オーガ騒動の結末
ギランが意識を取り戻して「……うっ?」とうめき声を上げると、「お? 目が覚めた?」とアスト達と話をしていたエターナは駆け寄って行く。
手足をロープで縛られた状態で土の上に寝かされているギランのいかつい顔を覗き込みながら「大丈夫?」と尋ねる。
「……俺は何で……生きてるんだ?」
「変な事言うわねぇ……あたし達があんたを殺すとでも思ったの?」
実際はアストとシエラはトドメを指すべきと主張したのだが、エターナは断固反対したのである。 オーガを行動不能にしたのがエターナである事と、自分達にもピコハンで殴りかかってきそうな彼女の剣幕に負け渋々ではあるがひとまず拘束で済ませたのである。
「お前こそ変な奴だな、人間は俺達を殺すもんだろ?」
ギランの言う事がさっぱり分からずに首を傾げるエターナの後ろにアストがやって来る、拘束はしていても油断なく抜いている剣の刃がところどころ欠けているのは先の戦闘のためだ。
その彼の数歩後ろにはシエラもいる、彼女の表情にも不安と緊張の色がある。
「彼ら……オーガは人間を襲います。 故に逃がして人にまた危害を加える危険がある以上は殺すしかない……という事です」
シエラが説得するかのように言うと「……そういうこった、嬢ちゃん」とギランも同意してみせる。
「ふ~~ん……でも何で? あんた達ってヒトを食べるの? それとも何か恨みでもあるとか?」
ギランが答えないのでシエラとアストにも「どーなの?」と聞く。
そう言われればシエラとアストも言葉に詰まる、書物や人から聞いたという差はあっても、二人共オーガとはそういうものだと認識していたに過ぎないからだ。
「……俺達は肉は食うが人間は食わん、恨みは……ないとは言わんが、別にそれが理由でもない。 俺らの縄張りに入って来た連中に対し攻撃していただけだ」
それも別に最初から殺す気もなく、最初の威嚇で逃げるなら追いはしない。 あくまで戦いの結果として命を奪っていたに過ぎないとギランは説明する。
「まあ……中には好戦的とか凶暴な奴とかもいはするがな……」
ニンゲンにも悪党はいるし当然かなとエターナは思う、要するにオーガ全体で見れば悪い奴らではないのだ。
「そんな話を信じろっていうのか?」
多少動揺した口調でアストが言うのに、「……別に信じなくていいぜ?」とどうでもよさそなギラン。
「でもさアスト、逃げる相手を追わないって本当だよね?」
「それは……」
確かに最初の交戦時にそうだった、ギランがその気ならばあの場で全滅だってありえた。
「しかし、何故です? わざわざ敵を見逃して……?」
黙っていたシエラが口を開く、これは素朴な疑問だった。
「……自分達のためだよ」
食料にする獲物であれば確かに執拗に追いはする、それは生きるために当然の事である。
だが、敵と戦い傷つけ殺すという行動は、逆に自分が傷つき殺される危険もあるのだ。 例えば縄張りの奪い合いで相手を殺したとしても、自分が傷を負っては他の敵にやられてしまうかも知れない。
自然界には法律はないが、無秩序の世界ではない。 自らを、あるいは種そのもの守るために暗黙のルールは存在するのである。
オーガの世界で戦いとは強さを見せつける事こそ目的であり、不必要な殺傷は決して目的ではないだ。 俺は勝ってもお前を殺さない、だから俺が負けても殺すなよというのは、すでに身体に刷り込まれた本能に近いものだ。
「……成程」
ギランを完全に信じられないにしても、一定の説得力はある話だとシエラは判断する。
「じゃあ、何でこんな事したんだよ? ここら一帯がお前の縄張りだと言うのか?」
「これは仕返しだ、お前ら人間に対するな」
そもそもギランはここから遠く離れた森の奥で仲間と暮らしていたが、ある日やって来た人間の大群に追い出されてしまった、しかもその渦中で多くの仲間も殺されていた。
「何でよ! 酷いじゃんっ!!」
「おそらくはその森を人の住む土地に開拓するため、危険なオーガを駆除するためでしょう」
いきり立つエターナにシエラが予想を言うと、「だろうな……」とギラン。
「最低ね。そいつら!」
「ともかくな、その後に一人彷徨っている時に魔王様に誘われ、俺は力と引き換えに奴の手下になった」
「それが硬化の……って、やっぱりお前は魔王の!」
「アストだったか? そういうこったよ」
いくら硬化の力があってもたった一人で人間の群れを相手に力技で勝てるとは思わず、物資の流通を妨害し人間を困らせてやろうとしたのが、今回の事件だった。
仕返しといっても敵討ちという概念はオーガにはない、言い方は悪いが死ぬのは結局そいつが弱いからだ。 それゆえか、まだ恨みや憎みという感情はあっても、命の代価を命で払わせるというまでの発想がオーガに希薄なのだ。
故に自身の安全も考慮した上での仕返しであったのだ。
アストとシエラは複雑な表情でギランの話を聞いていた、彼の言う通りなら非は人間の側にあるし、自らの都合だけで彼らの居場所を奪った人間の方が悪に聞こえたからだ。
「む~~? でもさ、やっぱこんな事しちゃダメだよ?」
「何?」
「だってさ、シエラの村のヒト達はあんた達に何もしてないじゃん? あんたに酷い事したヒト達ぶっとばすのはいいけど……関係ないヒト困らせちゃだめだよ」
いたずら小僧を窘めるかのような、そんな口調である。 先ほどまでの無邪気な女の子ではなく、どこか大人びたお姉さんという雰囲気がある。
「…………」
「それってきっと悪い事だから、そしたらみんな余計にあんたの事悪い奴だって思っちゃうよ?」
そう言った顔は年相応の無邪気で優しい笑顔であるのに、不思議な女の子だなこいつはとギランは思い、何だか仕返しとかどうでも良くなってきていた。
「お前……俺にどうしろと?」
「うん? もう悪い事しないって約束して、それだけだよ?」
エターナの小さな子供に言うかのような言葉には「ちょ、ちょっと待って!」と抗議するアストである。
「こいつは魔王の手下なんだぞ! そんな簡単に……」
「そうですね、流石にこのまま開放とはいかないでしょう」
シエラも同意する、彼が思っていた程に悪人ではないにしても魔王の手下である以上悪事を働かないという約束もしたにしても、安易に信用してはいけないと思う。
「何よ! 結局は殺せっていうのっ!?」
ギランを庇うように彼に背を向け抗議するエターナ、警察みたいなとこに連れて行ってきちんと裁いてもらうというのならいいが、聞いている限りオーガに対してそういうものはなさそうだ。
「そうするしかないんだ、どうであれ僕達と彼らは敵にしかなれない!」
アストは切っ先をエターナに向けたのは、どいてくれという意思表示だ。 だが、それを見返すエターナの蒼い瞳には絶対に動かないという強い意志が感じられて彼は内心で戸惑う。
「エターナさん、おそらくはあなたの方が正しいのでしょう……ですが、私達には彼を信用する事は出来ないんですよ。 人とオーガとはそういう間柄になってしまっているのだから……」
感情を押し殺した淡々とした声だった、自分が運よく普通の人間達に受け入れられて、彼らオーガはそうはいかなかったというだけだと分かっても、シエラには人間の味方をするしかないのである。
「そういう風だからいつもまでもそうなっちゃうじゃないっ!! それでいいのっ!!?」
「良い悪いじゃない! 僕達にはそうするしかないんだ!」
取っ組み合いにでも発展しそうな人間達のそんなやり取りを黙って聞きながらギランは考える。 人間に負けた以上は殺されるのは覚悟したものの、エターナという変な少女の言動を見ているとこのまま死ぬのも馬鹿らしいと思えていた。
「……だったらよ、”取引”なら信用するか?」
唐突な言葉に三人は口論をやめてギランを見やり、「取引?」と怪訝な顔でシエラが聞き返した。
「俺の知っている魔王様の情報とこの村から手を引くという条件と引き換えに、俺を見逃せってこったよ」
エターナは「まあ、それでもいいけど」と即答したが、後の二人は渋い顔で考え込んでいる。 妥協案としては悪くないとは認めるが、やはり魔王の手下を見逃すというのは抵抗がある。
五分ほどの沈黙のちに、「……仕方ありませんかと」と根負けしたようにシエラが言った。
「シエラさん?」
「このままでは埒があきませんし、魔王の情報というのは悪い話ではないでしょう?」
「そりゃあ……」
エターナがただの子供なら傷つける事なく強引に力で押さえつけも出来るがそうではないし、心情的にも彼女と争うのは出来れば避けたい。 何よりアスト自身にも本当に殺してしまっていいのか?という葛藤もあった。
「仕方ないですね……」
観念した風に溜息を吐いてエターナを見れば、勝ち誇ったような顔で笑っていた。
こうしてオーガの騒動は一応の幕引きを迎えた。
建前としてはアストに敗れたオーガの命乞いを受け入れたという事にした、その方が村の住人も納得するからだ。 逃がしたオーガが他で悪さをするかの心配を村人がしないのは、厄介ごとが自分達に無関係となればそれで良しとしてしまう人間特有の心理であろう。
遠くの地の災害で一万人もの死者が出たとしても、自分の生活に影響がなかれば気の毒とは思っても、どこか他人事と割り切れてしまうのと同じである。
今回はそれで変に追及されないのを好都合とは思っても、複雑なものを感じざるを得ないシエラである。
ギランから得られた魔王の情報は、まず”魔王の使い”と名乗るものが現れて勧誘され、了承するとダーク・タブレットという道具をくれた事。 そして以降はダーク・タブレットを通して指令がくるという事、またそれで他の魔王の手下とも交信出来る事を教えてくれた。
エターナが好奇心からか自分にも使わせてと言ったが、流石にそこまでは出来ないと言われてしまう。 ギラン自身の身の安全を思えばそれも仕方ないと思う、情報漏洩ですら危ういラインではあるが。
アストは魔王はいったい何を企んでいる?と質問したが、ギランは「分からん」と言うだけだった。 確かに何かをしろという指令がくることもあるが、基本的には与えた力で好きなようにしろというだけらしい。
どこまで有益かは不明な情報ではあったが、向こうが約束を守った以上はこちらも守らねばならないのでギランを開放してやると、彼はいずこかへと去って行き、少なくともアスト達が出発するまでの一週間の間に姿を見せる事はなかった。
村の入り口でシエラに見送られるアストは、「では、お世話になりました」と軽く頭を上げた。 その彼の隣に立つエターナの背には旅用の小さな皮のリュック、中には今後に備えて村で調達出来る限りの物が入っている。
「いえ、大した情報も分からず……」
「いや、”サイクラノ山”にあるかも知れないと分かっただけでも十分ですよ」
いくつもの書物を調べてようやく見つかったのが、”勇者が魔王を倒したのちに聖剣をサイクラノに封印す”という一文だけだった。 しかし、目指す先が見えたというのはとても大事な事だと思う。
「そうね……でも……」
言いながらエターナへと視線を移す。
「出来ればあなたが元の世界へ戻れる方法も分かれば良かったんだけど……」
「ん? 大丈夫だって、きっとそのうち分かるわよ」
本当に心からそう考えていると分かる笑顔のエターナが異世界から来たというのを、アストもいろいろあって流石に今は理解していた。 魔王討伐という最中に厄介ごとを抱え込んでしまったなというのも本音だが、何とか彼女を元の世界の家族の元へ返してあげたいのいうのもまた本心である。
「……では、そろそろ行きます」
「あ、ちょっと待ってアスト君……」
そう言ってしばらく迷っていた風のシエラだったが、やがて意を決した顔でエターナを見つめた。
「エターナさん、あなたの命を大事に思う優しい心は、異質な存在であっても信じて受け入れようとするのはとても大事よ。 だけど……私達は決して神にはなれない、命を奪わざるを得ない時もあれば、信じた相手に裏切られる事も必ずある……すべてを救う事は絶対に出来ないのよ」
「……シエラ……?」
シエラの真摯な瞳は、どこかトキハが大事な事を教えてくれる時のそれに似ていて、エターナはただ黙って聞いてしまっていた。
「でもね……あなたのその心は絶対に失くしてはだめよ? 命を奪う事を肯定し、異質なものをただ排除すればいいなんて考えはしてはいけない。 それはただ楽な方に流れているだけなの」
よくも言えたものだとは思う、結局は自分も今回の件ではその楽な方向に流れただけなのだから。 だが、だからこそこの少女にはそうなってほしくないとも思えるのだ。
どっちが正しいとかではない、彼女のような心を持つ存在がいなくなってしまうというのが世界にとって危いと思えるからだ。 それが理想論であっても、どこかでブレーキをかける存在がいなければヒトの世界は間違った方向に進み続けるだろう。
「うん、分かっているよ」
力強く答えるエターナだが、確実に分かってはいまい。 そうしようと貫くことがどれ程に困難で辛いかという事をだ。 この少女の優し心は救いようのない悪意と遭遇した時にガラスめいて脆く砕けてしまうかも知れない、だが同時にどんな悪意にも負けない鋼の如き強さも持っていると感じさせていた。
「なら、いいわ。 大変だろうけどがんばってね」
「うん!」
元気に返事をしたエターナは、それからクルリと回れ右して「じゃあね~」と駆けだした。 そんな少女と「……って! ちょっと!」と慌てて追いかけていくアストの後姿を見送りながら、そっと手を組み彼らの旅の無事を祈るシエラであった。




