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冤罪と秘匿

アルカーナの母は、料理が抜群に上手かった。

母が父と結婚できたのは料理の腕が良かったからだと言っていた。父もその言葉に笑んでいた。

そんな母の料理を周囲が習い始めたのは、たぶん珍しい事でもなかっただろう。


意中の相手を落とせる秘密の魔法、なんて冗談めかして話題になったのが、きっと不幸の始まりだった。


ある日、母が血相を変えて家に飛び込むように帰宅した。

アルカーナは少し年の離れた兄と留守番をしていたが、母の様子に驚いた。


子どもにも分かる異常な様子で、母は兄を見て、それからアルカーナを見る。

アルカーナは瞬間に怯えた。

察したのだ。置いて行かれる、と。


「逃げなきゃ」

と母が呟いた。

アルカーナは母に走り寄り、ぎゅっと抱き付いた。


「セグネス、あんたはお隣さんに匿ってもらいな」

「なんで。僕だけ。アルカーナは?」

「やだ!」

とっさにしがみついたのを、母は少し迷い、しかし抱き上げてくれた。


「魔女狩りは女が狙われる。あんた男だ、生き延びな。父ちゃんも帰ってくる。良いね、父ちゃんと合流して、落ち着いたら母ちゃんたちを迎えに来て。約束だ」

この言葉に兄は驚き拒否を示すために首を横に振った。


「ナディ! ナディ!」

扉をたたくのは、隣人だ。

「どうぞ!」


「ナディ! リューンが魔女狩りにあったって! ティフィアのお嬢様のせいだよ!」

「知ってる」

「早く逃げな!」

「お願いだよ、セグネスを匿って。うちのダンナがきっと戻ってくるから」

「分かった、まかせな」

「共同小屋に行く」

「分かった、気を付けて。でもアルカーナはどうするんだい」

「女の子だから、連れて行くわ」

「そう。そうだね。早く! セグネス、早くうちにおいで!」


***


母はアルカーナを抱いたり降ろして手を繋いだりして、急いで移動した。

向かった先は、皆が管理している、遠出に使う小屋だった。そこしか避難場所を思いつかなかったのだろう。


無事にたどり着いた小屋には誰もいなかった。

周囲は静かさに満ちていた。


小屋で一息ついた母に、アルカーナは尋ねた。

母はきちんと教えてくれた。


「母ちゃんのレシピが、魅惑のレシピって言われてるのは知ってるね」

「うん。好きな男の人をとりこにできるからでしょう?」

「料理が心底上手いっていうのが真実なんだよ。良いかい、今から残酷な事を言うよ、大丈夫かい」

母が真剣な顔で言い聞かせて来るので、アルカーナは頷いた。

その様子に、母も真実を告げてくれた。


「リューンが魔女にされて、処刑される。リューンの恋人を、ティフィアのお嬢様が好きになっちまったせいだ。濡れ衣だよ」

気立ての良い、見知った者が処刑だという話に、アルカーナは目を見開いた。

なお、この時は、まだ幼かったので正確には理解できなかった。


今なら分かる。

自分が好きになった男の恋人が邪魔だから、権力者の娘が、邪魔な女を魔女にした。女を殺して、残った男を手に入れるために。


母はこの時、アルカーナに説明を続けた。

「ここから先が、私たちに関わるから、ちゃんとお聞き。魔女のリューンに、まるで魔法みたいなレシピを教えたのは、誰だい?」

「・・・母ちゃん」

「そうだ。・・・逃げた理由が、分かったかい? 母ちゃんも魔女にされてしまうから逃げろって皆が言ったんだ」


不安になったアルカーナを、母は今度こそ抱きしめた。

「大丈夫。母ちゃんは魔女じゃない。間違って殺されないように逃げただけ。きっと父ちゃんたちが迎えに来てくれる。それまで、少しここで待とう」

母が何より不安になっているのだと、アルカーナは察した。

だから母を抱きしめ返した。

「大丈夫、母ちゃん。アルカーナがついてるよ」

すると、母はホッとして笑った様子だった。

「頼りにしてるよ、アルカーナ。あんたがいてくれて母ちゃん心強いよ」


母は、落ち着いたら父が迎えに来てくれると信じていた。

だから移動する当ても無かったけれど、移動する気も無かった。


不安になるけれど、アルカーナにもどこに行けば良いのか分からない。


***


小屋にあった保存食や、逃げる途中で知り合いに急いで持たされた食料を食べていた。

小屋に来て5日経った頃だと思う。

母を呼ぶ声が外からした。それは、母が待っていた父の声だった。


母が急いで扉を開けると、やはりそこには父がいた。

父と母はお互いの顔を見て、抱き合って泣きだした。

アルカーナに気付いた父は、アルカーナの目線に合わせるためにしゃがみ込み、やはりアルカーナを抱きしめて泣いた。

ずっと兵士に見張られていて、今まで来ることができなかったと父は言った。


「お前の料理を食べたい」

父が言うので、母は涙を流しながら、小屋で作れる料理を作った。

本当にうまい、うまい、と父は泣きながら食べた。


それから、父は言った。

一緒に死のう、と。


数刻後に、兵士たちが来るのだと。


「ただ死ぬのと、お前にあってから死ぬのと、俺は、会って死にたかった、本当に、すまん」


父が来たから、兵士もここに来るのだと、アルカーナは知った。


***


ごめんねと母は謝った。

謝る事なんてないさ、俺たちは十分幸せだった、そうだろう、と父が言った。

そうね、迎えに来てくれて幸せだわ、会えてよかったと母は言った。


アルカーナはどうする、と父は言った。

セグネスはどうしたの、と母は尋ねた。

ここには父だけが現れて、きっと一緒だと思っていた兄の姿は無かったのだ。


父は一拍無言でいたが、口を開いた。

いなくなった、と。


母が驚き詳しくを尋ねたところ、父が仕事に出かけ、兄は一人で留守番。それがある日、帰宅したら兄の姿が消えていた。当然探したが、行方がしれない。

兄にも見張りがつけられていたから、兵士に尋ねるも知らないと言った。


家の中にいれば大丈夫と思っていたのに。


そして兵士は父に決断を迫った。

逃げた妻の行方を吐かない罪で殺されるのが良いのか、それとも、と。


その話に、遺された家族は察した。

消えた兄にも、同じような選択をさせたのでは。兄は、家族を守ろうとしたのではないだろうか。


父は、母に会い、そして共に死ぬ事を選び、やって来たのだ。


***


母は、言った。

「可愛い大好きなアルカーナ。よくよく、お聞き。これは嘘だよ。でも本当だと信じるんだ、いいね」


アルカーナは、頷いた。とても重大な事を、告げられるのが様子で分かったから、泣きわめかずに、ただ聞いた。


「あんたは、拾った子なんだよ。本当はきれいなお姫様みたいな人の子どもなんだ。いろいろあって、母ちゃんが面倒を見てたんだ。他の人にそう話すんだ」

母の言葉に父は震え、それからアルカーナを見つめた。


「今から兵士がやってくる。一番立派な服を着た人を見つけて、『お父さん』ってその人を呼ぶんだ。本当のお父ちゃんは、その人だ。良い人だ。父ちゃんと母ちゃんに、少し、時間をくれたのは、その人だ」


この両親の子どもでないなんて嘘だ。大嘘だ。

だけど、両親の期待に、アルカーナはコクリと頷いた。


***


父の言っていた、数刻が過ぎる。


母がアルカーナを見つめた。

「アルカーナ。お前は、見ちゃいけない。外に出てな」

父の言葉も、静かだった。

「耳も、塞いでろ。・・・そうだ、お守りを、やろう」


父は服をさぐり、ポケットからハンカチを取り出した。これしかないと父は呻いた。

母も急いで服をさぐり、ポケットから小銭を取り出した。これだけしかないと母も呻いた。


それでも父のハンカチで母の小銭を包み、両親はアルカーナにそれをお守りだと言って渡した。

「アルカーナは魔女でもなんでもない。幸せになりな」

「父ちゃんも母ちゃんも、魔女じゃないのに」

「知ってるさ。でも魔女じゃないって知らない人もいて、困っちゃうね」

と母がぐしゃぐしゃの顔で、笑んだ。


***


兵士が来た。


扉の外に出されたアルカーナは、両親の死にざまを見ていない。


兵士たちは子どものアルカーナに、その場を決して見せなかった。

ただし、兵士が来る前に2発の銃声を聞いていたから、銃で自ら死んだのだと、アルカーナは知っている。


父の指示に従い、母の嘘を本当だと言った。

アルカーナを憐れんだ兵士の一人が保護者になった。


***


町の家は、壊されていた。

アルカーナを見てハッと驚く人たちもいるが、声をかけるものはない。それは賢明な判断だとアルカーナも承知している。


兄は本当に消えていた。不幸の気配しかなくて、アルカーナはただ震えた。恐ろしくてどうなったのかきちんと考えたくないと思った。


アルカーナは嘘を押し通し、捕えられることもなく大人になった。

そして、きちんと面倒を見てくれた保護者の元から独り立ちをした。

雑貨店の仕分けや清掃などを仕事にできた。


***


時折、足を運びに行きたくなる。

だけどまだ行ってはいけないと知っている。


父と母が共に死ぬことを選んだ場所。


料理の腕が良くて、それを皆に教えただけなのに。


母は小屋で嘆いていた。

アルカーナを抱きしめた。

あんたにもいっぱい教えたいのに。教えるのが危いなんておかしいじゃないか、と。


アルカーナは知っている。母が小屋で、手慰みのように、己のレシピを書き出したことを。

それを床の隙間に、丁寧に厳重に隠したことも。アルカーナの見る前で。


今。

ポケットのハンカチとコインに触れ、アルカーナは目を閉じる。


母の声がアルカーナの脳裏で繰り返す。


いいかい、何も知らないふりで生きてくんだ。あんたは賢い子だけど、そのままじゃ駄目だ、目をつけられたらひとたまりもないんだから。

少し馬鹿なふりぐらいが、丁度良い。


***


きっと生涯、何も知らないそぶりで、生き延びる。


とりにいくのは、まだ、早い。


あの小屋の事件を、皆が忘れたら。


そうしたら、いつか。

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