直接対決
「失礼します」
くぐもった声が聞こえた。そして、扉を開けた湯川は俺たち二人を見た。忌々しげな顔で一瞥し、俺と早稲田の斜に立つ校長を見る。
「湯川先生」
「はい」。返事をする湯川の表情には怖れが浮かんでいた。
「先生のクラスの生徒が告発してきましてね。早稲田君と……尾下君と言ったかな。二人は先生のクラスの磯村君が他の生徒から虐めを受けており、それを湯川先生に相談するも、先生は適切に動いてくれなかったと」
湯川は真顔で応えた。「えぇ、報告は受けていました」。
「でもあれは虐めと言うよりかはどちらかといえば“じゃれ合い”のようなものに私には見えましたが……」
「校長先生は報告を受けていたんですか」
湯川の言葉を遮ったのは早稲田だった。
「いや、私は報告を受けていない」
「だとすればおかしいですね。磯村君への虐めが始まったのはクラスが変わってすぐのこと。もう二ヶ月も前の事ですよ。尾下君がその事を先生に伝えたのだって先週、先々週の話じゃない。大分前から、何度かにわたって訴えていたはずです。そうだね?」
俺はコクコク頷いて、校長と、こちらを睨む湯川を見た。
「“じゃれ合い”なんてもんじゃない。あれが “虐め”じゃなかったならなん……」
「物の見方は見る人によって違うだろう。君たちは個人的な感情で私の事を嫌っているみたいだが、事を荒立てて私の事を貶めたいだけなんじゃないかね?」
「じゃあ校長先生にも見てもらって判断して頂きましょうか」
湯川の顔が歪んだ。早稲田は俺に目配せをして、俺はポケットから携帯電話を取り出した。
「これが証拠です」
「あっ‼︎」
湯川が言って口をパクパクさせている間に俺は動画を再生させ、校長に画面を向けた。校長は身を乗り出すようにして画面を見つめ、顔をしかめた。
「これは……」
「お、お前たち……!」
俺と早稲田は湯川を見た。ヤツは怒りにその身を震わせ、わなわなと叫んでいた。
「お前たちっ、泥棒だ! それに、あの水浸しもお前たちのせいかっ‼︎」
「水浸し?」。早稲田が言った。その何の事を言っているのかわからない、といった表情が演技でなくってとても良い。
「校長! こいつらは泥棒です! その携帯電話は私が尾下から没収したものだ! こいつらは金曜の夜に私の家に侵入し、その没収した携帯電話を取り戻した上で排水管を詰まらせ、私の部屋中の蛇口を全開にしたんだっ‼︎」
俺は必死に笑いを堪えた。どうやら仕掛けはちゃんと仕事をしたらしい。
「お前たちは軽い悪戯のつもりでやったんだろうがあの後私の部屋がどうなったかわかるか、お前達に……!」
「知りませんね」
早稲田は言った。「何のことですか? 何のことだかさっぱり」。早稲田は嘘をついてはいない。
「誰の何と勘違いされているのかはわかりませんけど、俺がアンタに没収されたのは漫画本ですよ。まぁ持ってきた俺が悪いとは思いますけど、反省してるんでアレ返してくれませんかね。ひょっとして、もう返してくれない?」
「そもそもその“没収”だって校長先生はご存知でしたか。湯川先生は生徒の私物を没収することで有名です。ご存知ないのでしたら、磯村君の虐めの件もそうですけど、校長先生はご自身が長を務める学校の事について何も知らないのではないですか? 責任は感じてらっしゃるんでしょうね」
早稲田が詰め寄り、校長はたじろいだ。
「湯川先生の身に何が起こったのか我々はわかりませんが、今はその事について話し合う時ではありません。本題は磯村君のことについてです。先の動画でもお分かりの通り、磯村君は田村君らから虐めを受けており、それはエスカレートしている。しかし我々が訴えかけても湯川先生は見て見ぬふり。この事についてどうお考えですか、校長」
「待て! お前達しか考えられない! お前達がやったんだ! そうだろう‼︎」
「証拠は?」「あるんですか」