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聖剣の力

クウガが驚きの表情で不意に動きを止めたのに、アストもまた彼の視線の先を振り返った。 そこには小柄なその身体に不釣り合いな大剣を振り上げたエターナの姿があった。

 「あんなものが……?」

 アストにはあれもまた魔法だろうとは思えても、あまりにも非現実的な光景であった。

 その光景を作り出している小さな魔女は、久しぶりに握るエターナル・ソードの柄を通して感じるその底知れない力に僅かな怖さを感じながらも、同時にこれならこの黒い卵も壊せると確信していた。

 今回は誰かを傷つける危険はないから安心して振るえるのではあるが、中にあるであろう聖剣を壊してしまわないように殻だけを斬るようにしないといけないだろう。

 しかし、その加減というものを理屈で分からないなら直感を頼りにするだけと、意を決して「うりゃぁぁあああああああ~~!!」という掛け声と共にエターナル・ソードを振り下ろした。

 卵の殻に触れる寸前に僅かに抵抗を感じたものの、その後はまるで空気を斬っているかのように何の抵抗も感じる事なく最後まで振り下ろせた。 切り裂かれたところか血渋きめいて噴き出す闇のようなものの不気味さに思わず「あ……!」という声を漏らして見つめるエターナの前で、黒い卵は霧のように霧散して消失し手中から十字型の物体が姿を現した。

 何かの翼にも見える飾りの真ん中に赤い宝玉が埋め込まれたその先にある刀身は、多分だが先端から三分の一くらいが台座であろう四角い石に埋まっているように見える。

 「アストっ!!」

 呆然となっていたアストはエターナの声に我に返り、まだ状況を理解しきれないまま駆け出したのは、半ば条件反射に近いものだった。 クウガが反応出来たのはその更に後であったから「させん!」と振るった剣は空を斬り舌打ちしたが、それでもすぐに後を追う。

 だが、もう少しで追いつくというところで入れ替わるようにピコハンを構えたエターナが入れ替わるように立ち塞がった。

 「……さっきの剣は使わないのか?」

 「エターナル・ソードはヒトに向けて使えないよ、危ないもん!」

 その言い方は戦いという行為を馬鹿にしている風に聞こえ、クウガは苛立ちを覚えた。 だから「危なくない戦いがあるか!」と怒鳴りながら目の前の少女に斬り掛かる。

 出会いの時のそれよりもずっと速い本気の剣撃だったが、猫めいた身軽な動きでかわされたのに驚く。

 「エターナ・インパクト~!」

 振り下ろされたピコハンが転がっていた数十センチほどの石ころを砕いたのが、単に狙いを外したのか狙い通りだったのかは分からない。 確実なのは砕かれた岩が何十個もの石ころになってクウガへと飛んできたことだ。

 反射的に両手で鎧に覆われていない顔面を庇ってしまう。

 それとほぼ同時に聖剣へとたどり着いたアストはその柄を両手でしっかりと握っていた、そして一度大きく深呼吸するとさらに力を込めて一気に引き抜く。

 「……!!?」

 すると聖剣に埋め込まれた赤い宝玉が輝き出し、その光は一瞬でアストの全身を包み込んだ。 数秒後に光が消えた後に姿を現した彼は白く輝く鎧を身に纏っていた。

 まさに勇者というにふさわしい姿にエターナは思わず見とれ、クウガも戦いの最中という事を忘れたかのように呆然と立ち尽くしてしまう。

 

 

 自分に何が起こったのかすぐには理解出来ず唖然となっていたアストだったが、聖剣から体内に流れ込んでくる力の強さにようやく状況を把握し、「……これが聖剣の力……」と呟いた。

 単純に切れ味が鋭いとかそんなものではない、この剣は持ち主に常人を超えた力を与えてくれるのだと本能的に悟る。 これなら魔王だって倒せるはずだと、そんな自信が沸いてきた。

 「この剣ならっ!」

 勢いよく地を蹴って駆ける速さは、先程より数段上がっている。 

 こうなればもうエターナはクウガの眼中にはない、魔剣を構えなおし彼もまた地を蹴った。 十数メートルはあった二人の剣士の距離はあっという間に縮まる。

 「聖剣を手にした勇者! その力を見せてもらおう、アスト・レイっ!!」

 先に仕掛けたのはクウガだった、大きく振り下ろしたその斬撃は、小手調べなどではなく必殺のつもりの一撃だ。 その攻撃をアストは正面から受け止めてみせる。

 「僕はもう負けない! クウガ・マクレーンっ!!」

 クウガが剣を引くとすかさずアストが攻撃を仕掛けるのを受け止めるが、その一撃の重さもまた先程とは段違いだった。

 「こ……これが聖剣かっ!?」

 「そうだよっ!」

 黒衣の青年と白き鎧の少年は互いの剣を数回ぶつけ合った後、どちらからともなく後ろへ跳んで距離をとった。 多少乱れた呼吸を整えながら次に仕掛けるタイミングを互いに窺っている。

 エターナはそんな男達の戦いに手出しする事も出来ずにただ見守っているしかなかった、今の二人の動きについていける自信もないし、下手に横やりも入れがたい雰囲気もあったからだ。

 その直後に両者が再び同時に動き始め、「あ……」と声を出す。

 「勇者をやりたくないと言っていた奴が結局聖剣を手にし勇者となるか!」

 「勇者とかじゃない!」

 魔剣と聖剣がぶつかり合う金属音が幾度も響くのは、どこか音楽めいていると魔女の少女には聞こえていた。

 「なら何だと言うっ!?」

 「僕はエターナを守り家族の元へと帰す!」

 左胴を狙った攻撃は黒い刀身で止められた。

 「魔王討伐はどうでもいいかっ!?」

 「違う! どうであれ僕は僕に与えられた責任は果たすっ!!」

 アストは両親を信じている、その両親が与えたというなら自分が魔王と戦う事にはちゃんとした理由や意味があるはずなのだ。 望む望まないに拘わらず自らがやるべき事を放り出してはいけないのだ、何よりエターナに責任感もない人間だと思われるのが嫌だ。

 「だから! 僕は僕の責任を果たすために聖剣を使う、それにエターナも魔王を許せないというから……」

 自分が世界を救う勇者なんかではない、一人の女の子の為に行動したいから、その為に役目を終わらせようとしている身勝手な子供なのだ。 もちろん世界やそこに生きる人達がどうでもいいわけではない、ただ理由としてはエターナのためという方が大きいのである。

 「僕は彼女を手伝う為にも聖剣の力を借りるさ!」

 段々とアストが押し始めていた。 聖剣と魔剣の力では聖剣の方が上であるが技量と実戦経験では彼はクウガには到底及ばない、総合的に見れば両者の力は互角と言っていいだろう。

 差があるとすれば力を求める事を目的としているクウガと、自身の役目を果たし一人の少女の力となりたいと望むアストの心の強さの差であろう。 互いに力を求めていても、アストには得た力で何を為すかというものが視え、その為に突き進む事が更なる力となっている。

 「……お前のその気持ちに聖剣が応えているとでもいうかっ!?」

 「そうだよっ! あんたと最初にあった時の僕は本気じゃなかった!」

 「何?」

 聖剣の切っ先が左の小手を掠めた。

 「魔王を倒す為に戦う事に本気になれなくて、誰かに代わってもらって逃げ出したいなんて弱気だった……」

 打ち込まれる剣撃の勢いが増してくる、それは本当にアストの気持ちに聖剣が応え力を増しているかのようだった。

 「だけど今は! 僕はやるべき事とやりたい事、どっちも本気でやるっ!!」

 きっかけは誰かに言われたものだとしても、今のこの戦いもこれからするべき戦いも、間違いなくアスト・レイという人間の意思でしていくのだ。

 「俺だって本気だ! 本気で己の限界を、最強の強さを目指しているっ!!」

 湧き上がってくる苛立ちの感情に任せ何度も剣を振るうが、すべて聖剣で受け止められてしまう。

 「僕だってっ!!」

 一瞬の隙を突いて攻めに転じたアストはありったけの力で聖剣を振り魔剣へとぶつけた、今まで一番大きな金属音が響き、次の瞬間には漆黒の剣が宙へ舞った。

 「……!!?」

 驚きに目を見開き硬直したクウガの首筋に刀身が付きつけられた。 しばし時が止まったかのようにどちらも静止していたが、「……今度は僕の勝ちだ……」と剣を引いたアスト。

 「……殺さないのか?」

 「……無闇に人殺しをすると彼女に怒られそうだからね」

 言いながらアストが視線を向けた先にはエターナがいる、いきなり注目されてキョトンとなったが、すぐに「そうだね、ヒト殺しはダメだよ」と頷く。

 「甘い事を言うな……敵は殺さなければお前達がいずれ殺されるかも知れないぞ?」

 アストにもそれは分かっている、それに互いに命を賭けての戦いなのだから相手を殺したとしてもそれは犯罪の殺人とは全く違う次元の話である。

 「まあ、”かも知れない”だからな。 ここであんたを殺せば”ほぼ確実”に彼女に嫌われそうだ、僕にはそっちの方が困る……」

 当のエターナからは見えないが、クウガにはアストが少し照れた顔になっているのが分かり、「……そういう事か……」と呆れたように呟いた。 この勇者の少年はあの魔女の少女に好意を抱いているのだろう、自身が恋愛に興味はなくても男であればそれくらいは分かる。

 しかし、男二人の会話に意味が理解出来ず「どーゆー事?」と首を傾げている魔女の少女に、アストは僅かに残念そうな表情で苦笑し、クウガもやれやれという風に溜息を吐く。

 「……まあ、いい。 どうあれ負けた以上、悪あがきもみっともないというものだ……」

 そう言いながら魔剣を拾いに行くのをアストもエターナも止める事はせず、彼が拾った魔剣を鞘に納めるまで黙って見ていた。

 「……そうだ、エターナだったな? ひとつだけ教えてくれ」

 「ん? 何?」

 「お前は何故あの剣を最初から使わなかった?」

 そういえばそうだとアストも思う。 もちろん、だからエターナを前に出して戦わせようとなんて考えないが、オーガのギランの時など存在を知っていればもっと違う作戦も出来たかも知れない。

 「エターナル・ソード? さっきも言ったけど危ないのよ、あれ……あたし自身でも全然パワーを制御出来ないんだもん」

 アストを助けるのに他の手段も思い付かず、更にヒトに向けてじゃなかったからやむを得ず使ったのだと説明する。

 「使うつもりもない力をどうして持とうと思った?」

 「……持とうと思ったっていうか、持っちゃったていうか……」

 ある理由でししょーである魔女と勝負の時に偶発的に手に入れてしまった力であり、あえて欲した力ではない。 使える以上は本当に必要な時は使う事を躊躇ってはいけないだろうが、必要になるまでは決して使ってはいけない。

 安易に強い力に頼り取返しの付かない事をしてしまうよりは、どんなに苦労しても自分がベストだと思う結果を目指すべきだと考えている。

 それを聞いたアストは、その理由が至極当然なものであり、とても彼女らしいとものだと思える。

 「……そうか……」

 それだけ言ったクウガの表情から、おそらく彼も自分と同じ事を思っているなと分かる。 それから聖剣の輝く刀身を見やった、勇者に魔王と戦う力を与えてくれるその剣も、使い方を間違えればただの殺戮の道具になってしまうのだろう。

 エターナル・ソードという力に溺れることなく使い時を心得ているエターナをみれば、自分も聖剣という力に驕って己を見失う事があってはいけないと思う。

 そう自分を戒めて、今は折れてしまった剣の収まっていた鞘に仕舞おうとしたまさにその時、聖剣が白く輝き出したのだった……。 



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