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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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後輩から先輩に贈る言葉

 女子高生に手を引かれ、校内を走り回る。

 一男子高校生ならば、誰もがやられてみたいだろう。

 ……。

 いや、本当にやられたいだろうか。

 逆ではなかろうか。

 女子の手を引き、校内を走り回る。

 それであれば、一男子高校生ならば誰もがやってみたい行為と言えるだろう。

 しかし考えてみて欲しい。

 女子ばかりの団体に男子少人数で入っていくことと同様に。

 実際に女子の手を引いて校内を走るのは次の日普通に学校に行きたくなくなる程度に恥ずかしいだろう。

 そして櫛夜は思わずにいられない。

 恐らく、女子に手を引かれ校内を走っている場合には。

 そしてその様を不特定多数の人に見られたとしたら。

 一週間は学校に行きたくなくなる、と。

 どんな因果か運の悪さか、今まさに櫛夜はたらればではなく現実に女子に手を引かれて校内を走っていた。

 勿論周りから奇異の視線を浴びている。

 奇異ならマシで、侮蔑の目を向けてくる者も少なからずいる。

 櫛夜は様々な思いに囚われていた。

 まずは一体何用で弥々は自分の手を引っ張っているのか。

 そして一体どこに向かっているというのか。

 校舎から出る気はないのだろうが、それはそれで校舎内に二人になれる場所など見当がつかない。

 放課後といえど、いや放課後だからこそ、廊下を走る男女二人組というものは目立つ。

 ついでに問題なのは、単純に知名度的な話で、櫛夜のことを知る生徒はそう多くはないが、弥々を知る生徒はそこそこいる、ということだ。

 何と言っても"あの"綾文綾の妹である。

 注目されないわけがない。

 外見も良く、人当たりも良い、そして姉である綾がべた褒めということもある。

 繰り返すが注目されないわけがない。

 ぐるぐると櫛夜の脳内を駆け回る想いの中で、最も強い感情はただ一つ。

(死ぬ!)

 であった。

 死因は恥死だろう。

 世に羞恥で命を落とした人がいるのかどうか、帰ったら調べてみよう。

 櫛夜はそんなことを考えながら弥々の思うままに振り回されていた。

 

 

「あれ、ここって……」

 弥々が櫛夜を連れてきた場所は、二号館の四階。

 より詳しくは二号館四階の、さらに屋上に続く階段。

 ここは階段があるだけで、屋上への扉は当然閉めきっている。

 しかし屋上に入ることが出来ないが故、誰も階段を上ってくることはない、つまり人から見られたくない生徒が隠れて話をする場としては最適なのだろう。

 階段の踊り場を超えれば完全に廊下からは見えなくなる。

 なるほど、ここを目指していたのか、と櫛夜が勝手に得心していると。

 弥々はおもむろにポケットからキーホルダーも何も一切付いていない、およそ弥々の持ち物らしくない鍵を取り出すと、屋上への扉を軽快に開けた。

 なお、いまだに手は掴まれたままである。

「あ、こっちッ、です」

「え、おい、ここって何、何で入れるんだ? 何で鍵持ってんだよ」

「……ご存じないんですか、です?」

 弥々がご丁寧に妙に古びた扉を閉じた後で鍵を閉める。

 万が一にも誰も入ってこないように、だろうか。

 そもそも入れないはずなのだが。

「ご存じないな」

「私も詳しくは知りません。ですが、二本だけここを開ける鍵を生徒が隠し持っています」

「隠しって」

「そりゃあ、入れたとしても屋上に入ったら駄目ですからね。一応オフレコです」

「そうなのか……で、それを何で弥々が?」

「借りたい生徒が借りていけるようにしているんです。最もそれはどちらも女子の所有物なんですけどね」

 何故女子の所有物なのかは特に話そうとはしなかった。

 櫛夜としてもその辺り、気になる話でもない。

 現状確認で精一杯の櫛夜だ。

 屋上もそこそこのスペースがあるので、落下防止用のフェンス付近にまで寄らなければ外から屋上に人がいることをばれる心配はなさそうである。

 こうして度々内緒話のために屋上は使われてきたのだろう。

 風が適度に吹き流れ心地いい。

「まぁいい。それよりまず手、離してくれないか」

「へ? ……へッあッ、ごめんなさいですッ!」

 弥々は繋いだ手を二秒ほど凝視して、そして慌てて手を離す。

 耳まで真っ赤になっているのを隠すようにしているが、まだ夕方にはやや早い時間であり、少しも隠せていない。

「で、こんな隠れた場所に連れ出して何の用だ」

「はッ、はいッですね……」

 弥々はしかし中々話し出そうとしない。

 少しだけ待っていた櫛夜も、どの道言う事があるのはこちらの方か、とすぐに思い直して先に伝えるべきことを話してしまう。

「なぁ。あー、弥々? 先に誤解を解いておきたいんだが」

「誤解、ですか?」

「昨日と今朝、すまなかった。変な事言って」

「いッ、いえ、そんな全然変な事では……」

「落ち着いてよく聞いてくれな?」

「は、はいです」

 落ち着いて、を強調したことで弥々にも余裕が出来たのか、弥々も姿勢を改める。

 櫛夜は今度こそ勘違いのないように、はっきりと誤解の内容を伝える。

「いいか。朝にも言ったが弥々は今、俺が弥々に告白したと勘違いしてるみたいだが、それは違うんだ」

 急に弥々の表情が曇る。

 無理もない、のかもしれない。

「違う、ですか?」

「俺は確かにそれっぽい言葉を口にはしたが、別に弥々の事が好きなわけでも、付き合いたいわけでも、ない」

 この台詞だけ聞くと、一体何様なのだと自分でも思う櫛夜であるが。

 ここは譲れない部分だ。

 今、猛烈に恐怖を感じていることから、もう少し言い方があったのではないかと後悔しているのも嘘ではないのだが。

 ちなみに後悔の内容は弥々の顔を見れば誰でもわかるであろう内容なので割愛しておく。

「だから、色々と迷惑をかけたみたいなんだが、全部弥々の思い込みで……」

「先輩?」

「……はい?」

 最後、弥々から発せられている黒いオーラから語気が尻すぼみになった櫛夜に、畳みかけるように弥々の質問が飛ぶ。

「先輩は、私に、告白したわけでは、ない?」

「ない」

「先輩は私を、好きじゃ」

「ない」

「全部私の思い込み?」

「はい」

「本当に?」

「本当に」

「……昨日から今にかけて私が先輩について割いた思考は全て、無駄だった?」

「何を考えていたのか分からないが、たぶん……」

「無駄だった、と」

「まぁ……」

 弥々の拳が櫛夜の腹を捉える。

「ぐっ!?」

 思わぬパンチに櫛夜も膝をつく。

 弥々の力は標準的な女子高生のそれであったが、不意のパンチを楽々耐えれるほどの力を同じく標準的な櫛夜は持っていない。

 勝手な思い込みではあるが、内容が内容なだけにこの暴力も致し方ないように思われる。

「あ、あのな弥々」

「せッ、先輩が、あんなこと言うからッ!!」

 大声で弥々は叫び、そして再び櫛夜に拳を突きつける。

 今度はしかし全力ではなく、軽く、ポンと小突く程度だ。

 

「あんな事言うから。私初めて、恋って感情について本気で考えたんですよ……」

 

 そして、弱々しく、膝をついている櫛夜を見下ろしながら、本心を零した。

 その言葉に、櫛夜はさすがに反省した。

 何故かはわからない、が、しまった、と。

(いや、分からないわけがないな、これは)

 綾が言っていた。

 恐らく、色恋沙汰は初めてである、と。

 面と向かって告白されたのは初めてで、初めてなりに色々と考えてくれたのだろう。

 無論、考えるまでもなく、初めて喋ったその日に告白されたのだから、いかにきちんと断るかを考えてくれたのだろう、ということは予想できるが。

「……悪かったよ、それは」

 いまだ櫛夜に触れたままの弥々の拳に櫛夜は優しく手を重ねた。

 そして、ゆっくり振り払う。

 そのまま櫛夜が立ち上がると、弥々が今度は櫛夜の制服をきゅっと掴んだ。

 ふぅ、と櫛夜は一息ついて、もう一度謝る。

「ごめんな」

「謝っても許さないです。こんな乙女の純情を散々振り回しておいて」

 勝手に誤解して、しかも散々に該当する期間は僅か一日であるが。

 そこを突っ込まないだけの余裕は櫛夜にもある。

「あのさ。だからもう一回普通に、生徒会の先輩後輩としてよろしく頼むよ」

「……聞かないんですか?」

「はぁ、何を?」

(っと、ついいつもの癖が)

 この場面で「はぁ」はないか、と思い直す。

 弥々は一歩、櫛夜に近づいてきた。

 ただでさえ制服を掴めるような距離。

 櫛夜の目と鼻の先に、弥々の整った顔がはっきりと存在している。

 そして真っ直ぐに櫛夜を見ている。

 不思議と櫛夜も目を吸い寄せられる。

「何をじゃないです。私が何を考えたのか、一晩かけて得た答えです」

「……何を、考えてたんだ? 聞いてもいいか?」

「知ってますか? 私、告白されたの初めてだったんです」

 知っている。

 が、そこは装っておく。

「そうなのか。意外だな」

「中学は女子校でしたし、習い事とか外に出るようなことも何もなかったですから」

 それも知っている。

 というか話す順番がまんま綾と同じに聞こえるのは偶然だろうか。

 ただ姉妹でやっぱり似たような話し方をするならば良いのだが、弥々がこう話すのを綾が丸暗記している線も否定しきれない。

 が、とにかくここは装っておく。

「手紙で貰ったことは、実は一度だけあるんです」

 それは知らないことだ。

 いやしかし思い出してみれば、綾も「面と向かって告白されたことはないのではないか」と歯切れ悪く話していたはずである。

 話さなかっただけで、知ってはいたのだろうか。

「でもその時は、友達もいる校門前で無理やり渡しに来たので、その場ですぐ警備の方に止められたんです」

 そりゃあ、女子中の校門前で無理やり渡そうとしたらそうなるだろう、と櫛夜はその情景を浮かべる。

 即有罪だ。

「だから正確には貰っていないんです。その場に落ちたラブレターを友達が拾って、内容を読ませてもくれないで捨てられちゃったんです。ひどい話ですが」

 ひどい話、なのかは櫛夜には判断が出来ない。

 読まずに捨てた、それは確かにひどいのかもしれないが。

 知りもしない相手が強引に渡そうとしてきた手紙、読む義理はないように思えるのだが。

「まぁそれにそもそも私は綾お姉ちゃんと違って別に可愛くないので、それも当然なんです」

「……はぁ?」

 気を付けていた口癖が出てしまう。

 可愛くない、と、断言してきた。

 どうやら謙遜ではなく、本気で言っているらしい、と櫛夜にはわかった。

 綾という異常に出来た姉を持つとそうした感覚が麻痺してくるのだろうか。

「そんなことないだろ」

 と、思わず櫛夜も口を挟んでしまう。

「なんですか、先輩?」

「いや綾文会長は確かに凄いと思うけど、でも弥々が自分を卑下することないだろ」

「卑下してるつもりはないですよ? 事実です、し」

 事実。

 事実とは。

 主観に依るものなのか。

 客観に依るものなのか。

 それはどちらも正解なのだろうが、ここに客観は存在しない。

 櫛夜の主観と弥々の主観があるのみだ。

 一般論を述べても仕方がない。

 届かない。

「いやそう思うのは自由だけど、こないだも言ったろ。忘れたのか? もっと自分に自信持てって」

 櫛夜を掴む力が少し強くなる。

「自信……ですか」

「十分可愛いと思うぞ。俺は」

「……やっぱり優しいですね、先輩は」

「優しいか?」

「先輩。さっきの話、戻しますです」

「さっきって」

「私、沢山考えました。恋なんて気持ち、私にはなかったので。でも、ですね」

 そこで弥々は少しだけ間を置いた。

 櫛夜も今更、弥々の顔がすぐそこにあることを思い出す。

「先輩は昨日もそうやって、自信を持てって私を励ましてくれましたです」

「俺にとっては事実だし」

「でも、本当はそんなことどうでもいいんです。いえ、それもすごく嬉しかったですけど」

「はぁ」

「……その『はぁ』って言うのやめてもらっていいですか。なんかむかつきます」

「お、おぅ」

「それならぎりぎり許してあげますです」

「……おぅ」

 なんだその微妙な判断基準は、と櫛夜でなくても思うだろう。

「一番、私にとって大事だったのは、ですね」

 いちいち途切れ途切れで話す弥々の真意も掴めない櫛夜だったが、どうにも弥々の前から動くことが出来ない。

「先輩は、私と、ちゃんと話してくれました」

「……はぁ、いや、おぅ?」

 意味が分からず、櫛夜も気味の悪い返事をしてしまう。

「私、男子から話しかけられることは無くても、自分から話しかけることはたまに、ごくまれにあるんです」

「あぁ、綾文会長にちょっかいかける男か」

「はいゴミです」

「断言するなせめて人の区分で話をしてくれ」

「皆、でも、ろくに私と話してくれないんです」

「そりゃそうだろ」

 あんなナイフとか突きつけて、普通に犯罪行為をしていれば、真面目に話す人などいるはずもない。

 というか警察に突き出されていないのが不思議で仕方がない。

 いや、証拠がないから難しいかもしれないが。

 証拠がないから立証しづらい犯罪、とはなんだかテレビで特集を組んでいそうだ。

「すぐに目を背けるんです。それか、いつの間にか話を聞かなくなるんです」

「そうか」

「そうです。それで、皆、皆。嫌そうな顔して私の事見ていくんです」

「それは、でも」

「えぇ、初めは私が脅した人達だけがそうなんだと思ってました。脅してるんですから、仕方ないかなって」

「脅してるってお前な」

「違ったんです。皆私とちゃんと話してくれないんですよ。思えば小学校の時もそうでした。高校に入った今も、そうです」

「誰も男は、ちゃんと喋ってくれない、ってか」

「ええ、女の子にも言えることなんですけどね。目を、見てくれないんです」

「目、か?」

 櫛夜は、弥々の目を見たままだ。

 弥々もまた、櫛夜の目を見つめている。

「はい。私、目を見て欲しいんです」

「変わってるな」

「そうですか? でも私は、その方が話してるって気がして安心します」

「そう、か」

「先輩、あのですね」

「……おぅ」

「私は、私の目を見てくれた櫛夜先輩を信じてみてもいいかな、って思ったんです」

 弥々が、初めて櫛夜を名前付きで呼んだ。

 下の名前だったのは、自身も下の名前で呼ばれる方が好きだからだろう。

「それは、ありがたいな」

「はい、だからですね。今日は、今日は、その……」

 ここでまた、弥々は声を切る。

 櫛夜には、良くない方向に進んでいる、ということがわかっても、その場を動くことが出来ない。

 弥々が、甘い声で続ける。


「おっ、お付き合いを前提に。友達になって下さいって言おうとしたんですよ?」


 気付けば目に涙が浮かんでいる。

 ここに来て、櫛夜はようやく真の失態に気付いた。

 すでに遅すぎたが。

 弥々は、櫛夜からの好意に慌てふためいたわけではない。

 慌てたのかもしれないが、それは主たる理由ではなかった。

 つまり、初対面ながら目を見て話をしてくれた櫛夜から好意を持たれていることに、嫌がっていない自分に戸惑っていたらしい。

「変ですよね。一目惚れもいいところです。昨日出会ったばかりなのに」

「え、いや」

「いいんです。だって現に、櫛夜先輩からはもう、聞いてます。先輩の気持ち」

「……そう、だな」

「全部、勝手に私が勘違いしただけなんですよね」

「……」

 肯定が、しづらい。

「櫛夜先輩は、私の事、好きでも何でもないんですよね」

「……恋愛感情、って意味では」

「私、せっかく、恋がわかるかもなんて思ったのに」

「……悪い」

「いいんです。それが普通です。会って一日二日で付き合うとか告白とか、その方が変ですもんね」

「変ではないだろ。別に」

「そうですかね」

「だって、ほら。考えたんだろ? 真剣に?」

「……はい、考えました。真剣に」

「ならそれは、変なんかじゃないだろ」

「変じゃない、ですか」

 櫛夜は無理矢理、自分の制服を掴む弥々を引きはがした。

 それでも、目は逸らさない。

「あぁ。だから、俺もちゃんと考えるって」

「それって」

「弥々が真剣に考えた分くらいの責任は、取る」

「……どこまで、取ってくれるんですか」

「少なくとも、友達にはなろうぜ。恋になるかどうかは、わからないけど」

「恋になるかも、しれないんですか」

「知らん。弥々のそれだって、恋かどうかはわからないだろうし、恋にならない確率が高いとは思うが」

「ひどいですね。そうやってまた、乙女心を弄ぶんですね」

「それしか人との付き合い方を知らないんだよ」

「不器用、なんですかね。櫛夜先輩は」

「いや、他人に興味がないんだよ。きっと」

「じゃあ私に興味持ってください。ちゃんと見てください。ちゃんと声を聴いてください。いいですね?」

「善処する」

 そこで二人ともが同時に吹き出した。

 軽く笑いあう。

 ようやく、互いに視線を外す。

 くっついていた先ほどよりも距離は空いているが、気持ちの距離は縮まっているようだった。

「さて、生徒会室に戻るか」

「そうですね」

 櫛夜はここでようやく、きちんと誤解を解けたことに安堵した。

 安堵し、そしてそれ以上の何かを背負ってしまったことも自覚している。

(結局、これは……告白された、のか?)

 と、自意識過剰な事を考えてしまうのは、男の性である。

 しかし、ここまで言葉と行動で示されて、何も察しないのも、男としてはどうかと思われる。

 なかなか面倒な立ち位置に櫛夜は立たされていた。

 全面的に、櫛夜のフォローの仕方が悪いのであるが。

 そこまでは頭が回らない櫛夜である。

 

 

「あ、櫛夜先輩!」

 涙を拭き、少し落ち着いた弥々が屋上から校舎内に戻ろうとする櫛夜に声を掛ける。

「ん、どうした?」

 櫛夜もこれ以上は何もないだろうと軽く声を返す。

 すると弥々はすごくいい笑顔で。

「実は私、綾お姉ちゃんにも言ってない秘密があるんです」

「へぇ、そうなのか」

 仲が良いなかにもそういうものがあることは不自然ではない。

 綾に話してないことを櫛夜に言うなどありえないだろう、とまた勝手に判断して、櫛夜は軽く流そうとしたが。

 

「私、一日に一度だけ、特定の相手と目を合わせ続けることが出来る、そんな能力があるんです」

 

 一気に目を弥々に吸い寄せられる。

 しかし、それ以上は何かを話す風でもなく、揚々と弥々は櫛夜の横を通り抜けた。

 櫛夜は今度こそ頭が真っ白になっている。

 そこに畳みかけるように、弥々が続ける。

「あとこの場所、屋上で女の子から告白すると上手くいくってジンクスがあるそうなんです。な、の、でッ! 気もないのにほいほいここまで来たら駄目ですよ?」

 そんなこと知るか、と叫ぶ余裕もない。

 固まっている櫛夜に、とどめの一言。

「鍵は私が持ってるので、早くこっち来てください。櫛夜先輩」

 その言葉でようやく、櫛夜は動き出すことが出来た。

 動き出すことが出来た、だけだったが。

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