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荒廃のアスタリスク  作者: ガルムン
プロローグ
1/5

プロローグ 荒廃した世界の中で

  漆黒の闇を、幾つもの鋼鉄の翼が切り裂いていく。その中の1機、コールサイン、ストーン25の機内。作戦前の張り詰めた空気の中、一ノ瀬遥はお世辞にも快適とは言えない座席に座っていた。

 周囲には、緊張しきった仲間達の姿。見ていると自分まで緊張の波に飲まれそうで、慌てて目を逸らす。

 大丈夫……訓練通りやれば上手く行く。

 そう自分に言い聞かせながら、宙に浮いてしまった視線を景色へと移す。

 夜の波の中流れていくのは、かつてそこにあったはずの都市は幾多もの戦闘で壊滅的ともいわれる被害を受け、今はただ風化して崩れ去るのを待つ廃墟が広がっているだけだ。

 そんな中、遥は確かに敵の姿を見た。

――機械兵。国連軍正式呼称type14型。

目が合った、というべきか、機械兵のセンサーが遥を、いや、この機体を捉えているのには気づいた。

「敵だ」

 遥が独り言のように呟いたのを、近くにいた兵士が聞いていたらしい。

「どこだ?」

「ほら、あそこ」

 遥が差し示す場所には、何もいなくなっていた。周囲となんら変わらない廃墟が続いているだけ。

「……何も見えねーぞ」

「あれ?」

「見間違えだろ。ここいらの敵は一掃したハズだ。お偉方が偉そうに演説してたろ」

「それは、そうだけど……」

「この地域での勝利を宣言します!ってな」

 大げさな動きで、演説の真似をする兵士。

「じゃああれは――」

 それは指をさすのと同時。

 激しい閃光を撒き散らしながら、何かがそのままが乗る機体に突っ込む。遥は為すすべもなくただ見つめていた。

 敵の攻撃だーーそれを理解した時には、何もかも遅すぎた。高度を上げろと叫ぶことも出来ない。閃光が目を眩ませ、激しい衝撃が機体を襲う。

「嘘だろ!?」

 兵士が叫んだ。

 遥の耳に飛び込んでくる、何かが弾き飛んだ音。

 遥にはわかった。これは致命傷だ。

 ギリギリと機体が悲鳴を上げた。

 鋼鉄の唸りと共に機体が物凄い勢いで回り始める。

 パイロット達の怒号。

「クソッ!テールローターがやられた!」

隣にいる仲間達が悲鳴を上げる。先任の兵士が叫ぶ。

「何かに掴まれ!投げ出されるぞ!」

 その声を聞いた遥は咄嗟にそばにあった手すりを掴んだ。先任の軍曹は床に這いつくばっている。

 その間にも機体は回転を続け、それは徐々に加速していく。

 何が起こっているのかもわからずにいた仲間達が、ドアのついていない部分から次々と外に放り出されていく。高度は徐々に落ちているもののまだ三十メートルはある。ここから落ちたらまず助からない。

「駄目だ!制御不能!」

「メイデイメイデイ!ストーン25墜落する!ストーン25墜落する!」

 激しく切りもみしながら落ちていくヘリコプター。

「落ちるッ……」

もがいている兵士に、は左手でしっかりと手すりを掴んだまま、手を差し伸ばす。

「しっかりして!」

 回転は早くなっていき、更に遠心力が強くなる。兵士の体は下半身が機体からはみ出たようになっていた。

「クソッ!」

「頑張れ!」

 徐々に握っていた手が滑り始める。機械が生み出している力に、ちっぽけな人間がかなうはずもない。

「……ッ!もういい!離してくれ!」

「何を言って……」

「このままじゃお前も投げ出されるぞ!早くこの手を離せ!」

「嫌!諦めるなんて出来ない!」

「バカヤロウ……」

 兵士は必死に押さえていた床から手を離す。

「くそったれ……こんなことなら、もっと遊んどくべきだった」

 掴んでいたの手を、強引に引き剥がした。

 その瞬間、ふわりと兵士の体が宙に浮いた。そして配下に広がる廃墟へと、吸い込まれるように落下していく。

 青ざめた顔に、笑顔を浮かべたまま。

「いやああああああああああああ!!」

 遙の叫びも、廃墟に響くこともなく消えてゆく。

 壁に張り付いている先任の軍曹が懸命にもがいていた。遠心力で押さえつけられ、動けないのだ。

 普段は無口だった軍曹が、忌々しそうに呟くのが聞こえる。

「なんてこった……」

 トンと一度体が跳ねた。そしてが床に叩きつけられると共にバリバリと音を立てて機体は地面へと墜落した。

 鋼鉄の断末魔が聞こえ、激しい砂埃と黒煙が視界を覆い尽くす。

 遥はそのまま意識を失った。


 徐々に戻っていく視界。目に飛び込んできたのはどこまでも広がる荒廃した都市と、グシャグシャにフレームを変形させ、無惨な姿になって炎上しているヘリコプターだった。

コクピットは跡形も無い。辺りには激しい炎と煙が渦巻いている。

「うっ……」

 激しい痛みが全身を駆け巡る。指先一つ動かそうとするだけで、燃えるような痛みが全身に走って行く。

「目が覚めたかな、お嬢さん?」

 背後から、無機質な男の声。

振り向けば、見知らぬ男が立っていた。

 迷彩服を着た男は、緑色のベレー帽を深く被っていた。帽子で表情は見えない。

「誰だ……」

 震える声で相手に問う。

「人類解放同盟。……ここでは、君たちの敵ということになるのかな?」

「人類解放同盟……」

 その言葉を聞いて、遥は必死に立ち上がろうと藻掻いた。

 戦いに身を投じる以前から知っている。人類解放同盟、則ち、敵だ。

「君は……何処の部隊だ?」

「敵に名乗る必要はない……」

「まあいい。あとでジックリと聞こうじゃないか、その体にね」

 不敵に笑う男。下品な笑い方だ、と遥は思った。脳裏によぎる、最低のクズ共の顔。

あいつらと同じだ。

「クソ野郎……」

「うーん、女の子がそんな言葉を使っちゃいけないな」

「黙れ!コンピュータに従い、人類を滅ぼそうとするクズ共め!」 

「今忙しいから、取り敢えず後で聞かせてもらおうかな。……運べ」

 男は指でクイッと合図を出した。暗闇から次々と影が現れる。人影――ではない。人の形をした機械の群れ。あっという間に遥はそれらに取り囲まれた。

「くるな……くるな!」

 人型の機械。人型ロボットと言うべきなのだろうが、親しみを感じる姿などでは無い。

 ギョロと小刻みに動き続けるセンサーアイ。厚い装甲を纏っており、腕部にはいくつもの武装を格納したガンパレット。そこにはムダなど無い。機能だけを追求した、兵器特有の無骨なデザイン。

 その兵器が遥を捉えようと少しずつ迫ってくる。本能的な恐怖から、まともに動かない体を懸命によじって、這って、逃げようとする。

だがそんな足掻きが意味を成す筈もない。

無数の手が、遥へと伸ばされる。

その機械じかけの腕が、遥の体を捉えようとした時――

「この野郎おおおおおおおおおお!!」

 発砲音。

一発。

二発。

三発。

突っ立っていた男の体に銃弾が襲いかかる。胸の中心に着弾。

キン、と甲高い音が響き、火花が散った。

ヘリの残骸の中に潜んでいた軍曹が、江田へ向けて拳銃を発砲している。

体中ありとあらゆる場所から血を流し、どう見ても立っているのがやっとと言った風貌。 拳銃を一発撃つ度に、反動で軍曹の熊のような体がグラリと揺れる。

 それでも撃ち続ける。マガジンを撃ち尽くし、素早い動作で次の弾倉を装填。

発砲、発砲、発砲。

十数発の銃弾を撃ち尽くし、カチリと音を立てて拳銃のスライドが開く。

「何故だ……?」

相手の無い問いが、軍曹の口から溢れる。

俺は間違えなく捉えていた。無我夢中で何十発も撃ちまくった銃弾は、その殆どが男の体に命中した筈である。

「なのに……なんで立って居やがるんだ!?」

 男の体には、無数の着弾痕が残されていた。穴だらけになった迷彩服とベレー帽。だが、これだけの傷があるというのに、どこからも血が流れていない。

「そんな、まさか――」

「無駄だよ。そんな9mm弾では、僕の装甲に傷をつけることは出来ても、貫通させることは出来やしない」

 まるで出来の悪い生徒にお説教するような口調で、男が呟く。

 そんな男の姿を見て、軍曹は顔を青ざめさせていた。

 こいつ、自分の体を機械に作り変えていやがる。

「自らの体を機械とするなんて、貴様どこまで狂っている!?」

 軍曹の問に、男は一瞬考える素振りを見せ、

「……なあ、それの何がおかしいんだ?」

 本当にわからないと言った。

「人間は壊れれば元には戻らない。だが、機械ならどうだ?体の何処かが壊れれば部品を変えればいい」

「何を……言っている?」 

「最強の生命だ。どんな環境にだって左右されることはない。永遠の命、永遠の繁栄!」

「止めろ……」

「何故この崇高な思想を君たちは理解しようとしない?」

「だったら、適正がない人間はどうするんだ?」

「……進化の過程で、犠牲が出ることは仕方のない事だろう?」

――そんな言葉で。そんな言葉で弱い人々を切り捨てるのか。

「ふざけるなあああああああああああ!!」

 男の問いに、軍曹が激昂する。

傷ついた体をも顧みず、ただただ力の限り江田の体に向けて突っ込んでいく。

手に握られているのは、ピンの抜かれた手榴弾。

 事態を把握した男は、恐ろしく冷たい声で命令を下す。

「殺せ」

 それまでおとなしく待機していた機械兵達が、一斉に軍曹へ牙を剥いた。

腕部のガンパレットから突撃小銃が展開され、何丁もの小銃から軍曹へ向け銃弾がばら撒かれる。

まともに銃弾の雨を浴びた軍曹は、断末魔を上げることもなく、ただ静かに膝をついた。

 べチャリ、と自らの血の海へと横たわる。そこへ機械兵達がゆっくりと近づいて行く。確実に倒したか確認する為であろう。

 血の海へと沈んでゆき、もう既に事切れている軍曹の手から、手榴弾が落ちた。コロコロと機械達へ力なく手榴弾が転がっていく。

コレハナニカ――転がってきた球体を認識した旧式の生体コンピュータが、その物体を識別し「キケン」と判断する。だが、その判断は遅すぎた。

激しい爆風と飛び散った手榴弾の破片が機械兵達に襲いかかる。

爆風が一機の機械兵を吹き飛ばし、もう一機の機械兵が破片をまともに浴びる。生体コンピュータへと繋がる回線がズタズタに引き裂かれ、機能を停止した。直撃を間逃れた残りの機械兵も、関節部から煙を上げている。

装甲にはまともなダメージは無いようだが、恐らくは破片が入り込みショートさせたのだろう。正面の装甲は厚くても、脚部など関節部は設計上弱点となりやすい。旧式といえば尚更である。

「いやあ、いい余興になったよ。まさか、自分の命を投げ打って機械兵の半分を道連れにするとはね!」

 男はわざとらしく肩をすくめる。

「でも、死んじゃ意味ないよねえ?」

「軍曹……」

「黙ってたら助かったのにねえ?一体誰を助けようとしたんだろう?」

「この、悪魔め……」

 私に力さえあれば。悔しさでギリギリを歯を食いしばる。力さえあれば、こんな奴に負けることはないのに。

 嗤う男。悪魔と呼ばれたのを喜ぶように。

「人類が、機械なんかに負けるものか!」

 それは決して負け惜しみなどではなかった。

追い詰められた人類の合言葉。

それが荒廃した都市に木霊する。

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