12.勇者君登場
浅い眠りの中、馬車が止まるのを感じ、目を覚ました。窓の向こうには、見慣れた勇者君の館が建っている。
勇者の館の割には、こじんまりとした二階建の邸宅だ。こじんまりしているとはいえ、客室だけで十部屋以上はある。エンヴィーならば、権力者の邸宅と遜色ない。
白い石造りでまとめられている館の玄関に馬車が横付けされている。
私が立ち上がると同時に馬車の扉が開いた。門番にエスコートされ、馬車から降りる。数年ぶりにこの館に来たが、特に変わりは無い様だ。馬車が走り去ったのを確認し、後ろを振り返ると屋敷がもう一軒建てられる広さがある庭園が広がっている。丁度、春の良い季節で赤や黄色の花が咲き乱れ、庭の手入れが行き届いている事が良く分かる。こちらも以前来た時と変わらない。
正面に向き直ると小間使いが、私の荷物を持ってそばに控えている。扉の前では従僕二名が、私が扉へ近づくのを待ち構えている。
やれやれ。勇者君は、相変わらず貴族並みの生活をしているな。これで庶民に人気があるから不思議だ。
何も言わず扉に近づくと、絶妙なタイミングで玄関の扉が開かれる。私の歩みを一切妨げない。ロビーに入ると中央で中年の恰幅の良い執事が待っていた。
「エータ様、遠路はるばる、当家へのご来訪、誠にありがとうございます。お疲れだと思いますので、どうぞ遊戯室へお越し下さいませ。そちらにて飲み物などを御用意させて頂きます。お預かりしております携行品は、エータ様がお休みになられます客室へ先に運ばせて頂きます。何か問題はございましょうか」
「よく覚えていたな。私がこの屋敷で遊戯室が一番落ち着くと言った事を」
「はい、エータ様は最上級のお客様であられます。そのお客様のご趣味・ご嗜好を忘れる事はございません。お食事をご希望でございましたらば、食堂へご案内させて頂きます」
「いや、遊戯室でいい」
「かしこまりました。御案内申し上げます」
執事が一礼をし、案内を始める。この屋敷の間取り図は、頭に入っているので案内は不要だが、この家の作法に大人しく従っておくか。やっぱり、エータは窮屈だ。ミューレならば、ハッキリと断って自由行動をすでにしているだろう。やっぱり、知名度はいらない。
「こちらでございます。しばし、御休憩下さいませ」
程なく休憩室に通される。ダーツや数種類のボードゲーム等がいつでも遊べる様に並べられ、長時間の対局でも疲れる事が無い、ゆったりとした椅子が用意されている。
扉の反対側は全面ガラスになっており、中庭兼修練場が眺められる。中庭は四方を完全に建物に囲まれているが、日の光をうまく取り込めるように造られている。
幾つも有る椅子の中で中庭が眺められる椅子に座る。春の日差しがガラス越しに暖かく遊戯室を照らす。
「では、しばし失礼をさせて頂きます」
そういうと執事は、部屋から出ていった。入れ替わりに扉の外に気配を二つ感じる。
ノックの後に直ぐに声がかかる。
「エータ様、入室させて頂いてもよろしいでしょうか」
若い女の声が、入室の許可を求めてくる。
「どうぞ」
短く答える。
「失礼致します」
私は、振り返らず中庭を眺め続ける。二つの気配が私の横に立ち、視界に入ってくる。
十代後半の女中二人が、ワゴン車を押してお茶の用意を始める。
ワゴン車に乗せられた幾つものお菓子の中から、シナモンの香りがするクッキーが取り分けられ、上品な小皿に乗せられ備え付けの机に置かれる。続いて、もう一人が準備していた紅茶が置かれる。無駄のない連携だな。
ここの使用人への教育は、徹底しているな。私の好みや視線を見て、何も聞かずに、私が欲する物を用意してくれる。
「エータ様、お茶の準備ができました。如何でございましょうか」
「ありがとう。後は自分でするので下がって頂いて結構。自分の仕事に戻っていい」
「かしこまりました。何かございました呼び鈴をお使い下さいませ。では、失礼させて頂きます」
二人の女中が静かに遊戯室から立ち去る。
は~。これでやっと落ち着けるか。一度背伸びをし、馬車で固まった身体をほぐし、紅茶に口をつける。
爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。ミント系のハーブだろう。旅の疲れが落ちていく様な気がする。さて、美味しそうなクッキーを頂くか。手に取り、口に入れようとしたが、止めた。廊下から焦りと安心を器用に両立させた気配が近づいてくる。
やれやれ、クッキーは後回しだな。
扉が力強くノックされ、
「エータ殿。ルネスです。入ります」
と宣言し、中に入ってきた。館の主が来たのであれば、こちらも立って出迎えるのが礼儀だろう。
立ち上がり、振り向くと扉を閉めた瞬間にこちらへ走り寄る青年を認める。素早く右手を出してきたので、反射的に右回し蹴りを放ち、青年の顎を正確に蹴り抜いてしまう。まずいと思い、当たる直前に力は抜いたが、逆効果だっただろうか。鞭の様にしなる蹴りになってしまった。
青年の目が上下左右に踊り、その場に足元から崩れ落ちていく。
しまった条件反射で攻撃してしまった。この症状は、脳震盪だな。まあ、いいか。しばらく放置していれば目も覚ますだろう。
久しぶりに見る青年、勇者であるルネス君を観察する。白系統の絹の豪華な上衣に黒いズボンを履いている。武装は無さそうだ。自宅だから当たり前か。身長は百七十メートルを超える優男だ。以前と変化は無さそうだ。
「歳は、確か二十…」
「二十四歳です」
ルネスは急に起き上がり、私の疑問に答える。あれ、蹴りが浅かったか。三十分は目覚めないと思ったのだが、当たる瞬間にポイントをずらされた様だ。さすがは、勇者君か。
「突然、襲い掛かる様な真似をしてしまい、申し訳ありません。握手をしようとしたのですが、気が急いてしまった様です」
「私も済まない。条件反射で身体が動いてしまった。怪我はないか」
ルネスが立ち上がると私よりも頭一つ以上背が高く、見上げて話すことになるが、ウォンも同じ様な身長なので苦にはならない。
「はい、ありません。手を抜いて頂いた攻撃で怪我をする様な未熟者ではありません。しかし、綺麗に蹴りを頂いてしまいました。勇者の面目丸つぶれです。お恥ずかしい限りです」
「本当に済まない。ルネス君のファンに恨まれるな。顔に怪我は無い様だが、身体はどこかにぶつけていないか」
「はい、どこも怪我はしておりません。それに私の顔が目当てのファンなど不要です。私は、ミュ…、いえ、エータ殿の様に強い剣士になりたいのです」
ルネス君は、女性に絶大な人気がある。執事曰く、優しい笑顔に爽やかな言動が、人気の元になっているそうだ。まぁ、確かにウォンと比べれば、圧倒的に男前で性格も素直だ。
だが、男からの人気はほとんど無い。女にもてる男前の宿命だろう。それとウォンは、飾らぬ性格ゆえか、老若男女を問わず誰とでも仲良くなる。多分、ウォンを恨む様な奴はいないだろう。
ちなみに私は、言わずとも敵だらけだ。昔は、温情を掛けて命乞いをする敵は見逃していたが、それが仇となり周囲に敵が増えた。もう行く先々で戦いを挑まれたり、暗殺されそうになったりしたので、今では命乞いをされても始末する。禍根は一切残さない。お陰で依然に比べれば、大分敵が減ったし、平穏な日常が戻って来た。
「強くなれば、男共からさらに嫌われるぞ」
「それは、私が男性を惹きつける魅力が無いだけです。皆に納得して頂ける実力を宿せば、きっと認めて下さるはずです」
「はいはい、頑張ってね」
「はい、御期待下さい」
「さて、仕事の話をしようか」
お互い向かい合う様に椅子に腰掛ける。さて、どんな話が出て来るのだろうか。面白い話がいいな。




