アルフィーナ出現
聖剣が発した光は十秒程で収まり、何だったのかと思った三人は「……こっちよ?」という女性の声にギョッとなった。
少しウェーブの掛かった赤い長髪、天使めいた白い服を身に纏った二十代後半くらいに見える。 初めて出会ったはずだがアストは彼女の事を知っているように感じていたが、それを思い出すより先に自己紹介された。
「あなた達は初めましてね、私はアルフィーナよ」
そう言ってにこりと笑顔を見せたのが、あまりにも普通過ぎてその名の意味するところを咄嗟には理解出来なかった。 だがアルフィーナという名の人物を一人しか知らなければ、すぐに驚きに目を見開く事になる。
「アルフィーナ!? まさか……アルフィーナ様っ!!?」
「創造神のアルフィーナだというのか……!?」
アストと同様に信じられないという風に驚くクウガ、彼らに「ええ、そうよ」と答えると、まだキョトンとしているエターナへと顔を向けるアルフィーナ。
「あなたとは二回目ね?」
「……へ? どういう……?」
「あなたは覚えていないでしょうけど、私とあなたは会っているのよ。 この世界とあなたの世界の狭間でね」
アルフィーナはエターナをこの世界に連れてきたのが自分であり、その時に一度会っているのだが、転移の衝撃なのか意識が朦朧としていたようだったから覚えていないだろうと語る。
「あなたがあたしを……?」
言われてみれば確かに最初誰かに呼ばれていたような気もするし、おぼろげだが女の人の姿を見たようにも思える。
「あなたには迷惑を掛けて悪いとは思うわ、でも私にもそうしないといけない理由はあったから……」
「理由?」
「魔王を倒せる聖剣を持つ資格を持つ者、つまりアスト君なんだけど……その……ちょっと頼りなかったっていうか……」
最後の方は言い難そうにしながらちらりとアストを見やる仕草は、神様というより普通の人間の女性という風である。 それから、そのためアストの手伝いをしてもらえる存在を捜しエターナを呼んだのだと続ける。
「……そう言われると……」
反論のしようもなかった、そして自分の不甲斐なさ故にエターナに迷惑を掛ける事になったと知って情けなくなると同時に、だからこそ彼女と出会えて旅が出来ているという事を嬉しくも思えて複雑に感じる。
「だが何故この娘を? 異世界から手間を掛けてまで?」
クウガが口にした疑問に、アストも「そういえば……どうして?」とアルフィーナへと問う。
「そうね……魔王を倒す事は普通の人間には無理、力の差がありすぎてとても太刀打ち出来ないの。 だから私の力を人間に託した、聖剣という形にしてね」
だがその力は使い方を間違えてしまうと魔王と同様に邪悪で危険なものになりえる、故に使うのは誰でも良いというわけにはいかない。
「例えば、善悪の区別もろくにできずに自分勝手するような子供に力を与えるような神様なんていたら問題でしょう?」
「まーねぇー」
「そうですね……」
「ああ、大問題だな」
エターナとアスト、それにクウガも同意する。
「そういう事なんで、正直アスト君一人でも心配なのよ……あ! もちろんアスト君は信用してますよ? え~~と……その……」
どうにも人間臭い神だなと感じながら、「要は聖剣は人間には物騒すぎるという事か?」と助け船を出すクウガである。
「ええ、そうなのよ! だから不用意にこの世界の人間に力を与えるわけにもいかなくて……」
言いたい事は分かっても、人間という存在が神様に信用されていないというのは釈然としないアストの、アルフィーナに向ける表情も不機嫌なものとなっていた。
「それであたしなの?」
「そう、アスト君を手助けできるだけの力を持っていて、かつ魔王を倒した後にはこの世界から去る事の出来る存在……」
故に世界の外へと呼びかけ、それに応えたエターナが召喚されたのだと話す。
「ほへー……」
自分の事のはずなのに他人事の驚くでもなく呑気な顔のエターナ、多少強引だったとはいえアストが頼りないから手伝ってというだけの事だったなら、場所が異世界であるとかはあまり重要ではないのだ。
しかし、次にある事を思い付いたので、「……ん? じゃーさ、魔王をぶっとばしたら、あたしはリムやししょーのとこへ帰れるの?」と聞いてみる。
「ええ、私が責任をもって送り帰してあげるわ」
アルフィーナが頷くと「そっか~」と喜ぶ魔女の少女に、「良かったね、エターナ」と言ったアストは、しかし少し残念な気持ちにもなっていた。 魔王を倒した時が彼女との別れであり、二度と会える事はないだろうからである。
だが、この世界のためにもエターナのためにも魔王を倒さないという選択肢はありえないのだから、自分の為すべき事を為すだけだと心の中で言い聞かせる。
「創造神アルフィーナ、もうひとつ教えてくれ。 何故聖剣はこんな場所にあったのだ? 守りの結界はあっても不用心過ぎないか?」
聖剣封印の際に疑問に思った事を口にしてみるクウガ。
「あー……それね。 まあ、いかにもなとこに隠すより案外安全かなと思ってねぇ……まー結局魔王にはバレちゃったけど……」
最後のところで苦笑し、聖剣が必要とされる事態になるまでは人の目には単なる岩に視えるように擬装はさせてたと補足した。 それでこの国で聖剣の在りかを知る者がいなかったのかと納得する。
その後、不意に背を向け歩き出そうとしたクウガに「ん? クウガどこ行くの?」とエターナは声を掛けた。
「負けた以上はこれ以上手出しはしないが、お前達の味方になったわけではない。 俺とてそのくらいの義理は通す」
それは当然かと感じるが、一言言わないではいられない。
「それはいいけどさ、もう悪い事すんじゃないわよ」
そう言ったエターナの子供がお姉さんぶったような表情がどこか可笑しくて、「それは魔王……様しだいだな?」と笑って返した。 それから「あんたは……」と呆れたような怒ったような様子の少女を背に今度こそ歩き出して、そして姿を消した。
「……さてと……じゃあ、あなた達を魔王のところへ連れて行ってあげないとね」
魔王の手下であるクウガを止めるでもなく、彼を黙って見送った少年と少女を責めるでもなくアルフィーナが言ったのに、二人は虚を突かれたとう風に神である女性の顔を見返した。
「……へ?」
「アルフィーナ様、魔王がどこにいるか知っているんでか?」
まずは聖剣を探し出す事が第一だったのでその事に集中するあまり失念していたが、実際魔王の居場所を探すというのも重要な問題だった。 忘れていたわけではないが、どこかで聖剣を手に入れる事でゴールしたも同然と思っていたのかも知れない。
「ええ、魔王アザートスはこのクトゥリア……いえ、この世界であってこの世界ではない場所にいるわ」
人間の力ではそこへ行く事は出来ないから自分が聖剣を介して姿を現したと説明する、アルフィーナ自身もアザートスとは違うが、この世界であってこの世界でないにいるのだともだ。
アストには理解し難い説明だったが、人間界と幻想界という繋がりある二つの世界を知るエターナには感覚的に理解出来る。
「……魔王と対決か……」
それでも来るべき時が来たのだとは分かり、緊張と不安と闘志の入り混じった表情でこぶしを握り締めるアストが「いよいよね!」という声にエターナを見やると、やる気満々という風だった。
それは魔王との死闘というより喧嘩にでも行こうという風であり、この少女らしいと思いながらも、やはりそんな心構えでいいのだろうかと若干の心配もある。
しかしそんな想いも、「……とは言っても流石に今すぐはやめときましょう」という声に一気に崩れ去ってしまう。
「……ほへ?」
「……って、アルフィーナ様~?」
「だって、あなた達だって山登りやクウガとの戦いで疲れてるでしょう?」
そう言われればその通りなのだが、せっかくその気になっていたのに出鼻を挫かれてしまうと釈然としないエターナとアストである。
「それに私もあなた達に話しておかないといけない事もまだあるしね」
そう言って自分達を見つめるアルフィーナの緑色の瞳が真摯なものと分かれば、そんなモヤモヤも消え去り言うとおりにしようとも思えた。
「分かりました、アルフィーナ様」
「うん、分かったわ。 あなたのお話、聞くよ」
素直にそう返事をする子供達に、満足げな笑顔を見せたアルフィーナだった。