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第1話 罪悪

 第1話 罪悪


 スマホのアラームが耳元で鳴る。


 僕はアラームを止め、洗面台へと向かった。


 今日は仕事終わりに杉野とご飯を食べる。それはつまり僕が上司を殺した理由を訊かれることを指している。


 鏡に映る自分の顔にため息をこぼした。


 身支度を済ませ、仕事場へと向かう。


 僕は普段朝ご飯を食べる習慣がない。社会人になってからだったか、もう忘れてしまった。朝ご飯を食べないと頭の回転が悪くなるから食べたほうがいい、と聞くが僕からするとその食べる時間すら惜しく感じてしまっていた。


 オフィスビルに入ると、杉野がエレベーターを待っていた。


「おはよう、杉野さん」


 杉野はスマホから視線を僕に向け、微笑む。やはりクマができていた。


「おはよ、青坂。今日の夜は大丈夫そう?」


「うん。平気だよ」


 そう言いながら、エレベーターに入り、中に入る人がいないかを確認してか閉じるボタンを押した。


 そして、仕事場である8階のボタンを押した。


「今日の会議が終われば、ようやくぐっすり眠れる日々が待ってるよ」


「本当お疲れさま。今日の夜はお疲れさま会だね」


「お疲れさま会。うん、いいね」


 杉野は腕を組みながら、しみじみとした様子で言った。


「美味しいお酒飲んで、美味しいおつまみを食べる! はあ、楽しみ!」


 今度はガッツポーズをとり、目をキラキラと輝かせている。


 それと同時に8階に到着し、彼女は我に返ったようだ。


「いけない! まずは今日の会議を乗り越えなきゃ。それじゃあね、青坂。また後で」


「了解。頑張って」


 杉野と別れ、自分のデスクへと向かう。過去を思い出さぬよう、忘れてしまえるように黙々と作業をこなすと昼休みになった。


「あ、青坂さん。昼飯一緒にどうですか?」


 両手を上にあげて、体を伸ばしていると、加藤が言った。


「あれ? 今日は奥さんの手作り弁当じゃないの?」


 彼はいつも愛妻弁当と呼ぶのか、奥さんが作ったお弁当を食べている。いつも外食の僕は彼とはご飯を食べたことがない。そんな彼が昼食を誘ってくることは稀有なことだった。


「はい、そうなんですよ。今日は嫁が起きるのがいつもより遅くて」


 残念そうな表情で加藤は言った。


「そうなんだ。喧嘩でもしたのかと思ったよ」


「喧嘩なんてそんな! しないですよ」


「そっか、ならよかったよ。それじゃ、僕がいつも行く定食屋さんでもいいかな?」


「はい、ぜひ!」


 2人でオフィスを出て、5分程歩いたところに定食屋がある。そこは生姜焼き定食が特に美味しく、ご飯はお代わり自由、と朝ご飯を食べない僕にとって最高の場所だ。老夫婦が営む代々続く定食屋らしく、メニューのすべての頭に昔ながら~、とついている。


 外装は古く、古民家で、時代を感じさせる。内装も古く、歴史ものが好きなものにはたまらない店だろう。


 僕はいつもカウンター席を選ぶ。加藤と2人で並んで座る。


「すごい時代を感じるお店ですね」


「加藤は普段あまりこういうお店に入らなそうだもんね。さぞ窮屈かもしれないけど、味はすごいから」


 僕はこの定食屋を営む老夫婦を庇ったのか、けなしたのかはわからないが、言った。


「いえいえ、そんなことないですよ。僕こういうお店大好きなんです。おしゃれな店ももちろんいいですが、こういう古くから伝わる伝統のお店の方が美味しかったりしますし。何より、タイムスリップできたような気分になれて、とても楽しいです」


 僕のような庇う言い方ではなく、心から思っているであろうその言葉に僕は謝りたくなった。


 2人とも昔ながらの生姜焼き定食を頼む。そして2人とも2回ご飯をお代わりした。


「ごちそうさまでした! とても美味しかったです、また来ます」


 加藤が笑顔で老夫婦に言うと、老夫婦も笑顔でどうも、と言った。


 オフィスへと戻り、午後の仕事へと移った。


 正直、昨日の出来事についての話になると思ったのだが、食事時であるから気を遣ったのか話題にはならなかった。


 話題にならなくて本当によかった。そこから僕の話へと移ったら大変だ。


 そんなことを思いながら、仕事を終え、帰宅時間となった。


 終わった合図を杉野が目で訴えかけてくる。


 僕はそれに首肯で返し、立ち上がる。


 先に出て、エレベーターを降り、フロント奥にあるコンビニに入る。


 というのも、杉野は会社で男性の中で人気を誇るほどの美人だ。だから、彼女を狙う人間が少なからずともいる。できる限りの配慮はしなければいけない。


「お待たせ!」


 読んでいた漫画雑誌を棚に戻す。


「お店とか決まってる?」


「いや、特には。駅前でいいかなって思ってたくらいかな」


「そっか。じゃあ、わたしが決めても大丈夫?」


「うん、お任せするよ」


「おっけい。少し歩くよ」


 僕は首肯し、外に出た。


 15分ぐらい歩いただろうか。ようやく、お店へと到着した。


「はい、とうちゃ~く。ここすごくご飯が美味しいから、疲れも吹っ飛ぶよ!」


 相当我慢していたのだろう。エレベーターで一緒になった時よりも目が輝いていた。


 外装は僕が普段昼に行く定食屋に似た古民家風で、古い居酒屋だ。開き戸を開けると、楽しそうな喧騒が聞こえた。


「いらっしゃいませ。あ、美雨ちゃんじゃない。久しぶりね」


 50代ぐらいだろうか、目元にしわを作り、笑顔を浮かべている。美雨とは、杉野の下の名前だ。


「はい、お久しぶりです~。忙しくてこれなかったんですよ」


「そうなの? クマができてるじゃない! 大丈夫なの? しっかりご飯とか食べてるの?」


「はい。ご飯は食べてます。でも、寝れてないかな~」


「そうなの? それは大変ね。だめよ、しっかり寝なきゃ。あたしなんか昔に寝ずに仕事して倒れたことがあって──ってごめんなさい。あたしったらご案内もしないで。すみませんね~。こちらへどうぞ」


 店員さんは僕を見て、申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


 カウンター席があり、テーブル席が6つある。カウンター席には誰も座っていなく、僕たちを含め、4つのテーブル席が埋まっていた。


 おじさん同士2人で飲んでいる者。若い新入社員同士だろうか、2人で飲んでいる者。そして、若い女性が1人でお酒を飲んでいた。


「とりあえず、生ビール2つで。青坂、生で大丈夫だよね?」


「ああ、うん。ありがとう」


「じゃあ、生ビール2つで」


「はい、了解」


 オーダー後、すぐに生ビールが運ばれ、2人で乾杯をする。


「今日はわたしの会議お疲れさま会ということで、お疲れ様で~す! かんぱーい」


「か、乾杯」


 元気な様子でごくごくと音を立てながら飲む、彼女を一瞥し、僕も生ビールに口をつける。


 刺激のある炭酸が喉へと届き、冷たいビールが喉から流れていく。


「ぷは~」


 つい出てしまった声に杉野は嬉しそうな表情を浮かべた。


「おお! いい飲みっぷりだね~。よし今日はじゃんじゃん飲むぞ~。おばさん、生追加で2つ。あと、焼き鳥の盛り合わせもお願いしまーす!」


 2人で飲むこと2時間。まだ、あの話については触れられていない。話の内容は会議の話だけだった。


「お嬢ちゃん大丈夫?」


 店員さんの声が聞こえ、2人で声の方に視線を向ける。1人で飲んでいた若い女性が突っ伏していた。


「だいじょーぶでーす」


 ろれつのまわっていない状態だ。1人で帰れるのか?


「お嬢ちゃん1人で帰れるのかい? すごく酔っぱらってるけど。だから、それほどにしときなさいって何度も言ったのに」


「大丈夫ですよ。らいじょーぶ! ひっとりで帰れまーす!」


 完全に酔っぱらっているな。僕は席を立ち、彼女のもとへと寄る。


「君はだいぶ酔っぱらっているよ。1人で帰れる状態じゃない」


「う~ん……」


 彼女は僕の言葉に反応はしたが、眠ってしまった。


「杉野さん」


「はいはい!」


 彼女は焼き鳥をほおばりながら返事をした。


「食べているところもうしわけないだけどさ、この子を今日杉野さんの家で泊めてあげることってできるかな?」


「うん。いいよ!」


 あまりに単調な返事に僕はもう一度聞く。


「この子酔っぱらっているみたいだから、今日杉野さんの家に泊めてあげてほしいんだけど、いいかな?」


「聞こえてたよ、青坂。その子を泊めてあげればいいんでしょ。わかったわ」


「あ、ありがとう。本当に大丈夫? なんか軽く言ってるけど……」


「全然平気! 任せておきなさい!」


 と、言い、彼女は自分の胸を叩き、むせた。


 不安しかない。


 杉野のお疲れさま会は1人の酔っぱらった女性によってやむなくお開きになった。


 僕にとってこの日を何事もなく、終えれたことはせめてもの救いだった。

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