16.目的地到着
この数日間、途中、盗賊団やゴブリンに遭遇したが、こちらの規模を見ただけで逃げ出し、戦闘は一度も起こっていない。あまりにも平和だ。
私の予想通り、大臣は途中の村で替え馬を用意していた。やはり、あの大臣は、出来る男だ。実際に手配したのは、秘書かもしれないが、下の意見を汲み上げる器量があるだけでも貴族にしては大したものだろう。
斥候からの最新情報では、ここから数日の内にドラゴンと接触できるらしい。被害を最小限に抑えられる場所で待ち構える予定だ。ようやく、この平和で暇な日々が終わる様だ。
結局、私は御者席を指定席として座り、御者も私が噂で聞く様なお高く留まった女ではなく、町娘と変わりがないことに気がつき、世間話を交わす様になっていた。
「エータ様。空気が変わりました。馬が怯えています」
「そうだね、ざっと四十位の敵意が前方に広がっているな」
中隊長の命令で全体が停止する。どうやら、冒険者ギルドの出番の様だ。
どうやら、前方で接敵した様だ。戦意が大きく膨れ上がり、土煙が上がっている。
軍人共も全員抜剣し、不意の事態に備えている。さて、お手並み拝見といきますか。
「エータ様、馬車の中に入られた方が良いのではありませんか」
御者が心配して声を掛けてくれる。
「いや、ここの方が状況が掴みやすい。私の事は、気にしなくていい。あの程度は、私の敵にもならん」
「はい、エータ様がそう仰るならば、良いのですが…」
御者からすれば、ここで私が怪我をする様なことがあれば、己の首が飛ぶことを心配しているのだろう。
さて、戦況は中央と左翼が均衡しているようだが、右翼が破竹の勢いで敵を撃破していき、どんどん突出していく。瞬間的に強い気配を二つ感じた。どうやら、この二つというか、二人が際立って強い様だ。普段は、この様な強い気配は感じなかった。どうやら、普段は完全に気配を消す事が出来る強さに達している一流の冒険者が右翼に居る様だ。
「中隊長殿、報告。敵はオーク、オーガ混成軍。その数四十匹以上。左翼、中央の陣は拮抗しておりますが、右翼は、冒険者二名の活躍により、殲滅戦に移りつつあります」
前線の様子を見てきた軍人が報告する。
「そうか、そんな強者が冒険者ギルドの依頼を受けたか」
「はっ。名前はウォンとカタラ。先日、王都に来たそうです」
「報告ご苦労。大臣殿に後日ご報告を入れるとしよう。下ってよし」
「失礼致します」
斥候の軍人が持ち場へと馬を駆り、去って行く。
あらら。ここに来て、まさか二人の名前を聞くとは。
王都に来たが、私が見つからず暇つぶしにこの作戦に参加しているとは。まぁ、接触することは無いだろうから、私と顔を合わすことは無いだろう。ただ、私から冒険者のパーティーに近づくことは止めた方が良さそうだ。
右翼の土煙が治まり、中央の土煙が激しくなる。右翼は片がつき、中央に主戦場が移った様だ。あの二人が居れば、オークとオーガなどは障害にもならないか。
冒険者共が押される様であれば、暇つぶしに援軍にでも行こうかと思っていたが、止めておこう。ウォンやカタラに会えば、正体がばれるのは必至だろう。
二人に任せておけば、問題ない。あぁ、暇だな。
予想通り、あっさりと勝負がついた。こちらの被害は、最初の接敵で数人が軽傷を負っただけで済んだそうだ。もちろん、カタラがあの集団の中に居るのだから即座に治療が行われた事だろう。
それを示すかの様に、負傷者無しに修正報告が中隊長に上がってきた。
ちっ、少しは暴れたかったな。ここ数週間、練習以外にまともに身体を動かしていない。早くドラゴンと会いたいものだ。
三日後、街道を外れ岩石地帯に入った。この岩石地帯には無数の狭い裂け目が入り、ドラゴンが中に入ることは出来ない。ここにベースキャンプを張り、さらに奥へ進んだ開けた採石場の跡地を主戦場にすると決定された。ドラゴンを誘導するために冒険者ギルドのパーティーの一部が囮としてドラゴンの元へ向かい、この採石場跡に誘導してくる手筈になっている。今頃、パーティー会場へのご招待に向かっているだろう。
採石場跡は、露天掘りで直径四キロにもわたる広大な空間だ。岩壁は階段状に掘られ、穴の底と岩場の上へ上がるのに苦労することは無い。そして、私は最上段に登り、全体を見下ろしている。
所々に放置された鉱石、固く掘れなかった岩石や風化による浸食による岩壁の落下などで隠れる場所に困ることは無い。ただ、岩の下の隙間に入る事は、止めた方が良いだろう。何らかの拍子で岩が崩れ、押し潰される可能性がある。
この場所ならば、私がドラゴンへ致命傷を与えても目立たず、上手く立ち回れそうだ。問題は、ウォンとカタラの二人に気付かれない事を祈るばかりだ。
今のところは、二人に近づく事が無かったので正体は、ばれていない。だが、戦闘になると私の癖や声で気づかれる恐れがある。
別に正体がばれた処で何も問題は無い。ただただ、私が恥ずかしいだけだ。普段は、知名度なぞ足枷だと公言している私が、勇者に混じって世界を救っている等と知られたらと考えただけで身悶えてしまう。
絶対にウォンに馬鹿にされる。口止めをすれば口外はしないと分かっているが、二人で酒を飲む度に酒の肴にされるのは必至だ。それだけは避けたい。絶対に避けたい。
何としても隠密裏にドラゴンを退治せねば。
カタラは放置して良いだろう。ミューレも善行を積むのですねと微笑んで終わりだろう。
とりあえず、ウォンの死角に位置取りする様に気を付けよう。しかし、気配を消されると厄介だ。ウォンの居場所を掴むことが出来ない。その時は、気にせずドラゴンに八つ当たりをすることにしようか。
知った気配が、下から四つ近づいて来る。ルネス隊の面々だ。
ルネス君が私の横に立った。
「ミ、いや、エータ殿。作戦はどうしますか」
「そちらに何か考えはある?」
ルネス隊の四人が顔を見合わせるが、誰も発言をしない。どうやら無計画のまま、ここまで来た様だ。ここに来る道中で何か作戦を考える時間は有った筈なのだが、よくこれで勇者をやっていられるよな。不思議だ。過保護の弊害か。仕方ない。私の意見を出すか。
「まず、冒険者ギルドの連中が引っ張ってきたドラゴンを勇者隊に引きはがす為、目立つ雷の魔法を撃ち込む。私に気がつき、突入してくる空中のドラゴンを地面に叩き落とす。その後、地面にドラゴンを固定し、ルネス隊が突入する。これでどうだろう。問題はあるかな」
「おいおい、エータ。そんな大口を叩くとは思わなかったぜ。中々熱いプランだが、実現できるのか」
熱血の戦士ベースが、不信感を露わにしてくる。
「私もベースの意見に同意致します。最初の目標変更は実現できますが、地面に落として固定するなど正気の沙汰とは思えません。ここはルネスが作戦を考えた方が良いと思われます」
真っ向から否定してくるのは、官僚的な僧侶のプーチだ。手堅い作戦を好むが、己の尺度でしか物事を計れないのが欠点だ。
「でも、エータが出来ると言って出来なかったことは、今迄に無かったよ。どうするの、ルネス?」
泣き虫盗賊のトーカーは、私の意見を採用してくれる様だ。
私を含め、四人の視線がルネス君に注がれる。彼の意見を皆が聞きたがっている。勇者の一言は、魔法使いの言葉より重いのだ。
確かに私が、何気なく、それも淡々と手筈を説明した事は、並の魔法使いではドラゴンを地面に叩き落とし、地面に固定する事など不可能だ。私やナルディア以上の実力が無ければ、実現できない。ベースやプーチがこの作戦を危ぶむのも理解出来る。
これが、そこらに居る魔法使いの提案であれば、私だって却下している。
だが、自分で言うのもあれだが、私は並の冒険者ではない。スモール級のドラゴンであれば、一人でも問題無い。さすがに成長したミドル級以上には、この作戦は効かないだろう。
ようやく、ルネス君の考えがまとまった様だ。顔から迷いが消えた。
「エータ殿の作戦通りで行く。私達に選択肢は無い。飛行しているドラゴンへ攻撃を仕掛ける手段が無い。攻撃を加えるには何としてもドラゴンを地面へ下す必要がある。それがエータ殿は、可能だと言って下さっている。ならば、この作戦以外に実行する手段は無い!」
ルネス君が高らかに宣言する。
「確かに弓矢では、効力射は期待できないでしょう。ルネスの言う通り、選択肢は最初から無いわけですか。成程、その点に考えが及びませんでした。失敗した場合は、冒険者ギルドに応援を頼みましょう」
相変わらず、プーチは棘のある言い方だな。官僚根性もここまで来ると呆れる。
「よし!ルネスが言うならば、ワシの出番は地に落ちたドラゴンを気迫と熱意で完膚なきまでに叩きのめし、止めをさせばよいのだな!ぐははは!同じ地面に立てば、ワシの勝ちじゃ!」
ベースが気炎を上げる。ドラゴンブレスや魔法を忘れていないか。敵は、反撃してくるのだぞ。
「じゃあ、僕は陰に隠れて急所を狙うね。でも、急所ってどこ?」
「急所は、眼や耳の中だ。そこが一番柔らかい。他は、鱗に阻まれる可能性が高い」
「う~ん、そんな小さな目標を狙うのか。僕、ドラゴンの頭に飛び移って攻撃できるかな」
「眼や耳を狙う分には、矢で充分だ。わざわざ剣で斬る必要は無い」
「うん、分かった。エータの言う通りにするよ」
トーカーが、ドラゴンに取り付く必要が無いと知って、一安心をしている。幾ら勝負の見えている戦いでも気を抜き過ぎじゃないか。大丈夫だろうか、こいつ等。
しかし本音を言うと、ルネス隊がドラゴンに取り付いたら、私にとっては邪魔で仕方ない。魔法を叩き込む時の障害物でしかない。
「それでは、あの広場に落とす。相手はドラゴンだ。範囲魔法も遠慮なく叩き込む。巻き込まれぬ様に注意してくれ。というか、多分巻き込む。覚悟して欲しい」
スモール級のドラゴンと戦闘するには、充分な広さがあり、ブレス攻撃を躱す岩場も問題無く点在している地点を指差す。
「がははは!結構結構。大いに巻き込み結構。エータには悪いが、お主の魔法程度では我が熱き魂を折る事は出来ぬ。ぐははは!」
ああ、どこかのドワーホとイメージが重なる。ベースは、瀕死になりそうだな。いや、逆に先に大怪我をさせて退場させた方が、後々の攻撃がやりやすいか。
あと、ルネスの武器はレイピアだから、鼻や目がある顔面を狙うだろう。あんな細長い刺突武器では、ドラゴンの一撃を受け流す事も固い鱗を突き抜く事も出来ない。以前にも違う武器を提案したが、王からの賜り物で変えたくても変えられない大人の事情があるそうだ。
勇者稼業は、大変だね。
「よし、皆、気を抜くな。下の空き地の岩場の陰にて待機だ。エータ殿の合図をもって、攻撃開始だ。いいな」
「はいよ」
「わかりました」
「了解です」
それぞれが返事をし、岩壁を降り始める。私は、一度、天を見上げる。空中は無風状態の様だ。風で魔法が流される事は考慮しなくても良いだろう。私もルネス隊に続き、岩壁を降り始める。
さて、作戦開始だが、もう私一人だけで地面に落ちる前に止めを刺してしまおうか。面倒になってきた。ミューレに戻りたい。ああ、窮屈だ。




