問題はどこに
「さ、じゃあ生徒会室に向かおうかしら。たぶんそこで仕事をすることが一番多いし」
「はぁ、そうですか」
櫛夜が正式に生徒会の一員となったその日。
クラス全員の愛憎混じった視線を浴びつつ、早速櫛夜は綾の迎えを受けて生徒会の初仕事へと向かった。
初仕事、と大層な言葉を使ったのは綾だが、その綾自身が「仕事じゃなくてただの状況確認だけどね」と発言している。
まずは現在の生徒会の面々と挨拶をしておくとのことらしい。
現在生徒会は良い人材を求めて各教室を走り回っている。
成果があればひとまず全員で共有する運びとなっているそうだ。
(俺が生徒会に入ることを決めたの、つい五分前くらいだったよな……?)
と、情報伝達の速さに櫛夜はどことなく綾の恣意的な作戦を感じざるを得ない。
先ほど目の前で自分の十円玉を拾い上げた綾の姿が浮かぶ。
浮かび、すぐにそのしたり顔と羞恥で真っ赤に染まった綾の顔も同時に焼き付いて離れない。
(なんだろうな……これは)
人付き合いを好まない櫛夜にとって、二日間で生徒会に入る決意をした今の自分の様子は自分のことながら不思議で仕方がない。
それだけ綾の能力に驚いてしまったのか。
はたまた、最後だからと話した綾の切ない表情に何か思う所があったのか。
それとも。
「ところで、今生徒会にはどれくらいの人数がいるんですか?」
綾と横並びに廊下を歩きつつ、気になることは先に解消してしまう。
一度切り替えればそこからはなるべく効率的に動きたい櫛夜の性分である。
「三年が私と副会長、それに二年が書記、会計、広報の三人、あと既に勧誘済みの一年がもう一人」
「……案外少ないんですね」
「まぁまず三年生は知ってのとおり受験だからね。そもそも前年度生徒会役員であっても三年の頭二ヶ月、仕事することを強制はできないのよ」
「でも、あれ? 確か会長補佐って三年から一人二年から一人選ばれるとか言ってませんでした?」
昨日初めて出会った時の綾の発言を思い返す。
綾はよくまぁそんなこと覚えてたわね、と感心した表情を浮かべつつ説明を加える。
「役職自体には前年同様就いてもらうの。ただ、『役職に就くこと』と『仕事することと』は別ってこと」
「あぁ、なるほど」
つまり前年度の二年生で生徒会役員として活動していた生徒については、三年においても籍だけは置いていることになる。
これは体裁上、下の学年に引き継ぎ業務を完全に行ってから役員を引退することから行われているが、実質引き継ぎは前年度の内に一つ下には行うためあまり意味を為してはいない。
しかし、ただでさえ人数の少ない生徒会役員、一人一人の担う職務が多い、つまりその役員以外の誰も知らない仕事に関してはその役員が誰かに教えることなく引退してしまうことは避けたい。
そのための予防線として、三年次にも籍としては役員となる、その責任を持って二年次から来年の事を想定して動くことを要求している、とのことらしい。
「随分と回りくどいですね」
「要約すればもしあなたしか知らない仕事の事で困ったら受験期でもお手伝いしてもらうからね、って脅しになるのかしら」
「はぁ。なら綾文会長と、その副会長はどうして体育祭まで?」
「それはもちろん一年生にも色々教えたいから、っていうのと、最後のイベントを自分で盛り上げたいからよ」
目が輝いている。
綾は本気でそう考えているらしい、というのが綾の事をよく知らない櫛夜が見てもよく分かる。
この真っ直ぐな何かに、櫛夜は心を動かされたのだ。
「とりあえず、俺を入れて七人ですか……」
しかし、と櫛夜は思う。
「その前までたったの六人、あるいは一年生はまだ来たばっかでしょうし五人かもしれませんが、そんな少ない人数で意見がそこまで割れるものですかね」
それも、所詮はたかが体育祭の競技についてだ。
体育祭という高校特有のイベント、その中で執り行われる多数参加型の競技、そんなものは安全面さえ気を付ければ何をやったってそこそこ盛り上がるはずである。
そこまで頑なになる理由がわからない。
どちらか一方が早々に折れてもいいと思うのだが。
あるいは、五人で話し合った時点では綾が提案した飛びつき綱引きは少数派だったのだろうか。
「綾文会長、確かに生徒会に入ることはもうクラスでも宣言しましたしそのことについては、まぁ、いいでしょういくら周囲が盛り上がって否定しづらかったとはいえ、最終的に決めたのは俺です」
「あら、随分素直ね。素直なのは社会では大事よ」
綾の軽口には取り合わない。
「二つ、いえ、三つ、綾文会長が話していないことがありますよね。そこを今、この場で教えて頂かない事には俺は綾文会長の手伝いをするかどうかは決められない」
「……うん、それは普通に思うよね。かなり強引に引き連れてきたし、今こうして生徒会に入ってくれるって決めてくれてることだけでも充分ありがたいし」
自分が意図的に話していない、ということについては否定するつもりもないらしい。
そこを否定されたらすぐにでも引き返して生徒会に入ることをやめてやろうと思っていた櫛夜は意外に思う。
自分の非は認められる人間らしい、という情報も櫛夜の脳内で綾の人物像を保管している部位に投げ込む。
「まず、何故綾会長が飛びつき綱引きを採用したいのか、という点」
「うん」
「次に、何故相手側が綾会長の意見に折れず、反対し続けているのか、という点」
「うん」
「最後に、俺に何か利点があるのか、という点」
「うん」
どれも今回の話において重要な点である。
前者は二つについては無論、綾の依頼の根幹を担っていながら何も説明がされていない部分であり、当然櫛夜としては知る権利があるだろう。
むしろ最初に話されていないことが不思議とさえ思える。
また、櫛夜にとっての利点については、もちろん何も利点などなく、ただのお願いということも十分に考えられるのだが、それにしては誘い方がおかしい。
能力の話や、綾自身が最後だからという話など、綾は櫛夜に対して心情に訴えかけることしかしていない。
普通、赤の他人にお願いごとをする場合には、心情などではなく実際に目に見える報酬が用意されているものである。
それが普通の『give & take』の関係である。
互いに得する物を交換し合うことで後腐れのないようにまず契約を交わす。
初めに交わした契約内容に則って互いに互いを助け合う、それ以上の事はしないしされない。
そういった実務的な依頼が今回の話であるべき姿のように思えるが、しかし綾はそうしていない。
結果として櫛夜はまさにその心情を何かよくわからない形で動かされ今ここに至るので、そこまで計算尽くであったのならばそれは綾の手腕であろうが、これを狙ってやるとは到底思えない。
もしかすると何かしら別の意図があるのでは、と考えた上での三つ目の発言である。
「あぁ、昨日誘ったばっかりなのに私が喋らなかったこと、もうそこまでわかっちゃってるんだ」
綾が観念したように歩みを止め、校庭に面した窓に背中を預ける。
窓は換気の為か僅かばかり開いており、隙間から吹く風が長い綾の髪を撫でる。
その表情は物憂げであり、どこか楽しそうであり。
少なくとも、今までの長くも短くもない人生の最中、こんな表情を浮かべたことはないだろうと櫛夜が感じるようなものを綾は表現している。
浮かべたことがないから、櫛夜にはそれが一体どんな思いから来る表情なのか、皆目見当がつかない。
「能力については、聞かないの?」
その声色は明るい。
「いや、色々思う所もありますけど……それほど今回は関係ないかなぁといいますか、未だ能力と呼ぶのに抵抗があると言いますか」
「ふぅん、ちゃんと櫛咲くんの前で実践して見せたのに信じないんだ」
「全く信じないわけではないですが、それでも偶然の域を出ませんからね」
「そかそか、確かにまずは話していないことからきちんと伝えるべきだよね」
「分って頂けてよかったです」
「そんなに大したことじゃないのよ、本当に」
「はぁ、それは」
「騎馬戦は、事故が起きるから」
「……は?」
「だから、騎馬戦は事故が起きるから、私はやりたくないのよ」
「そりゃあ、事故が起きたって話は聞いたことありますけど」
騎馬戦は事故が起きるから。
それは、確かに騎馬戦を実施するのに反対する、妥当な理由である。
妥当な理由であるがゆえに、これは隠す必要が微塵もない。
確かに練習不足な状態で騎馬戦を行うことはそこそこ危険な行為であることは誰でも理解できるだろう。
運動神経、筋力等に依らず、普通の人は騎馬を組むことなど行わない。
すなわち普段使わない動きに対して力を注ぐことになり、それは結果的に普段普通に行えていることが不注意によって行えなくなる、という事態を引き起こすことがある。
騎馬戦では上に立つ人には身動きがとりづらい姿勢のまま落ちる危険性があり、下で騎馬を汲む人には腕や肩、首などの特定の箇所に力が集中する危険性がある。
事実、悲しい話だが騎馬戦の事故で学生が体に深刻なダメージを受けた、という事故が現実に起きているのだからその懸念はもっともだ。
だがそんなことなら昨日の時点で話してもなんら問題ないのではないだろうか。
というかない。
「こんな普通な理由を、昨日の時点あるいは今日の昼の時点で言わなかった理由を教えてください」
「言いたくなかったからじゃ駄目?」
「駄目です」
「なんとなく、ここから私の個人的な話に繋がるのが嫌だった、それだけ」
「個人的な……?」
つまり。
この騎馬戦で事故が起きる、ということが個人的な、私的な理由だというのか。
だから言わなかったと。
しかし、事故が起きるかもしれないということは一般的な話であり、それに対する注意喚起はどこでも行われるべきである。
それこそ騎馬戦でなくてもきちんと最低限の練習やルールの徹底による安全確保は必須であると言えるだろう。
では騎馬戦での事故が個人的になる事態とは一体。
(……あぁ、そういうことか)
と、残った選択肢から櫛夜は確証はないものの、綾の真意を悟った。
そして、言いたくない理由も櫛夜が達した通りの事が起きていたとすれば十分わかる。
「もしかして、この理由、生徒会では話してない、ですね?」
「ホント、櫛咲くんはヒントだけですぐにわかっちゃうんだから嫌だな。そういうのはよくないと思う」
「わかってほしくないならもっと上手く立ち回ってください」
「はーい」
恐らく、この綾にとっては個人的で私的で、身近なことなのだろう。
どのくらい身近なのかはわからないが、友人か誰か、綾に関する誰かが実際に騎馬戦で怪我を負ったのだろう。
それもひょっとすれば、怪我、では済まないレベルかもしれない。
だが綾がぼかしたことをわざわざ蒸し返すような性格を櫛夜はしていない。
このやりとりだけで綾の事情は把握できたので、と次の追及に移る。
「では、相手側が綾文会長の案に反対し続けている理由は?」
「それも、まぁ大したことじゃないのよね、実は」
「なんとなく察しはついてますけど」
まず綾は自分の個人的な理由で騎馬戦を反対している、ということを伝えてはいない。
つまり、一般論で騎馬戦には怪我の危険性があることを主張しているのだろう。
もちろんそれは他の競技においても成り立つ論であり、綾の意見は非常に弱い。
だが、先にも考えたように相手がそれに対して折れない理由にはなっていない。
「あー、なんとなくわかる?」
「これも予想ですけど、反対してるのって後輩、つまり二年生なんじゃないですか」
「あはは、やっぱり勘がするどいなぁ。先輩そういうの嫌いだぞ」
つい先刻と変わらぬ表情と仕草で櫛夜をからかう綾。
「ま、俺は積極的に動くタイプじゃありませんが、それでも騎馬戦と飛びつき綱引きだと、騎馬戦の方が盛り上がりはしますよね。見る側もやる側も」
「それは否定できないわね」
騎馬戦は体育祭の花形である。
それは日本全国どこでも比較的共通認識ではなかろうか。
無論リレーや棒倒しなど、多数対多数で執り行われる競技は大体の高校において体育祭のメインとして扱われることが多い。
それは全員が参加しつつ、しかしながら個の存在が小さくない、非常に有意な競技であるからであるが、理由はともかく。
体育祭といえば騎馬戦、という考えを持つ生徒が少ないとは言えないだろう。
そして、新競技を増やすにあたって、飛びつき綱引きである、とは確かにメジャーではあるものの、せっかくなら騎馬戦をやりたいと考える者もいるだろう。
まさにそう考える者が生徒会のメンバーの二年生にいるらしい。
二年生は綾の話では会計と書記と広報だったはず。
人数的にも丁度その三人が反対しているとみて間違いないだろう。
「それは一般論で引き下がってはくれないんですか」
「生徒会に立候補してくれたくらいだからね。盛り上げる、というか盛り上がることに関しては妥協を許したくないみたいなのよ」
「それはそれは、結構なことで」
「二年生の間で騎馬戦をやりたいって言う声を少なくとも学年の三分の一の人数分は集めてきたし」
「はぁ、署名運動的なあれですか」
「あれね、さすがにそこまでやられるとね、悩ましいものなのだけど」
そんなことまでやっていたのか、と櫛夜は他人事のように感心する。
確かに生徒会での意向が定まれば自分たちのやりたい競技を行えるわけだが、そのために私欲のみならず学年の声という客観的なデータを持ちだしたわけだ。
さすがに二年生ながら、生徒会で活動しているだけある行動力だ。
ここまで来るとまた、逆のことを櫛夜は思わずにいられない。
つまり、綾が折れることはないのか、と。
「もうそれ、後輩の努力を認めてあげてもいいんじゃないですか。そこまでやってきているんなら」
「……それは、出来ないのよ」
「綾文会長の懸念はもっともですが、安全対策をきちんと行えば避けれることじゃないですか、後輩のやる気を削ぐことは生徒会への不満を募らせるだけのような」
「あら、櫛咲くん入ったばかりなのに生徒会の不信任の心配なんて」
「それで、返事は」
「ノー、ね。確かにそちらはそちらで重要なのだけど、そうね、あともう一つあるとすれば……」
そこで綾はうーんと、と考えるような素振りを見せる。
それがわざとなのか本当に考えているのか、櫛夜には判断がつかない。
どちらにせよ、綾はいちいち考えている事を身振りと表情で寸分の狂いもなく表現するタイプの人間であるらしい。
それが素直さを顕しているのか、はたまたそれすら計算なのか。
その機微を読み取ることなど、人付き合いを嫌ってきた櫛夜は愚か、普通に生きてきた一介の高校生には難しいだろう。
考える身振りをしているのでその間に櫛夜は口を挟む。
「俺に話す程度なら、別にその私的な理由も話してみればいいんじゃないですかね」
「それは、違うよ。櫛咲くんが現状私にとって赤の他人であり、かつ能力を共有している親密な仲だからこそ話せる内容だよ。少なくともこの私にとってはね」
「はぁ、そんなもんですか」
「それに、そう、ほら、先輩としての威厳とか、後輩の努力を認めるのも私たちの役割だけど、後輩に簡単に論破されるのもいかがなものかと」
「子供の屁理屈じゃあるまいし、正攻法で来てる後輩に何を」
「とにかく私が退くってのは無し、だから君を呼んだんじゃない」
「じゃ最後の話いいですか。俺に何か利点は?」
「もちろん、こんなお願いをしておきながら私は六月で生徒会からいなくなるわけだしね。それなりの報酬は用意するつもりよ」
「あまり期待もしていませんが、何をお考えですか」
「お金」
「は?」
「私が能力で溜めてきた、お金、十年分でどうかしら」
「……は?」
櫛夜は柄にもなく二度も聞き返してしまっていた。
それほどまでに、綾の言葉は意味がわからなかった。
否、内容がシンプルなだけに、その意図がまるで伝わってこなかった。
「事ここに来て金、ですか」
「えぇ、わかりやすいでしょう?」
「いや、さすがに貰えませんよそんなもの」
「気持ちはわかるわ。でもこのお金は厳密には別に私のものではないし、それに受け取りを拒否するほど高額でもないでしょ?」
「高校生に万単位は十分高額ですよ。そんな大金貰えません。それに、金で生徒会に入るってのも普通に嫌です」
櫛夜とて金に困っていないわけではない。
目の前に三、四万円があれば喉から手が出るほど欲しいと一般大衆の意見に違わず思う。
だが、それを昨日知り合ったばかりの先輩から受け取れるかと言われれば、当然それも一般大衆の意見に違わず頂けるわけがない。
そして恐らく、櫛夜がこうして生徒会入りを決めたのは、実務的な理由ではなく感情的な理由であり、そもそも報酬になっていない。
「なら一応生徒会役員としての活動がどれだけ内申点に効いてくるかは説明しておこうかしら。説明するまでもなくどの道実績に対して貰える正当な報酬の話だけど」
「そちらの方がよほどマシですね……それも特段欲しいとは思いませんが」
「プライベートな事を突っ込む気はないけれど、進学にあたって特に推薦は要らないってことかしら?」
「いえ、そもそも進学しない可能性が大きいってことです」
「へぇ、聞いてもいいかしら?」
「別に隠すようなことでもありませんが、それはまた別の機会にしましょう。今は生徒会の状況が知りたい」
「それもそうね……というわけで、君の利点は金と内申点、どう、並びたてると魅力的でしょ?」
今さっき金も内申点も要らないと言ったばかりだろう、と突っ込みたくなる気持ちを抑えて、櫛夜は雑に応える。
「そうですね、そりゃ魅力的だ。思わず綾文会長を手伝いたくなるくらいに」
「なら良し」
フフンと笑う綾には櫛夜の呆れ顔も通用しないらしい。
「さて、それじゃあいざ戦地へ向かいましょうか」
「一応聞いておきますけど、今日は別にジャンケンはしないんですよね? 今日はたぶんもう普通に勝てないと思いますけど……って、ん?」
「ええ、今日は本当に紹介だけだけど、どうかした?」
「いえ、結局なんでジャンケンになったんでしたっけ」
綾は一般的な騎馬戦の危険性を説いて、飛びつき綱引きを決行したがっている。
二年生の役員は同級生の声も借りて、騎馬戦を決行したがっている。
両者色々な思いから退くことはないのかもしれないが、どちらかといえばこの勝負、綾に分がない。
客観的な意見を集めている二年生の意見が普通ならば通りそうなものである。
そしてこのような意見の対立はいかにして第三者が聞いても納得できるような理由を相手にぶつけられるか、が勝負になるはずで。
それこそ活発に動き回っている生徒会役員同士であれば、ディベートの要領で『相手を言い負かす』ことで自分の意見を通そうとしているはずで。
この流れから如何にしてジャンケン、などという遺恨を残すこと必至な方法が採られる運びとなったのだろうか。
「何言ってるのよ。互いに退けないからこそ、遺恨を残さない完全に運、確率の支配する、感情の入る余地のない絶対的な勝敗決定ゲームを行うことは妥当性が高いでしょう」
「それっぽく言ってますけど結構頭の悪い発言になってますからねそれ」
「同じ確率ゲームでもあみだくじとかって何故か自分で選んだ気がしないでしょ。くじ引きとかも、自分で選んだ気がしないものは勝敗を決めるに相応しくない」
「正しい、かどうかは見てないので知りませんが互いに論争してる所から一気にレベルがダウンしてますよね。ちなみにジャンケンを提案したのは?」
「それは後輩たちよ」
「へぇ、それは意外ですね」
「その辺の割り切りはいいのよ。理不尽に対する見切り、とでも言うのかしらね」
「自分で理不尽を認めますか」
「いくら全員の安全を謳っていたって、根本にある理屈が自己中心的なものであればその言葉も受け入れざるを得ないでしょう」
「そこまでわかっていながら、未だ否定する理由が俺にはわかりませんけどね」
やはりまだ、綾は何かを隠しているのではないか、という疑心は晴れない。
だが、ひとまずの筋書きは通った。
ジャンケンに勝つこと。
たったそれだけのために最低一年間は生徒会役員として仕事を的確にこなしていかなければならない事実に改めて櫛夜は辟易する気持ちを感じるが、不思議とそこまで悪い気分ではない。
多少、家に帰るのが遅くなるな。
であったり。
それによっては夜ご飯を作るのが遅くなるかもしれないが、姉の普段の帰宅時間を思うに、自分が夜ご飯を食べる時間が多少ずれても問題はないだろう。
であったり。
勉強する時間をまたしっかり取るために一日の計画を練り直す必要があるな。
であったり。
生徒会に入ることで他人との繋がりが増えて厄介事に巻き込まれないことを祈らなくては。
であったり。
案外既にやる気に溢れている自分が、生徒会の仕事をきっちりこなしていることを前提にした生活の改善を考えている自分。
そんなものを発見した。
そこまで突き動かされる、その原点には、やはり。
あの、不思議な、寂しそうに遠くを見つめ、それでいて表面上は笑っている、そんな表情があった。
一つ大きなため息を吐いて。
櫛夜は最後の質問を呟く。
「競技の決め方がジャンケンに決まる前から、綾文会長は俺のこと知っていたんですか?」
綾は間髪入れずに、軽快に応える。
「もちろん、私、君の事はずっと見ていたからね」
また、思わせぶりな、誤解しかねない台詞。
(小悪魔か)
と思いつつ。
「はぁ」
相も変わらず曖昧な相槌を打つことしか、今の櫛夜には出来ない。
そして櫛夜は、綾と共に生徒会室へと踏み込んだ。