ドウ―ベルティーニ
桜並木が風に揺れる。フワリと舞い落ちる蝦夷ザクラ。こんなに可憐な花を見るのは久しぶりだ。世界中で咲いているどの花よりも、散り際の桜は美しい。歩きなれない通学路を進みながら、柊太陽は感慨にふけっていた。
着慣れない制服。目の覚めるような青を基調に作られたこの制服は、軍服と言うよりは学生服に近い。聞くところによれば、軍人だけではなく民間人も多数入校するとのことだから、配慮がなされているのだろう。
「太陽!急がなきゃ遅刻だぞ!」
たらたらと歩いていた太陽の目の前に、活発そうな幼女が現れる。彼女の名はアイリ。その愛らしい容姿とは裏腹に、世界最高峰の自律型戦闘支援システムである。
「おうっ……ヤベェな、もうこんな時間か」
太陽は時計を確認し、だらし無く開けていたYシャツのボタンを閉めた。
校舎は丘の上にある。舞い散る桜吹雪の中
、太陽は走りだした。
今日は入学式。新たな兵士を迎える儀式が行われる。太陽もまた、その一人だった。
入団式は至極あっさりとしたものだった。
安物のパイプ椅子に座らされ、ズラリと並んだ生徒達に、勲章をジャラリとつけた将校達が偉そうに演説を始める。
お偉方の話に始まり、お偉方の話に終わった。ダラダラを垂れ流される話を殆ど聞いていなかった太陽だが、少しだけ耳に残った。 それはこの学校は日本にあるが、管轄は国連軍だということだ。言われてみれば、周囲には日本人ではなさそうな学生が大勢座っている。見れば制服の左胸に、小さく国旗が縫いつけてあった。恐らく出身の国を表しているのだろう。なるほど、最初は気が付かなかったが、いかにも国際的だ。
「以上、これで入学式を終わります。各クラスごとに教室へと移動し、教官の支持に従うこと」
事務的なアナウンスが響く。
スペシャルゲストの登場も何もなく、あっさりと入学式は幕を閉じた。
「俺、マジこの学校にきてよかった!」
昼休みの食堂。初日ということもあってか、食堂は生徒でごった返していた。
そんな中、はしゃぎ騒ぐ江田。当然周囲からは奇異の目で見られている。そのとなりにいる太陽をも巻き込んで。
「おい、皆こっち見てる……恥ずいからヤメてくれ」
「なんだよ―、お前周り見てみろよ、見渡す限りたくさんの女の子だぜ!これでテンションアゲアゲじゃなかったら、男がすたるってもんだぜ」
太陽は頭を抱えた。
……どうしてコイツが選ばれてしまったのだろうか。
「…てああもうわかった。わかったから関わらないでくれ」
「んだよ、冗談だよ……で、どうだった?」
何の話だ、と太陽が問い返す。
「クラス分けだよ、説明、聞いてなかったのか?」
スプーンを口でくわえ、器用にびよんびよんしならせながら江田が尋ねてくる。
正直殆ど聞いていなかったが、移動の際周囲に合わせてきちんと確認しておいた。
「まあ、自分のクラス位なら確認してきたけど。Bクラスだよ」
「お!俺もBクラスだ!うっ!」
江田は昼食のカレーをほうばり、喉に詰まったのか、慌ててガブガブと水を飲んだ。
どうやら落ち着いて飯も食えないらしい。
「……なんかすごく悪意を感じるな」
微妙な顔をする太陽。
「まあ、俺とお前は同じクラスになるって決まってたようなもんだけどな」
「なんでだ?」
「このクラス分けは、政治的事情も絡んでんだよ。どのクラスも、旧同盟国や友好関係にある国々でまとめられてる。Bクラスは西側諸国、それも中心的な国々だな」
「こんなところでも政治かよ……」
太陽はうんざりした。こんな養成機関ですら協力体制が築けないというのなら、共同戦線など夢のまた夢だ。
「俺は仲良くなるなら、まずロシアの人達がいいな!訓練が始まるまで数日あるし、お近づきになっとこうぜ!」
張り切って英語の辞書を引き始める江田。 江田は優秀なメカニックには間違いないのだが、こういうところではすこぶるアホなのだ。
「ろ、ロシア語で美しいってんなんて言うんだ?」
「ドウ―ベルティーニ」
と、唯一知っているロシア語の挨拶を太陽が投げやりに呟く。
「ど?ドウ―ベルティーニ?」
「そうだ」
嘘である。太陽は心のなかでほくそ笑んだ。 これに懲りて、少しはおとなしくなってくれればいいのだが……
「よし!ドウ―ベルティーニ!」
数日後。
ロシア人の間で、ひたすら「こんにちは」を連呼してくる気持ちの悪い奴がいると噂されているのを、江田は知る由もなかった。
「お!ドウ―ベルティーニ!」
ロシア語の発音はむずいですね