エターナの事、アストの事
翌日にエターナが目を覚ました時には、すでに太陽が真上に上らんとする時刻であったのは、アストもあえて起こそうとは思わなかったからである。 あまりにぐっすり眠ってたのでバレルに相談したところ、今日一日くらいは休ませた方がいいだろうと言われたからだ。
そのバレルは旨い食事や酒を捜して町を散策に出かけて行った、まだしばらくは滞在する予定らしいので彼とは明日にはお別れであろう。
「……へ? あたしの事を聞きたい?」
「うん、何だかんだできちんと聞いた事がないと思ってね」
エターナとアストは並んでベッドのふちに腰かけていた、二人して昼食――エターナは朝食だが――を済ませた後に部屋に戻ってからそんな話を切り出した。
そう言われれば、「そーいやそーね」と思うエターナ。 全然話していないという事もなかったが、きっちり話していたとも言い難い。
「……どっから話そうかしら……」
少し思案した後、とりあえず幻想界ではししょーや妹のリム、それに使い魔のヒト達と暮らしていた事を話した。
「お母さんやお父さんは?」
「ん? いないよ、ずっと昔に死んじゃったから……あたしが十歳の時だって……」
「そうな……ん? ずっと昔に十歳? 君は今いくつなの?」
「二十歳だよ? あ、もーちょいで二十一だけどね」
アストは愕然となった、明らかに自分より子供な外見の少女が実はずっと年上だったのである。 だがその衝撃もエターナが続いて話始めた内容に消し飛ぶ。
師匠である魔女のトキハがルーサという魔法使いと戦いに巻き込まれて両親は死亡、そして自分と妹は人間から幻想界の存在になったと説明されたからだ。
「それって……」
「それからいろいろあったよ、いろいろとね」
お互いにそうとは知らないまま祖母であるせつなと出会い、吸血鬼のアリスと友達になってトーヤとフィルという居候も加わって大変な事もあったけど楽しい毎日を過ごしていた。
だがある日、ふとした事で自分と妹がせつなの孫娘であり、トキハの起こした事故で両親は死に自分達も人間の世界で生きていけなくなった事を知った。 そして弟子達に望みの道を選ばせて姿を消そうとするトキハと勝負し自分達の望みを伝えた。
それからせつなの元へと謝罪に行かせて、トキハは赦された。
そうしてようやくすべてが解決し幸せな日常が戻ったと思った矢先のせつなとの死別……。
「…………」
アストは彼女に対して言うべき言葉が見つけられずエターナの悲し気に俯いている顔を見つめるしかなかった。
「その時ってさ、凄い悲しかったの。 でもね、最後のおばーちゃんは幸せだったから……その事は嬉しかったの」
「どうして分かるんだ?」
「あたしの魔法……時間泥棒の魔法……」
エターナが使えるその魔法は、ヒトが幸せと感じている”時間”をキャンディーにする事が出来る。 最後にその魔法を使いせつなの最後の時間は幸せだったと知る事が出来たのだ、同時に刹那自身もまた自分が幸せだったと確信して逝ったのである。
「そんな魔法が……」
アストの想像する魔法とは敵を攻撃したり味方の傷を癒したりと戦いに関するものであった、そんな何の役に立つのかも分からない魔法があるなんて思いもしなかった。
「あたしの魔法じゃ……ううん、あたしにはおばーちゃんを助ける事は出来なかったけど、最後におばーちゃんの為に何か出来たのは嬉しかった」
言いながら首から紐でぶら下げている小さなカギを掌に載せて大事そうに見つめる。 妙なアクセサリーだと思っていたそれが、おそらくそのおばあちゃんの形見か何かなのだろうとは流石にアストにも分かった。
「エターナ……」
「あたしの話はお終い! 今度はアストの事を聞かせてよ?」
唐突に明るい顔に戻って自分を見上げて来るのに、アストは一瞬キョトンとした後で「えっ!? 僕の!?」と驚きの声を上げた。
「そーだよ? あたしの事だけ聞くってズルいし、あたしもアストの事を知りたいしさ?」
そう言われれば嫌とは言い難かった。
「分かったよ……」
アストの家はクトゥリアの王都から少し離れた場所にある大きいとも小さいとも言えない微妙な規模の町にあった。
そこで代々剣術の道場をしていたのは、今にして思うと有事の際に戦いに赴けるようにというためだったのだろう。 自分の子供達を鍛える事も不自然に見られないし純粋に生活の糧を得られもするからだ。
「稽古は厳しかったけど、僕の父さんや母さんも普段は優しかったよ」
稼業が多少特殊だった以外はごく普通の家庭だったと思う、ずっとそんな普通の生活が続いて、大人になったら道場を継いで普通に結婚して家庭を持つものだと思っていた。
「だけどある日、お城の兵士がやって来て父さんと何か話て……そして僕の家は勇者の末裔だって聞かされたんだ」
子供ながらに魔王が出現して各地で手下が暴れているのは知っていたが、きっとお城の騎士や兵士とか、それこそ勇者が現れて何とかしてくれるだろうというくらいにしか考えていなかった。
だから、自分がその勇者だと知った時は天地がひっくり返った程の衝撃だった。
アストの両親とてまだ子供のアストを行かせるのは不本意であっただろうが、彼の父親はとある事故で追ったケガで道場主を務めるのはまだ出来たが、魔王や手下を相手に実戦はほぼ無理という状況だったのだ。
そんなこんなで半ば状況に流される形で旅立つ事になり現在に至っている。
「ふ~~ん? じゃあ、アストはその”勇者”って全然やりたくないんだ?」
アストは「全然じゃないけどね……」と苦笑し、自分だって勇者に対する憧れや困ってる人達を助けたいという思いがないわけでもないと言った。
「だけど、やっぱりどうして僕なんだろうって思うよ。 だって僕なんか全然強くないしさ……」
情けない事言ってるなと思うが偽りのない本音だった。 だが言ってしまった後でエターナに呆れられたかなと思うと後悔もしていた。
「……それ違うよ」
「違う?」
「勇者とかあたしにはよく分かんないけどさ、大事なのはあんたがやりたいかやりたくないかだけよ。 ヒトがどう言おうと最後に決めるのはあんた自身なんだもの」
トキハの騒動の時も周りの大人達は子供の自分達に道を示してくれた、けれども最終的にどうするかを決めたのは自分とリムであった。 だからこそ後悔はあっても、結果を受け入れて前に進めているのだとエターナは訴える。
「僕がどうしたいか……か」
先程エターナの年齢を知って驚いたアストだが今は納得出来ていた、確かに性格に子供っぽいところはあるが、少なくとも自分よりはずっと大人に近いと思う。
「そうだよ、アストはどうしたいのよ?」
どうしたいのかと問われれば、魔王討伐なんて出来るならやめたいというのが本音だった。 この期に及んで情けないと思うがアストだって無理な事をやって死にたくなんてない。
でも……と思う、今こうしてこの少女と旅をするのは悪くないと感じていた。
何かと振り回されもしているが少しだけ楽しいと思っている自分がいるのである。
「まあ……君を放ってもおけないしね、僕がやめてもどうせ一人で行くんだろ?」
思ったままを言うのも気恥ずかしいのでそんな風に言うと、「まーね!」と当然の答えが返ってくる。
「……って言うかさ、放っていけないのってアストの方だよ?」
「え?」
「男の子なのに情けないって言うかさ……」
そう言われれば反論は出来ず、「あははは……」と苦笑するしかない。
「だからさ、あたしも魔王ってのをぶっとばしたいのもあるけど、ちゃんと最後までアストに付き合ってあげるわ」
最後までという言葉に、この少女とはいずれ別れる時がくるという事を今サエラながらに思い付く。 それは当然の事であるし、アストとて彼女が家族の元へ帰るのが一番だろうとは分かっても僅かな寂しさを感じていた。
「……あのさ、エターナ。 僕達で魔王を倒した後さ……君が元の世界に戻る方法を捜すのを僕も手伝いたいんだ」
気が付くとそんな事を言っていて、自分でも驚く。
意外な事を言われて「……へ?」と目を丸くするエターナ、それ見て「嫌かな?」とアストは続ける。
「嫌って言うか……流石にそこまでは考えてなかったというか……」
元の世界へ帰る方法を捜すとは決めていても、細かい方法とかは全然だったという事ろうと分かる、そしてそれが何ともこの飛んでいく矢のような少女らしいともだ。
「でもまー、手伝ってくれるのは嬉しいよ」
嬉しそうな笑顔を向けられ、それがとても可愛く思えてしまい思わずドキッとなるのに、バレルに妙な事を言われたせいで変に意識しているのかなと思う。
「そっか、ありがとな……」
人差し指で頬を掻きながらそう言うと、「何でアストがお礼を言うの? 変なの……」と不思議そうに首を傾げるエターナだった。