第1話 罪悪
第1話 罪悪
僕はあの日、どうかしていたと思う。
そうだ。きっと疲れていたんだ。
呪われたように、毎日同じ時間に起床し、満員電車に乗って仕事場へと向かう。職場に着けば、上司に怒鳴られる日々。
変わることのない灰色のような生活が続いていた。彩のない曇天の毎日。ほとんど変わらない同じ毎日の繰り返しに身も心も疲弊しきっていたんだ。
だから、僕はあんな行動をとったんだ。
でなければ、僕が人を殺すなんてことをするはずがない。
自分の上司を殺した僕は捕まることなく、今もあの時と変わらない日々を送っている。
「すみません。これ確認をお願いします」
嫌な過去を思い出し、ぼーっとしていると社員の加藤の声が聞こえた。綺麗なスーツを身にまとい、輝くような瞳をしてる加藤は僕とは対極的だ。
彼は人殺しの僕になぜ同じように接していられるのだろうか。
「あ、ああ。了解」
負い目を感じながら、了承し、一人オフィス内にあるコーヒーを淹れに席を立つ。仕事上仕方がないが、過去を思い出すと、一人になりたくなるのだ。
「あ、お疲れ」
「お疲れ様」
コーヒーメーカーの前には同僚の杉野がいた。杉野は女性社員で髪色はブラウン。ショートカットがよく似合っている。可愛らしい顔をしている彼女だが、今の僕には癒しにはならなかった。
「どうしたの? なんだか死んだ魚の目してるよ?」
死んだという言葉に反応してしまいそうになるが、その気持ちを必死に抑え、僕は言う。
「そんなことないよ。杉野さんこそだいぶ疲れてるんじゃないの? 目の下にクマできてるよ。会議あるんだっけ?」
「そうそう。資料作ったりしなきゃで徹夜続きよ。もう本当疲れる」
「あまり無理しないようにね」
そう言ってコーヒーメーカーのスイッチを入れる。ウォーンという音がなり、緑色のライトが点滅する。湯気が上がり、白色のマグカップにコーヒーが入る。
「うん。ありがとう」
コーヒーも入ったし、その場を去ろうとすると、呼び止められる。
「ねえ、青坂。明日会議終わったらご飯いかない?」
「え? ご飯?」
「そ。ご飯。たまにはいいでしょ? それに話したいことあるし」
話ってなんだ? まさか殺人を犯したことについてなんじゃ。
「決まりね。明日の夜空けといて。それじゃ」
そう言い捨てて、杉野は立ち去った。断る隙も与えずに。
一人取り残された形となった僕はコーヒーに口をつけるが、思ったよりも熱く舌をやけどした。
杉野と食事。何を訊かれるのだろうか。そんな不安を抱きながら自分のデスクへと向かった。