声フェチ&マザコンの俺が学園一の美少女に告白されたのでお断りします。
「貴方の事が好きです!付き合ってください!」
高校二年の六月、人生で初めて女子に告白された。
その相手は、学園一の美少女とも呼ばれる菅原妃だった。
容姿端麗を張り付けたかの様なその美しい見た目は誰もを魅了するとかなんとかクラスの男子が言っていた。
スタイルも良くて、性格もいい。
そんな彼女は、この俺、新堂声を好きだと言う。
俺にはこれといって特質する点はない。
顔は中の中、性格は根暗が妥当、死んだ魚の目をしていて声に覇気もない。
頭だって別に超頭がいいと言う訳ではない、そこそこだ。
そんな彼女が俺に告白していると言う状況は、きっと誰がどうみたってあり得ない光景なのだろう。
けれど事実なのは仕方がない、今目の前で起きていることをちゃんと受け入れるべきだろう。
俺は菅原さんに死んだ魚の目をして見据えて言った。
「俺、菅原さんとは付き合いたくない」
あ…。
「どう…して…?うっ…」
あぁ…失敗したぁ…。
いくらなんでも言葉を選んで発言するべきだな俺は、泣かせてしまった。
弁解をしとこうか。
「菅原さん、別に俺は菅原さんが嫌いな訳じゃない。
ただ恋人としては無理なんだ」
「どうして…なの…?」
どうして、か。
まぁ菅原さん見たいに何もかもが完璧な人を振るなんて確かに不思議に思う。
けど菅原さんは一つだけ満たしてない物がある。
それは俺にとって最も重要な事だ。
俺が求めているもの…
ーーそれはたった一つ…。
「俺『声フェチ』なんだ」
そう、何を隠そう俺は『声フェチ』である。
声フェチなのだ、どうしようもない程に。
俺が恋人に何を求めると聞かれればそれは、声、だ。
声が綺麗な人、声が可愛い人、こう呼ばれる人らと俺は恋に落ちたいと常日頃から思っている。
けれど、菅原さんはそのどちらも満たしていないのだ。
それ所か、菅原さんの声は俺にとって、聞いてて目障りと思ってしまう程にダミ声だ。
かっすかすの声に滑舌もそんなに良くない。
日常会話としては全然気にしないのだろうが、俺程の声フェチになってくるとダメなのだ。
聞いてて不愉快極まりないし、俺はクラスとかでも自分の好きな声を聞くだけが為にイヤホンをしている。
クラスのダミ声共の声を聞きたいとは思わないからだ。
先生も同様、中には透き通っていていい声の先生もいるが、数学と体育はダメだ。
あいつらの声を聞いていると耳が汚れる。
まったく…ボイトレでもして出直して来てほしいよ…。
更に付け加えると、菅原さんの声は俺的に言えばクラスではワーストと言える程に聞いていていいと思えないのだ。
だから俺は、菅原さんとは付き合いたくないのだ。
と、菅原さんに説明した。
「そんな…声だけで…」
「俺にはそれが全てなんだ、悪いね」
そう言って俺は去る。
正直今すぐこの場から離れて、イヤホンをしたい。
だが、そう上手くは行かない。
「…納得行かないよ…納得出来ないよ!
そんな理由で、そんなことで!!私本当に新堂君の事が好きなの!あの時新堂くんは私を助けてくれたじゃない!大丈夫って優しく声をかけてくれて…それで私は貴方の事が好きになったの!単純でもなんでも私はーー」
菅原さんの声は段々と大きくなり、その掠れた声を振り絞るかの様に叫ぶ。
俺はそれに耐え切れなかった。
「菅原さん」
俺は菅原さんの台詞を途中で遮り、菅原さんを見つめて言う。
「黙っててくれないかな?」
最後にそう言って俺は家へと帰った。
さすがに言い過ぎたかも知れないが、こうでもしないとあの嗚咽の様な声を永遠と聞き続けなきゃいけない、そんなのはゴメンである。
俺の人生は、至高の声を持つ人に捧げるのだ。
『声フェチ』の定めと言うべきなのだろうか。
やはり恋人には聞いていて落ち着き、癒され、高揚感を覚えるべき相手ではないとダメだろう。
けど…そんなに人生と言うのは上手くいかない。
今見たいに、どんなに完璧だろうと声がダメなら俺にとっては話にならないのだ。
俺の全て、印象は声から始まる。
恐らく俺ほどの『声フェチ』はいないだろう。
そもそも俺が『声フェチ』になった切っ掛けと言うか、元凶がいるのだ。
後もうすぐでその元凶とご対面である。
俺は家の扉を開け「ただいま」と一言つけると、向こうからトトトと言う擬音を奏でてやって来る。
「おかえりお兄ちゃん♡」
これが、元凶である。
この模範解答の様な『萌え声』を発した張本人、妹…ではなくーー
「ただいま『母さん』」
俺の母親、新堂言音だ。
「ねぇお兄ちゃん!人肉にする?泥棒猫にする?それとも…ほ・う・ちょ・う?」
おかしい、選択肢に、わたし、が欲しかったのにないなんて。
この三卓どれを選んでもダメな気がする。
おいハッピーエンドルートを俺に寄越せ。
ま、冗談は置いとくとしよう。
「で、今度はどんな役を貰ったのさ?母さん」
「ほら最近人気のラノベ『お兄ちゃんを殺したいけどまずは周りにいる泥棒猫達からだよね!』のヒロインのヤンデレラちゃんよ、今度アニメ化するの」
「あ、それ読んだことあるよ。
すごく鬱になるけどコメディセンスがあるよね、アニメ化するんだ」
もうお気づきだろうが、俺の母親は『声優』をやっているのだ。
しかも、いまだ現役で人気声優、アワードの受賞歴もあり、ベテラン声優だ。
歳はと言うと37歳、けれどその歳と見た目の年齢がまったく一致しないのが母さんだ。
母さんの見た目は、長く靡く艶やかな黒髪と、抜群なスタイル、とろんとしている目と黒い瞳、整いすぎている顔、この外見も人気の一つである。
もはやアイドル声優としてもてはやされていた。
そのせいか、最初の頃の結婚の騒動の時はそりゃ批判が多かったらしい。
『裏切り者』
『このビッチが』
『もう声も聞きたくない』
などなど。
この頃の仕事の量は激減した、けれど段々時が経つにつれ、周りの反応は変わった。
声優として頑張る母さんの姿勢に心打たれる者、母さんの頑張りは評価され、周りの声も変わった。
『言音ちゃんの声を聞いていると頑張れる』
『いつも元気をくれてありがと』
『人妻になってからむしろ可愛さと色気アップしてね?』
などなど。
とにかく、母さんは人気声優の地位を今だ欲しいままにしているのだ。
俺自身、母さんはとても魅力的な女性だと思う。
家事は万能だし、優しいし、思いやりあるし、可愛いし、そして何より、声が本当にいいんだ。
役を作るときの母さんの声は勿論の如く好きだが、それ以上に、母さんは地声が一番いい。
透き通っていて、なお優しく、それでいて耳元にすっと通るその声は本当に最高だ。
そのせいか俺は普通の声ではもはやイラつく程の声フェチになってしまった。
だからある意味『元凶』と言えよう。
うん、本当母親じゃなかったら人生の全てを捧げたいよ。
マザコンと罵られようがいい、俺は母さんの事は好きだし。
すると、俺が靴を脱いでいると、母さんはもじもじしながら頬を染めて言う。
「ねぇ声ちゃん…『いつもの』…いいかな?」
そろそろだと思ってたよ。
「うん、いいよ」
微笑みながら答えた。
「じゃあソファに…」
「うん」
俺は母さんに着いて行く形で移動する。
俺はソファに座り、太ももをポンポンと叩いて「おいで」と手招きした。
母さんはそのまま『膝枕』され、俺は母さんの頭を優しく、髪が乱れないように沿うように撫でる。
「ふぎゅう~♡」
母さんは可愛いらしい声を上げる。
「よしよ~し」
俺はそのあまりの可愛さについ甘い声であやしてしまう。
「声ちゃ~ん♡」
これが母さんが言う『いつもの』である。
俺に甘えること、それがいつもやっている行為。
母さんが俺に甘える様になったのは俺が中一の時だった。
中一の時、家に帰ると泣いてる母さんがいた。
俺はその理由を知っていた…俺の父さんは…小さい頃に死んだんだ。
交通事故だった。
俺に父さんの記憶はない、けれど母さんには強く刻まれていたはずだ。
そして、成長するにつれ、父さんに似てきた俺の姿を見て耐えられなくなったらしい。
俺は、そんな母さんを見て耐えられず、つい抱き締めてしまったのだ。
『大丈夫だよ』
『俺がいるよ』
『泣かないで』
何度も慰めた。
泣いて、泣いて、泣き喚いて、これまで募ってきた感情が爆発したのだろう。
俺はそれを全て受け止めた。
その内母さんは泣き止んだ。
母さんの為に、俺は母さんの感情を受け止めたのだ。
この事を切っ掛けに、母さんはたまに(ほぼ毎日)俺に甘える様になった。
甘えには色々種類があり、場所によって変わるのだ。
今日はソファ、ソファの時は『膝枕』。
頭を撫でて、母さんを甘やかす。
正直、この時間は俺にとっても母さんにとっても幸福の時間と言える。
母さんは可愛いなぁ…。
「もう俺母さんがいればなんにもいらないかも」
「私も…声ちゃんがいればもう何もいらないよ…」
「はぁ…血が繋がってるって絶対的な繋がりがあって家族の絆の確認は出来るけど、母さんとそれ以上の関係になれないと思うと何だかなぁ…って感じだよ」
俺はつい、本音が漏れてしまう。
実際の所、俺の理想の女性と言うのは母さんそのものなのだ。
俺の周りには母さん以上の女性がいないのだ。
「も、もぉ~声ちゃん冗談が上手なんだから、それじゃそろそろ夕飯作っちゃうね」
冗談じゃないんだけどなぁ…。
「うん、楽しみに待ってるね」
俺は母さんの夕飯を楽しみに待つ。
母さんはいつも俺が誉めたり、好き、とか、愛してる、見たいな事言っても冗談と思われて流される。
まぁ仕方がないことだとは思うよ。
俺は息子だし、そう言う目で見れないってのも。
でも俺は、母親として、女性として、どちらとしても見てしまうのだ。
いけない事だとはわかってる、変だって事も。
けど、こうなったのは全て母さんのせいだ。
俺が『声フェチ』になったのも『マザコン』になったのも母さんが『元凶』なのだから、責任をとってほしいよ、まったく。
ま、そんな実らない恋をするのもどうかと俺自身思ってるし、そろそろ新しい恋をして見ようかな。
その相手が見つかればだけどね。
「あ!忘れてた」
すると、母さんは何か思い出したかの様にこちらに近寄る。
「ん?」
そしてーー
「ちゅ♡」
頬に口付けをされた。
俺はそれに呆然としながら、母さんを見詰める。
そして母さんは俺に満面の笑みを向けて言う。
「おかえりのちゅー!忘れてたわ♡」
…やっぱ、他に好きな人なんて見つかりそうにないや。