魔女の少女と勇者の少年
焚火の光の届かぬ先は完全に闇に覆われた森の中、偶然に出会った少女と少年は赤く燃える炎を挟んで地面に腰かけていた。
こげ茶色の髪の毛にエメラルド色の瞳を持った十四歳の少年アスト・レイが、革製のリュックから火打石を取り出して火を起こした時、「わーすごいね、どーゆー魔法?」と驚いていた銀髪の少女がエターナである。
自分にとってありふれた技術が魔法に見えるというエターナとは、ひょっとしたら自分とは違う世界から来たのではと思えてしまい、「君はいったいどこから来たの?」と聞いてみた
すると、「ん? 幻想界だよ?」とアストの聞いた事もない名前を口にしてのには、自分の予感が当たったのかな?とも思ってしまう。 しかし、それもきっと自分の知らない遠くの国なのかという発想になるのは、自分の住む世界以外の異世界があるという考え方をした事もないというのが、彼の世界での常識だからというだけである。
「そーいえばさ、”魔王”ってどーゆー奴なの?」
レモンめいた楕円形の月が高く昇っていても、アストから借りた予備の毛布をまだ使う様子もないエターナ。
「どういう奴って言われても…………」
御伽噺の中にくらいしか存在しない魔法と呼ばれる力を操り平和に暮らす人々に害をなす者、実のところアストはその魔王の存在自体が御伽噺だとさえ思っていたのである。
「魔王アザートス……数百年前にも現れて”勇者”に倒されたらしい」
アストにとっては両親から聞かされた御伽噺だったはずが、ある日突然にそれが実話で、しかも自分がその勇者の子孫だと言われた時には、悪い夢でも見ていると思ってしまう。
両親が隠していたのは、有事の際までは国王など一部を除けば勇者の家系である事は秘密だったからである。 勇者であった先祖が英雄扱いを嫌いその後の生涯を隠遁者めいて暮らしたからだという理由は、アストには意味が分からない。
”勇者”としてした事に対する報酬は受け取ってもいいのではないのだろうかと思えるのだ。 もちろん、こんな事を出会ったばかりの少女に言う気もない。
「ん~~~?」
エターナはアストの話はおかしいと思ったから、確認してみる。
「そのアザー……なんとかってさ、勇者に殺されちゃったんだよね?」
「人聞きの悪い言い方だけど……まあ、そうなんじゃないか?」
実は生きてましたというのもありえないでもないと思うが、それなら何で数百年も経ってまた動き出すのかが疑問である。 勇者によって倒されたが、長い時を得て復活したと考える方が自然であろう。
「なら、おかしいよ? 死んだヒトが、失われた命が蘇るなんてありえないもの……どんな魔法を使ってもだよ?」
師匠であるトキハが何度も教えてくれた事であった、そして実際魔法によってヒトが生き返ったという話も聞いたこともない。
「そんな事言われてもな……」
困惑したアストの顔を見てそれ以上言うのはやめたが、それは、どうせぶっとばしに行く相手だし本人に聞いてみればいいと思考を切り替えたからだ。
それでも……とエターナは気が付く、分からない事があるといつもは傍にいるアインが相談にのってくれて、それでも分からなければ師匠に聞いていた。 だが、今はその二人と会って話をする事が出来ないのだと。
そう思ってしまうと、知らない場所でたった一人になってしまったという事にひどく心細さを感じてしまう。 普段は当たり前に会い話をしていた大好きなヒト達と急に離れてしまったその距離の遠さと、それに対し自分の力ではどうする事も出来ない無力感。
不意に過去のある出来事が思い出された、それは”エターナ”として祖母である時坂せつなと出会った時の会話であった。
「……おばーちゃんがししょーと会えなくなった時って、こんな気持ちだったのかなぁ……」
少女の呟きの意味はアストには分からないが、それでもとても寂しそうで、悲しそうだとは分かった……。
そのエターナ達から離れた場所に、クウガ・マクレーンはいた。
手頃な岩に腰かけて焚火を見つめていた漆黒の鎧の男は、今度は左手に握っている物に視線を移す。 その光沢のある黒い石のような材質で出来ている長方形の板はダーク・タブレットという道具で、魔王の配下となった際に与えられたものであった。
どういう原理かは知らないが、どれだけ離れていてもこれで魔王や配下の仲間と会話が出来るのである。 どういう気まぐれかこんな道なき森の中を進んでいた勇者の少年を襲撃できたのも、ダーク・タブレットを通して魔王が知らせてくれたからなのである。
「……任務に失敗した事を咎めるでもなくか……」
先程していた魔王アザートスとの会話の事である、勇者の抹殺に失敗し与えられた魔剣すら折られたというのにだ。 寧ろ魔法を使う少女の存在にこそ興味を持っていたようではあった。
折れた魔剣は自己修復されるが、おそらく一週間くらいはかかるだろう。 クウガ自身もあの少女に関心は抱いてはいたものの、それまでは流石に手出ししようとは思えなかった。
翌朝、野宿の後始末をして出発しようとしたところで「そーいやさ、これからどこ行くの?」とエターナが尋ねた。
「ん? ああ、シエラ・シルフィードって人のところだ。 何でも二百年も生きていてすごい物知りらしい」
先日立ち寄った町で得た情報だった。
「へ~、どこにいるの?」
普通の人の三倍近くも生きていると聞いても驚く様子もなくそんな風に聞いてくるのを変に思う。 自分が話を最初聞いた時には本当に人間なんだろうかとか、そもそも実在しているのかとも思ってしまったのにだ。
「ここからもう少し行った先にある村に住んでるらしい、そこで子供達に勉強を教えてるんだってさ」
その村へ向かう途中で、思い付きで最短距離の森を突っ切ろうと思い立ったのはいいが魔王の手下の襲撃を受けたのである。 偶然の遭遇なのかも知れないが、しかしこっちの居場所を確信していて襲ってきたようにも感じられた。
その事を口に出して言ってみると、「む~~? アザートスの魔法かもね」とエターナは答えた。
「おいおい……魔法って何でもありかよ……」
もしもそうであれば、そんな奴相手に勝てるはずもない。 しかし、エターナは首を横に振ると「そんなわけないよ」と否定した。
「魔法にも出来ない事はあるよ……死んじゃったヒトの命を蘇るらせる事や過ぎ去った時間をやり直す事……それに……魔法でもおばーちゃんは助けられなかったもん……」
魔法で何が出来て何が出来ないかはエターナには分からない、だからアザートスがアストの居場所を見つけるような魔法があるかもとは思う。 だが、師匠であるトキハから教わった事、それに自身で経験した範囲内で何が絶対に出来ない事かは知っているのである。
少女の表情がとても真剣なものだと思えば、適当な事を言っているわけでもないのはアストには分かった。 同時に魔法も決して万能の力ではないと分かり安堵もしていた。
「まーいいや、それより行くならちゃっちゃと行こうよ」
幻想界へと帰る手段も探さないといけないが、魔王をぶっとばしてやりたいし、このアストという男の子もどこか頼りなくて放っておけそうもないというのがエターナの理由だった。
現状でどうにも出来ないなら、どうにか目の前の出来そうな事から片付けてしまおうという事である。 それに魔王をぶっとばす事が自分のするべき事だと、何故かそう思える気がするというのもあった。
だから、そう言うなり速足で歩き出したエターナを、「ちょ……待ってよ!」と慌てて追いかけるアストであった。




