堕天使のバーニング白髪染め
五木六実は白髪である。
若干15歳にして白髪である。
友達には同情の目で見られ、先生方からも憐憫の視線を感じる。
大人と話せば涙ぐまれ、「親を呼べ!」と憤る人もいる。
大抵の場合、悲劇のヒロインのような壮絶な人生を送ってきたと勘違いされてしまう。
六実はこのことを理不尽に感じていた。
もちろん、ありがたい気持ちはある。自分を心配してこういった反応してくれているのだから。
しかし、納得がいかない。
彼は高貴な血筋である。
天使の血統を持つ由緒ある家系であり、その力の一端である奇跡「超絶電波火炎波撃(スーパーハイパーサイコバーニングバーニングブレイズ)」もこの年齢にして使いこなせる。
天使達は『まるで年老いて賢者となったシルバーバックのように叡知を感じさせる白銀の髪』をしており、六実もその血を色濃く受け継いだに過ぎない。
祖先が地上に堕ちてから、堕天使となったがその高貴さは変わるはずもない。
白髪ではない。
むしろ、高貴の証であるはずなのだ。
第一、白髪が普通じゃないなら皆の髪の色も普通じゃないのではないか?
朝の授業前の時間を使っておしゃべりにふける同級生達の頭を見る。
ピンク、緑、青、黒、金、赤、紫、茶色、オレンジ。
まだまだ沢山ある。
一つのクラスにこんだけの色の髪が揃っているのに何故六実だけ「迷子の羊に救いの手を」と怪しい坊さんに宗教の勧誘を受けるのか。
「納得がいかない!」
「は…?どうしたの、六実?」
幼なじみの真田える(さなだえる)が返事をする。
彼女は正真正銘天使の血を引いており、天使の中で白銀の髪の次に多い金髪である。
「何故俺だけ憐れみの目で見られるのだ!」
「白髪だからでしょ?」
「『まるで年老いて賢者となったシルバーバックのように叡知を感じさせる白銀の髪』だ!白髪ではない!」
「何そのラノベみたいなださい表現。銀髪って言うけど、六実の髪は銀色に光ってないじゃない」
「な、なんだと…!?」
「六実は堕天使の家系だから、神性が薄れてるんじゃないの?だから、銀光も薄れて単なる白髪になってるんだよ」
「…!!」
盲点だった。
目を背けていたのかもしれない。
確かに、鏡で何度確認しても光輝いていない気がしていたのだ。
確かにえるの場合は、金髪が光輝いている。
正直、輝き過ぎて眩しい。
えるが直視できないので、未だに顔がわからない。
「そ、そうだったのか…」
「えぇ」
「だが、何故白髪だけそうなる!ピンクや緑、様々な色の髪があるではないか!『みんな違ってみんな良い』金子みすずの至言を知らんのか!」
「あら、彼女達も苦労してるのよ。淫乱ピンクって呼ばれたり緑は不人気、ワカメって呼ばれたりして、よく『わたしって要らない子なんでしょうか』って弱音を吐かれたりするわ」
「…!!」
知らなかった。
彼女達がそんな苦労をしていたなんて。
というか、六実自身ピンクは淫乱だと思っていた。
六実は己が狭い視野に囚われていたことを知った。
地に伏せて腕をつく。
「…俺が愚かだったのか」
「…そうね。皆苦労を抱えてる。貴女だけじゃないの」
「俺はどうすればいい」
「…さぁ?ただ、そうね。私が最近見つけたコレを渡しておくわ」
「…これは」
天使からの贈り物。
顔をあげてそれを受け取る。
眩しくてえるの顔はよくわからなかったが、多分慈愛の笑みを浮かべているのだろう。
受け取ったものはすぐにわかった。
白髪染め。
中になにかの液体とライターが入っている。
商品名は『バーニング白髪染め』だ。
「…これは?」
「白髪染めね。あなたの勘違いは正されたんでしょう?なら白を染めれば良い」
「…なるほど」
白髪だと認めるのは腹立たしい。
だが、今受けている扱いが正されるなら、白髪染めも悪くない。
何より商品名が素晴らしい。
『バーニング』だ。
『バーニング』は六実の奇跡の名前にその単語が二つも使われるほど、意味深な言葉だ。
カッコイイ。
この六実が使うに相応しいエキセントリックな白髪染めではないか。
「…やろうではないか」
「決断したのね。六実」
「俺は新しい自分になるぞ!感謝する!える!」
六実は立ち上がり白髪染めの説明を熟読する。
目を素早く動かし、使い方を理解する。
液体を頭に振り掛け、ライターで火をつける。
それだけだ。
即断。実行。
六実は液体の容器を回して開け、頭に振り掛けてライターの火をつける。
「うおおお!」
「頑張って!六実!」
「バーニングゥゥゥ!」
その日どこかの教室で大輪の火花が咲いた。
…
それからの話をしよう。
六実はラッパーになった。
あの日ちぢれた黒い髪になった彼は有名なラッパーに声をかけられ、粋な言葉とメロディーで若い男女に受けている今話題のラッパーとなった。
今の彼は陽気だ。
会場が盛り上がったところで「超絶電波火炎波撃(スーパーハイパーサイコバーニングバーニングブレイズ)」を一発ぶっ放すサービスも忘れない。
それで二三人が会場の外までぶっとぼうが笑ってすませられる人望もある。
そんな彼を傍らで見守る少女がいた。
真田えるだ。
かつて輝く金髪で誰からも顔を覚えられていなかった少女はもういない。
今はちぢれた黒髪だが、彼女の溌剌な笑顔はかつてよりも増して輝いている。
END