異世界に飛ばされたら住人全てに嫌われていた。
なんとなく、短編。
自分の名前は 熊沢 犬一29歳。しがない勤務医である。
勤務医と言っても人のお医者さんじゃなくて動物のお医者さん、つまり獣医師だ。
少し長めの黒髪を不潔に見えない程度に整えてはいるが、顔は凡庸、この年にして笑いじわができている。友人にはお前は目が開けるのか? と言われるくらいの薄目である。ちょっと、目が弱くて眩しいのが苦手なんだけど、いつもニコニコするように心がけているので都合がいい。身長は188cm昔柔道をやっていたので今でも98キロあっても体脂肪は10%くらいだ。病院ではクマ先生と呼ばれたりする。
「疲れた・・・・・・」
現在の時間は23:45。
彼の職場 アイラブアニマルクリニックは地域でも評判の動物病院だ。
特に院長先生の動物愛は物凄くてそれに感銘を受けたスタッフ、患者さん(動物たち)、飼い主さんに物凄い支持を受けており、朝 8:00の開院前から長蛇の列が出来て、150台入る駐車場も常に満車だ。
5階建ての病院も現在の院長一人で何度かの建て直しを経て新しい場所に一代で築いたものだ。
院長はハッキリ言って天才だった。そして変人で超人。
朝の5:00から夜の2:00まで診察、処置、検査、診断、治療、手術、散歩までなんでもこなしてしまう。
院長が立ち止まっているのを見ると幸せになれるってスタッフの間で有名なくらいだ。
確かにその見識や技術は素晴らしいんだが、この院長は変態だった。
ケモナーだった。動物が大好き、もうそれはもう大好き。で、人間には全く興味がなかった。
でも、そんなの的確な知識と技術で治してくれる飼い主さんからしたら関係ない、
むしろ自分の大切な子を物凄くかわいがってくれる最高の獣医師。周囲の評価はうなぎのぼりだ。
結果、この帰宅時間である。
世間ではブラック企業だ何だと騒いでいるけど、どっかのワ○ミの人間じゃないけどやりがいのある仕事ってのは存在すると思っている。
今も疲れてはいるけど充実はしている。院長の知識や技術は尊敬しているしやり過ぎる面も多々あるけど動物を愛して一生懸命治療する姿には崇拝にも似た感情を持っている。
毎日の生活で大好きな動物に触れられて、飼い主さんと触れ合って時に感謝され、時に悲しい事も起こるし、いわれのない罵声を浴びることもある。それでも飼い主の動物への愛情を考えればそれにそこまで腹をたてることもなかった。時たまいる真性の人はだいたい院長が出てきて一喝してくれる。そんなところもあの人は超人なんだよね・・・・・・
院長はスタッフには優しかった。人に何の感情もなくても自分のハーレム(動物)形成を手伝ってくれるしもべたちと思っている。と真顔で説明された。だから俺はすべての責任をもつし、お前らを守っていく。
うちで働いているスタッフのほとんどはこれで院長の完全な信者へと変貌していく。
「俺には、アッーーー!! な趣味は無いので、……ね。」
今日の夜飯は711で最近気に入ってるぶBUかのつけ麺かなぁ、
そんなことを考えて歩いていたら横から眩しい光が突然現れた。
こうして俺はいともあっさり死んでしまった。
そして気が付くと、
草原の上に大の字で寝ていた。
俺は交通事故で異世界に飛ばされてしまった。
自分の名前も覚えていない。
そして今何をしているのかというと、
「次の人どうぞ~」
診察をしている。
「・・・・・・腰がいたい・・・・・・」
低い唸り声とともに敵意むき出しで自分に話しかけている患者さんは、可愛らしい立ち耳、シュッと伸びた鼻と口、マズルを持った。犬の・・・人。獣人だ。
この世界は獣人の世界だったのだ。
そして、この世界の人は自分に非常に敵対心をむき出してくる。
「なにかいつもと違うことしましたか?」
「けっ、さっさと痛み止め出せよ、胃が痛くなるけど腰が治ればそれでいい」
その理由は、前にいた獣医師が話を聞かないで何の説明もなく薬を出して、効くときもあるけど効かないどころか悪化することも有り。それに質問するだけで怒鳴りつけるような、まぁ、いわゆるヤブ獣医だったからだ。
「いやいやラブラさん、どういう感じで痛めて今どういう状態か聞かないと薬は出しません。
それにちゃんと胃が痛くならないように考えてお薬出しますから、お話を聞かせてください。」
「別に、ちょっと高いところの物を取ろうとしたら痛くなってそこから調子が悪いだけだ・・・・・・」
「今足がしびれたりそういうのはないですか? 少し痛いかもしれないですが触りますね・・・・・・」
「足のしびれはな、イテテテテテ何しやがる!!」
「ごめんなさい。でも腰の部分に炎症と筋肉の緊張が有ります。しびれもないし今のところは痛みを押さえて安静にするのが一番ですが、少しでもしびれとかが出たら言ってくださいね。」
「お、おう・・・・・・悪いな・・・・・・」
自分はスキルを発動して患部を冷やすと同時に急性の炎症を抑える魔法をかける。
魔法のせいで患部が冷えて張りも少し改善していく、ラブラさんの耳もうっとりと垂れてきて、
尻尾が軽く上がってくる。
「お、気持ちいいもんだ。なんだ先生魔法使えるのか? じゃあ薬はいらないな!」
「だめです、この腰の痛みは関節が長年の負担で変形してしまったものが一番の原因なので、
しばらくは投薬と安静が必要です。毎日通院されるのでしたら薬はなくてもいいですが、
栄養的に関節の悪化を抑えてくれるサプリメントもおすすめですよ。」
耳をペターんとうしろに倒して
「んなこと言われたって、毎日は無理だよ先生。」
「そうしたらお薬をのみましょうね」
満面の笑みでそう伝える。
「そんなこと言ったって、薬苦手なんだよ・・・・・・」
「そしたら・・・・・・」
スキルのなかから薬剤作成、フレーバー添加、風味UPを選択する。
「こんな感じのお薬にしましょう。」
目の前にはジャーキーみたいな形の薬が作り出される。
そのジャーキー(薬なんだが)をクンクンと嗅ぎながら耳がピーンと立てながら尻尾をブンブンと振っている。
「お、こりゃーうまそうだ! こんな薬なら毎日でも飲みてーな! 酒のつまみにぴったりだ!」
「お酒と一緒はダメです! それこそ胃が痛くなりますよ!」
また耳がペターんと後ろに倒して尻尾を足の間に丸めて
「じょ、冗談だよ、先生ありがとよ。今度の先生はきらいじゃないぜ」
可愛いこと言って患者さんは帰っていく。
「お大事にどうぞ~」
まだまだ先は長いけど。ここで頑張っていこう。
しばらくすると、そこには立派なケモナーが一人誕生していた。
長い年月の後、もとの世界に転生して天才、変態、超人と呼ばれる話があったとさ。
短すぎですね。また書けるといいな。