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「一体全体どうなってんだい!?」

 両手をテーブルに叩きつけるイヲを前にして、茜が目を泳がせながらも何かを口にしようとして噤む。それは説明を試みたが自分自身でも状況が飲み込めていないという表れであった。

 これについては茜に限らず誰もに当て嵌まる事なので仕方がない。

 ただ現状を言えば、

「ログアウトが出来なくなっただって!?」

 この一言に限る。

 なんの冗談だい、と額に手を当てるイヲにどう声をかけていいのかわからない茜は、オロオロしながら篠田に救いを求める視線を向ける。

 だとしてもその期待に応えられる情報を所持していないのだから、せいぜい肩を竦めた反応を返してやるくらいしか出来ない。

 三人が顔を向け合っている場所は何度も訪れているイヲの事務所だ。

 落ち着いて整理出来る場所と言えばここくらいしか思い浮かばなかったため向かったのだが、情けないことに篠田単身だと道に迷ってしまった。こうして到着できたのは一重に茜が引っ付いて先導してくれたからに他ならない。彼女には一応の感謝はしているが口には出さず、心細そうにしているお嬢様のお付役をしたと内心で清算をしていた。

 それはさておき、

「混乱するのはわかるが、納得出来ないなら自分で確認してみろ」

「篠田……ああ、そうだね。その方がいいか」

 汗が頬を伝うイヲは拭う事も忘れて確認の動作を行う。焦りの表情がすぐに色を失くした事から結果は変わる事なく示したままだと意味している。

「どうやら本当のようだね」

 深く息を吐き出したイヲ。そのまま背もたれに体を預けて天井を見上げる。

 しばし無言の時間が流れる。

 その間に篠田は状況整理に思考を傾けていた。

 まずはっきりしている事はこのゲーム『ブラスト・フレーム・オペレーション』のプレイヤーがログアウト出来なくなった事だ。少なくとも揺れが収まった時点で、街頭に居合わせていた全員が同じ状態になっていた。その事から全プレイヤーが同じなのではないかという憶測は、どうやらイヲを見て断定していいだろう。

 そして次にわかるのは、この事態の原因または要因になっているのがディスプレイに姿を現したフードの人物である事。自らが言い放った言葉はどう考慮しても引き起こした張本人だと主張している。ハッキングによる一種のテロなのかもしれないが、単なるゲームにここまでする理由や目的は皆目検討もつかない。

 何より現代技術の防衛プログラムは強固なものになっている。タカがゲームとは言え少しでもプログラムに不具合が発生すれば運営や管理者ゲームマスターが何かしらの対応をし、未然に防げるように幾重にも防衛線を強いているのだ。

 やはり普通に考えて犯人にメリットはないと言っていい。何も考えていない愉快犯や中途半端な技術しかないなら足跡を追尾されて法の下に裁かれるのは目に見えているし、例えば逃げ切れる技術を持っていて腕試しがしたいならもっと堅牢な防衛力を持った所を狙うだろう。

 どちらにせよ目の当たりにしている事象の解決法は今のところなく、ログアウト不可能と言う現実が横たわっているだけだ。

「運営は何をしてるんだい。こういう時こそ運営の仕事だろうに」

 誰かに向けた言葉ではないのだろう。見上げたままのイヲは全身の力を抜いてぐったりしている。

「えっと、質問してもいい?」

 おずおずと手を挙げる茜。

 篠田は思考を中断し、だらけた状態のイヲも顔だけを向ける。

「ログアウトの項目だけなくなってるけど、問題あるの?」

 彼女にしてみればごく不思議な事なのだろう。

 しかし質問を耳にした二人はそれぞれ違う反応を見せる。

 篠田は面倒くさそうに、イヲは苦笑を――詰まりは呆れていた。

「あ、ちょっと二人とも、その顔は失礼だよ。知らないんだから教えてよ篠田」

「イヲに教えてもらえ」

「ご指名されたんだ。教えてやんなよ」

「何で俺なんだよ……」

 舌打ちしそうな顔をしながらも、向けられた二人分の視線に根負けしたように息を吐き出す。

「ログアウトの項目がなければログアウト出来ない」

「……それだけ?」

「ああ」

「いやいや、それだけじゃわかんないよ! 掘り下げてよ!」

「ちっ」

「舌打ちした! 思いっきり舌打ちした! こんなに頭下げてるのに!」

 頭を下げる所など現在進行形で見た事はないが、ぎゃあぎゃあ喚くので説明するしかないようだ。

「……ログインした時にヘッドギアを着けたのを覚えてるか?」

「あの西洋甲冑の兜みたいなのだよね?」

 頷いて肯定する。

「あれを装着する事によってログインするわけだ」

「ってことは外しちゃえばログアウト出来るんじゃない?」

 名案とでも言いたげな顔を向けてくる茜だが、篠田は首を振る。

「出来るならやってみろ」

「まっかせてよ! ……どうやればいいんだろ」

 根拠も無く胸を叩いた瞬間にこれだ。苦虫を噛み潰したような顔をしてしまっても仕方ないだろう。

「出来るかどうかで言えば可能性はある」

「それじゃ――」

「だがあくまで可能性があるだけだ。むしろ博打と思っていい」

「博打?」

「まず仮想であるにも関わらず、五感がある事を不思議だと思わないか?」

 篠田の問いかけに少しの間を持って頷く。

「触覚や味覚といった五感はどれもそれぞれの器官が感知して伝達するものだが、最終的に処理しているのは脳だ。そこでヘッドギアを装着し、擬似的な伝達をする事で仮想でも五感を得られる。ここまではいいか?」

「ん……多分、だいじょぶ」

「続けるぞ。これにより仮想でもより現実的な感覚を有する事が出来るようになったが、その代わりに全ての感覚を仮想に移行する事になる。詰まりは意識ごと現実から隔離する仕様になっているわけだ」

 ここまで説明すれば理解出来るだろうと話を区切る。

「隔離……ヘッドギアをログアウトせずに外した場合、意識がゲームの中に置き去りになっちゃうって事?」

「あくまで憶測だ。実際にやった例はない。少なくとも自力でやる機会はないからな」

 感覚どころか意識まで仮想に移行してしまうのだ。現実的にヘッドギアを自力で外せる道理はない。あるとすれば別の誰かが強引に引き剥がす場合くらいか。もっともその行為に対する注意は示唆されているので、実行される事はないと思われる。

「じゃあログアウト出来ないとずっとこのままって事?」

「そうだな」

「そうだなって大変な事じゃない!」

 今更になって事の重大さが理解出来たらしく、茜は鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに焦り始める。ソファーに座ったまま器用に右往左往している。

 一方で現実を飲み込んできたイヲは反り返っていた体を起こしていた。

「相変わらず篠田は冷静っていうかクールだねぇ。何事にも動じないっていうかさ」

「そうか? ……そうかもな」

「あんたが焦ってる姿は見た事ないよ」

「ちょっと二人とも大変なんだよ!? なんで落ち着いてるのよ!?」

「むしろお前は落ち着け」

 非常事態である事は理解している。だとしても騒いでも仕方ない上、何も解決しない。冷静な状況判断をするべきなのだ。

 この場にいる茜以外が冷静な態度でいる事が沈静作用を生み出しているのか、はたまた一度騒いで落ち着きを取り戻したのかは定かではない。それでも茜は口を噤んで大人しくなる。頭の切り替えが案外早いのかもしれないとなんとなく篠田は思った。

「そ、そうね。慌てても何も変わらないし」

 口ではそう言っても完全に落ち着きを取り戻すのには時間がかかりそうである。それに関して状況を把握して嚥下しようとしているだけまだマシだ。他の連中は未だにログアウト不可という現状に戸惑い、最悪不毛な言い争いをしている事だろう。そういった事態に巻き込まれないようにとの配慮もあって、こうしてイヲの事務所へと移動した理由もあった。

「とりあえずの方針はあるのかい?」

 茜への説明もあらかた終了した頃合を見計いイヲが言う。

「ログアウト出来ない事は揺るがない事実だと認識し、解決方法を探すしかないだろ。とは言え有力な手掛かりは一つとしてない」

「その、なんだ。犯人らしきフードを捕まえれば……」

 イヲの提案を首を振って却下する。本人も歪んだ笑みで「だよなぁ」とダメ元であったらしい。

 フードが一般的なディスプレイ使用法を取っているなら容易いが、ジャックしていた場合、位置情報などを特定するのは難しい。もっとも正規の方法なら犯人特定などすぐに面が割れるので、十中八九ジャックである事は疑いようもない。

「ジャックしてた場合、足跡を追えば見つけられるかもしれないが……」

 生憎、篠田とイヲはそういったハッカーの腕を持ち合わせていない。それこそ運営側や腕に覚えのある人物が名乗りを上げて事件解決に努めて欲しい所ではある。

 すると、

「はい」

 まるで小学校の授業参観で、親にいいところを見せようと手を上げる子供のように、茜が立ち上がる。

 突然の事に視線を集めた本人は胸を張って告げる。

「不肖このあたしが足跡を追ってみます!」

 この発言に二人はポカンとした顔をして見上げていた。



 心配そうな顔をするイヲがチラチラと視線を寄越してくる。

「なんだ?」

「いや、本当に出来るもんなのかってさ」

「本人はやる気みたいだけどな」

 視線を向けられているのは篠田なのだが、特別何かをしているわけではない。むしろ篠田の視線の先に何かをしている人物はいた。

「まずは接続を――」

 篠田達に背を向けて屈んだ茜はどこか陽気に鼻歌混じりで作業に勤しんでいる。

 当然の事だがゲームの中なのでケーブルがあるわけではない。しかしどういう方法を使っているのかアクセスには成功しているらしい。

 ちなみに茜がアクセスしている対象物は例のフードを映し出していた大型ディスプレイだ。三人は街頭までやってきて、大型ディスプレイを掲げているビル裏手に周り作業中である。とは言えネットゲームはしていてもこういった作業に対しては無知なので篠田は壁に背を預け、イヲは突っ立って見ているだけだ。

「最新の使用履歴を――」

 呟きながら茜が開いたウィンドウはプレイヤーが使用している淡い青ではなく、橙色のウィンドウ。肩越しなのではっきりしないが、通常のものとはどうも勝手が違うのだけは理解出来た。

 篠田は茜の作業工程も使用しているウィンドウも興味を持たず、手持ち無沙汰を解消するためにメニュー画面を開く。メールやアプリといった項目はフレンドリストがほぼ皆無である篠田には無用の長物であり、アプリも暇潰しとして使う事がないので使用する予定は今のところない。何より新規作成からスタートしたためにリストはどれもブランクになっている。

 こういう時に篠田が専ら使用している項目がニュースである。自分に関係があろうがなかろうが得られる情報に目を通す。それこそゲーム内でのイベントやキャンペーン、限定的だが現実のニュース番組も取り扱っている。

「……ログアウトは出来なくても現実の情報は手に入るのか」

 ウィンドウに映っていたのは天気予報だった。一週間の予報らしく雨の心配はないようだ――もっともここはゲーム内なので実際の天気に左右される事などないが。

「何見てんのさ篠田」

 隣までやってきたイヲが並び立ちウィンドウを覗き込む。

 天気予報が終わりを向かえ、今度はニュース番組に切り替わる。ピックアップされるタイトルはどれも大した物ではない。政治のゴタゴタ、大小様々な事件、スポーツ選手の活躍、芸能人のゴシップ。どれも他人事として処理されるものばかりだ。興味を引かれるものは一つもないが、完全に聞き流すような事もしない。

「ん?」

 イヲが反応したのは一つの事件だった。

 とあるネットゲームで原因不明の不具合が発生した事を取り上げている。そのゲームのプレイヤーが全員同時に昏睡状態に陥り、その数は数万に上るという。プレイヤーが昏睡状態である事以外は明言はされず、原因は不明のままで運営している会社も解明を急いでいると告げるのみのようだ。

「この記事ってBFO……」

「間違いないだろうな」

 不思議なのはプレイヤーの状態が昏睡状態である事しか世間に知れてない事だ。運営会社が情報開示をしていないだけなのかもしれないが、ログアウト不可という事態の説明は一切ない。これは暗に不具合という曖昧な言葉で暈しているだけだろう。問題なのはログアウト出来ない事なのだから。

「意識を隔離した状態なら確かに昏睡状態と変わらない、か」

「あ、そうだ。現実のニュースが受信出来るなら、こっちから連絡を取れるかもしれない」

 名案だと言わんばかりに早速メール作成をし始めるイヲ。手早く内容を纏めたそれを送信する。

「――え?」

 直後、受信音を確認するとそこには使われていないアドレスだとメールが返却されてしまった。

「そんなバカな! だって宛先はサポートセンターだよ!?」

「おわっ!? ど、どうしたのイヲさん?」

 荒げた声に作業をしていた茜が驚く。慌ててイヲは振り上げた腕を力なく下ろした。

「ご、ごめんね茜ちゃん」

「いえ、それは構わないですけど……どうかしたんですか?」

「あ、うん……」

「サポートセンターに問い合わせのメールを送ったら送信不可だっただけだ」

 篠田が言葉を濁すイヲに代わって説明する。告げるのを迷う様子と、勝手に言ってしまった篠田に向ける視線からイヲはどうも不安になるような情報を与えたくないらしい。しかしログアウト不可という事が何を意味しているかを説明している時点で、今更不安要素が増えたところで構わないと篠田は思う。

「あー、その事かぁ」

 簡潔な説明だったのをどう捉えたのかわからないが、茜は呆気ないほどにすんなりと受け入れた。それは自棄を起こしている様子ではなく、むしろ既に知っていた事であると態度が告げていた。それというのも少女はウィンドウを篠田達の前に引っ張ってくる。

「これを見てもらえればわかると思う」

 示した橙色のウィンドウを覗き込むと数字の羅列が大半を埋め尽くしている。しばらく眺めた二人は顔を見合わせるが、どちらも「わかったか?」と表情で訴えている。この時点で読み取れた事は一つもないと言っているのと変わらなかった。

「……あれ? 二人ともどうしたの?」

 さも当然に理解していると思っている少女は首を傾げている。

「どうしたも何も……ねぇ?」

「数字が並んでるとしか思えねえぞ」

「ええ!? ここだよここ!」

 まるで簡単な間違い探しを教えているように指を差しているが、ただただ英字や数字を指差しているとしか捉えられない。イヲは理解しようとするもさっぱり汲み取る事は出来ないでいるし、篠田は面倒くさくなったのか腕組みして目を逸らしてしまった。

「説明してもらえる?」

「あ、はい。あたしが指差しているところなんですけど、ここがサポートセンターのアドレスなんです」

 その説明を受ければなんとなく意味が理解出来る。どうしてそんなものを閲覧出来るのかは疑問だが、今はそのウィンドウ内から得られる情報に意識を向ける。

「本当ならここから先にアドレスがあるはずなんですけど、途中から削除されています。これだといくら問い合わせのメールを送っても届きません」

「って事はこっちから連絡は取れないって事かい?」

「そうなります」

「ちなみに修復とかは?」

「アドレスがわかればやりようはありますけど……」

 現時点では不可能という事だった。

 ログアウト不可能、現実との連絡手段もない、とくれば八方塞である。

 なんてこったいと額に手を当てるイヲ。

 それを横目に篠田は本来の目的へ軌道修正する。

「それでフードの情報は?」

「えーと……ディスプレイはやっぱりハッキングだと思う。プログラムに弄った形跡があるし」

「他には?」

「相当な技術を持ってるハッカーじゃないかな。足跡は消されて追えないし、んー……後はこれといったのは見当たらないかな………………?」

 むぅ、とウィンドウと睨めっこする茜が手を止める。

「……でも気になることはあるかも」

「なんだ?」

「このディスプレイにどうやって(・・・・・)接続したのか」

「そんなのお前がやったようにすれば出来るんだろ?」

「あたしみたいに手段を持ってるなら可能だけど……」

 篠田達に見せているウィンドウは誰もが使っているウィンドウとは色合いが違う。環境設定でそういった部分を変更出来るが、細部までカスタマイズしている人はそう多くはない。しかし茜は初心者でそこまで把握しているとは思えない。それに彼女のものをよく見ればそもそもウィンドウの仕様が異なっているのがわかる。通常のウィンドウはあくまで一つであり、その中から項目を開く形になっている。それに対して茜のものは全く別のウィンドウが枠内で大小様々無作為に開いていた。根本からして違うものと捉えた方が正しいだろう。

「お前はその手段を持ってる。だから可能なのか」

「あ、これは、その……」

 茜の目が自身のウィンドウと篠田とを行き来する。

 橙色のウィンドウを一瞥した篠田は茜の様子に溜め息を吐き出す。

「別に言いたくなければ構わない。追及する気はないからな」

「そういうわけじゃないの。でも今は……」

 消え入りそうな声で漏らす茜には目もくれず、篠田はもう一人の連れに顔を向ける。

「得られた情報がほとんどないのは問題だな。イヲ」

「なんだい?」

「人が多く集まる場所に行くぞ。少しでも情報が欲しい」

「ってことは中央広場かい?」

 イヲの頭に浮かんだ人が多く集まる場所と言えばそこだ。

 しかし的は外れたらしい。

「さすがに非常事態で物を売買してる奴はいないだろ。こういう時に人が集まる場所があるだろ。そこに行くんだよ」

 イヲは隣でキョトンとした茜と同じような顔で見合わせた。

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