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小さな魔女の冒険の始まり


 ヒトの未来はいくつもの可能性が存在し、可能性の数だけセカイもまた存在している。 この物語は大人へ時間を進み始めた、まだ小さな魔女であるエターナという少女のひとつの未来の可能性セカイである。


 赤く染まっていた空が黒へと変わり始めている、その下にある古惚けた神社の境内に一人の少女が立っている。 

 年齢は十歳くらいであろうか、大雑把にセットされている長い銀髪の天辺がアンテナめいてピンと立っている。 買ったばかりであろう萌黄色をした半袖のワンピースを身に纏っていて、その胸に小さな銀色のカギがペンダントめいて紐で首からぶささげられていた。

 そんな少女の蒼い瞳が見つめる先には、直径一メートル程の岩があった。

 エターナという名のこの少女は人間ではなく魔女であった、それゆえに普通の人間であれば気が付かないだろう岩の発する不思議な力を感知出来たのである。

 「……う~~~ん……?」

 幻想界という、この人間の世界とは違う異界に師匠や妹、それに使い魔達と暮らすエターナがこんなところにいるのは、気まぐれで遊びに来ていたからである。

 異界と言っても幻想界はまったく関連性のない違う異世界ではなく、例えるなら霊界とかのように次元は違っても確実にこのセカイの一部なのである。 故に魔法の力や特殊な道具を使えば行き来できないでもないのだ。

 何か逸話のあるものなのか、しめ縄の巻かれたこの岩が何故か自分を呼んでいるような気がして、帰って師匠であるトキハに相談しようかという考えが浮かんでいても、かれこれ三十分はずっと眺めている。

 「あなた、あたしに何か用なの?」

 そう問いかけた直後に、唐突に岩が淡く白い光を放ったと思うと、すぐにカメラのストロボめいて眩い光へと変わり、エターナは「……わっ!?」思わず目を瞑ってしまう。

 その直後にエターナは女の人のキレイな声を聞いたような気がしたが、何を言ったのかよく分からないまま意識を失った……。



 幻想界の姿は、自然が多く残っている事やそこに暮らす者達の違いこそあるが、人間の世界と大きく変わる事もない。 その中にある、とある森の中に建つ白い木造の屋敷がエターナ達の家である。

 魔法の力で光を放つライトの下、自室のベッドに腰かけて小説を読んでいる高校生か大学生くらいの少女がエターナの妹のリムである。 

 とある出来事の後に止まっていた成長が進み始めたエターナであるが、この妹に追いつくまではまだ時間が掛かりそうであると、彼女を見上げる紅い瞳の黒猫であるアインは思う。

 エターナの使い魔であるアインがここにいるのは、単に主人が今日は一人で遊びに行きたいと言ったからであり、それが珍しい事と思いつつも偶にはいいだろうとアインも納得したからであった。

 「……お姉ちゃん……?」

 そのリムが不意に顔を上げて呟くのに、アインと同様に床に寝そべっていた白狼のフェリオンも怪訝な顔をして「……どうした?」と問う。

 「……え?……あ……何でもないです。 気のせいですよね……うん!」

 十年以上も彼女の使い魔をしているフェリオンには、そう答える少女の表情で何か嫌な予感を感じつつもそれを否定したいと思っているようだと分かった。 気のせいであればそれに越した事はないが、両親を失った事故で一緒に人間から幻想界のニンゲンになった姉妹には、自分達にはない特殊な繋がりがあってもおかしくはないとも思えるのであった。




 気が付いた時に森の中にいれば、エターナは幻想界の家の近くに戻って来たのかとも思うが、すぐに違うと気が付く。 生えている広葉樹の高さも葉の形も記憶と違うというのよりも先に、何か空気めいたものという曖昧な感覚で違うと感じ取っていた。

 「……どこ?」

 困ったという風な顔になった後に、深呼吸をしてから精神を集中していくのは、魔法を使うためである。 

 魔法を使うと言っても、長い呪文を詠唱したり頭の中で複雑な術式を組み立てたりという事でもない。 どちらかというと使う魔法を頭の中で強くイメージすると言う方が正しいか、”魔力”というほとんどの人間にはないエネルギーを操り様々な現象を引き起こすのである。

 故に魔術ではなく魔法、技ではなく純粋な力なのである。

 この時エターナが使おうとしたのは、人間界から幻想界へと転移する魔法である。 本来は子供が簡単に使える魔法でもないが、エターナもリムも移動の手段として日常的な感覚で使えていた。

 「……ダメかぁ……」

 魔法が発動しないので、今度は逆に幻想界から人間界への転移も試してみるが結果は同じだった。 つまり、ここは幻想界でも人間界でもないという事である。

 「だったら……」

 今度は使い魔であるアインを召喚する魔法を使ってみるが、やはり何も起こらないのには、思わず落胆した表情になる。

 「……困ったわねぇ……」

 自分の全く知らない場所に一人で放り込まれたと分かり、どちからというと能天気な性格のエターナも表情が険しくなる。 

 しばらくの間、腕を組んで「う~~~~ん?」と唸っていたが、やがて何やら納得したという風に頷くような仕草をした後にトコトコと歩き出した。

 別に何か名案を思い付いたわけでもなく、じっとしていても何も変わりようもないのでとりあえず歩いてみようというのである。 外見は十歳くらいでも、実際には二十年程生きている彼女であれば元より不安で泣き出すという事はないが、それでも知らない場所を散策してみたいという好奇心も沸いているあたりは、肝が据わっていると言っていいだろう。

 しばらく道なき場所を歩いてみると、小さな虫を見つけたり鳥の鳴き声を聞いたりと普通に森の中という印象だったのは、それが自分の知ってるものではなくとも、まったくの別物というものでもなかったからである。

 ちょっと遠出したら知らない虫や初めて聞く鳥の声を聞いた、そんな風にしか思感じられない。 

 自分の知らないセカイに来たのだとしても世界の作りはさほど変わらないのかもと思うのは、エターナとて異世界転移物の本を読んだこともあるからである。

 しかし、それ故に仮に人間がいても言葉が通じるかとかというような不安を思い付く事はないが、自分の姿が視えるかどうかという問題くらいは頭にはあったが、それもあまり深刻にも考えていない。

 「……ん?」

 不意に歩みを止めたのは、どこかで人の声がした気がしたからだった……。



 「たぁぁぁあああああああっ!!!!」

 気合の入った声と共に剣を振るう一人の少年の名はアスト・レイといい、その彼のエメラルドの瞳が見据える先には漆黒の鎧を纏った白髪の剣士が防御の構えをとっていた。

 「……基本の型は出来ている……がっ!!」

 漆黒の剣士は難なくアストの攻撃を受け止め、すかさず反撃に転じた。

 「動きが遅い! それに直線的すぎるっ!!!!」

 「うるさいっ!!!!」

 鎧と同様に黒く禍々しい気を放つ刀身の一撃を、アストは後ろへ飛んで回避するが、それはどうにかやれたというところである。

 「勇者というから期待したが……」

 攻撃を続ける事もせずに、あからさまに落胆したという相手に様子にアストはムッとなり、「勇者なんてやりたくてやるわけじゃないっ!!」と斬り掛かるものの、やはり簡単に受け止められた。

 「そんないい加減な気持ちかっ!」

 「悪いかっ!?」

 「中途半端な心構えで剣を振るうのがふざけていると言っているっ!!!!」

 苛立ち籠った蹴りがアストの腹に見舞われ、レザー・アーマーを身に着けた彼の身体を転倒させた。

 「がぁっ!!!?」

 「終わりだっ!」

 トドメとばかりに振り上げられた剣が振り下ろされなかったのは、二人の間を白い閃光が通過したからであった。 そしてその光は射線上にあった子供の胴体程の太さの木の幹に命中した部分、直径十数センチ程を炭化させた。

 「光!?……魔法?」

 白髪の剣士が驚きの表情で光の飛んできた方へ視を向けると、そこには長い銀髪の女の子が右手をこちらに翳して立っていた。 

 「何者だ?」

 十メートル程離れている少女を剣士は睨み付けたが、彼女はそれに怯むこともなく手を降ろすと「何の喧嘩か知らないけど……やりすぎよ、あんた!」と返してきた。

 その後で、どうやらこの二人には自分の姿が視えてるみたいだと分かる。

 「喧嘩とは面白い言い方をする……」

 可笑しそうに僅かに口を歪めると、スッと切っ先を少女へと向け、もう一度「何者だ?」と問う。 そんな様子を、上体をようやく起こしたアストは唖然と見上げていた。

 「あたしはエターナ、魔女のエターナよ。 あんたは?」

 「魔女?……まあ、いい。 俺の名はクウガ、クウガ・マクレーン!」

 名乗ると同時にクウガは勢いよく大地を蹴って駆け出す、十メートルの距離など彼にとっては子供一人斬るのには造作もない間合いのはずだったが、少女は怯える事もなくその斬撃を横に跳んで回避してみせた。

 「ほう?」

 「いきなりとか……だったら、エターナル・ピコハンっ!!」

 持ち主の声に応えるかの彼女の左手首に嵌められたブレスレットが輝き、そして形を変えて右手に握られていたものは、少女の身長程の長さもある巨大なピコハンだった。

 「腕輪が変形とは……やはり魔法か!」

 「魔女だもんっ!!」

 エターナは力任せにエターナル・ピコハンを振るう、必殺技のエターナ・インパクト程ではないが魔力の込められた一撃は、直撃すれば並みの大人なら気絶するくらいの威力を出せる。

 大人になるにはがむしゃらに全力を出してばかりではいけないという事に気が付く始めたエターナは、力加減に加えて魔法のコントロールの能力も以前より向上していた。 先ほど威嚇に使ったのも、エターナ・バスターの威力を抑えたものなのである。

 ピコハンの一撃を刀身で受けたクウガは、ピコッ♪という音と共に手が僅かに痺れるくらいの衝撃を感じた。

 「玩具のように見えてこのパワー!?……これも魔法とでも言うか!」

 驚きながら、反撃の横薙ぎを放ったが、エターナは「わっ!?」と声を上げながらも避けてみせる。 動きはどこか素人めいているが、真剣を相手に怯えも迷いもなく向かってこれるのは、実戦を経験してるようにも感じられる。

 「貴様、何故俺を攻撃した?」

 「偶々近くにいたからよっ!」

 エターナル・ピコハンの攻撃を避けながら、「何?」とクウガは言葉だけを返した。

 「あんた、あいつを殺そうとしたでしょう! だからよっ!!」

 「それが戦いだろっ!」

 訳の分からない事をという口調で剣を振り上げる。

 「それが悪い事だって言ってんのっ!!!!!」

 苛立った口調で応えながら、エターナはありったけの魔力をピコハンに込める。

 「子供のキレイごとでっ!!」と振り下ろされるクウガの剣と、「大人のくせにっ!!!!」と振り上げられたエターナル・ピコハンがぶつかった。 体格も腕力でもエターナはクウガに遥かに及ばないが、大量の魔力の込められた必殺技エターナ・インパクトは打ち負けるどころか、頑丈そうなその刀身を折ってさえみせたのである。

 「……なっ!!?」

 驚愕に目を見開きながらも、本能的に後ろへ跳んでエターナとの距離をとる。

 「どういう冗談だと言うのか……!?」

 「本気だよっ!!」

 その気になれば更にエターナ・インパクトを打ち込めるエターナは、しかし攻撃を続ける事なく「……っていうか、さっさと帰りなさいよっ!!」と大声で言う。

 「俺を倒す気がないのか?」

 意外そうにするクウガに、「あたしは、あんた達の喧嘩を止めに来ただけよ!」と当然という風に答えるエターナの、両者の間に僅かの沈黙が流れた。

 「……いいだろう。 今日のところは俺の負けだな」

 愉快とさせ思える表情で言うと、クウガはクルリと反転してゆっくりと歩き出した。

 完全に無防備にも見える後姿に対し攻撃をするという姑息な真似を、起き上がってももう参戦出来もする事もかったアストには、するような姑息な性格にはなれそうもなかった。




 平和だったクトゥリア国に突如として蘇った魔王は、野心ある者や力を求める者達を配下にして侵攻を始めた。 

 魔法という謎の力を操る魔王にクトゥリア国の人々は防戦一方となり、最後の切り札として、かつて魔王を倒して王国の危機を救ったという伝説の勇者の血を引く14歳のアスト・レイに白羽の矢が立ったのである。

 その勇者が魔王を倒したという聖剣を捜すべく旅をしていたアストは、その途中でクウガと遭遇して見事に敗北したいうのが、彼の説明だった。

 「魔法を悪い事に使うなんて!」

 偶々見つけた倒木の上に腰かけたエターナが憤慨するのを、地面に腰かけたアスト・レイはどこか不思議そうに見つめた。 邪悪な魔王と同等の力を、こんな非力で無邪気そうな女の子が操るというのが、ひどく奇妙な事に思えたからである。

 そんな彼らの上にある空は、少しずつ赤く染まっていっている。

 「それより……君はいったい何者でどこから来たんだい?」

 「あたしは魔女よ。 そんで、ここじゃないとこから来ちゃったみたいね」

 エターナの説明はまったく要領を得ず、「はぁ?」と首を傾げるアストである。

 「そんな事はいいわ。 それよりアストは魔王をぶっとばしに行くのよね? あたしも連れて行ってよ!」

 今度は先とは別の理由で少女の言葉を理解出来なかったアストは、数秒の沈黙の後に「ええぇぇええええっ!!!?」と驚愕の声を上げながら思わず立ち上がっていた。

 「な……ななな何で!?」

 「頭にきたから!」

 エターナにとって魔法とは自分や自分の大事なヒトを幸せにするべく使うものなのである、だから最初からヒトを不幸にするために魔法を使うのは許せる事ではないのである。

 「そんな理由で……というか、無理だよ! 君も見ただろ? 僕じゃ魔王どころか手下にだって勝てないんだよっ!!」

 自分などどだい勇者になれる器ではなかったのだと思う、しかし、いくら魔法の力を持つとはいえ女の子に対し、自分に代わって倒してくれといえるほどにダメ人間になれもしない。

 「無理と決めるのはやってからよ! それに一回負けたなら次に勝てるようにすりゃいいだけよっ!!」

 拳を握りしめて言うエターナが、アストにはとても異様な存在に視えていた。

 これまで知り合った女の子の友達とはまったく違う存在、同じ人間とは思えないとさえ言って良かった。

 「そんな無茶な理屈って……」

 しかし、自分が行かなくても一人でも行きそうな雰囲気である。 そしてそれが分かってしまえば自分だけリタイアする事も出来ないアストは、勇者の家系とは呪われているのかと本気で思った。

 

 こうして、小さな魔女とどこか情けない勇者の少年の冒険は始まった……。




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