魔女と勇者の作戦会議
「……まあ、全員無事だったなら良かったじゃないですか」
シエラ・シェフィールドは言いながらコーヒーの注がれた三人分のカップをテーブルの上に置いて自分の席に着くと、向かいに座るアストを見やった。
「それはそうですけど……何と言うか情けなくて……」
彼の隣に座るエターナは、目に見えて落ち込んでいるアストに「も~~! 男の子が一回負けたくらいで落ちむんじゃないわよ!」と叱りつける。
「そうは言うけど……僕ってあの黒い鎧の男にもあのオーガにも負けてさ、こんなんで魔王なんて倒せるわけないよ……」
「気合いが足んないのよ、あんたは!」
今にも「だったら、あたしがぶっとばしちゃる~!」と跳び出して行きそうなエターナである。
「そうですね。 気合だけで勝てるものでもないけど、気合がないと勝てるものも勝てないわね」
言ってからコーヒーを一口啜るシエラは、アストが大きな壁にぶつかっていると分かっていた。 だがそれは、程度はともかくこのくらいの男の子ならいつかはぶつかるものである。
「そうかもだけどさぁ……」
俯いてしまうアストに呆れたように溜息を吐いた後、今度はシエラへと顔を向けるエターナ。
「ところでさ、シエラ。 オーガってそんなに身体硬いやつなの?」
「筋肉がすごいので硬いといえば硬いのだけれど……武器が通じない程ではないはず……」
書物で見る限りでは剣や槍でオーガを倒していたはずだった。
「んじゃ何で? 魔法?」
「魔法は考えにくいけど、特殊な能力かも知れないわね?」
そう言った後、顎に手を当てて考え込む。
「おそらくは……何らかの能力で一時的に身体を硬化しているでしょう」
身体が鋼鉄並みに硬い状態で動けるとは思えないからと、シエラが言うと何か引っかかるものを感じて顔を上げるアスト。
「どうしました?」
「いえ……何かこう……」
答えながら頭の中でオーガとの戦いを思い出していく、そしてある事に思い至りはっ!?となった。
「そういえば……僕がオーガに斬り付けて剣が弾かれた後のあいつの反撃が少し遅かったように感じました」
「……成程、そういう事ですか」
二人の会話の意味が分からず「どゆこと?」とエターナは首を傾げた。
「おそらく、オーガが硬化した身体を再び戻すには多少時間が掛かるという事よ。 そしてそれまでは動けない」
まだ根拠に乏しい仮説ではあるが、ありえないわけではない。
「へ~~……って! でもさ、結局攻撃が効かないんじゃダメじゃん?」
「……まぁ、そうなんだけど……」
あまり勉強は出来なさそうな少女だが、すぐに本質に気が付くあたり頭が悪いわけではないようだと感心するシエルは、「ならどうすればいいかな?」と聞いてみる。
「む~~~~?」
動けないけど攻撃は効かないなら、動けている時に攻撃すればいいはずだと思い付き言ってみる。
「そうね、それもひとつの手ね」
「でも、オーガ相手に迂闊に攻撃は出来ないよ。 一撃でも食らったらこっちがやられる」
「む~~? 根性で耐えられない?」
「無理!」
きっぱりと否定されたので「じゃ~アストはどうすればいいと思うのよ?」と少し拗ねた顔で言い返すエターナ。
「え? え~~と…………」
常時硬いわけでなく能力で一時的に硬化している、つまりは能力さえなければ剣でも倒せるはずである。 だが現実にオーガは能力を使えるわけなので、やはり打つ手なしなのではないかという気がした。
「ねえ、エターナさん。 もしも絶対攻撃の効かない鎧を着た相手を倒そうと思ったら、あなたならどうする?」
「ほへ? そーねー?」
その状況を想像してみて考えてみる。
「そいつの鎧をひっぺがすか、鎧を着てないところをぶっ叩く~!」
自信たっぷりに答える少女の声に「あっ!」とアストが声を上げたので、二人は彼に視線を向ける。
「硬化の能力を封じるか、使えない状況にもっていけば……?」
「正解よ、アスト君」
実のところシエラは硬化の能力の存在に至った時点で対策も思い付いていたのだ。 だが安易に答えを教えてはこの少年の為にならないと考え、わざわざこんな風にしたのである。
「……とはいえ、問題はそのための手段なんだけどね……」
苦笑するシエラ、現在の情報では流石にそこまでは分からない。
「ありり~」
シエラに期待していたエターナは多少がっかりはしたが、すぐに自分でも考え始めた。 考えるのは苦手という自覚はあり、普段は思い付きで行動するか周りの大人達の言う事を聞いて動いてはいたが、こうして家族と離れ離れなってしまうと自分できちんと考えて行動しないといけない気がしていた。
「魔法で何とか出来ないのか?」
アストがすがるような口調で尋ねてきたが、「う~~ん? 分かんないけど、あたしには無理よ」と言うしかない。
実のところ、思い付く事がないではないのだ。 かつてトキハとの勝負で使ったエターナル・ソードである。 あの時はリムと二人だったが、後でやってみたら一人でもエターナル・ブレスレットをエターナル・ソードに変形させれたのだ。
そしていろいろ試した結果、魔力の込め具合で大概の物は苦も無く真っ二つに出来る力があるのが分かった、多分エターナル・ソードなら鋼鉄だろうが斬り裂けるだろうと思う。
問題なのはエターナがその力の制御をまったく出来ない事なのである、本人は少しだけ魔力を込めたつもりでも、大岩を豆腐めいて簡単に真っ二つに出来てしまうのである。
故にトキハと相談してこの力は本当に必要な時だけ、そして自分が殺されそうになるなど本当にやむを得ない場合以外は間違ってもヒトに向けて使ってはいけないという事になった。
だから、エターナル・ソードはないものとして考えている。
「……アインならどうするのかなぁ……」
アインからは戦闘に関わる様々な事を教わってきた……とは言っても基本的には護身の為に相手を無力化する手段である。 それらの事をひとつひとつ思い浮かべていくと、ある事を思い出した……。
「……は? 身体を硬くする相手にどうやって勝てばいいの……ですか?」
黒猫姿のアインが首を傾げて聞き返してくるのに、「そー」とエターナ。
街灯や立ち並ぶ家の窓から漏れる光が照らす道路を歩いている時、何故そんな話になったのかといえば、先程までいた時坂せつなの家で視たテレビ・アニメの話である。
普通なら視えないはずの魔女が視えるせつなとう名の老婆は、エターナが遊びに来た時に偶々テレビを視ていて、そのまま三人で話している間にいつの間にか始まっていて、最後のシーンで硬化中は動けないという弱点に主人公が気が付くといところで終わった。
そういう事なので当然エターナがその身体を硬化させる能力の敵を主人公がどうやって倒すかなど知らない。
「そうですね……」
少し思案した後に、アインの身体が黒い闇に包まれそれがヒトの身長程に肥大化した後に霧散する。 その後には猫ではなく黒いメイド服に猫耳と尻尾を持った女性の姿になったアインがいた。
「例えばご主人様が、その硬化能力を持っていたとして……」
言いながら手をグーにし、主人である少女の銀髪の頭を叩く……といっても当然フリであり、軽く触れさせたという程度である。
「そうすれば当然、ご主人様は身体を硬化させ防御しますよね?」
「うん」
エターナが頷くと「なので私は一旦下がります……」と少女の頭から拳をゆっくり離し始め、更に「ここでご主人様はどうしますか?」と問う。 すると「もちろん反撃~~!」と小さな拳を振り上げたので、「では、ご主人様の硬化能力は解かれましたね」と言いながら今度は左の拳をエターナのお腹に当てる。
「……あ……!」
「……と、私ならこうしますよ?」
笑いながら言うのに、エターナは不満そうに頬を膨らませながら「ぶ~! そんなのあたしには出来ないよ~!」と抗議すると、「え?」と驚くアイン。
「え~~と……ご主人様がどうやって勝つか……だったんですか?」
「そうだよ~! もしもあたしがあんなのと喧嘩する事になったらさ、多分勝てないよ~!」
見ていた感じエターナ・インパクトも通用しそうもないと思う。
「いやいや、そういうのは私が全部相手にしますよ? それが私の役目なんですから」
苦笑しながら言う使い魔に、「あたしの喧嘩はあたしがやるんだから~!」と言い返す。 エターナは別に喧嘩が好きというわけではないが、売られた喧嘩や悪党を成敗するのに遠慮はしない。
そしてアインの方が自分より圧倒的に強くどんな敵にも負けないと信じていても、自分の喧嘩は自分でしなければいけないと思う。 強いヒトの陰に隠れて威張っているような卑怯者にはなりたくない。
「何ともあなたらしい言いようですが……そうですねぇ……」
アインが考え込んでいた時間は一分くらいだった。
「では、こういうのはどうでしょう?」
黙り込んでいたエターナが不意に「……あっ!!!」と大声を出したのに、アストとシエラはぎょっとなって少女の方を見やる。
「アスト! シエラ! いい方法があるよ~~♪」
少し興奮した風に立ち上がり両手をテーブルに乗せて身を乗り出すエターナの笑顔は、実際新しいいたずらを思い付いた無邪気な子供のそれであった。




