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少年の告白


 アスト・レイが宿屋の部屋に戻った時、すでにエターナは眠っているようだったのは予想通りではあったので、彼は静かに自分のベッドに入った。

 「…………」

 そのまま目を閉じたもののなかなか眠れそうもなく、再び目を開いて天井を見つめた。 明日はいよいよ魔王の元へと向かうのだからしっかり睡眠を取らなくてはとは分かっても、どうしても”あの事”が気になってしまっている。

 アルフィーナから貰ったリボンはひとまず荷物の中に仕舞った、あれをエターナにプレゼントするのは簡単だが、安易に送ってもいいものとも思えない。 まずは自分の気持ちを彼女に伝えるかどうかを決めなければいけない。

 はっきり言ってしまえば伝えたところであまり意味はないとは思う、エターナの答えがどうあれ自分達は恋人として付き合っていく事は出来ない。 魔王を倒した後は分れて互いの世界で生きていく、そこで別の好き相手と恋人となり結婚して人生を歩む事になるだろう。

 だから結局のところ、告白するというのはエターナに自分の気持ちを知ってほしいという我がままなのだ。 エターナという少女の事を好きなアスト・レイという男の子が存在したという事を彼女にただ知っていてほしい。

 ただし、それはあの純粋な少女を困らせる事になるかも知れない、それを思うとやはり黙っていた方がいいのかもとも思えるのである。 彼女にとっては偶然に知り合いになった男の子の友達、それ以上でもそれ以下でもないのだと思っていればいいのだろう。

 しかし、そういう理屈ですべてを納得できないのも、アストが生身の男の子だからである。

 「……まったく、僕って情けないな……」

 思わずそんな事を呟いて苦笑してから、ふと逆にエターナだったらどうするのだろうと思い付く。

 言いたい事は遠慮なくどんどん言いそうにも思うし、そう見えて他人の気持ちをきちんと考えて行動するようにも思える。 

 その時、不意にそのエターナの言葉が思い出された。

 

     ――大事なのはあんたがやりたいかやりたくないかだけよ―― 


 「……僕のやりたい事……か」

 おそらくはどっちが正解とかはないのだろうと思える、ならば自分のやりたい事をやる方がいいのかも知れない。 それでどんな結果になろうとも、それで後悔する事になっても、少なくとも何もしなかった事を後悔するよりは納得できるはずだと思える。

 「僕は……」

 勇者の少年の小さく呟いたその声には、確かに決意めいたものが感じ取れた。


 時期に夜明けという時刻、まだ暗い室内で淡い光を放ったのは聖剣だ、そして同時にアルフィーナが姿を現す。

 「…………」

 彼女はまだ眠っている少年と少女の顔を交互に見た後に、小さく息を吐いた。

 「…………仕方ないととはいえ子供を魔王と戦わせる……とんだ神様よね……」

 自嘲気味に笑った後、「……まあ、本物の神様ならこんな事ないんでしょうけどね」と続ける。

 神として振舞っていても、やはりこういう時は自分はきっと神なんかじゃないと思ってしまう、ただ神ような力を持つだけのただのニンゲンなのだろうとだ。

 本当の神様ならば、そもそも魔王なんていないもっと完全で理想的な世界を創れるはずだ。

 「おそらくは、私も元はニンゲンだったのでしょう……」

 何故かは思い出せないが何かの理由で神の如き力を手に入れたのだろう、記憶がないのはその時の衝撃かあるいは代償か何かだと思う。 だからこそだろう、自分がヒトに混じって普通に生きてはいけないと分かるのは、大きすぎる力を持つ者の存在が災いとなるのが人間という存在なののである。

 残念ながらは彼らはそれくらいには愚かであり、人間である限りその愚かさはなくなりようはない。 だが希望もないわけではない、自分アルフィーナがヒトから神に近し存在となったなら他のニンゲンも同じようになる可能性だってあるはずだ。

 いつしか自分と対等の存在となり何の気兼ねもなく付き合える友人となれるヒトが現れるはずなのだ。

 もしも出来るなら、そんな存在はこの少年や少女のようなヒトがいいなと、アルフィーナは願った。 

その直後、「……ん?……アルフィーナ……様……?」という声にぎょっとなり見れば、上半身だけ起こしたアストが寝ぼけ眼でこちらを見ていた。

 「あ、ごめんなさい。 起こしちゃった?」

 「……いえ……そういうわけでもないですけど……」

 そう言った後アストは何かを思い付いたような顔になり、それから少し申し訳なさそうな表情で言った。

 「……それよりアルフィーナ様にお願いがあるんですが……」





 雲一つないすっきりとした青空の下を、黒髪の少年と銀髪の少女は並んで歩いていた。

 「……それにしてもアスト。 魔王のとこへ行くのをまた一日伸ばしてさ、どーゆーの?」

 エターナの問いに「ん? ああ、その前に大事な事が出来たんだ……」と答えるその表情は、どこか緊張しているように見える。 どんな用なんだろうと気にはしながらも、本当に大事な用事なんだろうとは思う。 

 その二人がやって来たのは大きな公園だった。

 公園といってもブランコや滑り台というようなエターナの知る遊具などはなく、よく手入れされた樹木や彫刻などが立ち並び、それらを鑑賞するための道が整備されている。

 「んで、ここに何の用なの?」

 「えっと……ちょっと待ってね……」

 朝と昼の中間くらいの時間だがそれでも人がまばらにいる、流石に誰かに聞かれるのも気恥ずかしいから「もうちょっと先へ行こう」と促した。

 やがて二人がたどり着いたのは小さな池であった。 幅はだいたい四、五メートル程だろうか、澄んだ水面を覗いてみたエターナは数匹の知らない魚が泳いでいるのを見つけた。

 そして「……アスト、ここで……」と少年へと顔を向けたエターナは、彼の自分を見返す表情の真摯さにドキッっとなる。

 「……ア、アスト……?」

 アストは大きく深呼吸し、そして口を開く。

 「エターナ、魔王を倒したら僕は君と二度と会えない……それにそもそも僕が生き残れるっていう絶対の保証もないから、今言っておくよ」

 「……え?」

 「僕はその……君の事が好きなんだ、もちろん友達としてじゃなくて一人の女の子としてだ」

 最初はキョトンとなり、次に驚きに目を開いた魔女の少女は、最後に頬を赤らめて「えええええっっっ!!!?」と大声を上げた。 その大きさに人が来ないかと不安にもなったが、今更やめるわけにもいかない。

 「でもね、さっきも言ったけど僕と君はずっと一緒にはいられない。 だから君と恋人として付き合いたいとかそういうのじゃないんだ、ただ僕の気持ちを伝えておきたかった……それだけだよ」

 エターナが「えっ!? えええ~~!?」と軽くパニックになっている姿は可愛らしいものだったが、好きな女の子が困っているのをずっと眺めている趣味もない。

 「だから、これ……」

 そう言ってポケットから取り出したのは、アルフィーナから貰った赤いリボンだった。

 「……ほへ?」

 「これはアルフィーナ様から貰ったものなんだけど、君が持っていて……」

 差し出されたアストの右手の平に乗せられたきちんと折り畳まれたリボンを、エターナはまるで初めて見るものであるかのような目で見つめながら、やがて遠慮がちという様子で手に取った。

 「これって……?」

 「そうだね、証し……かな? 君の事が好きな僕という、アスト・レイっていう男がいたっていう……」

 自分の掌に乗っている赤い布をしげしげと見つめながら、「証し……?」と呟くエターナ。

 「どうするかは君の好きにしていいよ? 身に付けてくれても、どこかに仕舞ってただ持っていてくれるだけども、嫌なら捨ててしまって……はちょっと寂しいかなぁ……あははは……」

 これがアストが考えた意味だった、例え恋人として結ばれる事はなくとも証しを、アスト・レイという人間の初恋の証しを持っていてほしいと願う。

 「えっと……その……あたし……」

 エターナは何か言わないと思うが何を言っていいか分からなかった、アストの想いが真剣なものだと分かっても、それをどう受け止めてよいのか全く分からない。

 家にあった本などで恋愛の告白は見た事はあっても、自分がそういう立場になると本当にどうしていいか分らない。

 ただただ混乱するしか出来ないエターナにアストは優しい笑顔を見せた、それは少女の心を不思議と落ち着かせる。

 「ごめんね、君が困るのは分かってた……だけど、僕も言わないでいるのも嫌だったから……戦いが終わったら君とは二度と会えないから……」

 最後の部分にエターナは、はっ!?となったのは、祖父であるせつなとの死別を思い出したからだ。 もちろん今回はどちらかが死ぬわけではない、だが二度と会えない別れは死別と何か違いがあるのだろうかと思える。

 そう分かってしまうと、ただ混乱し困っているだけではいけない気がする。 この少年の真剣な気持ちに対して何らかの答えを出さなければ、リム達のところへ帰ってもきっと後悔しつづけるだろう。

 「そうだね、だから少し時間をちょーだいアスト?」

 「エターナ?」

 「そー言われちゃうとね、あたしだってそのままってわけにもいかないわよ」

 迷いのなくなった蒼い瞳でしっかりエメラルド色の瞳を見据えて言う。

 アストは自分の考えのなさを反省する、確かに彼女とて男の子に告白されてそのままというわけにはいかないだろう。

 「そうだね、アルフィーナ様にもう一日だけ時間を貰おうか?」

 「うん、そうしようー」

 ひょっとしたら考えるには短い時間かも知れない、だが限られた時間で決めなければいけない時もあるのは、家で死にたいというせつなの望みを聞くか否かの時にに知った事だった。

 だから、とにかくしっかりと考えようと決める魔女の女の子だった。

 



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