流れ雛は思う
桃の節句ということで。
「流れ雛」は紙で小さな人の形(形代)をつくり、それにけがれを移す。それを川や海に流して不浄を祓うというもの。現在では、雛祭りのように雛人形を飾る形に変化している。依然として流れ雛を行うところもあるらしい。
「流れる形代 いち」
私、流されてる。
水が向かうままに。
移されたケガレが私をむしばむ。
どうして?
どうして私が苦しまないといけないの?
そうまでしてきりはなしたかったの?
ねぇ、
私はこのためだけに生まれたの?
これで本当にケガレをはらえるの?
あぁ、もうダメね。
せめて、私の中からこのケガレが早く消えますように。
あとは……。
「流れる形代 に」
私、これでもいいって思ったの。
だって、私のために泣いてくれたもの。
ごめんねって云ってくれたもの。
いいよって云えなかったのが、かなしかったけど。
でも、これでいいの。
このケガレをはらって、
あの子がしあわせになるのなら
それでいいって思ったの。
だから、これでいいの。
「流れる形代 いち」の
/せめて、私をこのケガレが早く消えますように。
の部分が
/せめて、私の中からこのケガレが早く消えますように。
になりました。多分、私をケガレから早く解き放ってほしい、と交じってしまったのでしょう。
―追記日 2017/4/1




