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少年の気持ち、少女の気持ち


 魔王のいる場所へ向かうまであと一日、アストとエターナは二人で街を歩いていた。特に目的があるでもないのにアストが誘ったのは、こうしてゆっくりとする時間もほとんどなかったから最後くらいはという気持ちだった。

 魔王に負ければもちろんだが、勝っても隣を歩く銀髪の少女とは別れる事になるからだ。

 「すごい賑やかだね?」

 石で舗装された大通りには多くの商店が並び、何百人とも思えるくらいの人々が行き来している。 

 「そうだね、ここは規模としては大きな町だしね。 君はこういう場所は初めてなのか?」

 「う~~ん……あたしん家の近くの町も大きいけど、ここよりは小さいかも」

 建造物の雰囲気やヒトの衣服は人間界のそれより幻想界の雰囲気に近い、おばーちゃんの家のような和風の建物は見当たらない。

 「そうかぁ……」

 エターナの生きる世界を見てみたいようにも思う、アルフィーナの力なら自分一人くらい彼女の世界へ行くことも出来るのではとも考える。 だがそれは出来ない、アストにも家族もいれば友人もいるのだ、無責任にこの世界を放り出していいわけがない。

 理屈ではそう分かっても心のどこかで割り切れない部分もある、この少女ともっといろんな場所へ行き話をしたい、もっともっと彼女と一緒に時間を過ごしたいという想いが込み上げてくるのだ。

 「……ねえ、エターナ。 君にはその……彼氏とかいるの?」

 気が付くとそんな事を聞いていて、自分でも驚く。

 「ん? いないよ……ていうか、男の子にそういう感情って持った事もないんだ」

 ”好き”な男の子はいる、フェリオンだったりトーヤ達だったりだ、だが彼は家族や友達としてである今アストが言ったような意味ではない。 少し前なら分からなかったが、今は漠然とでは両者は違うのだと分かりつつある。

 「そういうアストには? 好きな女の子とかいるの?」

 聞かれたから自分も聞いてみた程度の事だったのだが、アストは「……えっ!?」とやや大袈裟に驚いたのを変に感じる。

 「……え、えーと……僕は……その……」

 少し顔を赤くして照れたその様子にエターナにはどっちなんだろうと思う。

 「うん……いる……ことはいるんだよね……だけど……そのさぁ……」

 その言葉を聞いた瞬間に、胸にほんのわずかにチクリとする痛みのようなものを感じた気がした。

 「そっかぁ……アストが好きになる女の子って、どんな子なのかなぁ……?」

 男の子は可愛い女の子が好きなんだろうとは知っていても、それ以上の事は想像も出来なかった。 半ば無意識にアストの顔を見つめると、気のせいか更に赤くなったように見えた。

 だが、エターナのその疑問にアストは答えなかった、どうしても答えられなかったのだった……



 窓の外を行き交う人々を眺めながら「ふぅ……」と小さく息を吐くアルフィーナ。 仕方ないとは分かっても、やはり一人で留守番というのも退屈だった。

 「まぁ……若い子達のデートを邪魔するのもあれだけどねぇ……」

 何となく適当な事を呟いてみて、案外それも的外れではないのかもとも思えた。

 根拠があるわけでもないがあの少年と少女を見ていると、そんな感情もあるようにも感じる。

 かつて自分がこの惑星せかいに降り立ち、その力で生物が生きられる環境を整えた、それが始まりだ。 神と呼ばれる力があっても生命を生み出す事は出来ない、生命の誕生とは誰の意思でもなくあくまで自然の摂理によってもたらされるものなのである。

 「生命を創り出したり、あまつさえそれを管理するなんて傲慢よ……神だとしてもね」

 気の遠くなるような時間を得て誕生した生命は、更に長い時間を使い多種多様に進化を遂げた。 その中の”人間”は自分に近い姿形や知性を備えるようになる。

 いつか彼らは自分と同じ神の領域までたどり着けるのではないかと、そんな風に希望を持った。 自分を特別とせずあくまで対等に付き合える、普通に話をして笑い合えるような、そんな関係にだ。

 そう、アルフィーナはただ友達が欲しかったのだ。

 気が付いた時には強大な力を持ちただ一人で存在していた彼女は、いつの頃からかそれを望んだ。 どんなに奇跡めいた力を行使しても得られないものはあるのだ。

 「……”本当の友達を得る魔法”なんて存在しないのだから……」


 ふと見上げると半分程に欠けた月、子供の頃から見慣れた景色であるがエターナに言わせると月が楕円形なのは変に感じるらしい。

 「ここならいいかな?」

 人気のない裏通りで呟くと聖剣を抜いた、もちろん誰かを傷つける目的ではないいので、「アルフィーナ様……」と名を呼ぶ。 それに応えるように刀身が淡い輝きを放った後にはアルフィーナの姿が少年の目の前にあった。

 「……こんなところで何の話なの?」

 「えっと……アルフィーナ様に相談して良い事なのか分からないんですが……」

 それだけ言ってから、しばらくまだ迷っているような顔で黙っていたが、やがて意を決したように力強い瞳でアルフィーナを見た。

 「僕はエターナの事が好きなんだと思うんです……一人の女の子としてです」

 アストの予想外の言葉に驚き呆気に取られたアルフィーナだったが、すぐに「成程、そういうわけか……」と合点がいったという顔になる。

 「でも、僕って恋とかした事ないから……本当にそうなのかも実のところ自信がないんですけど……」

 「そうね、答えを焦る事はないわ……と言いたけど、そうはいかないものねぇ……」

 肩をすくめるアルフィーナに対し「はい」と頷く。

 「あなたには悪いけど、あの子をこの世界に残すわけにはいかないわよ? もちろん、あなたを向こうの世界に送る事もね」

 「分かっています、僕もそんな事を望みません」

 嘘ではないが完全に本心でもないのは自覚している、出来るなら何とかならないのかと願う気持ちも決して小さくはないのだ。

 「なら、あなたが自分の気持ちをどうするかの問題ね? あの子に、エターナに伝えるべきなのか……」

 「はい。 僕はいいんです、どんな答えが返ってきてもどのみち結果は同じなんですからね」

 気持ちを伝えた自分はそれですっきりするだろう、だがエターナはそうはいかない。 彼女の事だからきっと真剣に考えるだろう、でもそうすぐに答えは出ないはずだ。

 だから元の世界に戻った後まで引きずってしまう、そして答えを出せてもそれを伝える手段のない事で、自分アストの事を忘れるまでの長い時間を困らせてしまう事になるかも知れんない。

 その理屈は分かっても、やはり最後に想いを伝えたいという感情の問題は簡単にも諦めきれない。 間違いなくずっと後悔するかも知れないくらいの問題だろうからだ。

 アストの真剣な表情にアルフィーナは「う~ん……」と困惑顔で腕を組んだ。

 所詮は子供の淡い初恋と大人の理屈で片付けてしまうのは簡単だが、しかし子供は子供なりに真剣に悩むのだ。 それが分かるくらいにはアルフィーナも人間というものを知ってはいた。

 「……そうね、私は伝えるべきじゃないとは思うわ。 あなた達はまだ子供だから、これからいろんな恋を経験していくと思うの。 最初は辛いかもだけど……あの子への気持ちはやがては奇麗な初恋の思い出として心に仕舞われるわ、あなたが大人になる頃にはね」

 恋人どころか友達もいない自分が良くも言えるものとも思うが、神である以前に大人である自分が子供に対し情けないとこを見せたくない。

 「まあ……そうですよねぇ……」

 納得と落胆の入り混じった表情になる、そんなアストに「……でもね?」と優しき微笑みかけるアルフィーナ。

 「それが”あなたにとっての正解”なのかは私にも分からないわ」

 人間の、特に子供の感情は大人の正論ですべて納得出来るものではない。 正しいとか間違っているという問題ではない、大事なのは成功も失敗も経験して大人になっていくという事なのだとアルフィーナは考える。

 「だから……」

 不意に差し出されたのは握られた右の拳、キョトンとなるアストの目の前でそれが開かれたそこには、畳まれた赤く細長い布があった。 

 「これは……リボン……?」

 太さと長さからすると、後頭部辺りで蝶のように結ぶものだろう。

 「そう、ほんの僅かだけ私の力が込められた……まあ、お守りみたいなものと言ってもいいわね」

 神の力が込められていると言っても特別な力があるわけではない、身に付けていれば、ひょっとしたら少しは良い事があるにかも知れない……そんなものだと説明された。

 「もしも、あなたがエターナに気持ちを伝えるのならこれも一緒に送ってあげるといいわ」

 「それって……どういう……?」

 女の子へのプレゼントの意味は分かるが、アルフィーナがどういう意図でそうしろと言っているのか分からず首を傾げてしまう。 その彼に向かって神とされている女性は意味深な笑みを浮かべてみせる。

 「それはあなたが決める事よ、アスト君?」



  先に寝ていていいと言われてベッドに入ったのの何となく寝付けず天井をぼーっと見つめていたエターナは、「……アスト、アルフィーナと何の話なんだろ?」と呟いたのは何度目だろうか。

 どうにも面白くないこの気分は仲間外れにされているせいだと思うのだが、直後にアストの好きな女の子はアルフィーナなのかなという考えが浮かんで、余計に面白くない気持ちになる。

 「む~~~~!」

 別にアストが誰を好きだろうといいはずなのだ……というか、それ自体は素直に友達として喜んでもいいと思える。 なのにそれを面白くないと感じる部分が心にあるのも事実なのだ。

 「……ししょーならきっと分かるんだろうなぁ……」

 トキハなら何でも知っているとは、今は流石に思っていない。 それでもまだ自分よりはずっといろんな事を知っている、だから今のこのモヤモヤしたものの正体も教えてくれるはずだ。

 つまりはさっさと魔王をぶっとばして帰ればいいのであるが、単純にそれがいい考えとも思えないのである。 もっとも、どうしてそう思うのかも自分では分からないのではあるが。

 「え~い! とにかくやる事をやっちゃうわっ!!」

 答えのでない事で悩んでいても何も解決しない、ならば確実にやるべき事をやるだけだ。 アストが魔王の命を奪う事が正しいのかも分からないが、決して目を背けるわけにもいかない問題なのだから。

 そして、もしも彼の行為が間違っていると思ったら絶対に止めようと決める。

 以前にシエラから言われた事、”命を奪う事を肯定し、異質なものをただ排除すればいいと考えてはいけない”という言葉。 それは絶対に正しいと思う、だからどんなに仕方ない状況だったとしても、最後の最後まで決して捨ててはいけない考えなのだから。

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