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第1話 罪悪

第1話 罪悪


 デスクへと向かい、先ほど加藤から貰った資料に目を通す。けれど、頭に入らない。文字をただ眼だけが追うだけ。家族写真だろうか。公園のブランコをバックに小さな女の子が両親らしき人と手をつないでいる写真がプリントされていた。顔が見切れていて両親なのかは判別がつかないが、たぶんこの子の親だろう。


 内容が頭に入らないまま、加藤に返した。


「はい、これ。チェックオッケー」


 加藤は鏡を見て自分の前髪をいじっていた。


「ありがとうございます。すみません、今日は何だか寝癖が気になって」


「あ、いや、いいよ。別に髪の毛をいじるぐらい何も思わないよ」


 そう言うと、加藤は安堵の表情を浮かべる。


「すみません。ありがとうございます。昨日の夜、この資料を最終チェックをしたり、手を加えたりしてたので起きるのが遅くなってしまって。それで支度の時間があまりとれなかったんです」


 確かに加藤を見てみると普段と違うような気がしていた。いつもなら高そうな時計を身に着けているのだが、急いでいたのだろう。いつもと違う時計をしていた。


「そっか。遅くまでやってたんだね。お疲れさま」


「いえいえ。青坂さんに見てもらいたくて」


「ありがとう。よくできてたよ。それじゃ」


 加藤のデスクから去る。


 夜遅くまで練って作った資料を僕はただ文字を追うだけだった。内容も確認できたわけではない。加藤に罪悪感を抱き、僕はコーヒーを淹れることにした。こんなことで罪滅ぼしになるわけがないというのに。


 加藤にコーヒーを渡し、残りの仕事をこなすと、帰宅時間になった。残業で残る者もいる中、僕は早々に帰宅した。


 オフィスを出ると、夏の涼しい風が僕の頬をなでる。空を見上げると、ビルの隙間から月が顔を出していた。


 駅に向かうであろう人ごみの中に混ざる。楽しそうに談笑しながら歩いている者、疲れ切った表情をしている者もいて、対極な感情が渦巻いてる。


 そんなことを思いながら歩いていると、女性のような悲鳴声が聞こえる。


 大勢の人だかりができ、歩行通路は人で埋め尽くされた。


 僕は隙間から顔をのぞかせ、見てみると、そこには40代ぐらいだろうか、男性が腹部に血を流しながら倒れていた。


 倒れている男性の傍にいたのは刃物のようなものを持った、若い女性だった。どちらもスーツ姿であることから、会社員だろう。


「大丈夫ですか?」


 その女性に一人の男性が声をかけている。


 あれは加藤だ。


 その後の言葉は雑音にかき消され、しばらくすると、パトカーが現れた。


 青色の制服を着た警察官が女性をパトカーへ誘導し、ほかの警察官が倒れている男性のもとへと向かう。


 首を横に振ったことから、亡くなったであろうことが分かった。身分証明書のようなものをポケットや荷物から探り、警察官は頷いた。


 この合図は殺害された人間が40代以上であることを意味している。


 同じような光景を見た僕に間違いはない。


 あの時も僕は彼女と同じようにパトカーの中に誘導され、簡単な話をされた。


 しかし、その説明をする彼らの表情は笑顔で、人間と話してる気にはなれなかった。


 悪魔。


 そう言い現わすのがふさわしい気がした。


 説明の内容は、自分が殺害した人間が40代であることを知って行ったのかということ。殺害された人は40代以上であったこと。


 そして最後に彼らは手を口の前に持っていき、飲み物を飲むようなそぶりをしてこう言った。


──嫌なことはお酒でも飲んで忘れちゃいな。


 と。


 きっと彼女もそんなことを言われるのだろう。なんとも言えない感情が僕の中で暴れだしそうになった。


 救急車も到着し、亡くなったであろう男性が運ばれていく。


 僕──僕たち野次馬はただただ見ているだけだった。


 人だかりが消えたころ、僕は加藤のもとへと歩み寄る。


「お疲れさま」


 声をかけると加藤は振り向き、微笑んだ。


「青坂さん。見てましたか? 大変でしたね」


「うん。さっきの女性に声をかけてたみたいだけど、知り合い?」


「いえ。知り合いじゃないですよ。動転していた様子だったので、声をかけただけです」


「そうだったのか。呼び止めて悪いね。それじゃ」


「はい。また明日」


 笑顔で言う加藤を横目にその場を去った。


 家に帰宅し、テレビをつけると、今日の出来事はニュースにもなっていなかった。


 そう。ならないのだ。僕の時もそうだった。


 僕は帰宅途中で買ったコンビニ弁当をレンジで温めていると、ふと思う。


 自分自身が人が死んだということに気が動転してないということに。


 コンビニ弁当を食べながら、かつての自分ではないこと。そして、僕はあの日、この手で人を殺したのだ、と自覚した。

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