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荒廃した大地。
草木など一切見当たらず、乾いた風が巻き上げる土は赤茶色く、鉄錆が堆積してできたものにすら見える。
そんな、まるで世界の終わりであるような光景の先に、群集したビルが聳え立っていた。
周囲に見える終末の世界で人工物がただあるのみ。
都市――だったのだろう。
地面を覆うアスファルトはひび割れ、場所によっては捲れて地表が露出している状態だ。交通の便をよくするために張り巡らされた高架も無残に途中で崩れ落ちている。建設技術の高さが窺える天まで届きそうなビル郡すらも遠目だからこそ健在そうに見えるが、その実、硝子などまともに残っているのは一枚もない。むしろビルの高さに見上げるからこそ見落としてしまう下部の有様の方が酷いくらいだ。外装は何かに抉られたように内部を露出させ、残った壁には得体の知れない穴が無数に開けられている。そうしたビルが複数――いや周囲一帯に同じような傷痕が見受けられた。
時折吹く風だけが音を発している世界。
人の気配がしない、捨てられた都市。
そこに突如として爆音が轟いた。
爆発が間隔を空けて響き渡り、ビルとビルの間――メインストリートだった部分が黒煙により視界がゼロになる。
その黒が覆う箇所に空気を切り裂く音を発して飛来してくる物体があった。それは細長い形状をした、まるで空飛ぶ鉛筆といえば想像しやすいだろう。後部から白煙を吐き出しながら突っ込むと先ほどと同じ爆発音が響き渡った。
飛来してきたもの――それはミサイルだった。
後続する複数が同じ場所に集結するようにして着弾していく。
濛々とする光景を遠方から見つめる人影が二つ。人間とはとても言えない大きさを持ったそれは、全長十メートルはある鉄の巨人だ。それぞれが銃器を手に持ち肩部にある箱型の装備が煙を揺らめかせていることから、先ほどのミサイルを打ち出した本体だという事がわかる。
「やったか?」
『気をつけろよ』
「わかってるよ。でもあれだけの数を打ち込めばただでは――ッ!?」
注視すべきところから視線を外した瞬間、黒煙から飛び出してくる物体があった。煙を全身に纏わせて高速移動をする鉄の巨人は、まるで爆撃により炎上しているかのような様相を呈している。しかし損害は見当たらず、背部と脚部にある噴射口から正常な推進力を生み出しているのがわかる。
気の緩みがなかったと言えば嘘になるだろう。
距離があったのが慢心を生んだのかもしれない。
ただ、気づいたときには敵影が目前へと迫っていた。
「く、応戦を――?」
銃口を対象へと向けて引き金を引く――が銃弾は飛ばなかった。
見れば銃身の前半分が滑らかな切り口を残して地面に落ちていた。視線を戻し、照準を合わせていた敵機の姿はどこにもなくなっていた。
「どこに行った!」
『後ろだ! 退避しろっ!』
通信に促されて機体を旋回させると、視界の端に敵機の移動する姿が映る。途中で使い物にならない銃は破棄し、もう一挺の銃を持ち直す。
『くそ、うろちょろと!』
僚機が両手に持った銃を乱射させるも着弾することなく、敵機が通過した後を追いかけるようにして打ち抜いていく。
必至の追撃をするも敵機が軌道を変えて一際大きいビルの陰に入る。視界に入らなくなったが焦りはなく、飛び出してくる位置がわかれば問題ない。
『来るぞ! 迎撃体勢だ』
「ああ、蜂の巣にしてやる!」
全武装の砲門を対象へ見舞うべく二機は飛び出してくるだろう方向へと機体を向ける。
準備は万端。
今いる場所は決して細くはないが、広さはせいぜい鉄の巨人が二機横並びして余裕がある程度。多少のズレならば自動補正が利くので引き金を引けば文字通り蜂の巣に出来る。
今か今かと敵機の末路を想像していると、ふと不自然な現象が現われた。
ビルの陰に入った敵機が出てこないのだ。
速度からしてもうそろそろ出てくるはずなのに。
「出てこないぞ?」
『油断す――』
通信の先はノイズと爆発音により途絶する。
この二つが意味するのは明白で、何より発生源は自機のすぐ隣。
つまりは――
「くそ!」
旋回して距離を確保しようと全噴射口を最大限駆使し距離をとる。旋回のまどろっこしさが焦燥感を激しく煽り、敵機を視認出来ていない現状が不安を掻き立てる。
一挺しかない銃口を恐らくいるだろうという読みだけで乱射する。無軌道な弾丸が散らばり、ひたすらに打ち出した弾装は呆気ない程の速度で打ち止めとなってしまった。
「こうなったら!」
銃を捨て敵機を捕捉。
向こうは距離を置いて出方を窺うように静観を決め込んでいた。
「舐めやがって!」
推進力を前進にだけ集め、一気に加速。武装はすでに何もない。出来る事と言えば悪あがきの体当たりくらいだ。
「それでも加速力を攻撃に転じれば、致命傷くらい与えられる!」
現在の速度は自機の最大速度をマークし、理論上では確実に致命傷になる。
実際に当てる事など至難の業だが、どういうわけか目前に迫る敵機は逃げる様子も見せない。
どんな策があるにせよ、こちらにとっては好都合以外の何物でもない。いや、これ以外に策がないと言ったほうが正しいのだが。
「くらえぇぇぇぇっ!」
文字通り捨て身の体当たりを決行。
それと同時に敵機にも動きがあった。
微動だにしないでいた敵機が右腕を後ろへ引く。その右手にはこの戦闘で一辺倒に使用していた大型の片刃剣が握られている。外見上ではそれ以外に武装という武装は確認出来ず、あっても内蔵している補助的なものしかないとタカを括っていた。それが味方を撃墜され、自分もここまで追い詰められている。ある意味笑うしかない。
それが今、何かをしようと身構えているのだ。
「これは負けた、かな……」
突撃する最中に漏らす。
完敗という適した言葉が浮かぶ。
互いの距離が間近まで迫った時、敵機が構えた片刃剣が発光した。それが刃の後部に取り付けられた複数の噴射口だと理解した瞬間に、振り抜かれる。
そうして振り抜く斬撃に加えた、追加推進力による加速の一撃は、ほとんど抵抗なく自機の胴体を切り裂いた。
真っ黒に塗り潰された視界に扉の開放部から光が差し込む。
暗闇に慣れた目に鈍い痛みを感じるも、徐々にそれは収まってくる。
四角の扉から這い出るようにして外へ出ると、整然と並んだ機械が目に付くガレージだった。
「お疲れさま篠田。無事の帰還嬉しいよ」
見下ろした先には声の主が手を振っていた。
桃色がかったショートカットに茶褐色の肌をした女は笑顔だ。
年は二十代前半で健康的な肢体は美女と言っても過言ではない。何より豊満な胸に服装がタンクトップとホットパンツなものだから、世の男ならすれ違えば一度は振り返ること間違いない。
「復帰直後とは思えない働きぶりだったね」
篠田と呼ばれた少年は彼女の元へと降りていくと、面倒くさそうな顔をして愚痴の一つを零す。
「久しぶりの再会にして随分な厄介事をくれたもんだな?」
「肩慣らしにはちょうどいいと思ったんだけどね」
「ふん」
隠しもしない不満を述べても女は平然としている。
女の名前はイヲといい、篠田とは古い友人である。しかしそれは過去に仲間だったからであり、今現在もその関係が継続しているかと言えばそうではない。むしろ関係は一度切れてそれ以降の交流は一切なく、再会したのはつい先ほどというくらいである。つまるところ旧知の仲であってもそれ以上でもそれ以下でもない。
「それにしても急ごしらえの機体でよくもあれだけ動かせたと私は思うね」
イヲが篠田を通り越した先へ目を向ける。それに合わせて振り返ると目の前には鋼鉄の巨人が立っていた。
ブラストフレーム。
通称BFと呼ばれる機動兵器だ。全長約十メートル。目の前の機体は二足歩行の人型なのだが華奢な外見ではなく、むしろがっしりとした見た目をしている。機体内部を守る装甲板は明らかに分厚く、まるでコートを何枚も重ね着しているかのように重厚感を醸し出している。それこそ二足歩行など出来るのかと疑問に思うくらいに――もっともブラストフレームと言っても一概にこの形を取っているわけではないのでイコールで人型とは言えない。
「逆にこんなものでよくも出撃させたなと思うぞ」
「しかも武装は大型片刃剣のみっていうね、あっはは」
吹き出すイヲはまるで他人事のように笑い出す。
正直な話、篠田にとって笑い事ではないのだ。
この世界に篠田がいるのはある理由があってのことであって、あんな戦闘をするためではない。久しぶりにこの世界に来たまではよかったのだが、運よくあるいは悪くイヲに発見され強引に連れてこられて戦闘に駆り出されてしまった。
『あれ? そこにいるの篠田じゃないかい? 久しぶりだね、何時ぶりだい。ああ、そんなことよりいいところで会えたよ。ちょっと顔って言うか手を貸して頂戴な』
そんな軽い感じで腕をがっしり掴まれて連行されてしまった。
再会したことに対する感情の変化など全くの皆無だった。それはお互い様だが。
「それにしてもなんであんな連中と戦うことになったんだ?」
「それが聞いておくれよ。連中、私にまともな兵器を作れって言うんさ。断ったら『指名戦闘』だなんてぬかされて。こっちは操縦士がいないって言ってんのに制限時間までに始められなかったら私の体で払わせるとか意味わからんこと言い始める始末」
「そこで不運にも俺は見つかった、と」
「私には幸運だったけどさ」
「いっそお前が乗ればいいじゃねえかよ……」
早い話がオーダー通りにすればなんの問題もなかったのに、イヲは自分の信念に基づいて蹴ったという事である。信念とはどこまでも貫き通す事に意味があり、賞賛してもいいかもしれない。だがそれはあくまで自身のみが背負う部分であり他人を巻き込む事は望ましくない。少なくとも篠田は面倒事に巻き込まれたと思っているので非難しても文句を言われる謂れはないのだ。
だとしても古い知り合いというのは厄介なもので、おそらく篠田の心中を察しているにも関わらずどこ吹く風。戦闘結果を見て自分の信念を貫けることに心底喜びを表している最中だ。
「やっぱり私の武器は最高さね。結果がものを言ってる」
「武器はな。機体性能は最悪で終盤は向こうが捨て身じゃなかったらどうにもならなかったぞ」
あの二機との戦闘は結果を見れば勝利したが、実際は最後の時点で自機は脚部の過負荷により立ってるのが精一杯の状態だった。戦闘中の度重なる急制動、そして一機を撃破した後の急加速により基本的な行動自体が制限されてしまっていたのだ。あれで向こうが遠距離兵器を保持していたなら無抵抗のまま蜂の巣にされていただろう。
「刀身にブースターを装着させて斬撃を強化させるっていうのがコンセプトだったんさ。ただ試作品だったから調整がいま一つで重い。だから他の武器が積めなかったんだよ」
「他人を駆り出しておいて何ちゃっかり試験運用してんだよ」
嘆息を漏らすもイヲの反応は至って真面目に、
「篠田だからね」
「理由になってないんだが……」
「でも素晴らしい斬撃だった」
「斬り捨てた後、飛んでったけどな」
「ブースター起動が任意だからね。斬撃モーションとうまく合わせないと暴れちゃうんさ」
「そこは連動させろ。あのまま機体ごと飛んで行きそうになったぞ……」
振り抜いた剣はブースター点火のまま暴れ出し、機転を利かせて投げ放った事により大事には至らなかったが、離した剣は勢いをつけたままビルの壁に突き刺さった。その間もブースターを噴かし続け、最終的には刀身がへし折れてしまった。あれはもう使い物にならないだろう。
「まあそんな事はいい。これで用も済んだだろ? 俺はこれで失礼する」
「あ、待った待った」
踵を返して歩き出すも引き止められる。これ以上面倒事に巻き込まれるのは嫌なので早々に退散したい。
「お礼にお茶でもご馳走するよ。お前さんの好きなアレがある」
その申し出に篠田は一考してから頷いた。
場所は変わってとある一室。
イヲの経営している兵器開発の事務所だ。
二人は向かい合うようにして応接セットに腰を下ろしていた。
テーブルにはイヲが用意したティーセットが二つ。ティーカップには紅茶が注がれ湯気を燻らせている。香りはほとんどないので安物のティーバックなのだろうが、篠田は一向に気にしない。視線を向けるのはその脇に備えられた一皿である。
「ほら、遠慮しなさんな。好物のティケットだぞ」
いつまでも手を伸ばさずただ眺めているだけの篠田に促す。
皿に載っているのはイヲが言った『ティケット』と呼ばれる洋菓子だ。四角形のケーキなのだが、何層にも重ねた断面はミルフィーユのように見える。もちろん見た目がミルフィーユというだけで実際は間違いなくケーキである。上下層から中央に向かって同じ層が段々になり、中央部にはカラメルが収まったそれはしっとりとして、かつカラメル層の食感が楽しいスイーツなのだ。
「遠慮はしてない。ただ久しぶりだからな。目でも楽しみたい」
「あ、そ。……そういえばあれからどうしてたのさ?」
「なんだよ突然」
「突然でもないさ。ほら、あの事件の後、全然連絡取れなくなって心配してたんだ。実際の連絡先を知ってるわけでもないし、こっち側にいなきゃ連絡なんて取れないしね。こうして会えたんだからインしてなかったって事だろ?」
「ちょっと向こうで立て込んでたんだ」
この世界『ミッシング・ピース』は荒廃の一途を辿っている。
繁栄を極めた技術は兵器を人間が携帯して戦う事を終わらせ、代わりにブラストフレームという機動兵器を戦場へと投入した。
圧倒的な制圧力を有するブラストフレームは最初こそ保有している側が有利に事を運んだが、各産業で優先的に製作され普及してからは戦火を広げるだけという最悪の事態を招いた。
元々、技術の発展により繁栄こそしたが、その代償として環境は悪化の一途を辿る事になる。都市部はマシだがそこから出ればどこもかしこも死した大地がどこまでも広がっている。それでも人々は今の生活水準を捨てる事が出来ず、現状にしがみついている。故に各都市が保有している数少ない資源を奪い合うようにして、他都市との小競り合いは日に日に規模を拡大させていた。
――と、いうのがこの『ブラスト・フレーム・オペレーション』、通称BFOと呼ばれるVRMMOACTの謳い文句だ。
戦争をテーマにしたせいもあってか前説は堅苦しいが、多種多様な要素を取り入れたそこそこ人気の高いゲームである。
多種多様な要素として開発・改良を繰り返したVR技術を起用し、意識のみならずあらゆる感覚を再現する事でゲームでありながら現実の世界と大差なく、再現度は発表当時から話題を呼んでいた。中でも視覚・聴覚は当然として、触覚・味覚まで再現出来ている事もあり、ゲーム内で出される料理は限りなく現実と同等の味に近い仕上がりになっている。普段なら食べられない高級料理を経験――もちろん仮想体験だ出来るとして記事に取り上げられたりもしていた。
「向こうってんなら現実かい?」
「それ以外に何があるってんだよ」
十分に目で楽しんだ篠田はようやくティケットを頬張る。
しっとりとした上下層はムースのように柔らかい。抵抗を感じないケーキだが中央で待ち構えるカラメル層が歯を迎えてくれる。カラメル層は噛めば少しの抵抗として存在感を誇示し、かといって固過ぎないので口の中でごそごそしない。噛んだだけ細かくなるのでほろ苦いカラメル層と甘い上下層と相まって程よい甘味を口内に広げてくれる。
久しぶりの味に満足そうな顔で――表情はさほど変化しないが、次いで口を紅茶で潤す。
「いやさ、あの事件があったから別ゲーに乗り換えたのかと思ったのさ」
「本当に向こうで忙しかったんだ」
何でとは言わない。
言ったところで意味はないし、イヲだってそこまで首を突っ込んでくるような事はしない。
ふーんとやはりイヲは興味はなさそうな反応。けれど知り合いに再会出来た事は嬉しいようで彼女も口角を上げてティケットを頬張っていた。
「それにここ以外に乗り換えるゲームなんてないからな」
「確かに篠田の腕前を披露出来るのは数あるMMOACTでもBFOくらいさね」
「そういう意味じゃねえけど……」
限定的な断言に短く息を吐いて視線を逸らす。
MMOACTのジャンルは数多くある。それこそMMORPGに次ぐほどに人気が高い。けれどもBFOのように細部にまで拘り、なおかつ幅広いシステムを組んだ同等のゲームは存在しない。あまりに拘り抜いたせいもあって自由の名の下にプレイヤーは投げ出され、何から始めてもいいという筋書きのないものになった。比例してハードルが高くなってしまったのは言うまでもない。
逆にやることを一本化しているプレイヤーにとってはどこまでも追求していける格別のゲームである。
例として挙げればBFのパイロット――操縦士として名声を得たり、イヲのようにBFおよび兵器関係の製造で富を得る――生産職などがその最もたるものだろう。
「言っておくが俺は操縦士じゃないぞ」
「…………なんだって?」
「あの事件の傷痕ってヤツだ。今のアバターは新規アカウントから作った」
眉を顰めた視線に肩を竦めて見せると、イヲは怪訝な顔をしたまま指を正面に突き出した。すると一瞬の間もなく指を中心にして小さな窓のようなものが開く。
薄い青色をした半透明なそれはゲームなどでよく見られるウインドウだ。旧世代のネットゲームでは各種メニューや会話の記録をとしても常用されたのだが、昨今のVR技術採用により会話は現実と同じくなり、今ではメニュー画面とそれに内包される各種設定でしか使われる事はない。
操作をしていたイヲは画面をしばらく眺めていたが、どこか諦めたように目を伏せるとウインドウを閉じた。
「本当みたいだね。フレンドリストに名前がなくなってる」
「当然だろ。アカウント自体消えたんだから」
「――ビッグバン事件か」
イヲの呟きに篠田はソファーへと背を預けた。
ビックバン事件――それは今から一年前くらいに起こった大事件だった。
突如として大勢のアカウントが同時に削除された出来事はネット内で騒ぎを起こした。それこそゲーム内で不正の使用した者、現実の金をゲーム内の金に換金するRMTの使用者が該当していると最初こそ言われていた。確かにそういった輩もいたにはいたが、ほとんどのユーザーが白である事から運営側の問題であるという結論に至った。しかし運営側はこれを認めず、逆に原因不明の操作によるものと苦し紛れの弁解をした。それでは外部からの操作なのかと問われれば黙秘するという対応振りに誹謗中傷の評価は免れなかった。
とはいえこうしてBFOは今なお稼動している事からその人気を窺う事が出来る。事件後、運営側の経営が大分改善された事も一因している大きな理由だろう。
「昔と同じ姿だから気づかなかったよ」
「アバターは昔と一緒だしな」
「何言ってんだい。名前も昔と同じじゃないか」
呆れた顔――ようなではない――をして昔と一緒だと肩を竦めるイヲ。
篠田のアバターは十五、六歳程度。高校生くらいの平均的な背格好をしている。黒い髪は撫で付けたようで前髪が少しばかり長い。陰になった目はどことなくニヒルな印象を持たせる雰囲気を醸し出していた。
「今までリスト見なかったのか?」
「見る必要なかったし、大抵登録してるのは向こうから会いに来るから気にしなかったのさ。自由気ままに兵器製造に精を出してれば満足だから、こっちから用のある奴はいないんだよ」
それはそれでどうかとは思う。しかしイヲ本人がそれで満足しているならこっちから言えることは何もない。
「相変わらずの変人ぶりだな」
「褒め言葉として受け取っとくよ。それで篠田はこれからどうするのさ、何か用事があるんだろう? チュートリアルもしないでほっつき歩いてたんだ、気になるよ。差し支えないなら教えて欲しいもんさね」
「別に面白い話じゃない。ちょっとした野暮用って奴だ」
興味深げな視線を寄越すイヲに篠田は肩を竦めるだけで口に出すことはしなかった。