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宿屋での一幕


 翌日エターナとアストはバレルと共に出発した、とりあえず次の町を目指すのは同じだったからである。 町までは一日半程掛かり、その間に次の襲撃はなく無事に到着した。

 

 

 「ぷふぁ~~!」

 硝子のコップに注がれた清酒をバレルは勢いよく飲み干す。

 宿屋の一階にあるこの酒場には彼らの他にも多くの客がおり、多少の空席もあるが賑わっていると言って良いだろう。

 「……よく飲むわねぇ……」

 アストと共にバレルの向かいの席に座るエターナが呆れ顔なのは、これで五杯目だからである。 

 飲み物といえば紅茶やジュースが中心で、酒といえば師匠であるトキハが多少ワインを嗜むこともあるくらいだった。 好奇心から飲ませて貰おうとしたが大人になるまではダメと言われたから、今でも酒の類を口にしたことはない。

 「まったくだね……」

 アストも同意しながらフォークで巻いたパスタを口に入れる、塩ゆでしたパスタに肉と野菜をのっけただけの料理だが、値段の割には旨いと思う。

 「何を言う、これくらい大人なら普通じゃよ、普通!」

 多少顔を赤くしながら愉快気に言うバレルではあるが、流石に子供に酒を勧めるような事をしない程度に常識的な思考は出来ている。

 「少なくとも僕の知っている大人はそんなに飲みませんよ……」

 言いながら周囲の様子を伺うのはこれで何度目だろうか、これまでの事を思うと魔王の側にはこっちの位置が筒抜けでいつどこで襲撃を受けてもおかしくないと考えている。

 それで無関係な人達に迷惑をかけるのは避けたいから、本来であれば食糧等必要な物を買ったらすぐに町を出るつもりだったのを、バレルに強引に宿に泊まらされたのである。

 「お前さんは良いかもしれんが、このお嬢ちゃんを柔らかいベッドで休ませてやろうとは思わんのか?」と言われれば反対も出来なかった。

 「心配せんでもこんな人の多い町中でおいそれと襲ってはこれんじゃろう?」

 不意にそんな事を言われてアストはぎょっとなりバレルの顔を見返した、酔っぱらって陽気になっているじいさんという風な顔である。 

 訳の分からないエターナは「ほへ?」と首を傾げる。

 「お主は少し生真面目が過ぎるようじゃな、そんなんでは持たんぞい?」

 川魚を焼いたものを箸で撮みながら更に言ってくるのに、「そんな事言われても……ふざけて魔王討伐なんて出来ませんよ」と言い返す。

 「ふざけろとは言っておらんよ、物事には程度というものがあるという事じゃい」

 「ねえ! 何の話なのよ!?」

 話に加われないのが面白くないエターナがムッとした顔になっているので、「男同士の話じゃ、お主は気にせず料理を楽しんでおればよい」

 「む~~?」

 納得できないという風な様子だが、鶏肉と野菜を交互に串で刺した焼き鳥を手に取っているあたり、今は美味しい料理の方が大事なようである。 そんな少女の目が少しとろんとしている事には二人共気が付いていない。

 「それは……分かりますけど……」

 「まあ、その適度の加減が難しいのも分かるがな」

 若い頃は特にであろう、重大な責任を負っているというプレッシャーがそうさせるのだ。 だが気負い過ぎて心に余裕がなくなると却って周りが見えなくなるものだとバレルは言った。

 「…………」

 「そもそもじゃ、魔王一人倒したところで何も変わらんよ」

 「……え!?」

 バレルの、あまりにも予想外の言葉にアストだけでなくエターナも驚いて「どーゆ……こと?」と聞き返した。

 「程度の差はあれ悪なんぞそこいらに溢れておるわい、魔王がいようがいまいが結局はどこかで誰かが苦しんだり泣いたりする世界は変わらん……と、済まんな……お主の戦いを無意味とは言うつもりはない」

 それでも大きな悪がひとつ減るには違いないからと言われても、アストは釈然としない。 勇者なんて無理と思いつつも自分なりにみんなの期待に応えようという想いも、クトゥリアを救いたいという純粋いな正義感もすべて意味がないと否定されたと感じたからだ。

 今はまだ各地で手下が散発的に暴れているだけで被害も大きくはないが、それだけでも十分に手を焼いているのである。 魔王がその気になればクトゥリアくらい征服されるか滅ぼされるかされる事もありえるはずだ。

 自分に出来るか出来ないかはともかく、そんな事になる前に何とかしたい。

 だから、バレルの言葉に憤りすら感じて「僕は……」と口を開くのと、傍で何かが倒れる物音がしたのは同時だった。 

 音のした場所、旅の連れである少女の方を見ると彼女はテーブルの上に突っ伏していた。 おそらくその時に空になっていたコップを倒してのであろうと分かる。

 「……寝ておるな?」

 「……ですね」

 元気そうに見えていたが疲れが溜まっていたのだろう、久しぶりに美味しい料理をお腹いっぱい食べたという満足感と満腹感で一気に眠気が襲ってきたに違いなかった。

 「言い方が悪かったやも知れんな、済まんな……」

 白い髭の生えた顎を掻きながらバレルが謝るのに「いえ、あなたと言ってる事も間違いとは思えませんから……」と少し気まずそうに返した。

 オーガのギランの事件も人間のエゴが発端ではあったし、殺し屋の男も今回偶々依頼人が魔王だったというだけで、本来は彼に殺人を依頼するのも人間なのだろうから。

 「とにかくエターナを部屋に連れて行かないと……」

 「そうじゃな……」

 周りではまだ他の客が大声で騒いでいたりするからあまり意味はないのだが、それでも男の二人の会話は自然と小声になっていた。 

 そして自然と夕食はそこで終了となった……。



 エターナとアストが二人用の部屋を一緒に使っている理由は、万が一に襲撃を受けた時の事を考えての事である。 一緒にいた方が彼女を守りやすいだろうからだ。

 「……これでよしっと」

 自身と比べて小さいというには少し無理がある少女の身体をおぶってきたアストは、起さぬようにそっとベッドに寝かせて掛布団をかけてあげた。

 「無邪気な寝顔じゃな……」

 スヤスヤと静かな寝息を立てて眠っているエターナも見て思う、話を聞いただけで実感がないからかも知れないが、この女の子が本当に魔法を使いオーガや殺し屋相手に立ちまわったとは思えない。

 「こんな華奢な身体のどこにあんなバイタリティーがあるんだかって、思いますよ……」

 もしもあの時、黒衣の剣士に負けた時にこの少女が現れなかったきっと死んでいただろうと思う。 仮に生き延びたとしても心が折れて魔王討伐なんてやめてどこかへに逃げ出したかも知れない。

 「ふむ……そういやお主はこのお嬢ちゃんの事をどう思っているんじゃい?」

 質問の意図が分からず「どうとは?」と聞き返す。

 「いやな、こんな元気で可愛い子じゃしお主はこの子に惚れているやもと思ったんじゃが」

 「まさか……僕はこの子の保護者みたいなもんですから」

 明らかにからかう様な口調だったが真面目に答えるのがアストであり彼の本心なのは間違いない。 だが、内心でバレルの言葉に僅かに動揺したのも自覚していたが、まさかありえないだろうと否定する。

 そもそも、今の自分に女の子を好きだ嫌いだ言っている余裕があるはずもないのだから。

 「保護者か。 まあ、そんなもんかの」

 現状では一番しっくりくる表現ではあった、そもそも本当にからかっただけだったので答えがどうだろうと関係ない。 ただ、あまりに真面目な反応過ぎて面白味はなかったくらいだ。

 「……さてとワシも寝るとするかのぉ」

 そう言って部屋を出て行こうとするバレルに「ええ、おやすみなさい」とアスト。 そして彼が出て行ってから自分も眠ろうとベッドへ向かおうとして、ふと振り返った。

 先程変わらず銀髪の少女の無邪気な寝顔がそこにある、確かにアストの出会ってきた女の子の中でもかなり可愛い方だと思う。 そういう風に見てしまうとエターナに対し変に意識してしまう自分に気が付く。

 「まさか……ありえないよ」

 自分に言い聞かせるように呟いていた。 

  


   


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