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クウガ、再び

サイクラノ山は標高の高い岩山だった、麓からざっと見上げた感じでは千メートルくらいだとアストには見える。

 魔王を倒すのに必要な聖剣がここにあるらしいと聞いて来たが、それは今は確信へと変わっていた。 山頂の方から何か、自分を呼ぶかのような不思議な力の鼓動を感じていたからだ。

 「この上に聖剣が……」

 「みたいね……」

 「君も感じるのか?」

 エターナは「うん……」と頷く。 そんなの強くはないが魔力か、それに似た何かの力が発せられているのは感じられる。

 「……魔王の手下が待ち伏せているかも知れない、気を付けて行こう」

 そう言ってアストが歩き出すと、エターナも「うん」と返事をして後に続いた。


 

 サイクラノ山には登るための道らしきものはあったが、でこぼこしていて傾斜もあるため決して歩き安くはなかった。そのため二人は何度も休憩を繰り返しやっと中腹くらいまで来れた。

 「はぁ……はぁ……疲れるわ~~」

 息を切らして岩の上に腰かけるエターナは、高いところにいくと空気が薄くなっていくという話を思い出していた。 おそらくトキハから教わったのだろうけど実際に体験すると想像以上に厄介な事だと分かる。

 「これは……一日じゃ無理かなぁ……」

 エターナ同様に疲れた様子で空を見上げて言うアスト、すでに太陽は真上を通り過ぎている。 その直後に、これまで感じ取れていたはずの聖剣の力が不意に消え去ったのに「……え!?」と思わず声を出した。

 「エターナ!」

 「うん……あたしも分かったよ……それこの怖い力……」

 「怖い力……?」

 どうやらこの少女は力の消失だけでなく、新たに別の力の発生を感じ取っているらしい。 アストも精神を研ぎ澄ましてみたがそれらしきものは感じ取れない。

 「そう……さっきまでの暖かい力じゃなくて、冷たくて怖い力……」

 僅かに震えるその声に、エターナの感じ取っているものがどんなものか少しは分かる気がした。 

 それから「多分、魔王の力か……」と心当たりを口にした、同時に最悪の展開を想像してしまう。 魔王が先回りして聖剣を破壊してしまったのではないのかという予想であった。

 そうであれば人間が魔王に対抗すべき手段を失った事を意味する、そんな自分の想像に絶望しそうになる。

 だが、エターナが勢いよく立ち上がって「アスト! 急ごうよっ!!」と声を上げるのにそれは吹き飛んだ。 そうだ、まだこの目で確認しないうちに決めつけるのは早いはずだと。

 「ああ! でも無理はダメだ!」

 確かにどこかで一泊してとか言っている場合ではないが、ほぼ確実に敵が待ち受けているのに無理強いして突っ込むわけにはいかない。

 「でもさ……」

 「焦っちゃダメだよエターナ、こういう時こそ落ち着いて行動するべきなんだ」

 そのどこか自分自身にも言い聞かせているかのようなアストの言葉にエターナの脳裏に過去の出来事が浮かび、「あっ……!」となった。

 祖母であるせつなが自宅で倒れていたのを見つけししょーを呼びに戻った後、自分もすぐに祖母の元へ戻ろうとしたのを、似たような言葉で止められたのである。

 その時は、自分の無力さ故に大人達の邪魔になるというのが理由だから今回とは状況が違っても、冷静に考えて行動を選択するというのは変わらないと思えた。

 だから考えてみる。 これから向かおうというのは正体は分からないがとにかく怖い何かがある場所だ、そんなところへ疲れた状態で行っては勝てるものも勝てないかも知れない。

 だから、「うん……そうだね」と素直に従う事にした。

 アストはそんな自分より年上で容姿は幼い少女に頷いてみせてから、「もう少しだけ休んだら出来るだけは急いで進もう」と彼女の蒼い瞳をしっかり見返しながら言ったのだった。

 

 


 日ももうすぐ暮れようとしている頃、ようやく頂上付近にたどり着いた二人を待ち受けていたのは、漆黒の鎧を纏った男であった。

 「あんたは……クウガ。 クウガ・マクレーンか……」

 待ちくたびれたという顔で腰かけていた岩から立ち上がりながら、「ああ、そうだ。 勇者アスト・レイに魔女のエターナ」と低い声で言った。

大きな岩だらけの中でこの周囲だけ不自然に平坦な場所で、彼らは十数メートルの距離を開けて対峙した。

 「まさか、あんたが待っているとはね……」

 「魔王様からの任務があったからな……まあ、ここで待っていればそのうち来るだろうと待ってたのも事実だが……」

 すぐに戦おうという気もないのか剣も抜かずに自身の後方を見やると、つられて少年と少女もそちらへと視線を向けた。 そこには人間よりやや大きい黒い卵のようなものがあった。

 それから発せられているのが怖い力の正体だとエターナには分かる。

 「あの中にお前達の求めている聖剣がある、もっとも少し前に”闇の結界”で封印してやったがな……」

 明らかに人の手で作られた四角い台座の石に突き刺さった剣を、クウガは最初は抜けないかと試してみたが、視えない力に阻まれて触れることも出来なかった。

 もっとも、誰でも簡単に聖剣を持っていける状態であるはずもないから予想通りとも言えたが。

 魔王から授かったアイテムを使いその聖剣を封じてしまうというのが、アストとエターナを追いけようとしたクウガが受けた任務であった。 彼らがあちこち寄り道していたおかげで結果的に先回りした形になったのである。 

 「本当かどうか知らんがあの結界は聖剣の力でないと破れないらしい、だが聖剣は結界の中……つまり、もう誰も聖剣を手にする事は出来ないという事だ」

 淡々と説明するのが、少なくとも彼が嘘は言っていないと分からせるのに十分だった。 そして、そうと分かってもエターナル・ピコハンを出現させて突貫するのがエターナでもあった。

 「うりゃぁあああああっ!!」

 ピコハンを握り薄暗くなった中を勢いよく駆けるのを、クウガは止めるでもなく冷ややかな目で見つめている。

 「てりゃぁぁああっ!! エターナ・インパクト~~~~!!!!」

 とにかく込められるだけの魔力を込めて振り下ろされたピコハンは、しかし黒い外壁の直前に視えない力に阻まれ、勢いよく弾き返されてしまう。 「わわっ!!?」と後ろに転びそうになるのを、どうにか堪えた。

 「……と、いうわけだな。 やるのは勝手だが無駄に疲れてケガをするだけだろうな」

 「うが~~!」

 悔しそうにうなり声をあげるエターナからアストへと視線を移し「さて……」と呟けば、反射的に身構え剣へ手を伸ばす勇者の少年。

 「そう身構えるな、こうも暗くなっては互いに戦い辛いだろう?」

 「何?」

 「明日の朝、明るくなってからここにまた来る。 勝負はそれからだ」

 そう言って意外な展開に唖然となっているアストに背を向けて立ち去ろうとして、もう一度振り返るクウガ。

 「まあ、逃げるなら逃げても構わんさ。 そんな臆病な奴をわざわざ追いかけてまで倒す気もないからな?」

 挑発的に言われてムッとなったアストだが、彼より先に「誰が逃げるかっ!!」とエターナが言い返した。 そんな彼女らしい行動に感じていた苛立ちも消えたアストも黒衣の剣士をしっかり見返し言う。

 「エターナが逃げないなら僕も逃げないよ、僕は彼女の保護者だからね」

 その少年の瞳は、最初にあった時に比べてずっと力強い意思を秘めているのをクウガは見て取った。 この短い期間で何があったかは知らないが、少しは成長したようだと分かる。

 「……そうか、ならば今日はしっかり休んで万全にしておけ。 寝込みを襲うような卑怯をする気はないからな」

 そう言って今度こそ夜の闇の中へと消えたクウガであった。


  

 視界にあるのは半分くらいかけた月、自分にとってはありふれた形であるが、エターナにしてみれば月が楕円形なのは変なものらしい。 その月明り以外にはランタンしか光源のない中で、アストは毛布に包まったものの寝付けずにいた。

 クウガを完全に信用してもいないが、前に対峙した時は圧倒した相手に不意打ちを仕掛ける必要もないだろうとは思う。

 そのかつて敗北した相手によくもあれだけの大口を叩けたものと思う、おそらくエターナがいなかったら今頃は夜の闇に隠れるようにして逃げ出していただろう。

 いや、今でも負ければ死ぬだろうと考えれば怖いというのが本音だった。 しかし、この戦いは絶対に逃げてはいけない気がする。

 確実に勝てる相手とは戦い、勝ち目がなければ逃げる男だと思われてエターナに呆れられるのが嫌だった、それに何よりアスト自身の男の意地だってある。

 そのエターナの寝息がふと聞こえて、どうして自分がここまでこの異世界の少女を気にするのだろうと不思議に思った。 どこか惹かれるものがあると言っても良かった、今まで知り合ったどの女の子とも違うように感じるからだろうか。

 少なくとも、クウガが立ち去った後も「こんなでっかい卵くらい叩き割っちゃる~!」と何度もピコハンを叩きつけるような女の子は知らない。 結局どうにも出来なかったが、それを諦めが悪いと笑う事なんて出来るわけがない。

 「……まあ、何にしても負けるわけにはいかないんだ」

 封印された聖剣を開放する手段を捜さなければいけないし、更にその後には魔王を倒すという”勇者としての役目”がある。 そしてその役目を果たしたらエターナを家族の元に帰すための手段を見つけなければいけないのだから。

 「……そう、あの子とは……エターナとはいつかは別れるんだよなぁ……」

 そんな風に考えついてしまうと、急に寂しい気持ちになってくる。 それで自分はあの女の子とずっと一緒にいたいと思っているのだと分かった、それは友人としてのもののようにも、別の何か感情のようにも感じられた。 それが何なのか考えようとして止めたのは、今はクウガとの戦いに集中しようと考えたからだ。

 あの男を倒さなくてはどんな未来にせよ進む事は出来ないのだから、先の事は目の前の問題を解決してから考えればいいとだ。 そう思って気が楽になったからなのか、ほどなくしてアストは眠りに落ちていたのだった……。 

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