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確率を操るのは  作者: 安藤真司
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生徒会役員たち

 昼間にも訪れた生徒会室。

 二人では随分と広々とした空間だなと感じた櫛夜だが、人が計七人もいれば逆に随分と手狭な感が否めない。

「今さっき連絡した彼、連れてきたよ」

 と綾の言葉に並び立つは五人。

 初対面の五人を相手にややテンションを下げる櫛夜だが、自己紹介はきちんと行い、かつきちんと聞いておかねばならない。

 人付き合いは嫌いだが、最低限のマナーは守ってきた櫛夜である。

 そういった内側を悟らせずに挨拶することには慣れている。

(それに生徒会に来るような人なら、なんかあっても上手くスルーしてくれる、と思う)

 と若干の期待も込めつつ。

「二年の櫛咲です。あー、昨日誘われたばかりで生徒会の仕事はよく知らないのですが、精一杯働きたいと思います。よろしくお願いします」

 当たり障りのない挨拶をまずは披露しておく櫛夜であった。

 気持ち、声は張り気味だ。

 ようやく落ち着いて自分に向けられた視線を確認する余裕が出来た櫛夜は、その構成にやや驚いた。

(確かに聞いていなかったな……生徒会長が女だってことも関係、あるのか)

 構成とはつまり男女比である。

 特に生徒会の男女比とはどちらかに偏っているものではないだろう。

 およそ半々程度だと考えるでもなく常識で思っていた櫛夜は自分の思考の甘さを痛感する。

 ここ幸魂さきみたま高校の現在の生徒会役員の構成は。

 なんと、櫛夜を除けばたった一人しか男がいない。

 つまり、櫛夜が来る前までは、男は一人だけだったとでもいうのだろうか。

 自己紹介を終えてからの衝撃に数秒、思考を止めた櫛夜だったが、それも思い直す。

(いや、七人中二人が男って割合は、まぁ誤差の範囲内だろう)

 そうとでも思わなければやっていられない。

 高校生の男子たるもの、女だらけの環境に飛び込みたいと全く思わない方が不思議なもので、多くはそんな環境を望んでいるだろう。

 だがしかしその夢のような環境にいざ入れる段取りとなったとして、本当に踏み込む人は、意外と多くはない。

 色々と余計な事を考えるのだ。

 ここで女だらけの場に入ることで周りからどう見られるか、同性から、異性から、自分はどう映るのか。

 その見えない不安から断りを入れる者も少なからずいるだろう。

 櫛夜の場合、そういった願望は人よりもかなり少なく、むしろ男女問わず面倒である、を本気で思い、これまで過ごしてきたため嫌悪感は少ない。

 ただ、異性が多い場では必然的に行動にある種制限がかけられることが多いのも事実である。

 共通の話題であったり、趣味であったり、知識であったりを素で共有していることはそう多くはない。

 同性同士であってもそれほど多いとは言えないだろうが、異性間ともなればそのギャップは意外と見過ごせない。

 互いに気を遣っているうちはいいが、仲良くなればなるほど、プライベートな話を振ることが多く、プライベートな話になると互いに会話が噛みあわない。

 という、微妙な矛盾を抱えてしまうため、そこそこ歩み寄る必要が出てくることが多いのだ。

 だがその辺りは櫛夜に言わせれば、

(どの道人間関係を築く上で必要な行為だよなぁ)

 とのことである。

 全く間違った考え方であろうが、その出発点の割に着地点はそれほど間違っていないため一概に否定しきれないのもまた事実である。

 櫛夜の自己紹介が終わるとひとまず綾は櫛夜を長テーブルのいわゆる誕生日席に座らせ、他の役員も席に着かせた。

 綾はそのテーブルからは孤立した生徒会長用の席に腰掛け、丁度櫛夜とは対面するような位置につけている。

「さ、こちらも順番に挨拶していきましょうか。まず私、知ってのとおり生徒会長をやっています、三年の綾文綾です。よろしくね」

 簡単に自分の紹介を終わらせ、綾は櫛夜以外では唯一の男である、眼鏡をかけた生徒を目線で促した。

 すっとその男が立つ。

「やぁ、僕は三年の三瀬光みつせみつ、副会長をやっているんだ。綾文会長の推薦、なんだろう? 歓迎するよ」

「はい、よろしくお願いします」

 背丈はそれほど大きくなく、全体的に細身の印象の光は、見た目通りの優しい声色で挨拶をした。

 ちなみに光の言う推薦、とはこの学校の制度にはない、勝手に綾が言い出した事を指しているのだが、既にジョークとして浸透しているのか他の役員がくすくすと笑い、綾だけが居心地を悪そうにしている。

 櫛夜にも判断できるほど、優しい笑い声であったことから、生徒会といいつつ、そして体育祭で意見が対立しているとはいえ、それ以外の場でギスギスするほどの険悪さはないらしい。

 どころか、後輩が先輩をネタにした冗談に屈託のない笑顔で笑える、というのはかなり良い雰囲気づくりを行ってきたのだろう。

 そんな過去一年間の先輩の努力を陰ながら確認していると、次の女生徒が立ち上がる。

「はいはい! では私ですね!」

(声が大きい……)

 と普通に失礼な胸の内を櫛夜は抑える。

「私、二年生で広報やってます! 侑李友莉ゆうりゆりです! あと、陸上部にも所属してます!」

「へ、生徒会と部活動って両方とも出来るんだっけ……いや、でしたっけ」

「櫛咲くんタメなんだから普通にしててよ! あのね、なんか規則的には問題ないらしいよ!」

「はぁ……そうなのか」

「ま、普通は両立なんか出来ないんだけど、友莉は陸上でも結構いいとこまで行ってるのよね」

 と、綾の補足も踏まえつつ。

 やはり役員ともなると、色んな意味で規格外な人材が揃っている、ということか。

 友莉は聞いて通り見て通り、全身から活発なオーラが漂っている。

 髪は短めにしており、全体として特に飾った様子はないのだが、それでも人を惹きつける要素が見受けられる。

 主に高校二年生にしてはよく発達した胸部である。

 櫛夜はあまり見ないようにして(だが確認はしている)、校則を思い返す。

 校則を読んでいるあたり元より普通ではないということに櫛夜が気付くこともないが。

 校則では確かに生徒会役員が部活動に所属してはいけないということは書いていない。

 ただ現実問題として、生徒会役員は部活動に顔を出せる時間が圧倒的に少ないし、生徒会だけでも十二分に一部活動と同程度の時間拘束のはずである。

 そのため生徒会役員と両立させることなど、よほど活動意欲のない部活でなければ難しいと思われるのだが、友莉はなんという事も無く成し遂げているらしい。

 一体どんな体力と精神力をしているんだろうか、と思わずにはいられない。

「じゃあ次! はいバトンタッチ!」

 と友莉が隣の女生徒の背中を叩く。

 そこは元気さに合わず、ポンと優しく叩いたらしく、櫛夜が瞬時に心配したような大きな音は聞こえなかった。

 気遣いも出来るようで、自分の中の友莉像が既に超人の域を超えている。いちいち気にしていたら恐らく駄目かもしれない、と櫛夜は気を抜く。

 その仕草を緊張が解れてきたと勘違いしたのか、次の女生徒がやんわりと笑いかけながら挨拶をする。

「私も同じく二年生で会計やってます。狩野奏音かのうかのん、よろしくお願いします」

 ゆったりとした口調で挨拶をした奏音は友莉とは対照的に大人しそうな雰囲気を携えている。

 また友莉と対照的なのが長く伸びた綺麗な髪で、ワンポイントの洒落っ気なのか、後頭部の上品な色合いのコンコルドがより髪を綺麗に魅せている。

 言い方は悪いが、いかにも生徒会にいそうな雰囲気である。

 特に奏音はそれ以上何も話すこともなく次に移っていく。

「じゃあ二年生の最後ね、ほら」

 奏音の優しい声で続いた女生徒は、少しびくびくしながら立ち上がり、そして顔をノートで隠したまま一向に話す気配がない。

「……ええと」

「待って」

 どういうことなのだ、と突っ込みをいれようとした櫛夜を綾が機先を制して止める。

 なんなんだ、と思いつつ、櫛夜は言われた通り、待つ。

 暫くの空白の時間を経て。

 ようやく口を開いた。

「えっ、えと、あ、あの、わ、私、夢叶優芽ゆめかないゆめ、です。あ、あの、書記やってます。すみません」

「謝られたんだが」

「恥ずかしがり屋さんなの」

「はぁ」

 恥ずかしがり屋さん、という言葉で納得していいのかどうか、いまいち反応に困る櫛夜であったが、経験上、こういうタイプは仕事が出来、話してみれば素直であると知っている。

 そうでなければ生徒会などという場にいるわけがない、というのもあるが、嫌な奴であればこれだけ話が遅い人間を誰もフォローしたりはしないだろう。

 それっきりまた顔を隠して黙ってしまった優芽に代わり、他の二年生が今度は紹介を進める。

「優芽はね! この性格を直したくて生徒会に入ってるんだよね! でも去年は結局人前に出られなかったから今年こそ頑張るんだぞ!」

「書記だから、本当に表だって話すことはないんだけどね。全校生徒の前で議事録を取ることが目標なの」

(議事録取るだけでも人前に出られないのか)

 と思ったがそれを口にだす愚は犯さない。

 ほんの少しのやりとりだけで、繊細なこの優芽の扱いを心得た櫛夜なりの優しさである。

 なお、ずっと優芽の顔はノートに隠れておりろくに見えない。

 校舎ですれ違っても気づけなさそうだ。

「そうか。とりあえず、えと、侑李に狩野に夢叶、よろしく」

「よろしく!」

「よろしくお願いします」

「……っ」

 と三者三様の響きで挨拶を済ませる。

 そして最後に残すは一年生だ。

 綾の話では一年生は絶賛勧誘中とのことなので、つい先日入ったばかりなのだろう。

 この四月のうちから生徒会に入りたがり、かつ現生徒会役員の目に留まるとは果たしてどういった人材なのか、と櫛夜は内心恐れながら、最後の自己紹介を聞く。

「最後は私ですねッ。一年の綾文弥々(あやふみやや)です。先輩と同じくついこの間入ったばかりなので、特に役職はまだ決まっていませんです」

「綾文?」

 綾文といえば、当然思い浮かぶのはただ一人――。

「はいッ、私は綾お姉ちゃんの妹ですッ」

「はぁ……大分……いえ、なんでもないです綾文会長」

「大分? 何かしら?」

「睨まないで下さいなんでもないですって」

 大分愛想がありますね、とは言えない櫛夜である。

 確かに綾の妹と言われれば確かに似ている雰囲気がかなりある。

 しかし、櫛夜も感じたように、どちらかと言えば美人、格好いい、に分類される綾とは違い、弥々の方は可愛いに分類されるだろう。

 髪は肩まで伸ばし毛先が緩くカールしており、校則に触れるほどではないが気持ちスカートも短めと所謂今風の女子生徒といったところだろうか。

 人を見た目で判断するものじゃないが、見た目では生徒会にはいなさそうなタイプである。

(さっき廊下で話を聞いたときは何も言ってなかったよな……しれっと勧誘済みの一年とかって言っていた気が)

「ま、自慢の妹よ」

「わー! 相変わらず妹溺愛しすぎですね!」

「確かにとってもいい子だもんね」

「あはは、どうもありがとうございますですッ」

 和気藹々とした会話に空気が和む。

 その後暫し雑談が続いたが、その流れが落ち着くと綾がそれじゃあ、と一旦話を切る。

「はい、新人と顔合わせも済んだことだし、今日の所はこれで解散しましょうか」

 はーい、と良い返事をして、解散。

 といいつつ、誰も生徒会室を出てはいかない。

 各々の仕事に向かっているのか、棚から各自資料を取り出しては何やらまとめたり仕分けしたりと動き出す。

 当然今日来たばかりで仕事などあるはずもない櫛夜と、櫛夜に並んで弥々も、

「はー、やっぱり先輩方優秀ですよねー。やー話聞いてた通り凄いなー」

 と感心するばかりで特に動こうとはしていない。

 櫛夜も特にすることもないのでぼーっとその仕事っぷりを一緒に眺めている。

 書類仕事、といっても櫛夜には経験がないのでこれがどのくらいの量で本来どのくらいの時間がかかるものをどれだけのペースで処理しているのかなどは全く分からなかったが、凄いらしいのはよくわかる。

 優秀なのは間違いないだろう。

 唯一自己紹介では上手く喋れていなかった優芽も見知った仲間内であれば普通に喋れるのか、議事録のコピーなどを人数分素早く印刷したりしている。

 だが長時間仕事を見ているだけにもいかない。

 そんな意味もないことをやるほど、櫛夜は落ち着いた性格ではない。

「あの、解散とは言ってましたけど、何かやるべきこととかないんですか?」

 櫛夜が綾に向けて疑問を発する。

 真意は「体育祭の話はどうするんですか」である。

 櫛夜の思惑通り、綾はそのニュアンスをすぐに汲み取り、

「そうね、そしたら新人二人はちょっと私に付き合ってもらってもいいかしら?」

 と連れ出すための口実を用意する。

 弥々まで誘う意図は櫛夜には掴めなかったが、そこはひとまず気にしない方が良いだろう。

 綾の言葉に会計の奏音が反応する。

「資料室ですか?」

「そ、せっかくだから案内しようかと」

「それなら私たちが」

「櫛咲くんは私が誘ったし、弥々は妹だし。今この場では私が行くのが理に適ってると思うわ」

「……そうですね、お願いします綾文会長」

「…………」

 数秒とも言えない間を挟んで。

 櫛夜と綾、そして弥々は生徒会室を出た。

 

 

 綾は資料室に案内すると言うと、説明を始めた。

 これはどうやら普通に仕事の話らしい。

「まず、生徒会が使える部屋は二か所、さっきまでいた生徒会室と、資料室」

 これもいつも通り、人差し指を立てて、子供に言い聞かせるような身振りと表情で話している。

「生徒会室は基本的には仕事をしたりミーティングしたりする場ね。資料室は過去の生徒会の資料が保管されている場所」

 資料室は図書室の隣にあるらしい。

 ここ幸魂高校は本館と二号館の二つに校舎が分かれている。

 生徒会室は本館の四階に位置しているのだが、資料室は二号館の一階にある。

 本館と二号館は二階の連絡通路で行き来することが出来るようになっている。

 幸魂高校の図書室は歴史ある高校の特徴に違わず、多種多様な本が比較的古いものまで揃っており、勉学熱心な生徒の中にはこの図書室を利用するために幸魂高校を志望する者も少なくない。

 そのため、二号館の十分なスペースに図書室を配置しているのは必然と言えるだろう。

 同じく資料室も同様の理由から、図書室に隣接する形となっている。

 書籍ほどの量はないものの、創設当時からの学校の歩みを追える貴重な資料が置かれている。

 生徒会室も資料室も鍵の管理は当然職員が行っているため、毎度職員室に鍵の受け取り、返却を行う必要があるのだが、それは何も変な事ではないので、資料室に行くと言いつつ職員室に足を運んだことを櫛夜は不思議には思わない。

 だが弥々は疑問に思ったらしく、それを口にする。

「あれ、綾お姉ちゃん、資料室って二号館じゃなかった?」

「鍵は職員室で管理されてるからね」

「あ、なるほど」

 二人で会話しているのを横で見れば確かに声も表情もどこか似ている綾と弥々である。

 姉妹ならではの繋がりのようなものがあるのだろうか。

「じゃ、少しだけ職員室入ってるからここで待ってて?」

 綾が職員室に入っていく。

 櫛夜と弥々は並び立ったまま、無言で綾が戻るのを待つ。

 櫛夜は間が持たないからと言ってあれこれ話をするタイプではなく、また弥々の方も案外雑談スキルは高くないのかもしれない。

 特に何を思うことなく待っている櫛夜だったが、ふと耳に、

「……で……な……を……?」

 と聞こえた気がしたので隣の弥々を見たが、特に弥々が喋った様子はない。

(気のせいか……?)

 しかしその後は何もなく、綾はすぐに戻ってきた。

 そのまま三人さくさくと歩き、資料室に入ると再度綾が説明を始めた。

「ま、見てのとおり沢山過去の資料とかがあるからここで調べ物をすることも多いわね。隣に図書室もあるし」

「はぁ」

「で、ここからが本題なんだけど」

「本題? なに綾お姉ちゃん」

「体育祭の話、弥々にも櫛咲くんにも、もうしたわね?」

「飛びつき綱引きがいい、って話だね?」

「そう、それについて」

「櫛咲先輩も協力してくれるんですか?」

「ええ、そうなっているわ」

「へぇ……」

 なるほど、妹は当然協力者というわけらしい。

(個人的な理由まで知っているかはわからないけどな……)

「ということで、一応、現状では私と副会長の光瀬くんに弥々、櫛咲くんが味方」

「それでジャンケンってのはいつ、どんなルールで行われるんですか?」

「ジャンケンにルールなんてものがあります? 先輩?」

 弥々が不思議そうに上目遣いで櫛夜に尋ねる。

(……ん?)

 と逆に櫛夜がその言葉に引っ掛かるものを感じるが、それを聞く暇もなく綾がすぐに応える。

「ジャンケンを全員で一斉に行うかどうかとか、三本先取みたいな決め方か、とかでしょ?」

「あ、そうです」

「それって重要な事なの? ジャンケンになった経緯は綾お姉ちゃんから聞いたけど」

「まぁ、一応」

 はー、と妙に気の抜けた声を吐き出すと弥々がなんともない雰囲気のまま櫛夜に話しかける。

「なんだか、綾お姉ちゃんと仲良いんですね」

「はぁ?」

 と何言ってるんだこの子、という感情を隠そうともしない櫛夜に、

「はぁっ!?」

 と、何故か顔を真っ赤にして過剰に反応する綾。

 その二人をじーっと見つつ、弥々が単調な声で続ける。

「やー、なんか息ぴったりだなーって」

「昨日会ったばかりだしそんなことないと思うけど」

「そ、そう、何言ってるの弥々」

「ならいいけどね」

 ジト目のままの弥々を横目に綾が先の櫛夜の話に対する返事をする。

「ジャンケンは、今週末ね。丁度委員会を決める最終日だから、その時点で今年度の生徒会のメンバーも固まるだろうし」

「へぇ、一年は綾文会長の妹さん以外にもちゃんと勧誘出来てるんですか?」

 そこに早口で弥々が口を挟んだ。

「弥々です、私、綾文会長の妹じゃないです、先輩」

 先ほどまでと違いやや強めに言われたので櫛夜はさすがの対応の速さで謝る。

「ごめん、気を付ける、弥々」

「ならいいです。こちらこそすみませんです」

「……ねぇ」

「あ、それで、ジャンケンはどうやるんですか?」

「……」

 櫛夜が見れば、綾が妙に不満そうな顔を浮かべている。

 櫛夜には意味がわからないので、とりあえずは無言で綾の言葉を待つ。

「……ジャンケンは役員全員で一斉に行うわ。それで勝った人の意見が全面採用」

 ということは、その場で能力を使えば、ジャンケンで勝つのは櫛夜ということになる。

 有能な人材がそろっていると実際にメンバーを見た櫛夜には、余計この幼稚な決め方に至った経緯を詳しく聞きたい衝動もわずかながら生じるが、それもすぐに冷めてどうでもいいかと思考から外す。

 先輩後輩という垣根もなく、適度な礼儀をもちつつ仲は良好そうに見えたが、所々に裏がありそうな不自然な間を感じた櫛夜はそのあたり、勘違いならばそれでいいが何かあったとしても首を突っ込むつもりはない。

 ジャンケンで済むならばそれはそれでいいのだ。

 勿論、上手くいくかどうかは櫛夜に本当に能力なんてものがあれば、の話だが。

「聞きたいことはそれだけね?」

「えぇ、ありがとうございます」

「なら、今日の所は本当に帰ってもらっていいわよ。また明日から色々と働いてもらいたいなよは思ってるけど」

「わかりました」

 櫛夜としても今日は疲れたので、挨拶とジャンケンの概要を聞いたら帰りたいと思っていたのでありがたくその言葉通りにさせてもらう。

「弥々も今日は帰って大丈夫よ?」

「うーん、じゃあそうしようかな?」

「うん、気を付けね」

「はーい」

 仲が本当に良いらしい二人のやり取りを聞いて一息つき、櫛夜は帰路へ着いた。

 

 

 その帰り道。

 下駄箱で靴に履き替え、ようやく帰ろうとした櫛夜の前に見覚えのある姿が。

「……どうかした、のか? 弥々」

「えへへ、先輩、一緒に帰りましょうですッ」

「やめておく」

 ニッコリと笑う弥々の顔に、どこか不吉なものを感じた櫛夜は(そうでなくても一介の男子生徒である以上女子生徒と二人で下校することには抵抗があるため)考える間も空けずに断る。

「早いッ、返事が早すぎます先輩。少し大事な話があるのですよ、ね?」

 さっき職員室前で待っていた時とは打って変わって、弥々のテンションは異様に高い。

「大事な話って?」

「気になります? なら一緒に帰りましょうですッ」

 ぐいぐいと距離を縮めて迫る弥々に反比例するように櫛夜は真横に逃げたくなるも、あの姉にしてこの妹ありなのかもしれない、と諦めた。

 諦めると切り替えの早い櫛夜である。

「わかった。でも変に噂されるのは嫌だからせめて一緒に下校じゃなく、どこか場所を考えてくれないか」

「なるほどですッ。確かに私的にも、周りに人はいない方がありがたいですですね」

「です付きすぎだし……」

 この放課後で櫛夜は一つ、弥々についてあることが引っかかっていた。

 そして今の弥々の言葉に、それに通ずるものを捉えている。

「私的ってことは、綾文会長にも内緒、ってことでいいのか?」

 その台詞に対して弥々はそれまでの笑顔とは全く逆の、いっそ怖いまでに、作り笑顔であることを隠そうともしない顔で応えた。

「その通りですッ。さすが先輩、綾お姉ちゃんに推薦されるだけは、ありますねぇッ?」

 その言葉を受けて。

 櫛夜は目を閉じ。

 地雷を踏み切ったことを悟り。

 たった一つだけ心で唱えた。

(生きて帰れますように)

 得てして嫌な予感とは当たるものであると、櫛夜は痛感することとなる。

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