1.故郷へ
今、私は見渡す限りの草原を南へと歩いている。地平線まで広がる緑の絨毯。背後の遥か遠い北の地平線に微かに山脈が見えている。
しばらく先で南北の街道と東西の街道が交差している筈だ。
正面に天高く太陽が輝き、風に春の匂いが含まれている。
三人がこの交差点でパーティーを突然解散した一年前と何も変わらない景色だ。天気まで別れた時と同じだ。
今日、この時間に三人で会おうと誓った場所だが、本当に揃うのか疑うことなく、私は約束の地へ来た。
どうやら私が、最後だったらしい。交差点には二つの人影が見える。
交差点に近づくにつれ、二人がウォンとカタラであることを確信する。
誰一人欠けることなく、また三人が集まれたことが私は非常に嬉しかった。しかし、表情には出さない。足元を見られ、ウォンにからかわれるのは御免だ。
「やぁ、お待たせ」
一年振りの再会だが、まるでちょっと寄り道して遅れて来たかの様に気軽に挨拶をする。
「お、来たか」
「お待ちしておりました」
返って来る言葉も私と同じ様に気軽な物だ。一年間、離れていたとは思えない程の気安さだ。どうやら、私が思っていた以上に私達の関係は強固な物だった様だ。
しかし、私の予想通り変わる物があった。変わったのは、二人の外見だ。
少し齢を重ねたようだ。それに比べエルフ族である私の外見は何も変わらない。一年前に分かれた時と外見は、全く変わっていない。だが、精神面や魔力、技術は一年前と比べ物にならぬ位、成長したと自分では思っている。
ほんの少し心が痛む。何故だろう。
三十年後か四十年後には、私だけが、この世界に取り残される事になるのだろう。いつも通り、今とほぼ変わらぬ姿のままで。
どうして人間は、こんなに早く生き急ぐ種族なのだろうか。だが、世代交代を繰り返すことにより、文明を高めてきた事は確かだ。エルフ族等の長命な種族は、数百年前と変わらぬ生活を続けている氏族もいる。そう考えると生き物としては、世代交代は活発な方が自然なのだろうか。
「ミューレ。まだ仮面をしているのか」
「ミューレは全くお変わりがないようで、少しうらやましく感じます」
交差点に集合しただけだが、パーティーがあっさり再結成された。
まるで昨日の晩に寝て、翌朝に顔を合わせたかのように感じる。やはり、居心地がいい。私にとっては一瞬だった一年。二人には長かったのだろうか?
さて、パーティーを組んだのだ。じっくり話を聞いていこう。焦る必要はない。
そして、旅がまた始まる。次はどんな冒険が待っているのだろうか。
まずは、目的地を決めるのが最初の共同作業だな。
「いきなりだが、アルマズの家に行きたい」
再会の挨拶も程々に切り出す。
ウォンとカタラは、意味が分からずキョトンとしている。
「父様に何かご用でしょうか。まさか!ミューレは父様の事を。確かに娘の私から見てもとても魅力的な殿方。それにミューレの周りにはいないタイプです。盲点でございました」
「え、そうなのか。ほう、親父趣味か。渋いな。まぁ、年輩者同士だ。話も合うだろう。がんばれ」
「ち・が・う。預けた魔導書の写本を回収したいだけだ」
しかし、カタラはこんな砕けた性格だっただろうか。もう少し固いイメージがあったのだが、この方が私は好きだな。ウォンは、まあ相変わらずだな。
「つまらん。少しくらい色恋沙汰の話があっても良いのにな。行きたい所も無いし、俺はいいぞ」
とりあえず、ウォンからは承諾を得た。さて、カタラはどうだろうか。
「はい、わかりました。父様に一年振りにお会いできるのは嬉しゅうございます。私も賛成致します」
カタラもあっさりと賛成してくれた。このパーティーの即断即決は、日が経っても変わらないか。パーティーに戻ってきた実感が湧いてきた。
一年ぶりの再会にもかかわらず、いきなり私のわがままを聞いてもらえるとは、少し嬉しい。
正直な話、再会してすぐに目的をもって行動できる方が稀だろう。
さて、カタラの父親であるアルマズに大切な魔導書の写本を預けたままなのだ。アルマズが紛失や横流しをするとは思えないが、皆と離れている間中、頭の片隅から写本の事が離れなかった。
この一年間、一人だったので自由にアルマズの家に押しかければ良いのだが、大見栄を切っておいて、すぐにカタラと鉢合わせするのは気まずい。
それに私にとっての一年は長くない。そう思い、一年後の再会まで我慢をしていた。それに、これだけ研究時間があれば、さすがに何かしらの成果、もしくは結果を出してくれているだろう。
その結果を知りたいが為、アルマズの家に行くことを提案した。
予定が決まった瞬間、ウォンが先頭を歩き出し、カタラがその後ろに続く。そして、最後に私がつく。何も打ち合わせをしていないが、自然といつもの隊列を組み街道を進み始める。
一年の別離では、何も変わらないのだろうか。この隊列が単純な為の偶然だろうか。
私達が成長できたか、変化はあったのかは、今後の付き合いの中で徐々に知るしか無い様だ。今は、全員無事に再会できたことを純粋に心の中で祝う事にしよう。
再会してから数日後、草原地帯から森林地帯に変わりつつあった。樹木が街道の周辺に増え、視界も一気に狭くなり、見通しが悪くなった。
「やっぱり居るか」
ウォンの一言で何が居るのか察した。
周りを調べるのに、目だけに頼ることはしていない。気配と精霊の囁きで気がついた。もっとも、いつも変化に最初に気がつくのがウォンだ。そして、私、カタラと続く。私の場合は、気配を読むだけでなく、周辺の精霊達も私に周囲の状況を囁いてくれる。ならば、一番に私が気づいても良いと思うのだが、ウォンの野生の勘に勝つことが少ない。
街道を塞ぐ集団を遠くに発見した。こちらが先に気がついた為、集団には気づかれていない。気がつかれる前に街道を外れ、樹木の陰に隠れる。気配は、習慣的に常に消す癖がついている。前方の集団には、気配を消しているので気づかれていないだろう。
「さて、どうするんだ。俺は、どっちでもいいぞ」
敵が雑魚なので、ウォンは本当にどうでも良い様だ。
「私にはよく見えなかったのですが、何が居ましたか?」
カタラから詳細を求める意見が出る。僧侶には、この距離を気配だけで敵を知る事は、やはり難しいか。
「敵は、オーク五匹。街道を陣取って、塞いでいる。すでに旅人が何人か犠牲になっている様だ。奴らの足元に数人の死体が転がっている」
カタラに分かりやすく説明する。旅人の犠牲を聞いたところで、カタラの表情が哀しみに変わる。
「仕方ありません。本来は、オークも生きていますので穏便に済ませたいのですが、すでに犠牲者が出ています。残念ですが、危険なオークを放置する訳に参りません。これ以上の犠牲が出る前に…」
「だそうな。ウォン。行こうか」
「了解。作戦は?」
「伏兵の気配は無いから、背後に回って斬る。魔法は無しかな。周りに居る余計な物を呼び寄せたくない。面倒だから」
「じゃ、俺一匹で、ミューレは四匹な。カタラは周辺警戒で」
「ウォンの方が剣技は得意でしょう。数が逆でしょう」
ウォンがやれやれと肩を竦める。何か考えがあるのだろうか。
「俺がオークとやれば一人でも勝つよな。そこで、俺がどれだけこの一年で強くなったかは、一匹で示してやろう。だが、ミューレがどれだけ強くなったかは、四匹退治してもらわないと判らないなぁ」
ウォンがニヤニヤと私を舐める様に見回す。背筋に寒気が走る。
「気持ち悪い目で見るな。そんなに私の実力が気になるのか?」
「もちろんだ。嫌が上でも気配だけで去年より実力が上がっている事が判るぞ。何なら、サクッとオークを俺が倒した後にでも、仕合いでもするか。その方がお互い実力がハッキリするだろう。よし、そうしよう」
やれやれ、ウォンの脳筋ぶりは一年経っても変わらずか。確かにウォンの実力がどこまで上がっているのかは、正直気になる。何せ作戦を立てる時に味方の実力を正しく把握しておく必要がある。そういう点ではカタラの現在の実力も知りたいが、基本は回復役なので、今迄と同じ実力で計算しても支障は無い。
「ウォンとの仕合いは、嫌だ。疲れる。痛い。壊れる。汗をかく。最低でもカタラの家に着くまでは無し」
「つまらん。もっと人生楽しもうぜ」
「ウォンとの仕合いは、楽しくない。魔法無しだと勝てない。まぁ、負けもしないが。それに私は戦士では無く、魔法剣士だと何度も言っているでしょう。真の実力を出すには、魔法も同時に使用しないと無理。でも、魔法を使ったら圧勝かな」
「プププ。言うじゃないか。圧勝だと。ありえないだろう。一年前でも敢闘賞だったろ。それが圧勝に変わるとは思えん」
「一年前でも圧勝しようと思えば、出来ました。お別れだから同じ土俵で戦ってあげたの。気がつかなかった」
「よし、わかった。あの時の仕合いは、それでいい。カタラの家に着いたら、制限なしのガチ勝負だ。いいだろう」
「いいでしょう。泣かせてあげる。冷血と呼ばれる恐ろしさを深層心理に刻んであ・げ・る」
私とウォンが不敵な笑顔で睨みあう。お互いにどうやって組み伏せるか考えている様だ。
続編希望を頂き、ようやくお届け出来ました。
ながらく、お待たせいたしました。
お約束は絶対に守るというのが、私の信条であり、それを守ることができ、ホッとしています。
さて、今回より更新頻度を多くした分、1回の文字数を8,000文字から4,000文字を基準に減らしました。
しかし、前回の週一回より、週三回更新いたしますので、前回よりは一週間で4,000文字多くお送りさせて頂きます。
皆様にお読みいただき、時間の無駄と思われぬように頑張って参りますので、よろしくお願いいたします。




