クウガとの対決
早朝、言ったとおりにクウガが姿を現すと無言で剣を抜き構える、黒一色の禍々しいそれは、実際魔剣と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出している。 比較的平坦なこの地形はおよそ七、八十メートルの範囲があり彼はその中心辺りで対峙する形となっていた。
対するアストも自らの剣を構えこれから戦うべき相手を力強い瞳で見据える。
旅立ちの時に父親から貰ったこの剣は、特別な力はないがこの旅を共に戦ってきた相棒とも呼べる剣だ。
そしてエターナもまたエターナル・ピコハンを握りしめアストのやや後方に立っている、流石に多少は緊張した様子の彼女であったが、何かを思い付いたかのような表情になって口を開いた。
「そーいやさクウガ、あんたってどうして魔王の味方をすんの?」
「……それを聞いてどうする?」
「いや、だって気になるじゃん?」
何がどうなるとも思わないが、気になると聞かずにはいられない。
「別に俺だけが人間で魔王の手下をしているわけではないぞ?」
それはエターナも知っている、寧ろ人間の方が多いらしい。 魔王によって力を与えられその力で己の欲望のままに振る舞い、それでこの国が乱れているという話はアストから聞いていたから。
「うん、知ってるけどさ。 あんたって何がしたいのかなってさ」
相棒の少女が言うのにアストも、そういえばと感じた。 善良な人間とも思えないがわざわざ悪事を働くような男とも見えない。
しばらく値踏みするかのように魔女の少女を見つめていたクウガだったが、「……いいだろう」と語り出した。
「俺の興味はただ自分がどこまで強くなれるか、それだけだ。 この魔剣という力をくれるというから代償として魔王に従っている、それだけの事だ!」
言い終わると同時にクウガを地を蹴りアストに斬り掛かるが、彼もすぐに反応し自らの剣で受け止めてみせた。
「強くなってどうしようって言うんだっ!!」
「どうもしないっ! ただ己の限界を目指すのみっ!!」
アストの反撃を後ろに跳んで回避しながら、「それが剣に生きるという事だろうっ!!」と言い放つのに、「そんなのおかしいっ!」と反論したのはエターナだ。
「意味もなく強くなるのに悪い事までするなんてっ!!」
「魔法を使う、それも子供に剣に生きる意味など分からんよっ!」
そこへ「僕だって分かるかっ!!」と突き攻撃を仕掛けられたが回避し、「お前も剣士だろうが!」と反撃の斬撃を繰り出すと、剣と剣がぶつかる甲高い金属音がした。
「僕が強くなりたいのは目的があるからだ! 強くなるのが目的なんてっ!!!!」
両親に褒められたい、勝ちたい相手がいる、負けて悔しい思いをしたくない……そして今はエターナを守り家族の元へ返してあげたい、理由はひとつではないし時期によってその想いの強さに差はあっても、そこには必ず目的があった。
「目的か、それもいいだろうがなっ!!」
クウガも他人の理由を否定はしない、だがそれを正しいとは思わない。
「目的を決めそこを目指す! それは強さに上限を設けるということ、そんなんでは最強には至れんと知れっ!!!!」
「こいつ……!?」
少しづつではあるがアストが押され始めた、気迫で負けているつもりはなくてもやはり技量はクウガが上であり、魔剣の力なのか身体能力も強化されているように感じる。
そこで彼が一旦退いたのは、「最強とかっ!!」という言葉と共に飛んできたエターナ・シュートの光弾をかわすためだった。
「そんなんで誰を幸せにできんのよっ!!?」
「誰かのための力という発想が子供だっ! 力は力であり自身のものでしかないのだよっ!!」
言い返しながらもエターナに攻撃しようとしないのは、彼女を守るかのように立ちはだかる勇者の少年のためだ。
以前に比べれば気迫も迷いなく繰り出される技の力強さも段違いとなっている、おそらくはあの銀髪の少女を守るという強い意志が彼の持てる力のすべてを引き出しているのだろうとは認める。
だがその目的の為に自身の限界を目指して最強となる必要はない、目的を定めればそこ以上を目指す必要もなく、そこが強さの上限となるのだ。 故に剣を振るうう理由のひとつとしては誰かの為でもいいだろうが、目的としてはダメなのだ。
「そうだとしてもっ!!」
勢いよく駆け出し斬り掛かるアスト。
「手段は選べよっ!!」
「選んでいては……」
クウガは魔剣を防御ではなく攻撃として振るった、向かってくるアストの剣に対して「最強になれんさ!」と勢いよくぶつけ、彼の剣の刀身の半分くらいのところで叩き折った。
「な……!?」
予想外の事に驚きながらも、剣士としての本能か大きく後ろに跳んで距離をとるアストに、「魔剣ならこういう力技も出来るんでね」と不敵に笑ってみせる。
「アストっ!」
エターナは叫ぶなり駆け寄ると、ピコハン構え直しクウガを睨み付けた。
それに対し余裕のある笑みを浮かべながらもすぐに攻撃をしないのは、以前に剣を折られたピコハンのパワーと、何より少女の使う魔法の力を警戒しての事だ。
「次はお前が相手か?」
「そうだよ! アストは下がって!」
「下れっていったって、君じゃ無理だよ!」
長さが半分になってしまった剣をそれでも構えながらエターナの前に出る、彼女がただのか弱い女の子ではなくてもこの魔剣士相手に勝てるとは思えず、何より守ると決めた女の子を危険に晒すわけにはいかないのだ。
「剣が折れちゃったアストよりは無理じゃないよっ!!」
言いながら更に自分の前に出ようとするエターナを手で制しながら、「そういう無茶な言い方して……」と呆れた顔になるアストである。
「そうだな、その剣ではもうまともに戦えまい。 そっちの魔法を使う娘の方が戦力にはなるだろう、予備の武器でもあれば別だがな」
クウガに言われて「ないの?」とエターナも聞いてみるが、アストは首を横に振る。
同時に武器の破損という事態を想定していなかった自分の迂闊さに呆れた、戦いというものを、どこか試合の延長線上と認識してしまっていたのだ。
やっぱり自分がやるしかないと言い出そうとしたエターナは、不意に剣ならあると思い付く。 だが、問題はどうやってその剣をアストがとるかだった、昨日いくらやってもあの黒い殻は割れなかったのだから。
「エターナ?」
いきなり考え込み始めたのに困惑するアスト、まるで今が戦いの最中だというのを忘れてしまったかのようである。
クウガもそんな少女の様子に驚きはしたが、何をしでかすのやらと好奇心が沸き様子を見る事にした。 それに彼にとっての勝利とは相手をただ倒すのではなく実力の勝負で打ち破ってみせる事にある。
例えば剣の試合においてどんな卑怯な手段をもってしても勝利は勝利であるが、それでは剣の実力で相手に勝った事にはならない。 勝つためには手段を択ばないとは自称強者のよく言う事だが、実際にはその時点でもう実力では勝てないと負けを認めた弱者の言い分なのである。
そんな敵の考えなど知る由もなくてもエターナはまだ考え続け、何度やっても砕けないという状況が過去にトキハと勝負した時のそれと似てる思い出した。
「そっか、叩いて割れないなら斬っちゃえばいいんだー」
脈絡不明な言葉に「……は?」となるアストを無視してクウガを見やり、流石に素直にやらせてはくれないだろうとは思う。 黒い卵まではざっと二十か三十メートルというところだ、十分に全力疾走出来る距離である。
だから「ねえ、アスト。 ちょっとだけ時間を稼いで」と頼んだ。
「……はぁ?……いったいどういう……?」
「話は後、じゃー頼むね~!」
一方的に言って走り出すその先にあるものに「本気!?」と思わず声を上げてしまう。
クウガもその動きには驚き「無駄だと分かっていないのか……」と呆れた、あるいはヤブレカブレになっているのかも知れない。 だがその一方でこの娘が何か予想もしない事をやってみせるかも知れないという妙な予感もあった、まさかと自分に呆れつつも大人しく好きにさせる理由もないかと追いかけようとして、アストに阻まれる。
「邪魔だ!」
鬱陶し気に魔剣を振るうのアストはかわし剣ではなく蹴りを見舞ったが、黒い鎧の硬さを思い知っただけだった。 しかし今はクウガの足を止めれば十分だった、だから「無駄だと言ってた割には焦っているのか?」と挑発的な口調で語りかけた。
「好きにさせる理由もないからな」
言い返しながらの斬撃はアストの頬をかすめて赤い線を作り出すが、その程度で怯むこともなく反撃がくるのは承知しているから、余裕を持って魔剣で受け止められる。
「いや、好きにさせてもらう!」
エターナが何をしようとしているのかは分からないが、それでも彼女を信じたいと思った。 何よりエターナに頼りにされた事がアストには嬉しかったのだ。
そんな攻防が行われている間にエターナは目的の場所に到着していた、数十メートルを走って乱れた呼吸を落ち着かせながらも後ろは気にしない。 クウガはアストが抑えてくれていると信じているからだ。
最初は全然頼りない男の子だったのが、ここ最近急に頼もしくなってきている。
その理由は分からないが、それが何だか嬉しく感じていた。 だから、自分もまけていられない。
「す~は~~」
最後にゆっくりと深呼吸してから両手でピコハンを握り振り上げた。
本当なら使わない方がいい力である、しかも成功する保証もない。 あるいはこの力を使い自分がクウガを倒した方が確実かも知れない、だが自分で制御出来ない力で取り返しの付かない結果を招いてはいけないだろう。
だから自分がするのはアストの剣を何とかするとこまでだ、聖剣がどんなものかは知らないがきっとあの魔剣に負けないくらい頑丈な剣だろうと思う。 その剣があれば、今のアストならきっと勝てるはずだ。
その直後、ならアストがいなかったらこの力でクウガを攻撃し、下手をしたら殺してしまっていたかもと気が付きゾッとなった。 しかしすぐにその考えを振り払う、もしもの事など今はどうだっていい、今はこの戦いを終わらせる事に集中するべきだと。
「いくよ……エターナル・ソード!!」
持ち主の叫びに答えるかのようにエターナル・ピコハンが眩い光を発し、その形を変化させていき、光が消失した時にその小さな手が握っているものは少女の身長の倍の長さはある大剣であった……。