魔女と勇者対オーガ
「……舐めてんのか!」
自分の前に現れた三人の人間に対し、オーガ思わず声を上げた。
そのうちの一人、勇者と思われる少年はいい。 問題なのは彼の仲間と思われる二人の女だった、片方の眼鏡をかけて物静かそうな方は大人ではあるがとても戦いが出来る雰囲気でもなく、もう一人は誰がどう見ても少年より幼い子供だ。
「あ、私は単なるアドバイザーですからお構いなく……」
そんな事ないですよという風に手を振る女性……シエラ・シルフィードは言いながら数歩下がる。
「あんたこそ、可愛い女の子と思って甘く見てると痛い目みるわよ!」
女の子、エターナは一歩進み出て言い返す。 このエターナの提案した作戦はアスト・レイには正直不安なのだが、他に代案もない事もありエターナの勢いに押し切られたというのが本当のところだ。
シエラも流石に心配だったのか同行を申し出たのには迷ったが、いざとなったらエターナだけでも連れて逃げられるだろうと思い反対はしなかった。 過信は出来ないが、前回を考えれば戦闘力どころか戦意もない相手を追ってまで殺そうとはしないだろう。
「可愛いって自分で言うのかよ……まあ、いい……」
頭を掻きながらぼやくように言うと愛用のこん棒を構えたが、そこで「ちょっとタンマ!」とエターナ。
「な、なんだ?」
「あんたの名前は?」
唐突で予想外な質問にその場の全員がキョトンとなった、その後「……オーガじゃないのか?」と最初に言葉を発したのはアスト。
「違う~! あたしはエターナ、あんたはアスト。 それにあっちはシエラ、ならあいつにも名前はあるでしょう!」
「待て待て! それを聞いてどうするんだよ!」
オーガの疑問は、アストやシエラも同様に思っていた。
「だって名前知らないと呼ぶ時不便じゃん?」
オーガにはこの人間の少女の思考はまったく理解出来なかった、これまでも敵対した人間と言葉を交わした事もあるにはあるが、自分達に対し”オーガ”である以上を気にする者はいなかった。
「…………ギラン、ギランだ。 これでいいかよ?」
「へ~、顔は怖いけどかっこいい名前じゃん~」
「顔は関係ないだろっ!」
少しムッとした顔で今度こそ攻撃を開始するオーガのギラン、大股で走り出すとこん棒を振り上げたが、エターナは慌てることなく「エターナル・ピコハン~!」と叫んだ。
エターナの左手首のブレスレットが光を発したのに、ギランが「む?」と足止めたのは警戒したためだ。 その間に光はエターナル・ピコハンへと形を変え持ち主の手に握られる。
ハンマーであろうと分かる形状だが、明らかに柔らかそうな先端といい簡単に折れそうな細い握りの部分といい、どうみても子供の玩具と見えた。
「そんなもんでっ!」
「エターナ・インパクトっ!!」
勢いよく振り下ろされたこん棒と、その迫力に怯むことなく繰り出されたエターナ・インパクトが衝突する。 その衝撃でエターナの小柄で軽い身体は後ろへと跳ばされ転がったが、ギランのこん棒も大きく弾かれバランスを崩した。
「わきゃぁああああっ!!?」
「な! どういうパワー!?」
5、6メートルは転がった後に「イタタタ……」と立ち上がる女の子の姿に、「そうか……お前が魔法を使うという……」と気が付いた。
「僕を忘れるな!」
そこへ横からアストが勢いのある突きを仕掛けてきたが、こん棒を盾にして防ぐ。
「奇襲に声を掛けてか!」
「こっちにも理由があるんだよっ!」
反撃の攻撃を避けながら言い返すと、今度は相手の脚を斬り付けたが硬化された皮膚に弾かれる。 しかしそれは承知している、「今度はお前が相手か!」とオーガの興味が自分に向いたのに安堵する。
だが、それは作戦通りの行動でもなかった。
本来はアストがオーガを攻撃し注意を引いたところへエターナが”ある魔法”を使う手筈だったのを、何を思ったのかいきなり彼女が挑発めいた行動を仕掛けたのである。
故にわざと声を掛けての奇襲攻撃をしたいうのも間違いではないが、どちらかというとエターナの身の安全を考えた感情的な行動に近いとシエラには思えた。
「まぁ……若さですかねぇ……」
自分の若い頃を思い出せば理解は出来ても、やはり命がけの戦いにあっては危い事だと心配になる。
「前よりは思い切りのいい攻撃だな!」
幾度もの攻防を繰り返してギランが言う。
「二度目ならな!」
強気に言い返してみせるアストだが、実のところ内心では相手の攻撃の度にヒヤヒヤしていた。 硬化の直後の反撃はないと分かっていても、一撃喰らえば死の危険があるのには変わりないからだ。
「!?」
回避したものの至近距離にこん棒が叩きつけられた鈍い音に思わず身震いし、一瞬だがこの場から逃げ出したいという想いが過るのを振り払う。 それが勇気ではなく、女の子の見ている前でみっともない事をしたくないという男の意地だとは自覚する。
そんな少年の内心など知る由もないエターナは「やればできるじゃん、アスト」と素直に感心しながら、自分が攻撃する隙を伺っていた。 攻撃と言っても今手にしているピコハンではなく”ある魔法”を使うのだが、相手に直接触れないと効果のない魔法なのでタイミングは大事である。
その直後、不意にアストがバランスを崩し転倒したのは、足元の石に躓いたからであったがエターナは原因までは気が付かない。 だがアストが危険と分かれば躊躇なくエターナ・シュートを使う。
勢いよく振られたエターナル・ピコハンから放たれた光弾は、アストを叩き潰すべくこん棒を振り上げたギランの背中に命中し爆ぜた。
「ぐおっ?」
流石に硬化能力は使うことも出来ず痛みに声を上げたが、火傷や出血といったダメージを受けた様子もなく振り返るが、その時にはエターナは落胆した様子もなくすでに駆け出していたのは、そもそもギランを傷つけるつもりでエターナ・シュートを撃ってはいなかったからだ。
「うおりゃぁぁああああっ!!!!」
「どういう気だっ!?」
オーガのギランには数歩程度の間合いでも、彼の半分以下の身長の少女には倍以上の歩数が必要な距離だ、到達する前に反撃の態勢をとられてしまう。
「思い切りだけ良くてもよっ!!」
ピコハンを振るう前に仕留めようとしたギランは、直後に「あ! アスト!」とエターナが指を指したのに、「何!?」反射的に手を止めて肩越しに振り返ってしまう。
勇者であろう少年がまだ立ち上がったばかりで攻撃の態勢でないと分かったのと同時に、「なんちゃって~♪」といたずらっぽい少女の声。
「エターナ……」
「だが!」
いちいち技名を叫んで攻撃してくれば、どんな攻撃がくるのかもタイミングも分かりやすい上に、攻撃まで無駄な時間が生じる。 だから、驚きはしたものの十分に効果の能力を発動させるギラン。
「……インパクト……と見せかけて!」
「な……フェイントっ!?」
ピコハンを握っていた右手を放してギランの太ももに触れさせると、大きく息を吸って叫んだ。
「蚊に刺された痒さが全身に起こる魔法~~~!!」
「だが! お前の魔法如き……って、はぁ!?」
エターナが何を言ったのかまったく分らずキョトンとなるギランは、だが次の瞬間に顔色を変えた。
「……な……お、おい……」
「えへへ~~」
笑いながら手を放すとエターナル・ピコハンを構えなおし魔力をチャージしてく。 ちなみに一連の行動は最初から考えてやったわけではない、ひとつ何かする度に思い付いた次の行動を繰り返していただけだ。
「……冗談みたいな魔法と思ってたけど、本当にあったのねぇ……」
感心したようにも呆れているようにも聞こえる口調でシエラが呟く、アストもだったが半信半疑だったというのが本音だった。
ギランが脂汗を浮かべながら「ぐ……お……」と必死で耐えているのを面白そうに見上げているエターナは、実際いたずらっ子という風だ。
全身を襲う痒みに掻きむしりたいが硬化していては出来ない、つまり硬化を解くしかないが、その瞬間にエターナ・インパクトが撃ち込まれるのは実際明らかである。
自分の攻撃を弾き返すパワーを持つエターナ・インパクトを受ければ流石にただでは済まないだろうちは想像できる。
ギランの顔色がどんどん悪くなり浮かぶ汗の量が増えていくのを見て「……これは勝ったかな」と呟き剣を鞘に納めるアスト。 こんな冗談めいた作戦を思い付いて実行し、上手くいってしまうというのは、果たして感心していい事なのかは彼には分からない。
そう考えた直後、とうとう限界がきたのか「うがぁぁああああっ!!!!」と咆哮しながらあちこちを掻きむしり始めた。
待ってましたとばかりに「おっしゃ~~~!!」とピコハンをエターナが振り上げ間髪入れず「エターナ・インパクト~~♪」と振り下ろすのと、半分錯乱状態のギランが転倒するのは同時だった。 そのため腹部を狙った一撃は、位置的にはその更に下へと命中する。
つまりは、ギランの男の大事な部分である。
「アヴァァァアアアアアアアアッ!!!!!?」
丸い太陽が輝く青い空の下、ギランは実際断末魔めいた悲鳴が響きかせた後白目をむいて動かなくなった。
「よっしゃ~~♪」
それを見届けて素直にエターナは勝利に喜ぶが、アストとシエラはギランに同情するような何ともいえない表情で彼を見つめるのであった……。




