや見たことはあるのか?」

私が肝心な事を失念していた。ドラゴンを見た者は、恐慌状態に陥りやすい事を。ルネス隊は、誰もドラゴンと遭遇した事が無いのではないだろうか。

「は、はい。見たことありません。せいぜいワイバーンです」

「それは、ルネス隊の全員がか?」

「はい、今迄の冒険でドラゴンを見たことは無いです」

ふむ、どうやらルネス君に止めを刺せたかったが、それは実力的に無理な様だ。作戦を変更しよう。私が、さっさと終わらせよう。

「分かった。じゃ、作戦地点へ行こうか」

トーカーを連れ立って、広場へと赴くとルネス隊の他の三人は、すでに集まっていた。ごった返すキャンプの中、私を呼ぶために身軽なトーカーを迎えに寄越した様だ。

「お待たせ。じゃあ、始めようか。さて、どんなドラゴンが襲来するか、お楽しみだな」

「エータ殿。そんなに気楽でよろしいのですか。敵は、あのドラゴンですよ」

ルネス君の表情が、少し硬い。ポーカーフェイスを装っているが、上手く出来ていない。余程、緊張しているのだな。

他の三人も黙り込んでいる。話をする余裕も無い様だ。

「大丈夫だ。はい、皆は持ち場に着け。私以外の人が広場に居れば、ドラゴンの目標が絞られない」

だが、ルネス隊の四人は、キョトンとしている。会敵前から恐慌状態に陥っている様だ。

「はい、解散!」

強く言葉に殺気を乗せる。ようやく、正気に戻ったルネス隊の面々が持ち場に隠れる。

やれやれ、これは駄目だな。勇者として引き立ててやろうと思っていたが、無理だな。せっかく、勇者らしいところを皆に見せられる様にしてやろうと思っていたのに。

馬の足音や人の罵声が崖上から聞こえてきた。どうやら、囮役が予定通りに引き込んでくれた様だ。

なかなか腕が立つ冒険者の様だ。あ、居たな。あちら側には最終兵器が。奴なら囮なぞせず、そのまま討ち取ってくれれば良いものを。契約があるから仕方ないか。

さて、私も仕事を始めようか。


囮役の冒険者共の喧騒の中に時折、獣の唸り声や叫び声が響く。相当お怒りの様だ。

地面を蹴る力強い馬蹄の音が近づいて来る。もう、まもなくだ。

広場に大きい黒影が落ちる。

翼を大きく広げた青い竜が空を覆う。情報は正しかった。スモール級のブルードラゴンで、全長も五メートル程しかない。楽勝だ。

ただ、予想していたドラゴンの姿と大きくかけ離れていた。てっきり無傷に等しいドラゴンが怒り狂ってのご登場だと考えていた。

実際のドラゴンは、幾重もの矢がドラゴンの鱗を貫通して深々と突き刺さり、明らかに斬撃の痕だと判る筋が身体の全体を走り、全身から血が止めどめもなく滴り落としている。

これこそ、本当の血の雨だな。

私がほぼ無傷のドラゴンにここで雷の魔法を撃ち込む予定だったが、この姿ではヤル気も失せた。

冒険者の一騎が崖を駆け下り、それを追いかけドラゴンもついてくる。その一騎は、間違いなく私を真っ直ぐに目指している。

やれやれ、あの馬鹿、囮役で鬱憤が溜まっているな。ドラゴンを直接ぶつけて、勇者達が腰でも抜かす処を見たいのだろう。ドラゴンの惨状を見れば判る。完全に奴がドラゴンをコントロールしている。

馬が崖を降り切り、私へ向かって広場を横断してくる。近づくにつれ、はっきりと騎手の顔が判る。やはり、ウォンだ。仕方ない。取りあえず、自分の仕事を始めるか。

ブルードラゴンが叩き落とす予定地点に飛び込んでくる。

『火炎爆裂』

ブルードラゴンの背中に直径一メートルの火球が現れ、爆縮し一気に業火と爆風を撒き散らす。その圧力に押され、ブルードラゴンが一気に高度を落とす。

『火炎爆裂』

さらに追い打ちの魔法を背にぶつけ、ブルードラゴンの落下速度が速まる。

三発は、必要かと思っていたが二発で充分だった。それだけ弱っていた様だ。ブルードラゴンは、高空からの魔法により凄まじい速度で地面へ叩きつけられた。地面との衝突と同時に凄まじい砂埃と衝撃音が生じる。視界は、完全に塞がれたが、骨が折れ、砕け散る音や柔らかい内臓が落下速度に耐えきれず鈍い破裂する音が聞こえてくる。ブルードラゴンのくぐもった苦痛を堪える鳴き声が採石場跡に響く。完全に弱い者いじめだな。

砂埃が治まり視界が戻ると、ブルードラゴンは地面に陥没し、地割れが起き、蜘蛛の巣に搦め取られた様になっていた。

私のすぐ横でウォンが馬を止める。

「お待ち。ご注文の品だ。受け取りをよろしく」

ウォンが右手に持っているロングソードに血糊が付着している。やはり、ブルードラゴンの斬撃の痕はウォンだったか。

「お疲れ様です。無傷でと言う話は出ていませんでしたか」

ウォンに正体を悟られぬ様に気配を消し、普段と口調を変える。

「いや、ギルドの隊長からは、手段は問わんからここに誘導しろ、だったが。何かまずかったか」

ブルードラゴン相手に普通の冒険者は、ここまで手傷は負わせられない。。ウォンが強すぎるだけなのだ。ウォンがこの依頼に参加していなければ、周囲の思惑通り、ほぼ無傷のブルードラゴンが現れ、勇者ルネス隊が討伐する予定だっただろう。

「いえ、問題ありません。分かりました。お疲れ様でした。後は任せて頂きます」

「はいはい。では、特等席で見学するか。プププ、頑張れよ」

馬の向きをブルードラゴンへ向け、私の背後に回る。ちっ。目障りな。しかし、今は無視するしかない。

『氷筍刺突』

微かな地鳴りの後、地面から円錐形の氷柱がブルードラゴンを貫く。

ブルードラゴンは、身体の中心に大穴を開けられ、大咆哮と共に身悶え苦しむ。氷柱から逃げようとするが、氷柱に背骨を貫かれた為に手足や羽が自由に動かせない様だ。

一応、ルネス隊に言った事は、実現させた。しかし、ルネス隊のメンバーに動きが無い。

恐怖で動けないのか、呆けてしまったのだろうか。

ここで、ルネス隊に呼びかけるのも格好が悪いだろう。私もルネス隊の一員だ。さっさと止めを刺しても問題ないだろう。

さて、どうせならアルマズに教わった魔法を使わせてもらおうか。ボロボロになっているとはいえ、ドラゴンには違いない。ドラゴンの固い鱗にどこまで通用するかな。

練習では、岩が目標だった為、生物に対する正確な破壊力が分からなかった。腰ベルトに吊るした小袋の中の大釘を一本触ったところで、ブルードラゴンの口の奥に一瞬水の輝きが見えた。

『魔力光弾』

すかさず、ドラゴンの口や喉を中心に魔力の塊である七つの円錐形の光弾を叩き込む。

ドラゴンブレスを吐かせたりなどさせない。私が、そんな大きな変化を見逃す訳が無い。魔力光弾によりドラゴンの下顎の骨が砕かれ、無残にも口の原型を留めていない。これでドラゴンブレスや魔法の心配は完全に無くなった。

スモール級とはいえ、ドラゴンがこんなに弱かっただろうか。いくら一人でも勝てるとはいえ、私の魔法力が以前より強まっていないだろうか。いや、確実に強化されている。

アルマズの修行の成果か。これはとんだ副産物だ。予測していなかった。新呪文を得ただけだと考えていたが、全体の魔力が底上げされている。やはり、アルマズは恐ろしい。正体を知りたい気持ちは高まるが、知ってはならない領域だと頭の片隅で警告してくる。

とりあえず、さらに強くなれたことに感謝はしよう。

ということは、火炎爆裂も強化された為に三発必要なところが、二発で済んだという事か。よし、これならナルディアにも勝ったな。

ここで、突然気がついた。新魔法を披露すれば、ウォンに正体がばれる。新魔法の内容は、ウォンとアルマズしか知らない失われた魔法だ。ここで使えば、私がミューレだと宣言しているのと同じことになる。危ない、危ない。

私としたことがうかつだな。ここは、我慢して基本魔法で片を付けよう。最初に使う予定だった雷魔法で良いか。普段使用しないのは、周囲の金属、つまり剣や鎧に雷撃が落ちる可能性がある為だ。誰もいない状況ならば、問題ない。

水と風の精霊が昂ぶるのを感じる。

『雷撃一閃』

私の正面から真っ直ぐにブルードラゴンへ雷が走る。同時に鼓膜を破らんばかりの雷鳴と失明しかねぬ閃光が広場を占める。

幾重にも枝分かれし、また一本に纏まる太い雷光が、ブルードラゴンの身体を貫通する。高電圧による感電によりブルードラゴンの身体が大きく痙攣し、胴体に直径五十センチ程の穴を開ける。完全に反対側の風景が見えている。傷口は、雷により焼かれて酷い火傷を負わせ、全ての血管を塞いでしまい、出血は無い。周囲に場違いな肉が焼ける美味そうな匂いが漂う。

「いや~、派手な魔法だな。そう言えば、雷の魔法は初めて見たな。俺のパーティーの魔術師達が、使っているのを見たことが無いな」

背後からウォンがのんびりと語り掛けてくる。相変わらず、どこでもマイペースだな。

「雷系の魔法は強力ですが、欠点が多いのです。

一つ、通常の魔法より一際大きい雷鳴と閃光により周囲の敵を呼び寄せます。

二つ、進行方向にある金属に落雷する可能性があり、味方を巻き込みます。

三つ、貫通力が高い為、敵の向こう側にまで影響を、つまり壁や柱、もしかすると味方を巻き込む恐れがあります。

四つ、標的が水に触れている場合、その水に接触しているものは、全て感電します。

つまり、この様に開けた乾燥した場所で敵を呼び寄せる心配も無く、味方を誤爆する恐れが無い状況に限定されます。強力ゆえに使い勝手が悪い魔法なのです」

「なるほどねぇ。切れすぎる剣は、己の鞘も切断するってか。おっと自己紹介がまだだったな。俺は戦士ウォンだ。よろしく」

ウォンが馬から滑らかに降り、握手を求めてくる。もちろん素手だ。冒険用の手袋は、今外した。ちっ、握るしかないか。ここで握らなければ、不自然だろう。

「ルネス隊、魔法使いのエータです。新緑の魔姫と言えば、御存じでしょうか」

若干声色をいつもの少女の声では無く、大人ぶって低めに発し、ウォンの手を握る。

ウォンが笑顔になる。

「噂に聞いたことがあるが、知り合いによく似ているな。あと、手合わせを頼みたいな。かなりの実力を持っている様だ」

「お知り合いと似ていますか。その方も魔法使いでしょうか。しかし、戦士と魔法使いでは、勝負になりませんが」

「いやいや、剣の方だ」

「は?私は魔法使いですが…」

だからウォンと握手をしたくなかったのだ。握手すれば、戦士ならば私の剣ダコをすぐに見抜くに決まっている。

「その知り合いと言うのは、内のパーティーの魔法剣士でしてね。貴方の様な魔力と一流戦士と互角以上の剣術を持っているんですよ。同じ様な匂いを感じたんだが、気のせいかな」

それは同一人物ですから、同じ匂いがするでしょう。で、匂いって何?ちゃんと毎日身体は拭いている。

「気のせいでしょう。人間である私に魔法と剣術を同時に究める様な時間はございません。魔法一筋でございます」

「そうか。気のせいか。なら、仕方ないな。気のせいならな」

ウォンが、にやにやと見つめてくる。ばれたか。ばれたな。ばれていたな。間違いなく、最初から判っていて、私に接触して来たな。エータ=ミューレだと確信している。ある意味、強敵だ。

いったい、どこで正体がばれた?手を握る前から正体が判っていた様だ。ならば、行軍中に気がついたことになる。私ですら、ウォンの存在に気がついたのは、雑魚戦の時の報告だった。ウォンと接触や接近したのは、今が初めてのはずだ。

ブルードラゴンが微かに動く。今はお前に興味は無い。静かにしていろ。

『雷撃一閃』

再び、雷鳴と閃光が広場を占領する。雷光が頭部を中心に吹き飛ばす。さすがに頭部を吹き飛ばされたドラゴンは、痙攣をした後、静かになった。ドラゴンと言えども頭を失えば、命を失う。私とウォンの勝利だ。結局、いつものパターンか。

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