14.晩餐会
女中に先導され、食堂へと案内される。ハイヒールで石の廊下を歩いても一切音が鳴らない分厚い絨毯の上を歩き、食堂の前に着いた。食堂と言っても規模が違う。まず、扉も巨人が通れるような大きく重厚な物が取り付けられている。
中に入れば、果物が盛り付けられた籠が、余りにも小さく見える長いテーブルが置かれている。椅子の間隔も一人や二人は座れる程に空けられているにもかかわらず、両側で二十人には座れる。奥の主賓席は空けられており、ルネス君はテーブルの側面に座っている。それに合わせる様にルネス隊の面々が座っている。ルネス隊の末席の椅子を給仕役が引く。いつもの指定席だ。準レギュラーの私にはちょうど良い。
テーブルの前に立ち、腰を下ろす動作を見せるとすぐに給仕役が椅子を挿しこむ。ふむ、丁度良い座り心地だな。テーブルの上には、ナプキンと食器類のみが並べられている。まだ、始まっていない様だ。
主賓席の前にルネス君、その隣が僧侶のプーチが座っている。
ルネス君の正面には戦士のベース、その隣に盗賊のトーカーが座り、その横に私が続く。
普段ならば、この五人が揃えば晩餐会が始まるのだが、主賓待ちの様だ。給仕役の数名も壁際に静かに待機し、動く気配が無い。
「エータ、来てくれてありがとう。もし、お前が来なかったら、来なかったら。俺…」
隣のトーカーが話しかけてくる。ルネス隊最年少の幼さが残る少年だ。その顔は、不安で押し潰されそうな程、青ざめている。目も赤く充血しており、先程まで泣いていたのであろう。
席が離れていなければ、私の胸に飛び込んでくるかの様な勢いだ。
「こら、トーカー。エータ殿と呼ぶ様に言っているだろう。呼び捨てにするんじゃない」
ルネス君が遠くからトーカーの言葉遣いに注意する。ルネス君以外の三人は、普通に私の事をエータと呼び捨てにする。私はどの様に呼ばれ様と気にしていない。エータは、この世に存在しない幻なのだから。ルネス君だけが、呼び方に固執している。
「ルネス君、戦闘の邪魔になるだけだ。エータで良い」
「しかし、エータ殿は…。いえ、エータ殿が仰られるならば、受け入れましょう。しかし、私だけはエータ殿と呼ばせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「皆が好きに呼べばよい。それで、私に変化が起こるわけじゃない」
「では、その様にさせて頂きます」
一応、ルネス君もこれで納得した様だ。興奮をなだめる為か、乱れてもいない襟元を直している。
「エータさんが間に合って、一安心ですな。この四人でトカゲ退治等と考えるだけ冷や汗が流れますな。本当に有り難い」
斜め向かいに座る華奢な青年が話しかけてくる。このパーティーの回復役である僧侶のプーチだ。プーチは僧侶らしく非常に真面目だが、杓子定規なところが残念な点だ。判断材料は、過去の実績や慣習に基づくことが多く、作戦立案には向いていない。知識は十分に持っているのだが、それが活かせていない。役人にでもなっていれば、案外上級役人に登りつめていたかもしれない。
「おいおい、プーチ。それじゃ俺達が弱い様に聞こえるじゃないか。俺の実力に問題有るか。いや無い!やる気があれば、どんな山でも超えられる!そうだ!弱気ではダメだ!なぁ、エータ」
やたら、明らかに筋肉過剰の青年が、暑苦しい発言を挟んでくる。どうも、今発言した戦士のベースは苦手だ。私とは、正反対の性格だ。良く言えば熱血、悪く言えば猪突猛進。戦士としては、問題ないがその判断力の無さが、自身の実力を下げていることに気づいていない。仕方ない。以前にも教えてやったが、もう一度教えてやるか。
「なぁ、ベース。冷静に自分達の実力を見ることは重要だ。プーチの発言に間違いは無い。ルネス隊だけではドラゴンには勝てない」
「そこは、気合だ!気合が足りないからスモール級のドラゴンに負けるなどと云う幻想を抱くのだ」
「なら、気合でそこの果物を切れるのか。気合は万能なのか」
私の冷静な指摘にベースが口ごもる。奴にそんな実力は無い。だが、ウォンならば気合で果物を半分に切断しそうだな。
「しかし、エータ。気合が無ければ、勝てる勝負にも勝てないぞ。そこは認めるよな」
「いや、認めない。私は気合で強くなったわけではない。冷静な判断力と確実な遂行能力で強くなった。そこに気合が入り込む余地は無かった」
「だが、気合があったからこそ、辛い修行も耐えたのだろう」
ベースの口調が、少し弱気になってきている。戦士の直感で私の強さを感じ取っているのかもしれない。
「気合じゃない。情熱でもない。熱血でもない。確固たる目的だ。目的がない修行は、身につかない」
「た、確かに目標がなければ、練習の内容も決めることも出来ない。ええい、くそ!いつもエータには言い負かされる。分かった。プーチすまなかった。先の発言は、撤回する」
ベースは、熱血だが馬鹿ではない。自分に非があると感じると素直に謝る。そこは、好感が持てる。あのドアーホと大きく違う点だ。
皆の最近の動向を聞いていたが、相変わらず王にこき使われている様だ。勇者という地位に居続ける為に、細々とした依頼をこなし、以前よりは実力は増している様だ。
「本日の主賓、内務大臣ゼルス様、ご入室でございます」
給仕役の一人が声を張る。全員起立し、大臣を静かに待つ。ミューレならば、気にせずに座っているが、今はエータだ。ルネス君に迷惑をかける訳にはいかないので、不本意ながら起立する。
食堂の扉が開かれ、機能的な装いをした中肉中背、蛇面の中年男が入室してくる。背後には若い女性秘書を侍らせている。やれやれ、主賓はこのオッサンだったか。一言で言えば、ルネス隊のパトロンだ。
ゼルス内務大臣が主賓席へ着き、続いて私達も着席する。女性秘書は、大臣の背後に控えたままだ。
「待たせた。時間は取らせない。食事も不要。まだ、公務が残っているのでな」
このゼルス内務大臣は、貴族にしては、庶民的感覚を持っている人間だ。
威張らない。見栄を張らない。虚栄を張らない。人を見下さない。と、人としては当たり前の事を当然の様に実行している。庶民ですら、今上げた四つの事の内に一つくらいは、当てはまるだろうに、この男は自分に厳しく、他人にも厳しい。
唯一、この王国の貴族で私が一目を置いている人物だ。それゆえに敵も多い様だが、国民の人気者であるルネス隊の後援者でもある為、他の貴族は手が出せないでいるそうだ。
ゼルス大臣を敵に回すことは、この国の偶像であるルネス隊を敵に回すことに等しい。そうなれば、大多数の国民が応援しているルネス隊のファン全てを敵に回すことになる。
いくら貴族であっても、財政基盤となる国民からの納税が無くなれば、今の生活を維持できなくなる。目の敵にしていても、真っ向から敵視する者は居ない。
「さて、ルネス隊の諸君。今回は、エータ殿も参加して頂くという事は、この重大性を理解してもらっているとして話す。
敵は、スモール級ブルードラゴン一体。南部地域に出現し、現在ゆっくりと北上中だ。途中の村々が幾つか既に壊滅している。放置しておけば、王都まで来る可能性も有る。何故、ブルードラゴンが出現したかは不明だ。調査中である。
そこで、人的、物的被害が出にくい荒野にて迎撃を行う。
そこまでの道程でルネス隊の消耗を防ぐ為、護衛隊を冒険者ギルドに依頼した。道中に遭遇するモンスターは、全て護衛隊に排除させる。ルネス隊は、ドラゴン戦に専念だ。
ドラゴンの北上速度が一定しない為、遭遇戦に近い状態になると思われる。以上だ」
ゼルス大臣が、質問を促すかの様に蛇のような目で五人を見渡す。私には質問はない。何なら、今すぐ出かけて倒してきても良いが、それでは勇者ルネスの名声が上がらない。
しかし、相変わらず温室育ちだな。目的地まで護衛がつく様では、ルネス隊が強くなる機会が無い。依頼が無い時に自主的に冒険して経験を積むしかないのか。名声と実力が釣り合わない訳だ。少し過保護だな。
「ゼルス内務大臣殿、ブルードラゴンについての詳細を頂けますか」
「伝聞や遠くからの視認情報のみで信憑性にかける情報しかないので、これ以上提供できない」
「大臣、護衛はいらないのであります。今ヤル気に満ちております。すぐに出立を」
「護衛隊が編成されるまで待て。お前達はこの王国の切り札なのだ。ドラゴン戦の前に怪我をされては困る。自重しろ」
ルネス君とベースの質問と意見は、意味が無かった。もう少し、有意義な提案をしようよ。
「明日、王の謁見では何を演じれば良いのだ」
ゼルス大臣が鋭い眼光で言葉を発した私を睨む。実務主義の大臣に合わせたつもりだが、どうやらお気に召さなかった様だ。だが、ため息を一つつくと直ぐに普段の表情に戻った。
「取り繕っても仕方あるまいか。謁見の間において、王よりの依頼書を受諾した事をルネスに宣誓してもらう。招待状は出していないが、謁見の間に主要貴族が勝手に集まってくるはずだ。そこで勇者の威光を示してくれれば良い。その後、屋敷に戻り、護衛隊の編成が終わるまで待機だ。道中の準備も私が進めておく」
「分かった。私はせいぜい猫を被っておこう」
「エータには、そうしてもらおう。新緑の魔姫は、お淑やかな女性という世間の評判だ。そのイメージに合わせてもらおう。くれぐれも馬鹿な発言をする貴族を蹴散らすなよ」
ゼルス大臣が蛇の様に舌なめずりをする。ゼルス大臣は、無能が嫌いだ。本当は馬鹿な発言をする貴族を私に吹き飛ばして欲しいのだろう。そうすれば、この王国の風通しも少しは良くなるだろう。
「では、私は城に戻る。何かあるか」
ゼルス大臣が私達五人を見回す。だが、誰からも返事は無い。
それを確認したゼルス大臣は、すぐに立ち上がり迷いなく食堂を後にする。
「大臣からの話は、皆理解したな。では、明日、王と謁見をし、竜退治の準備に入る。各自調整を怠らぬ様に」
ルネス君が紅潮した顔で宣言する。少し緊張している様だ。ピエロ役を始めて数年経つのにそろそろ慣れても良いと思うのだが、気が小さいのだろう。
給仕役が夕食を運び始める。久しぶりの温かいまともな食事だ。皆には悪いが、黙ってゆっくり味わせてもらう事にしよう。
ナプキンを広げようと手を触れると小さな紙切れが指に触れた。中を一瞥し、すぐに片づける。誰も一連の動作に気がつかなかったようだ。面倒事に巻き込まれた様だ。やれやれ。
考える時間は、これから幾らでもある。今は食事に専念しよう。




