第2話 秘密
第2話 秘密
僕が殺した上司の名は高橋という男だった。
高橋は毎日のように残業をしている僕に声をかけてきた。
「そんなに残業ばかりしてはだめだよ?」
「すみません。でも、これが終わらないと明日に間に合わないんです」
「君はいつも同じことを言うね。だから君を観察してみたんだ。しばらく。仕事を手に付ける順番がバラバラになっているんだ。人に頼めばいい仕事も自分で片づけようとする。だからひとつひとつが中途半端になるし、仕事が増えるんだよ。そんなことをしていてはいつまで経っても残業続きになってしまうよ」
彼は優しい口調で僕に言った。
「ありがとうございます。でも、その分仕事も覚えられますし、いいじゃないですか」
僕の発言に優しく微笑み、
「確かにその通りだと思うよ。意欲があることもいいことだ。でもね、残業ばかりするのは君の体のためにもよくない。わたしが明日やっておくから今日はもう帰りなさい」
と言った。
うるさいな。僕はあの時、そう思った。
僕は人に頼ることが嫌いだった。自分のことは自分でわかっているし、大丈夫と言えば大丈夫。他人からの同情など受けたくなかった。
中学生の頃だったか。1人でいる僕に担任の先生はわたしを頼りなさい、と言ってくれた。だから、僕はその言葉通り頼ることにした。しかし、何度も頼るうちに先生は僕を避けるようになり、人にばかり頼っていては自分で何もできなくなるわよ、と言われた。
矛盾しているじゃないか。頼れと言ったのは先生なのに。あの裏切りは僕の心にひどく大きな傷をつけた。だからこそ、人に頼ることはしたくなかった。
「いえ、高橋さんも仕事があるでしょうし、悪いですよ。それに下っ端ですからこれくらい当然です」
「青坂君。こんなことは言いたくないんだがね、君は残業をわざとしていないかい?」
高橋は言い辛そうな様子で僕に言った。
わざと?
「これはただの噂に過ぎないから確証もない。それにわたしは君がそんなことをする人間だとは思いたくない。だから、青坂君。極力は残業をしないように心がけよう。わたしも手助けするからさ。ね?」
そんなことはわかっているし、好きで残業など誰がするものか。
内心で大きなため息を吐き、
「はい、ありがとうございます」
と了承した。
その次の日から高橋は僕にかまうようになった。浮気を疑われて離婚してしまったとか、娘に久々に会えたんだとか、どうでもいい話を僕にしてきたり。
残業がある日は高橋も残り、すぐに帰りたいのに飲みに誘って来たり。本人は僕のフォローをしているつもりかもしれないが、正直鬱陶しかったし、彼自体にストレスを感じていた。
限界だった。
同じような日々の繰り返し。ロボットのように毎日決められた時間に起きて、電車に乗って。
そして、高橋の存在。
僕が何をしたというのだ。
僕はサッカー選手になりたかった。けれど、大学時代に試合中の接触事故で膝を怪我し、サッカー選手になる夢は打ち砕かれた。
その後は妥協する毎日だった。就職も。そして、夢も。
夢に見放された僕がどうしてこんな日々を送らなければならないんだ。あんまりじゃないか。
報われていいはずなんだ。
いや、報われなければいけない。
そんな時だった。テレビのニュース番組で当時頭のおかしいと思っていた制度が可決されたことを知った。
20××年4月。成人を迎えた者は40歳以上の人間の殺害を許可する。ただし、1人に限り。
天からの贈り物だと思った。
報われたと思ったのだ。報われずにいた僕を天は見捨てていなかったのだ、と。
そして、僕はその制度を利用し、高橋をこの手で殺した。