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確率を操るのは  作者: 安藤真司
6/34

妹は

 嵐のような一日を終え、満身創痍、な気持ちで家に帰った櫛夜は既に敷いてあった布団を見ると(どうやら姉が、帰りが遅い櫛夜に気を遣ったらしい)すぐに疲労から寝てしまった。

 翌朝、出来た姉が常よりも早く櫛夜を起こし、シャワーに促す。

 ありがたく早朝からぬるめの湯を浴び、さっさと出ると櫛夜は朝食に加えて昼の弁当を作りだす。

 勉学やスポーツには秀でた姉であるが、事料理だけは何故か苦手らしい。

 幼い頃からよく母を手伝う姉と櫛夜であったが、何かと手伝うたびに食材を焦がす、指を切る等、一家の食卓を姉に任すことはついぞ無かった。

 現在、櫛夜は姉と二人暮らしをしている。

 特に変哲もないマンションの一室だ。

 両親は健在だが、仕事の都合で各々海外に出張している。

 父も母も別の場所に行くため、一人ずつ引き取って別れて暮らす案とどちらか一方に二人とも引き取られる案と、二人だけ残って暮らす案を提示され、「あとは二人で決めなさい」と親に選択を迫られた際に迷わず二人暮らしを決めている。

 櫛夜と姉の姉弟間の仲は非常に良好で、例えば今櫛夜は昼の弁当を自分の分のみならず姉の分も用意している。

 櫛夜の姉は現在大学に在学中であり、その中で弁当派という派閥は多くなく、大半は学食で済ますのだが、姉は櫛夜の弁当が一日の楽しみらしく、これをお願いしている。

 そして櫛夜としても特段喜ばしい作業でもないのだが、そのことを当たり前だと受け入れている。

 その姉と卓を囲む。

「「いただきます」」

 櫛夜は姉に対してもそこまで口数が多い方ではないのだが、対して姉の方はすらすらと軽快に話題を振っていく。

 食事中の会話、ということは二人はあまり気にしていない。

「昨日は何があったの? 遅くなるとは連絡貰ったけどさ」

「まぁ、生徒会に入ることになった」

「へえ、そしたらこれからも昨日みたく結構遅くなるの?」

 姉はそれに驚く素振りを全く見せない。

 櫛夜が生徒会など向いていないことをよく知っているだろうに、こうしたことを簡単に流すことが出来るのは姉の強みである、と櫛夜は勝手に考える。

「かもしれない」

「そっかぁ。そしたら夜ご飯はどうしたらいいのかな?」

「昨日はちょっと特殊で、普段はそんなに遅くならないよ」

「なら気にしないでもいいかなー。でもサキ高校の生徒会って忙しそうだよね」

「ん、なんかあったら連絡する」

「うんうん。そのうち櫛夜生徒会長なんて呼ぶ日が来るのかもね」

「ないことを祈るよ……」

 今の生徒会の面子を頭で思い返して、そして大きくため息をつく。

 綾文綾、光瀬光の三年生、綾文弥々の一年生はともかく。

 侑李友莉、狩野奏音、夢叶優芽の誰かが生徒会長に選ばれるわけだ。

(多少話が出来るようにはなっておいた方がいいか)

 と、実務的な問題は早めに解決してしまいたい櫛夜である。

 そして勿論。

 夢であって欲しいとまで思ってしまうような昨日の出来事は、全て現実のものであった。

 つまり。

 綾文弥々とも今後うまくやっていかなければならない。

 まずは綾との距離感を調節しなければならない。

 そして弥々が逃げながら発した台詞。

 あなたに迫られても私困ります、といった旨の発言を遺して帰った弥々であったが。

 一体どこからそんな話になったのか、否、そんな話は微塵もしていないので、どこからそんな考えに至ってしまったのかは不明だが、その誤解もまだしているなら解かなければならない。

 そしてこれも距離感を上手に取らなければ綾に刺される。

 なにか、こう、物理的に。

(いや、いっそ二人とも同時に話をすれば……いや、それだとまた能力の話が曖昧に)

「櫛夜くん」

「ん?」

「なーんか、楽しそうだね」

「そう?」

「うん。割とね」

「……そんなことない」

「別に言葉でどう言っても構いやしないけど。ふふ、それじゃ私、お先に行ってきます」

「ん、行ってらっしゃい」

 いつのまにか自分の分を食べ終え皿を片付け終えていた姉がパタパタと小走りで玄関に向かい、手を振って大学へ行く。

 今日は一限からあるらしい。

 櫛夜も時計を見て、遅れないように余裕を持って、家を出た。

 

 

「せっ、先輩……あのッ、お、はようございますです」

 そしてお約束通り、弥々に遭遇した。

 丁度学校の最寄駅の改札を出た付近である。

 間に妙な空気が生まれる。

 当然他にも幸魂高校の学生が大勢いるので堂々と二人並んで歩くでもないが、生徒会役員として、あるいは単に知り合っている先輩後輩として、無視する理由もない。

 結果、やや距離を空けて、どちらから一緒に行くと言う事も無くなんとなく二人で登校する運びとなっている。

 見る者がみれば初々しいカップルにでも見えるのかもしれないが、当の二人の表情はなんとも複雑そうである。

 第一、ゴシップに目聡い高校生と言えど、案外他人の様子など気にしていないものである。

 せいぜいが、「へぇ、誰だか知らないけどあのカップル一緒に登校してるんだ」以上の感想は持たないだろう。

 そんなありもしない目線を受けていると感じつつ、櫛夜はこれもいい機会と、妙な誤解を先に解いてしまうことにした。

「あー、弥々、さん?」

「なッ、なんでしょうです」

「なんか、昨日の事で」

「へッ、あのッ、まだ、その、答えは出ていなくてですねッ」

「いやだからそれ誤解でさ」

「……はい?」

 やっぱりなんか誤解していたのか、とひとまずこの場ですぐ会えたことに密かに安堵する。

「どっからそんな話になったのか、全然身に覚えがなくってだな」

「……え、ええと」

「その、昨日会ったばかりだし、そういう感情は全然ないし」

「……」

「だから露骨に避けたりとかはやめてもらえたらなぁ、と」

 櫛夜とてこのようなことを言うのに何も思わないでもないのだが、自分に関わることでははっきり伝えないといけないこともある、ということもよく知っている。

 そうでなければ誤解を解くような真似をする意味がない。

 櫛夜としてはもう既にこれ以上の面倒事は勘弁して欲しいものである。

 そんな櫛夜の言葉をしっかり噛み砕いたのか、こくんと弥々は頷いた。

「わかります。あの、好きだって言う前に気付かれたら恥ずかしいですもんね?」

「違う!!」

「あ、あのでもッ、そういうことはちゃんと考えたいのでッ」

「だから、それが違う! 俺は好きだなんて一言も言っていない!」

「好きって言われたですッ!? まっ、待って下さいですッ!!」

「聞けぇッ!!」

「わッ、私そんなこと面と向かって言われるの初めてでッ、あ、すいませんですッ!!」

「あっ、おい待……」

「あらぁ、こんな所にゴミが転がってるわねぇ?」

(デジャヴが……)

 と、逃げた弥々をすぐに追おうとした櫛夜の背後に、殺気。

 綾である。

「櫛咲くん?」

「はい」

「ちょっとお昼休み、お時間宜しいかしら?」

「あ、ちょっと昼休みは用事が」

「宜しいわね?」

「……なんで仲良いのに別々に登校してるんですか」

「いつもは一緒なんだけど、今日はなんか弥々がそわそわしててね。先に出ていっちゃったのよ」

「最悪ですね」

「今弥々のこと最悪って言ったのかしらこのゴミ」

「言ってません。あと口悪いですよ」

 つくづくこの姉妹は苦手だ。

 そう、心に強く刻み込んだ櫛夜は、さらに周囲の視線を感じる。

 先ほどまでは弥々と二人でいた、つまり男女が一緒にいるという好奇の視線がちらほらとある程度だったが、一連の流れから野次馬が沢山湧いていた。

 更に綾が参加したとあればなおさらである。

 この日、櫛夜は校内において『綾文会長の妹に手を出した男』として名を轟かせることとなる。

 甚だ不本意どころか、僅か一日二日しか話したことがない相手に対してこのような不名誉な噂が流れてしまう自分の運の無さに。

 或いは所謂このような噂を好き好む高校生と言う習性に。

 櫛夜は諦めるほかなかった。

 

 

 そして例によってその昼休み。

 昨日に引き続き綾から教室まで出迎えられた櫛夜はクラス中の視線を二重の意味で集め、しかし見ない振りをして綾に付き従う。

 ちなみに昨日と同じ大人しそうな女生徒がやや遠巻きに櫛夜に綾の来訪を伝えてくれている。

 さすがに二日目ともなれば櫛夜も軽く礼を一言伝えようかと思ったのだが、その前に綾が視界に入ってきたのでそのクラスメイトへは反応としての「あ、あぁ」程度にしか返していない。

 そも、櫛夜はクラスメイトの名前を全員は覚えていないので、彼女の名前も知らないのだが。

 さて、綾に続いて生徒会室に入る櫛夜。

 席に着くと、さすがに今日はきちんとした時間に食べたい、と思い櫛夜は弁当を広げるが、綾はそのような雰囲気を見せない。

 昨日に引き続き不思議に思い、櫛夜も軽く尋ねる。

「綾文会長は、昼ご飯は食べないんですか?」

 綾も軽く答える。

「早弁しているのよ」

「意外ですね」

「そう?」

「一般的には褒められた行為ではないような」

 これは偏見ではあるものの、早弁、つまり昼休みが来る前の休み時間のうちに弁当を食べてしまう行為は一部の運動部の男子が主にやるものである、というイメージがある。

 なんとなく、女子に対して理想を押し付けたがる高校生男子からすると、早弁をしている女子とはどこかはしたない印象を覚えるのではなかろうか。

 そうでなくとも、昼休みに昼ご飯は食べるべきである。

「んー、でもお腹は空いてしまうからね。集中して授業は受けたいし私はずっとそんな感じよ。休み時間のたびに少しずつ補給する感じかしら」

「はぁ、そういうものですか。なんか周りから言われないんですか?」

「え? いえ、確かに最初はなんか色々言われたけれど、今は特に……」

「周りが慣れてきたんでしょうね」

「かもね」

 まぁ、早弁くらい、目くじらを立てるようなものでもないだろう。

 周囲の席の人には匂いの問題があったりもするが。

「それで、今日ここに呼んだのは他でもないわ。弥々のこと」

「はぁ、ですよね」

「家でもずっと挙動不審で聞いても何も答えてくれないし、何したのよホント」

「いや昨日ファミレスで全部話したじゃないですか。あれ以上何もやってないですって」

 昨日、弥々が勘違い爆弾を投下してさっさと帰ったあと、一人綾の処理に追われていた櫛夜であるが、何があったのかは洗いざらい喋らされている。

 嘘をつく必要も櫛夜にはなかったので、一応櫛夜なりの真実を話した。

 弥々から話があると言うことでファミリーレストランで待ち合わせたこと。

 弥々が綾と櫛夜の仲を疑い、そして糾弾したこと。

 その勘違いをまずは正したこと。

 あとは弥々のご機嫌を適当にとっていたらいつの間にか櫛夜が弥々の事を好きだ、などと言い逃げされたこと。

 大体そんな流れである。

 なお、弥々が綾に近づこうとする男子に色々とちょっかいをかけているのは昔からのことらしい。

 そして綾は風の噂でそうしたことを弥々が行っているらしいことは聞いていたが、弥々が好意で行っているため安易にやめて欲しいとも言えなかったそうだ。

 綾としても変に相手しなくていい、というのは楽であり、ある意味弥々に頼っていた部分もあるらしい。

 弥々に対する仕返しが不安ではあったものの、遠まわしに「気を付けて」と言う程度に留めている。

「それにしたって、あんな弥々初めて見たし」

「今日だって、その誤解を解こうと思って話していたら勝手に向こうが」

「本当に? なんて言ったの?」

「普通に、そういう感情は一切ないからって」

「あんなかわいい女の子を前にそういう感情が一切ないの? ふざけてるの?」

「今だけシスコン抑えてくれませんかね」

 櫛夜はそして、若干気になっていたことを口にする。

「っていうか、こういうの初めてじゃないんですか?」

「何が?」

「弥々が」

「人の妹のことなに名前呼び捨てにしてるのよ削ぐわよ」

「あんたら名前に敏感すぎるって……本人がそう呼べって昨日言ってたでしょうが」

「ちっ、仕方ないか」

 舌打ちをを隠そうともいない綾。

 普段の凛々しい姿とは真逆の、ただ妹を溺愛する姉の姿がそこにはあった。

 櫛夜は心の中で、その本人にも名前呼びをやめろと軽く言われたような気がするが、と付け加え、しかし先を続ける。

「今回は勘違いですけど、弥々、男子から告白されたり付き合ったりとか今までないんですか?」

 櫛夜はそれが若干引っかかっていた。

 弥々は客観的に見て、容姿はかなりいい部類である。

 目鼻は整っており、若干高校生にしては化粧やお洒落が強いようにも思うが、制服でなければ、学校という場でなければ十分普通の範疇だろう。

 そして、シスコンな面は確かに引くどころか犯罪の域に達してもいたが、それがなければかなり友好的で可愛らしい。

 であれば、今時の高校一年生、告白されたことがない、ということもないだろう。

 と思うのだが、どうやら弥々は初めてだというようなことを言っていた。

「あー、それはそうなのよねー。たぶん、面と向かっては、ないんじゃないかな」

 珍しく歯切れが悪い。

「弥々みたいに綾文会長が脅してたりするんですか」

「そんなことさすがにしないわよ。弥々を狙っているらしき男のデータを弥々のお友達に徹底的に調べることはあっても」

「それはあるんですね……」

「まず中学は私と同じ女子校だったのだけれど」

「はぁ」

「こう、女子校にいると自然と男子との接点って限られているんだよね。文化祭もチケット制で身内しか来れなかったり」

「そんなこともあるんですね」

「一応、安全上の理由でね」

 特段、女子校でそのような制度にしている所は珍しくもないらしい。

「私が中学にいる時は一緒に登下校していたし」

「それ綾文会長が一緒の時は男を近づけていなかったってことですよね?」

「私が卒業した後はお友達にガードしてもらっていたし」

「誰なんですかそのお友達」

「勉強は家庭教師の、もちろん女性の方にお願いしていたし」

「家から出すことすらなかったわけですか」

「他に習い事とか、あまりやりたがらなかったからね」

「それでも来る人、一人くらいはいなかったんですか」

「普通、ちょっと電車で見かけるかわいい女の子、なんて声かけないわよ」

「まぁ、とにかく、綾文会長の過保護で直接そういう事を言われるのは初めてなんですね?」

「やっぱり言ったのかおい?」

「言ってないですって口調口調」

 一瞬でドスの利いた声を出す綾。

 語れば語るほどボロの出る姉妹である。

 そして総じて殺傷力が高いのも特徴だ。

「とりあえず誤解を解いて欲しいんだが……」

「ふむ、私としても、あまり今の弥々の姿は面白くないわね……」

「基準は誤解の有無じゃなく、ご自身の感情なんですね」

 特に悩むでもなさそうな身振りで綾がうーんと唸っている。

 この身振りと本心とで露骨に違いが見えるのも綾の元の行動からだろうか。

「でも、そうね……」

(あれ?)

 何か違う。

 櫛夜の観察眼から察するに、悩んでいる風で、その実弥々の周りに男がいることを良しとしない、という考えに至っているはずなのだが。

 どうやら、櫛夜の考えとは別の思惑があるのか。

 この二日間、なんとなればジャンケンで勝つこと以上に確率の高いのではないかと思われる櫛夜の新たな特技が光る。

 曰く、嫌な予感。

「そうね、ちょっと弥々の対処は自分で面と向かって頑張ってみてよ」

(やっぱり……)

「かわいい妹さんに、虫とやらが近づくわけですが」

「でも別に櫛咲くんは弥々の事を好きなわけではないんでしょう?」

「それはそうですが」

「なら心配には及ばないわ。せっかくだから弥々にも少しくらいは世間慣れしてもらった方が、今後の為になるし」

「それを俺に押し付けないでほしいんですが」

 その本心からの言葉に、綾は少しの間も空けずに答えた。

「あなたも、大概だからね?」

「はぁ?」

 この櫛夜の反応を見て綾はいつも通りの調子を戻したのか、良い笑顔で続ける。

「いいのよ。普通に誤解とやらを解くだけで」

「解くだけが難しくて困っているんだが……」

「……櫛咲くんこそ、どうしてそんなに距離を取りたがるの?」

 今度は逆に、櫛夜の様子に疑問を抱く。

 綾には、冷静に見た弥々の良くないところが見えている。

 それは、弥々自身にも自覚があるものだ、と綾は踏んでいる。

 直接確認したことはないが、何か行動を起こしたらしい時には決まって家での様子がおかしい。

 勿論、それは一緒にいる時間が長いからこそわかるものなのかもしれない。

 しかし。

 この、目の前にいる男子生徒は。

 櫛咲櫛夜は。

 櫛夜自身が言っている通り、生徒会に誘って今日がまだ三日目である。

 それでも十分わかるほどに、櫛夜の良くないところが、やはり綾には見えている。

 自分の事は棚に上げているものの、ではある。

 誰にでも問題はあるだろう。

 その問題は人それぞれで、コンプレックスであったり、単に何かが不得手であったり、だが。

 問題との向き合い方は主に三パターンに分かれる。

 自分の問題と正面から向き合う。

 目を逸らす。

 気付いていない。

 多くの人は、初め二つのパターンに当てはまるのだろうが。

 ごく一部、自身の問題に気付いていない、頭の片隅にも置いていないような者たちもいる。

 目を逸らす者たちとの大きな違いは、その罪悪感にある。

 目を逸らしている者たちは、目を逸らしている自覚がある。

 自覚があるから、罪の意識を伴い、結果として、問題と直面することとなる。

 だからこそ、自身の問題に気付いてすらいないのは、綾にしてみればよほど罪深い。

 悩むことから逃げてしまっている。

「まるで、私みたい」

「はい?」

「どうなのよ。人との距離感」

「距離は取りたいですよ、友達なんて、大事な人が数人いればそれで」

「そんな人がいるのかしら。今のあなたに」

「嫌味ですか」

「興味ね」

「いましたよ」

「……そう」

「……そろそろいいですか。教室に戻ります」

「えぇ、今日も放課後、生徒会室に集合ね」

「はい、その時にちょっと弥々と話してみます」

 間。

 踏み込みすぎたためか。

 踏み込ませすぎたためか。

 その機微までは掴めない。

 互いに。

 櫛夜が食べ途中の弁当をしまい、席を立つ。

 すると綾が「あ、そうだ最後に」と後ろ姿の櫛夜に声を掛ける。

「巻き込む形で申し訳ないとは思っているんだけど、やっぱり言うべきことは言っておこうかなと」

「はぁ、なんですか」

「弥々のこと、少しだけよろしくお願いするわ」

「……善処します」

 櫛夜は、自分の心に疎い。

 だが、宜しくされてしまったことは、せめて頑張ってみようか。

 そんなことを考えている自分がまた現れていることに。

 驚きと、ほんの少しの嬉しさを混ぜた。

 

 

 放課後。

 櫛夜はまた、すっかり三日間で慣れてしまった道をしっかりと歩いていた。

 目の前には生徒会室。

「よし」

 と、何に対してかわからないが、決意を表明して。

 目標は弥々の誤解を解く。

 だけでなく、しっかりと、普通に話せるようになること。

 この二つ。

 何故自分がやる必要があるのか、授業中に頭をフル回転させても答えは出なかった。

 櫛夜がやる必要はなかったので、答えは出なかった。

 だが、櫛夜の中で、やらない、という選択はない。

「よし」

 もうひと声、気合を入れて生徒会室に入ろうとすると。

 急に手を引かれた。

 ぐいっと手を引かれ、そしてその手を引く女生徒が走り出したせいで櫛夜も一緒に走らざるを得ない。

 見ればその相手は。

「ちょっと来てくださいですッ、先輩ッ!!」

「――弥々っ!?」

 弥々に手を引かれ、櫛夜はどこまでも引きずられる。

 恐らく、この先何年経っても櫛夜はこの時を忘れないだろう。

 人生で、最も人に振り回された期間、として。

 不名誉な時間を、決して。

 輝かしい青春の日々を、決して。

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