プロローグ2 誰かの手を握って
上空2000メートル。
無人ステルス偵察機の機内で、1人の少年が通信を待ちわびていた。
「ヴィクター1、応答しろ」
待ち望んでいた通信がインカムに入る。司令部からだ。
「こちらヴィクター1。作戦の許可は下りたか?」
「肯定。降下した後、生存者を救出せよ。なお、生存者の一部が敵部隊と交戦中と思われる」
「了解した。バックアップは?」
「十分後に増援部隊がヘリで到着する。それまでに付近の安全を確保せよ」
「了解」
「行くぞアイリ、降下準備だ」
少年は右腕に装着されている端末に話しかけた。「あいあい」と可愛らしい声が返ってくる。狭い機内に浮かび上がる少女の姿。
「太陽、私のこと待たせすぎ!」
愛らしい少女。いや、幼女というべきか。コバルトブルーの瞳は好奇心で溢れ、きゅっと結ばれた口は桜色を帯びている。
彼女の名はアイリ。少年の戦闘を補佐する、自律型戦闘インターフェイスだ。
ポニーテールを横に流しているのも、彼女がハーフパンツにTシャツという活動的な(戦場には合わないが)格好をしているのも、それはあくまで実戦仕様な為である。
武装は無い。あくまで戦うのは少年自身である。だが、彼女無しでは少年は敵の前に立つことすらままならない。
「仕方ないだろ、許可がおりなかったんだから。あとでペロペロキャンディー買ってやるから許せ」
「ま、また子供扱いして!」
アイリが顔を真っ赤にして抗議する。彼女は子供扱いされるとすぐムキになるのだ。
「ほら、とっとと行くぞ」
プリプリと怒るアイリを無視して、降下準備。ハッチを開く。強烈な風が少年の体を煽った。
「太陽、パラシュート?」
「いや、のんびり降下していたら撃墜されちまう。脚部にナノマシンを展開」
「わかった。着地の衝撃をカバー」
「任せたぞ、アイリ!」
少年は、漆黒の闇へと身を委ねた。
もの凄い音を立てて、何かが地面へと落下した。
舞い上がる砂埃。パラパラと砂が辺りへ飛び散る。
「痛ェ……」
砂埃が晴れる。現れたのは、しゃがんだまま蹲っている少年だった。
男も唖然とした表情をしていた。なにが起こっているのか把握していないらしい。
それもそうだろう。いきなり空から人が降ってきたのだから。
「アイリ!お前失敗しただろ!」
なにやら怒鳴っている少年。その影から、小さな女の子がぴょこんと顔を出す。
「太陽がみじゅ、くものなんでしょ!」
「そんなとこで噛む奴に言われたくねえ!」
「……は?」
男が間の抜けた声を出した。
「……一体何なんです?君たちは?」
男は訳がわからないといった表情を浮かべながら、額に手を当てる。
「まあいい。殺せ」
機械兵達が一斉に動き出す。残っているのは五機。一部が壊れているとはいえ、人間の敵う相手ではない。
構えられたガトリングが回転を始める。
「止めて!」
思わず、遥は叫んでいた。
吐出される弾丸の嵐。もの凄いマズルフラッシュが巻き起こり、嵐に飲まれた少年達の姿が一瞬で見えなくなる。
「全く、訳がわからなかったが、邪魔者は消すだけですよ。一人残らずね」
男は少年達を見ることもなく、遥に言った。またあの笑みを顔に浮かべながら。
だが、そんなことは驚くに値しない。
視線は煙の先へ釘付けになっている。
そんな、まさか――
男は遥が驚嘆しているのを見て、ようやく気がついた。自分のことなど目にも入っていない。
「なあ、そこのおっさん」
煙が晴れていく。そこに現れる二つの影。
「邪魔者ってのは、俺達の事か?」
「馬鹿な……そんな、馬鹿な!」
男の表情に焦りが生まれる。
ガトリングに使われているのは、7、62mm弾。それが何千発も降り注いだのだ。人間が無事な姿でいるはずがなかった。
にもかかわらず、少年は当たり前のようにそこに立っている。
銃創はおろか、体には傷ひとつ無い。
「撃て!」
「アイリ、シールド展開!」
「あいあい!」
新たな命令を待っていた五機の機械兵達が動き出す。更に発砲。だが、先ほどと同じように砂埃が上がることすら無い。
少年の正面に、霧のようなものが集まっていた。それが盾のように、全ての銃撃を受け流していく。
降り注いだ弾丸の雨を、少年の前に現れた霧の盾が一発残らず防ぎきる。
「凄い……」
遥は息を呑んだ。
「ナノマシンだと!?貴様、何者だ!?」
その少年の姿を見て、男が叫ぶ。もはやその表情に余裕はないどころか、表面に現れた憎悪を隠そうともしない。
「ただの落ちこぼれだよ。お前と同じさ」
小馬鹿にするように少年が笑った。
「自律による近接戦闘を許可!殺れ!奴らを抹殺しろ!」
男が叫ぶ。それを受けて機械兵達が散会。
その中の一機がガトリングをパージ。腕部のガンパレットから近接戦闘用のナイフを展開し、少年達へと襲いかかる。他の機械兵はガトリングの狙いを定めている。
「ナノブレード、展開!」
「わかってるよ!」
少年の両手に、霧が集まり、形作られていく。稲妻型の双剣が、少年の手に握られる。
双剣を構え、接近する機械兵目掛け、少年が雄叫びをあげながら突っ込んでいく。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一閃。ナイフもろとも両断された機械兵が、為す術もなく爆散する。
あと四機。
脚部から煙を上げている機械兵が、少年達へガトリング砲の狙いを付ける。
回避、いや間に合わない。
迷わず片方の剣を投げつける。胴体に突き刺さり、機械兵は機能を停止する。
あと三機。
発砲しようとしていたもう一機の機械兵に一気に接近。その腕部を叩き切る。武装を無くした機械兵を盾に。少年を狙っていた銃撃が機械兵へ直撃する。ガトリングをまともに喰らい、異音を発してそのまま沈黙する。
あと二機。
機械兵の正面から廃墟に身を隠していたアイリが突っ込む。武器も何もないままただ突っ込んでいく。更に背後からは少年が盾にしていた機械兵を放り、攻撃を仕掛けようとしていた。
キケンドヲハンダン。テキイチ、ブソウナシ。テキ二――
旧式の兵器に、その判断は荷が重すぎた。
どちらを優先すべきか、判断できなかった機械兵は、頭部と胴部を両断され沈黙。
「な、何をしている!殺せ!」
「センリョクテキフリ。テッタイヲシンゲンスル」
最後の機械兵は警告を発していた。
「黙れ!ただ命令に従えばいい!奴らを殺せ!」
命令を受けた機械兵はガトリングを構える。
だが、遅すぎた。
少年が残った剣を投擲。ブーメランの様に宙を滑っていった剣が機械兵の装甲を食い破る。少年は続けて腰のホルスターから拳銃を抜き発砲。むき出しとなった配線を寸分狂わぬ銃撃を浴びズタズタにされ、機械兵は動きを止める。
これで、ゼロ。
「在庫処分の旧式が、粋がってるんじゃねえ!」
「すごいぞ!太陽!」
場違いにはしゃぐ少女。
「馬鹿な……たかが人間に……」
男は信じられない、と呟き、呆然と目の前の光景を眺めている。五機いたはずの機械兵は一機残らずスクラップと化した。
「こうなれば、貴様らもろとも――」
「ちょっとお前ダマレ!」
いつの間にか回り込んだ少女が男の首筋に飛びヒザ蹴り。男はまともにそれを喰らった。
膝をついて倒れ込む男。どうやら気絶したらしい。
「出来したアイリ!」
「うう……こいつかたい……」
アイリは涙目になりながら膝をさすっている。アイリの膝周りには霧が集まっていた。
「休んでろ」
少年の声で、アイリを霧が包み込む。そして彼女の姿は霧に混じり、霧散していった。
「片付いた!至急救援を回してくれ!」
無線機で救援を要請する少年。通信を終えると、すぐに遥へと駆け寄ってくる二人。
「大丈夫か!ほら、しっかりしろ!」
「貴方は……?」
すっと手を差し伸ばした少年に、遥は問う。
近くで少年の顔をはっきりと見た。東洋系の若い男。遠目で見ても雰囲気や声から少年だと判ったが、考えていたよりもずっと若い。
自分と同年代か、一つ二つ下といったところだろう。
「味方だ。君を助けに来た」
「私は……」
「喋らないで。時期に救援が来る」
少年は、辺りを見回す。炎上しているヘリコプターの残骸を目にして、悲しそうな表情を浮かべた。
「……遅くなってすまなかった。君の仲間は……」
「ありがとう……」
差し出されている少年の手を握りしめる。
久しぶりに感じる人の暖かさ。遥はようやく安堵の表情を浮かべた。
遠くなってゆく意識。微かに聞こえるヘリの音。救助が来たのだろうか。
温かな少年の手をギュッと握りしめたまま、遥の意識は暗闇へと消えていった。