帰り道
「まったく、君はやってくれたよ」
夕陽のオレンジに顔を染めた早稲田は苦々しく言った。その手には俺が買ってやったブラックの缶コーヒーを持っていて、俺はというとミルクティーを飲んでいた。
「何のことだよ」
「無論、湯川邸水浸し事件についてだよ」
俺がフッ、と笑うと、すぐ隣の陸橋を電車が渡った。凄まじい音を立てながら風を切り、後方に走り去ってゆく。
帰り道の河川敷で、俺は暮れかけの太陽の光を浴びていた。風は冷たくも、光は暖かだった。草むらの匂いが吹き抜けて、俺はそれを思いっきり吸い込む。久々に、気持ちの良い気分だ。
「申し訳ないことをしたとは思わないのかい」
「誰に対して」
「奴の下の階の住人にだよ」
アー……と声が漏れる。「それは申し訳なかった」。
「それに、僕にも黙っていたんだね」
「サプライズってヤツさ」
「勝手なことはしないでほしいな」
「勝手なことしなくたって計画通りにはいってなかったろうがよ! 俺はヤツの部屋に七時間閉じ込められてたんだぞ!」
「七時間は言い過ぎだね。奴の部屋に君が入ったのは十九時半頃だから六時間半ってところじゃないか」
「四半日アイツの部屋に閉じ込められてたんだ!」
「それについては詫びたろう」
早稲田はグイとコーヒーを飲んだ。「君は良くやった」。
「……そいつはどうも」
太陽は今にも落ち切りそうだった。空は橙から紺へのグラデーションが広がっていて、雲も無く、綺麗だった。
正しいことをしようとしたのに、結果今一人ぼっちでない事が、少し不思議な感じがしていた。
「お前の計画と行動力のおかげだ」
「そうだね」
「てめぇ……」
俺たちは笑って、立ち上がり、太陽が沈みきったところを見届けると、河川敷を後にした。
帰り道は特別何かの話をするでもなく別れ、学校でもいつも一緒にいるわけでなく、それでもヤツとはたまに一緒に帰る仲になった。