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「ちょっと篠田、私の城は迷子相談センターじゃないんだけどさぁ?」

「心配しなくてもそれなりの歳じゃないか? 自分で帰れるだろ」

「じゃなんで連れてきたのさ」

 こそこそと話す一室の隅。

 篠田は現在フレンドリストに唯一登録してある友人――イヲの事務所へと舞い戻っていた。

 現在二人は事務所の奥にあるデスクの陰で顔を突き合わせ、今後のことについて協議をしている最中だ。

「かくかくしかじかだ」

「漫画じゃないんだ、そんなので理解出来るわけないだろ」

「……ちょっとしたトラブルに出くわした。それでどういうわけかこうなった」

「あのさ、トラブルがあった事しかわからないんだけど」

「詰まるところ、面倒事を押し付けにきた」

 二人でデスクから顔を出し、応接セットのソファーに所在なさげに腰掛けている少女を親指で指し示す。

 すぐさま顔を引っ込め、

「ここは託児所かい……まあ、篠田が面倒事に巻き込まれるのは体質というより、言動だと私は思うけどね。というかさっそく連絡してきたと思ったら迎えを要求とかどうなのさ」

 協議――というか篠田の一方的な要求にどっと疲れた顔をするイヲ。

 実は少女を連れてイヲの事務所を目指したのだが、如何せん道がわからずしばらく道に迷ってしまった。そこで閃いたのが協力を仰ぐという事。イヲと別れる間際にフレンド登録をしていたのでメールのやり取りが可能になったのを思い出したのだ。滅多に使用しなかった機能だったので使い方に四苦八苦してしまったが、なんとか連絡を取り付けて合流――というか見つけてもらった。

「ともあれ助かった」

「これで貸し借りはなしかな」

 どうやら戦闘へ駆り出したことを言っているらしい。特に気にしていなかった事で一瞬何を言っているのかわからなかった。

「……ああ、それでいい。いや、それだと割に合わないぞ」

「んじゃ、あの娘の面倒は見てやるよ。あ、それとは別に運用試験手伝ってよ」

「それこそ別の話だな」

「ビジネスって事ね。了解了解~」

 協議は終了したと言外に立ち上がったイヲに続き、共に応接セットへと戻る。

 イヲに出してもらった安い紅茶を口に含む少女は視線を向ける。

「話し合いは終わったの?」

「ああ」

「えーっと、自己紹介……しとこっか? 私はここの運営管理してるイヲ」

「自己、紹介……あたしは、その――あかね。岸田きしだあかね、です」

 どことなく頬を朱に染めた少女――茜は緊張した面持ちでそう告げた。

 その様子がツボに入ったらしいイヲは表情を崩し、

「敬語はなし」

「でもイヲさんは年上ですし」

「アバター相手に見た目は意味ないさ。それに私がいいって言ってるんだから問題なし」

「ありがとうございます。でも、それでもちょっと気が引けてしまいますから」

「んーならしょうがないね」

 ニッと歯を見せて笑うと、少女はホッとした笑みを浮かべた。

 礼儀正しいところを見ると性格か、もしくは親の教育によるものか。どちらにせよイヲから見て性格に難があるようには感じなかった。一言で言えば好印象だ。

 そんな事より丸投げしようとした篠田の意図とは違うものの、結果的に精神は落ち着きを取り戻したようだ。さっきまでの強張った雰囲気が霧散していくのが肌で感じる。

「んじゃ俺はこれで」

「ちょいと待ちな」

 片手で挨拶して事務所を出ようとした篠田はイヲに襟首を掴まれた事で阻止される。若干引っ張られたせいで首が絞まった。

「うぐっ……何すんだよ」

「どこ行こうってのさ」

「どこでもいいだろ。ここに用はないんだ」

「せめて茜ちゃんに自己紹介くらいしたらどうなのさ。どうせあんたの事だ、名前なんて名乗ってないんだろ?」

 さすが旧知の仲と言ったところか。篠田の事をよくわかっていた。

「別にどうでもいいだろそんな事。知ったところでどうでもいい」

「何を言ってんだい。こんな美少女を前にして……はっ、まさかこっちなんじゃ」

「……言ってろ」

 気味悪そうな顔でイヲは親指を立ててくる。無性に頭が痛くなった。

 少女――岸田茜はイヲの言う通り美少女と言っていいだろう。

 すらりとした手足にバランスの取れたプロポーション。腰まで伸ばした亜麻色の髪は下手に飾らなくても艶を持って美しく、小さな顔には芸術品のようなパーツが整然と並んでいる。中でもややつり目気味な目に収った瞳は大きくて綺麗だ。

「茜ちゃんは自己紹介したんだ。篠田もそれに返さないと、ギブアンドテイクさ」

「使い方間違ってるだろ……はぁ、俺は篠田。よろしくはしない」

「うわ、面倒くさそうな自己紹介。そこはよろしくって言わないとモテないよ?」

「事実面倒くさいからな、それにモテる必要も特に感じない」

 相も変わらず愛想のない男だねぇ、と肩を竦めるイヲだがそういう類の返事がくる事がわかっていたようだ。イヲが苦笑を浮かべていると、茜が不思議そうな顔をする。

「名前は?」

「篠田」

「いや下の名前」

「上も下もない。俺は篠田だ」

「篠田だけ?」

「篠田のみとも言う」

 おちょくってるのかと思ったらしい茜はイヲに視線を投げかける。

 返ってきたのは肯定の頷きだった。

「アバター名を考えるのが面倒だから苗字を使ったんだっけ?」

「ああ、さすがに本名をそのままつけるのはマズイからな。苗字だけなら問題ない」

「え?」

 篠田の発言に声を発したのは茜だ。なぜか驚いた顔をしていた。

「アバター名って自分の名前でしょ?」

「本名である必要は全くない。むしろ好きな名前をつけるもんだ」

「そう、なんだ?」

「まさかとは思うが本名か?」

「えっ、そ、そんなわけないでしょ? 偽名よ、偽名。アハハハハ」

 あからさまな取り繕い方に篠田とイヲは胡乱な目を向ける。疑われているのも当人は一杯一杯になっているせいで気づいていない。

 そんな茜を見ながらイヲは篠田の耳へ手を当てて口を近づける。

「私思うんだけど、もしかして……」

「間違いなく初心者ビギナーだな、それもとびきりの」

「篠田もそう思うかい?」

「下手すりゃ、あのアバターも本人走査オリジナルスキャンのままかもな」

 心底呆れたという態度で篠田が肩を竦める。

 ネットゲームは元からある複数のパーツで自分好みのキャラクターを製作するのだが、近年では専用の機械を使用すれば自身の姿をデータ化してゲームに反映させる事も出来る。もっとも現実で自分の容姿を全肯定出来る人間はそこまで多いわけではないので、手を加えて理想的な容貌にしているのが大半である。

「面倒くさいって理由であんたもそうだろうに……ん? だとすりゃリアルじゃ相当な美少女って事じゃ? 唾つけとくなら今だよ篠田」

「勘弁してくれ。あとその顔止めろ腹が立つ」

 片手で口を覆いながら不敵な笑みを浮かべるイヲ。表情からからかっているのが丸わかりだ。

 と、そこへ話に割り込みが入る。

「なんの話をしてるの?」

「茜ちゃんは美少女だ! 仲良くしたい! って篠田が言ってるのさ」

「は? イヲ、いきなり何言ってんだ。話を振ってきたのはそっちから――」

「美少女ってあたし?」

「他に誰がいるってのさ」

 篠田が訂正をさせようとするが、話題に出された茜は篠田ではなく発言したイヲに確認する。それに悪ノリしたイヲは心から面白そうにして話を膨らませていく。

「言っとくけど私は美女であって美少女じゃない。篠田は綺麗な女が好みだけど年上より同い年以下が守備範囲なのさ。見たところだと茜ちゃんは高校生くらいかな」

「なんでわかるんですか!?」

「え? 女の勘……って奴?」

 見た目が現実のままならそのくらいだろうと思っての予想は正解だったようで、的中を感心する茜にイヲは視線を泳がせていた。

「女の勘ね……」

「篠田ぁ何か言いたそうな顔してるね?」

 小さく漏らした台詞を聞かれた篠田はサッと目を逸らす。まさか聞かれるとは思っていなかった。

「ねえ篠田」

 何時の間にか目の前にきていた茜。どことなく頬が赤く染まっている気がする。

「いきなり呼び捨てかよ……なんだ?」

「あたしって可愛い?」

「は? まあ人によるだろうけど分類的にはそうなるかもしれないな」

 美少女や美女なんてものは人の感覚次第で変容するものだ。そこを踏まえれば定義をはっきりさせる事は難しい。だとすれば万人受けするのが一応の定義になるのかもしれない。

 改めてみると岸田茜は万人受けしそうな外見をしていると言えばしている。胸の発育こそそれほど目立ちはしないが、それが逆に全体的なバランスをとっていると言えるだろう。大きな胸ではない分、見られるのが全体になり一部だけ注視されない事で魅力的に映る可能性は高いかもしれない。

「美少女なあたしと仲良くしたい?」

「別に美少女は関係ない。そもそも仲良くしたいわけじゃない」

「そ、そっか……」

 そっけない態度に撃沈した茜はズーンとした雰囲気を背負って見るからに落ち込んでみせる。

 それにフォローをする気はないが篠田は嘆息混じりに口を開く。

「けど」

「……?」

「だからと言って別に仲良くしたくないわけでもない」

「……どういう事?」

「つまるところこれから仲良くなりましょう、友達になりましょうって事じゃない?」

 二人の様子を見ていたイヲが勝手なことをのたまっているが、篠田はそれを否定しない。内心では否定しているけれどもわざわざ口にするのも億劫だった。せいぜい短く息を吐き出すくらいだ。

「篠田……本当? あたしと、その……と、とも、友達になりたい、の?」

「そんなことは言ってない……が、そっちがその気なら好きにすればいい」

 どこか縋るように見てくるので目を逸らす。

 まるで捨てられた猫のような茜の目だった。何故かその目を篠田は苦手だと感じた。だから否定する事なく、曖昧な返事に留めたのだ。それとは別だが茜を挟んだ向こう側のイヲが、何故だか強烈な威圧感を放っていたので気圧されてしまったのも要因の一つではある。

「でも友達ってどうすればなれるのかな……」

現実リアルじゃ難しいところだけど、ここなら簡単さ。フレンド登録すればいいんだよ」

「フレンド登録?」

「そ。登録すればその人がログインしてるかどうか、現在位置のおおよその把握なんかも出来るんさ。あとはメールとか出すのが楽かな。他にもあるけどおいおい教えてあげるよ」

 指折りして説明するイヲに期待を膨らませた視線を向ける茜。その目はすぐさま篠田に向けられた。

「登録させてあげるわよ?」

「結構だ」

「なんでよなんでよなんでよ! ここは喜んでありがとうでしょ!」

「お前連絡してくる気だろ」

「当たり前でしょ。そのためのフレンド登録じゃない。大切でしょ! 人と人との繋がり!」

「居場所を把握されるのは気に入らないし繋がりなんて求めてない」

 必至になって言う茜に篠田はどこまでも素っ気ない。

 なんとか一矢報いたいのか頬を膨らませ、

「そんなんじゃ携帯端末のアドレス件数なんて数えるほどなんじゃない? 篠田ってもしかしてぼっち? ぼっちでしょ? 間違いなくぼっちでしょ?」

「ああそれでいい。そもそも携帯端末なんか持ってないからな、登録する事自体出来ない」

 一矢報いるどころか膨らんだ頬が更に膨らむ結果になってしまった。


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