魔女と勇者の洞窟探検
バレルと別れて一週間くらい経った、その間に魔王の手下の襲撃が全くなかったのをエターナは「いい事じゃん!」と喜んでいたが、アストにはどうにも不気味で仕方がなかった。
「何か企んでるんじゃないかってさ、そう思わない?」
並んで街道を歩くエターナに言ってみると、「……あーそうかぁ……」と返してくる。
「でもさ、だからってどうしようもないんじゃない?」
何かあっても返り討ちにしてあげるとでも思っているであろうエターナに、「まぁ、そうなんだけどさ……」と答えるしかない。 実際何を企んでいるかなど予想も出来なければ、せいぜいいつ襲撃されてもいいように気を付けるくらいしかないだろう。
そんなこんなで山の麓にある小さな村へ着いた二人だった、ここを超えれば目的のサイクラノ山までもう少しであったが、そこで問題が発生した。
「……え? 山越えの道が?」
「ああ、こないだ崖崩れがあってな、しばらくは通れそうもない」
泊まろうとした宿屋のオヤジからそんな事を聞いたアストは、部屋でエターナとどうしたものかと話し合うのは、「急ぎだってんなら山の反対側まで通じているらしい洞窟がある事はあるがな?」なんて事も冗談めかして言っていたからだ。
「そこ通った方が早いんでしょう? ならいいじゃん?」
ベッドのふちに腰かけて足をバタバタさせながらエターナが気軽そうに言うのに、その彼女と向かい合うように自分のベッドに座るアストは、「そう言うと思ったけど……」と肩をすくめてみせる。
「あくまで向こう側まで通じてるらしいって話だよ? 実際にそこを通った人がいるわけじゃない」
あるいは昔の人は何らかの理由で使ったのかも知れない、少なくともそう言い伝えられてはいるのだから。 だが、そんな洞窟だけに今も通じている保証もなくどんな危険があるかも分からない。
そう説明し、だからここは迂回しようとアストは提案する。 そもそも迂回して多少到着に遅れが出たとしても大きな問題が生じるわけではない。
「だけどさ、アストだって早く魔王をぶっとばしたいでしょう?」
「そりゃ……まあ……」
「それに、分からないならあたし達で確認したっていいでしょう? そーしたら何かの時にここの村のヒト達の役に立つかもよ?」
何よりダメかどうか分からないなら自分の目でちゃんと確認したいというのが一番の理由である、無理と諦めるのはそれからでいいのだ。
「う~~ん……」
腕を組んで唸る勇者の少年、確かに急ぐ理由もないなら確認くらいしてもいい気もしないでもない。 それにひょっとしたら魔王の手下が迂回した先で待ち伏せしている可能性もあるから、上手くすれば裏をかけるかも知れない。
「……分かったよ。 ただし、僕が危険と判断したら引き返すと約束してもらうよ」
そう言ってエターナの蒼い瞳をしっかり見据えるアストの表情は、これまでとは違う力強さがあったのに、ドキッとなる小さな銀髪の魔女。
「僕は君を元の世界の家族のところへ返してあげたいから、それまでは君をちゃんと守ってあげたいからね」
それが今の自分のやりたい事だ、与えられた”勇者”という役目ではなくアスト・レイ個人が望む役目だ。 無論、勇者である事を放棄という無責任をするつもりもない。
エターナはそんな少年の言葉が嬉しく感じられ、何だかかっこいいと思えた。
「そっか……ありがとアスト。 うん、約束するよ」
翌日、洞窟の場所を教えてもらいさっそく向かう。 ちなみに宿屋のオヤジは「……本気かよ……」と呆れたような顔をしていた。
洞窟の入り口は大人の背丈よりもやや高いくらいで中も同様であった、もっとも入り口付近はという話で、奥はどうなのかはまだ分からない。
「意外と広いなぁ……」
エターナの魔法の光で照らされた壁や天井を見渡し呟くアスト、見た感じでは人の手が加えられている形跡は見当たらない。 しかし、反対側まで通じているなんて伝わっているくらいだから、過去に人が通った可能性はあるだろう。
その直後に、いくつにも重なったようなバサバサというに驚いたアストは、「何っ!?」という少女の声を聞いた。
「……コウモリか!」
魔法の光の範囲内に入ってきた何十という数の十数センチ程の黒い物体が向かってくるのに、アストは両手で顔を庇いながら前へ進み出る。 それとほぼ同時にコウモリの群れが二人に迫った。
「わきゃっ!?」
「くっ……!?」
甲高い鳴き声と羽ばたきの音は数秒間続き後方へと消え去った、アストは腕を降ろして振り返ると「大丈夫だった?」とエターナに言った。
「……え?……ああ、うん……」
しばしキョトンとなっていたがアストが自分を庇ってくれたと分かり、「……ありがとね」とお礼を言った。
「ん? このくらい当然だよ」
本当に何でもない事のように言ったアストが少し前までの彼と違って少し頼もしく見えたエターナは、しばしその笑顔に見入ってしまっていた。
「それに先に進もう、コウモリくらいで怖気ずく君じゃないだろ?」
「とーぜんよ~」
元気よく頷いたエターナが再び歩き出し、アストも続いた。
勇者の少年と小さな魔女の少女は洞窟内をゆっくりと進む、未だに子供二人が余裕で歩ける通路は一本道で分かれ道はなかった、ここまではである。
「……右か左か、どっちだと思う?」
エターナの問いに「う~~ん……」と唸るアスト、決め手どころか何の情報もないしでは直感で決めるしかないと思う。
「とりあえず右に行こう、でもその前に……」
自分の荷物からナイフを取り出すとそれで壁を削り出した、そんなに硬い岩盤ではなかったので簡単にバツのマークを描けた。
「それって、迷わないための目印?」
「そういう事、反対側に行けないのはまだいいけど道に迷って出られなくなったら大変だからね」
エターナもどこかで聞いた事のあるやり方ではあったが、アストがやるのを見て思い出したというものである。 知識として知っていても使うべき時に活かせなければダメだなと反省した。
それから更に洞窟を進む二人は何回か行き止まりにぶつかったものの奥へと進んでいくと、するとそれまでよりもずっと広い空間にやって来ていた。
「……こういう場所もあるのか……」
魔法の光も届かないくらいに高い天井を見上げながら呟くアスト、広さもちょっとした町の広場くらいはあるように思える。
「ここってどの辺なのかな?」
今どのくらいのとこまで来たのかとういう意味であろう少女の質問には「さあ……」と答えるしかない、だが感覚的にはかなりの距離を歩いていると思う。
その時、静まり返っている闇の世界にぐ~~という緊張感のない音が響き、続いて「えへへへ……」という少女の照れた声。
「……そうだね、少し休憩しようか?」
「うん~!」
返事をしながら手頃な岩に腰を下ろすエターナに、アストも続く。
「そういえばさ、それずっと出してて疲れないの?」
自分の創り出した魔法の光球を指さしてアストが聞いてくるのに、リュックを開いてパンを取り出す手を止めもせずに「ん? 疲れないよ?」と答える。 確かに魔法を使いすぎると激しい運動をしたのと同様に疲労はするのだが、明かり程度のものでは普通に手足を動かしている程度のものである。
「そうか……」
元気の塊みたいなエターナだから疲れないのか、魔法とはそういうものかは分からないが何となく納得しながら自分のパンを齧った。
その直後にシューという不気味な音が聞こえたのに、少年と少女の表情に驚きと緊張が走った。 程なくして明かりの範囲内に大きな生物が入って来るのが見えた、先程の事はこいつの呼吸音だか鳴き声だかであろう。
「……って、トカゲ?」
「ああ、オオトカゲだね……」
しかも一匹ではなかった、見渡してみると五匹確認出来る。 体長一メートル程のオオトカゲは真っ赤な下をチリチリと出しながらゆっくりと近づいて来る、明らかにこちらを獲物と認識していると分かった。
「こいつらも食事の時間って事か……」
立ち上がり剣を抜くと切っ先を正面のオオトカゲに向ける、ザラザラした濃い茶色の皮膚を持つそいつは、魔法の光に照らされ輝く刀身を警戒したかのように歩みを止めた。
エターナも「あたしも~!」と立ち上がりやる気満々でエターナル・ピコハンを出現させて構えたが、「ここは僕に任せて」というアストの言葉に「へ?」と拍子抜けした声を出してしまう。
「こいつら位ならね!」
言うと同時に駆け出すアストは一気に距離を詰めて正面のオオトカゲの背中を斬り付けた、切り裂かれた皮膚から緑の液体が流れだす。 大きく口を開き苦しそうな鳴き声を上げるそいつにそれ以上構う事なく、続いて跳びかかって来たもう一匹を斬り付け出血させ更に転倒させた。
アストはそいつにもトドメを刺す事なく数歩後退すると残った三匹を睨み付ければ、明らかに怯んだ様子で後さずると一気に反転して暗闇の中へと消えた。 そいつらに遅れて傷ついた二匹も走り去るのを、アストもエターナも黙って見送った。
「あらら、案外弱い奴だったのねぇ……」
拍子抜けしたように言う少女の言葉に「……って言うほど弱くもないけどね」とアストは苦笑する。
実際武器を持たない一般市民が餌食になったという話もあるにはある、もっとも彼らの方から人の生活圏内に入ってまで人間を捕食する事はないのでそこまで危険生物と認識されてもいないが。
そんな生き物なのでアストも戦った経験はなく不安もないでもなかったが、このくらい一人で何とか出来ないならこの先エターナを守り彼女を家族の元へ返してあげる事なんて出来ないだろうという想いがあった。
もちろん、そんな事を言葉にして魔女の少女に言う事はしない。 代わりに「まあ、とにかくもうちょっと休んでから先に進もうか?」と言ったのであった。
勇者の少年と小さな魔女の少女は洞窟を進み、数時間くらいした頃ようやく出口と思われる光を見つけた。
「およ? あれって出口?」
「……だね、多分。 本当に反対側へ抜けてたんだなぁ……」
正直未だに半信半疑だったアストはそれでようやく安堵し、もう一息だと思いながら疲れている身体を動かしていく。 そして暗闇の世界を抜け出し周囲がオレンジ色に染まった瞬間に、残っていた緊張も完全に消し飛んだ。
「もう夕方になってたんだぁ……」
少し遅れて外に出来てきたエターナに「そうだね」と答え、今日はもうここで野宿して行くしかないと考える。 洞窟を歩いた疲れもあるし、そもそも現在位置もちゃんと分かっていないのでは夜の闇の中を進む気はしない。
それをエターナにも言うと、「そうだねぇー」と賛成した。
そして野宿の準備を始めようとリュックを降ろそうとした時に、不意に何かを思い付いたような顔になり、それからジッとアストの顔を見つめた。
「今日のアストさ、かっこ良かったよ?」
そう言って微笑む少女がとても可愛く思えて思わずドキッっとなってしまう、女の子がこんな風に見えたのは初めてだと思えた。 同時にこの少女に認められるというのが嬉しいとも感じていた。
「そっか……ありがとうエターナ」
感謝の言葉と共にアストもまたエターナに穏やかな笑顔を見せたのであった。