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 薄暗く、広さを一切把握出来ない部屋で、椅子が軋みを上げる。

 その中で明かりとして機能しているのは、最奥と思われる場所で展開されたディスプレイ。それも一つではなくいくつも表示され、ざっと見ただけでも五、六は浮かび上がっていた。

「ふむ。実に面白い見世物でした」

 漏れる声はどこかくぐもり、機械的な音声に変換されていた。そのため男か女かもいまいちはっきりしない。

 ぼんやりとディスプレイに映し出されたのは道化師のような仮面にフードを被った人物――カウターだ。

「どの都市も犠牲者は一割程度ですねぇ。さすが対人戦を主としたゲームデザインです。よほどの雑魚でない限り数だけのAIでは役不足でしたか」

 そう言ってから引き攣った声で笑う。

 仮想での死が現実と同期しているのは事件を起こした本人である彼、あるいは彼女がよく知っている。知っていたからこそ、その死を表す数字を見て納得と共に満足をしていた。

 命が失われる事を結果としてしか見ておらず、それに関する感情など端から持っていないかのような仄暗い光が仮面の奥に見える。

「とはいえ中央都市セントラルに至っては総人口が多いだけあって、一割でも相当なものですねぇ。……おや? それなりに名の知れた操縦士リンカーもお亡くなりになっているようで。心よりご冥福と無様な死に失笑を送ります、ククク……」

 肩を揺らして笑いを抑えるカウター。

 その姿はまさしく人を人と思わない言動だった。

 ほんの数秒の笑いを終えると、カウターは満たされたように椅子へ身を任せる。

「まあ、雑魚の末路などどうでもいいでしょう。そんな事より初の防衛戦はなかなか楽しめました。特に中央都市セントラルは最高です。さすが始まりといただきの都市ですね」

 動画を再生させて鑑賞するのは戦闘シーンだった。

 他の都市に比べて中央都市セントラルは優秀な操縦士リンカーが多いのは始めからわかっていた。故に最初からカウターが注目していたのはここ以外にない。果たして想像通り磨き上げられた技術を披露してもらえた。

 地上での遮蔽物を利用した銃撃戦。距離を置き援護する砲撃線。壁を蹴り機動力を持って撹乱し、隙を穿つ格闘戦。

「実に素晴らしい。今後も彼らの働きに大いに期待しましょうか。それと」

 と、カウターは別のウィンドウへ視線を送る。

 映っているのはとある戦闘動画だった。特別珍しいところはないが、明らかに他とは違う部分があった。基本的に大多数で入り乱れる戦いを行っていた都市防衛戦。それがその動画だけは少数だけでの戦闘を敢行していた。

 マップ上、中央都市セントラルの防衛ラインギリギリで展開された、たった二機だけの攻防戦。それにも関らず敵機を撃墜し、あまつさえリーダーとして稼働していたブラストフレームを退けるに至る。

 最前線を切り抜けて突進した瞬間、呆気なさに失望してしまったが、天は見捨てなかった。迅速に対応、的確に進行を予測し、無謀にも妨害を行った者達には敵ながら称賛を送った。

 何より驚き喜ばせたのは妨害者のBFアセン。

「まさかジャンクとは誰が予想出来たでしょうか!」

 興奮して語気が上がる。仮面がなければ喜色満面の表情をディスプレイの心許ない明かりに浮かび上がらせていたかもしれない。それだけの興奮材料として心躍る戦闘だったのだ。

「あのBFの操縦士リンカー……篠田、でしたか。あの機転と技術は侮れませんね」

 満身創痍になった篠田のBFが味方の援護を受け撃破の剣閃を放つ。けれども刃は対象を斬り裂けず、撃破ではなく撃退という形になってしまう。その背中に向けて味方機が追撃をしているが、カウターの意識はすでに動画になく、椅子にもたれてここではないどこかへ視線を向けていた。

「そうですねぇ、新しい催しの発表といたしましょう。きっと皆さん愉しんでいただけるものになるはずです」

 仄暗い部屋に、彼の忍び笑いが木霊していた。



「何食べよっかなぁ。ねぇねぇ篠田は何食べる?」

 空腹を満たせるという事で、茜はとても上機嫌だった。

 食事の為に訪れた店はイヲの行きつけらしく、促されて座ったのは最奥の座敷だ。

「居酒屋みたいだな」

「篠田ご名答。やっぱりこういう雰囲気は落ち着くもんさ」

「ふーん」

「何より安くて味が濃い。酒の肴には持って来いさ」

 クイッと何も持っていない手で呷る仕草をする。

「むぅ」

 そんな他愛ない話をする篠田とイヲを見て茜は頬を膨らませた。別に今さら篠田に冷たくされたり、つれない態度をされるのは半ば慣れた――慣れたくはないのだが。だとしても相手をしてもらえないのは面白くない。

「とぉ!」

 と、一人で向かい側に座る篠田の隣へと移動を開始。机を踏み台にして迂回する事無く飛び越える。スカートの裾をふわりと浮かせながら、目標の落下点――篠田の隣にある座布団に着地した。

「何やってんだお前」

「あたしの話を聞いて欲しいの」

「そうかい」

「……」

「……」

「ちょっと! 普通聞くでしょ!?」

「何を」

「どんな話って! それと訊くときは疑問符を付けて言ってよ! 平坦過ぎて興味ないの丸わかりなんですけど! ですけどっ!」

「興味ないからな」

「ああっ! 言っちゃったよこの人! 自分で言っちゃった! ……あれ、篠田どこ行くの?」

「煩くて周りに迷惑だ。席を移動する」

「待って! 行かないで! あたしを置いて行かないで! わかった! わかったから大人しくするから!」

 中腰になった篠田にしがみつく姿は必死過ぎる。

 喧しい茜に嘆息を漏らして腰を下ろした。

 店内にいる客はまずまずといったところ。外は夜の帳が降り始めているので、次第に客入りが増えていくだろう。それでもいないわけではないので、騒げば注目を集めてしまうのは当然である。目立つのが好きではない篠田にとって迷惑な話だった。

「んで、話ってなんだ?」

「んふふ~、知りたい? 聞きたい? でも内緒ぉ。構ってくれない仕返しですぅ」

「あっそ」

「ああ! ごめんなさいごめんなさい。教えるからそっぽ向かないで! 構ってくださいお願いします! あのね、篠田は何を食べるのかなって」

 そう言って二人の間にメニューを広げる。

 デジタルウィンドウで項目を選ぶ方式が大多数だが、ここのメニューはアナログの様式を採用しているらしい。広げたメニューは現実でよく見るラミネート加工されたそれと同じだ。

 種類は豊富で枝豆、モツ煮込み、焼き鳥、おでん、刺身、エトセトラ。基本的に取り扱っているのが所謂、おつまみばかりだった。さすが居酒屋。店の雰囲気に違わないメニューである。

「大将、おでんと熱燗」

 メニューを見ずに手を挙げるイヲは早速注文をすると、カウンターから威勢のいい返事が返ってくる。

「あんたらは何食べるんだい? 遠慮せずに頼んでおくれよ」

 こっちは先に始めさせてもらうよ、と丁度運ばれてきた熱燗を一杯呷る。

 まるで仕事帰りに一杯ひっかけるサラリーマンみたいだな、と眺めながら篠田は思う。

「いろんなのがあって面白そうだね」

「なんだよ面白そうって。別に珍しいもんじゃないだろ」

「そうなんだけど、こういうのって食べた事無いんだぁ」

 どこかわくわくした様子の茜に眉を顰める。

「知ってても食べた事はないのか?」

 頷く茜。

「家では出た事ないもん。だからどんな味がするか楽しみ」

「なら好きなだけ頼めばいい。イヲの奢りだからな」

 悪戯でも思いついたような篠田の台詞に、茜は申し訳なさそうな顔をする。

 いくら奢りだからといって……むしろ奢りだからこそ無茶な注文はしたくないという事だろう。

「……困ったな」

 突然、篠田がメニューを見てそんな事を呟いた。

「どしたの?」

「いや、種類が多過ぎて決められないんだわ」

「篠田が好きなのでいいんじゃないの?」

「実は俺、好き嫌いがないからこういう時困るんだよ。いっそお前が頼んだ奴を食う」

 ずいっとメニューを茜の前に移動。

「えと、これって気を遣ってくれてる……の?」

 いいように解釈してしまうと、好きに注文して篠田と一緒に食べるという感じだ。それに、困ったと言ったわりに全然そんな感じには聞こえなかった。

「別にそういうわけじゃない」

 素っ気なく否定。

 何気なくイヲを見ると小さく吹き出していて、篠田に細い目を向けられていた。

 そんな不器用な気遣いが嬉しくて、

「あたしこれ食べたいっ!」

 茜は気兼ねなく注文した。



 宴もたけなわになった頃。

 イヲは酒瓶を抱き枕にし、茜は壁に寄りかかってうつらうつらと船を漕いでいる。

 その一方で、未だ起きている篠田は食の戦闘を続けていた。

 男に二言はないとよく使われるが、使い方は熟考しなければならないと言わざるを得ない。

 それというのも、後ろ盾を得た茜の注文の仕方は後先考えないもので、一気に一ページ分のメニューを全部頼んだ。おつまみということで一品の量はそれほどでもないが、片手以上の品物がいっぺんに運ばれてくると相応の量になってしまう。

「喰えない分は喰う気だったけどな……」

 まさか全品目を味見するとは思っていなかった。そのせいで各品から茜の胃に収まる分量だけしか食べないので、最終的にはとんでもない量の食べ残しが篠田に回される事になってしまった。

 仕方ないので一品ごと減らしてきたのだがちょっとキツイ。串を咥えたまま咀嚼する。食べ物を粗末にしたりしない。それが篠田のちょっとしたポリシーであり、残すという選択肢は始めから存在しない。

 味付けは作成者――この場合は大将がきちんと設定しているので、味覚を充分楽しませてくれる。しかし食べる事により満腹中枢が刺激されるので、腹が満たされるのと相違ない現象が起こってしまうのは厄介だ。つまりは眠くなったり、腹が苦しくなったりする。そのため茜とイヲの両名は適度に空腹を満たし、睡魔に負けていい気持ちになっているわけだ。

 ちなみに満腹を越えて食べたとしてもあくまでデータの世界。体重は増えないし、満腹を押していくらでも食べる事が出来る。ただ度を超すと過負荷がかかって気分が悪くなる。嘔吐しようとしているのに出来ない辛さを想像するのが適当だろう。

 何が言いたいのかというと――そろそろギブアップしたかった。

「……」

 とりあえず小休止を取る事に決める。

 ポリシーを反故にする気はなく、時間をかけて処理する事にした。店の営業時間はあるが、店仕舞いには大分余裕があるので、どうにかなるだろう。

 食べていた焼き鳥の串を咥え、腹ごなしを兼ねてテレビへと目を向ける。居酒屋のレトロな雰囲気に合わせているのか、ホログラムでも薄型でもないデザインのテレビ――ブラウン管のそれがノイズ交じりに映像を流していた。

 しかし映像はリアルタイムなものではなく、CM類に終始している。普段なら情報番組や運営主催の生放送などをやっているのだが、現実と隔離されている今、新しい放送はない。

 他にする事もないので仕方なく残りの焼き鳥をやっつけようと手を伸ばす。

『プレイヤーの皆様。激戦が終わった夜、如何いかがお過ごしでしょうか?』

 聞き覚えのある、そして聞きたくない声に伸ばした手を止める。

『都市防衛戦はご苦労様でした。皆様のご活躍、拝見させて頂きました。わたくし実に満足しております』

 ノイズが奔るブラウン管の向こうに映った人物――カウターが漆黒の闇を背負うようにして、腕を広げていた。

 それを見る篠田の目が細くなっていく。

『そこで、わたくしからささやかですが、報酬を進呈させていただきます』

 新着メールを知らせる着信音が鳴る。訝しげに開いてみると件名に『ささやかな報酬』、本文は『ギフトを開封してください』とある。そのまま添付されたギフトの中身を確認する。

『ご確認いただけましたでしょうか? 都市防衛戦の参加者全員に漏れなくクレジットを送らせていただきました。なお金額は参加賞としまして最低額一律。撃破数や撃破した特殊機体によってボーナスが加算されるシステムとなっております。とはいえ、死んでしまえばもちろん報酬は貰えませんがね――ククク』

 わざわざそんな言葉を付け加え愉快そうに笑う。話し方こそ丁寧だが、だからこそどこまでも人を馬鹿にしたような態度が鼻につく。

『――おっと話はこれで終わりではありません。本題はこれから。ククク……わたくしから更なる催し物のお報せでございます』

 まるで道化師のような仕草で頭を下げると、画面の端に何かのリストが表示される。

 一見して名前群のようだった。

『明日の正午より、選抜された操縦士リンカーによる小規模な都市防衛戦を行っていただきます。ルールは開始前に説明しますが、端的に言ってしまえば『チーム戦』といったところでしょうか。遅刻などのないよう、時間厳守でお願いしますよ』

 まるで受け持つクラスへ連絡する教師のような言葉で締めくくると、要件は終えたと言わんばかりに画面がブラックアウトする。数秒の間を置いて、何事もなかったかのようにブラウン管の映像が戻った。

 ――また一方的に戦闘を強いられる事になった。

 前回と違うのはカウター自身が選出した操縦士リンカーしか戦闘に参加出来ないという事だ。

 ――また誰かが死ぬ。

 おそらくそれは回避出来ない事なのだろう。

 どこまでもカウターの掌で踊っている気がして、篠田は面白くなさそうに焼き鳥へ噛みつく。冷めた肉はやけに固く感じた。



 中央都市セントラルは夜も眠らない。

 近未来をイメージしたそこはライトをふんだんに使い、天高く聳えるビルなどの建物がライトアップされている。

 煌々としたそれらを、篠田は感情の籠らない目で遠目に眺めていた。

 ふと背後に人の気配を感じる。

「あ、ここにいたんだ?」

「なんか用か?」

 声で茜だとわかり、振り返らずに問いかける。

「むぅ、用がないと話しかけちゃ駄目なの?」

「……」

「なんか言ってよっ」

「なんか」

「ちょっとイラッとしたんですけど! ですけどっ!」

 頬を膨らませた茜。が、いつもの事と割り切ったように篠田の隣へ並ぶ。

「イヲは?」

「寝てるよ」

 居酒屋での食事が終わり、とりあえず寝ようという事でイヲの事務所に戻ってきていた。まともな寝具などないので、必然的に備え付けられた椅子やソファーが代用品として使用されている。

 今の二人がいるのは、事務所脇の整備棟に設置されたキャットウォーク。高所にある事もあって眺めはそれなりによかった。

「聞いたよ、明日戦うって」

「そうか」

 カウターが表示した『チーム戦』とやらの出撃リストに篠田の名前が挙がっていたのは間違いない。しかしそれを茜やイヲに告げてはいなかったのだが、どこかで知ったのだろう。別に隠す必要もないし、明日には知れる事なので素っ気ない返事をしておく。

「なんで篠田が戦うのかな」

「さあな。ご指名されちゃ無視するわけにもいかないだろ」

 肩を竦めて皮肉げな笑みを浮かべる。

 その姿を不安げな表情で見上げる茜。

「……今日みたいにまた戦うんでしょ?」

「今度は数が少ないみたいだけどな」

 チーム戦とは言っていたが、こちら側の頭数が限定されているだけで向こうが同じである保証はない。都市防衛戦と同じく数で攻めてくるなら物量戦で潰されてしまうだろう。

 そこまで考えているかはわからないが、茜の表情は曇っていた。

「どうして篠田は平気でいられるの? やられちゃったら死んじゃうんだよ?」

「はぁ? 俺がやられるわけないだろ」

「なんでそんな事言えるのよ。その自信はどこからくるの? 根拠はなんなの?」

 詰め寄ろうとする茜に篠田は肩を竦める。

「なんでも何もない。根拠なんかないからな」

「何よそれ……」

 声が萎み、怒らせていた肩が力なく沈む。その肩が微かに震えていた。

「死なない根拠はない。けど死ぬ根拠もない。先の事はわからないってこった」

「……なの」

 俯いた茜はか細い声で呟き、

「嫌なのっ!」

 全身を緊張させて声を上げた。

「篠田が死んだら嫌なのっ!」

「はぁ、だから俺は――」

「どうしてそんな事を簡単に言えるの!? 都市防衛戦とかいうのでたくさんの人がやられちゃったんだよ!? あの人達はゲームだけじゃなくて現実でも死んだんだよね!? それがもし篠田だったらって考えたらあたし――」

 飛び込んでくる茜に抵抗する事無く、篠田は胸を貸す。両手は垂らしたまま、ただ胸を貸すだけ。慰める事も宥める事もしない。

 涙を溜めた大きな瞳が篠田を見上げる。

 それを真っ直ぐに受け止めた。

「――あたし怖いの。篠田があの人達みたいに消えちゃうのが」

 それはきっと強制的に『退場』させられた人達の事だと直感でわかった。あの時の事がトラウマになっているのか肩がさっきよりも震えていた。

「あたし馬鹿だからどうしてこうなってるのかわからない。だけど戦えば死ぬかもしれないって事はわかる」

「死なないかもしれないぞ?」

「絶対じゃないでしょ」

 その逆も絶対ではない。

 しかしそんな反論は求めていないのはわかる。

「……嬉しかったの」

 不意に茜がそんな事を言った。

 そして訥々《とつとつ》と言葉が紡がれる。

「あたしね、これでも実は結構なお嬢様なんだよ? パパはIT関係で名の知れた会社の社長でママは副社長。生活はとっても裕福で何不自由なく今まで生きてきたの」

 家族自慢――とはとても言えない顔だった。自嘲していると言っても間違いではない。

 沈んだ声が続きを繋ぐ。

「欲しい物はなんでも買って貰えた。あたしもそれで満足だった。でもね、違うんだよ。それに気づいたのは小学生になってから」

 彼女はとても悲しそうに、そして寂しそうに吐露する。

「丁度その頃、仕事が忙しくてパパもママも家を留守にしがちだったんだ。あたしも自分の事は自分でやってたし、家にはお手伝いさんもいたから余計に仕事に打ち込めたんだと思う。でもね、誕生日やクリスマスくらい一緒に過ごして欲しかった。プレゼントを直接手渡して欲しかった。あたしが欲しかったのは裕福な暮らしや高価なプレゼントじゃなくて、家族と過ごす時間だったの」

 浮かべたのは苦笑。

「怒って欲しかったんだ。いつからか何に対しても我儘になってた。硬質な態度を取って、全てを斜に構えて皆を馬鹿にしてたの。勉強だけは出来たし、立場上誰もあたしに逆らえなかったから。それはここにきても同じで、何も知らずに八つ当たりしたらあんな事になって……馬鹿だよね、あたし」

 静かに零れる雫を見て、篠田は含み笑いで答えてやる。

「そうかもな」

「そうかもなって……そこは否定してよ。何もわからなかったんだもん、仕方ないでしょ?」

 困ったような顔をして、茜は涙を拭う。

「で、そのお嬢様がどうしてこんなゲームなんかに」

「んとね、このゲームって実はうちの関連会社が携わってるの。それで何か悪さでもすればパパ達に怒ってもらえるんじゃないかって思って」

「……タカがゲームでか?」

 親の教育方針によってはテレビを始め、ゲームなどを禁止する場合もないわけではない。しかし聞いていた限りで茜の親がそこまで拘束するイメージは湧かない。生活に支障が出るほどのゲーマー……廃人のレベルであるなら別だが、茜を見る限りその可能性は万に一つもないだろう。

「さすがにゲームをするだけじゃ怒られないよ。うちの親って凄く甘いんだから」

 両親を思い出したのか、茜はふっと微笑む。

 しかしそれも一瞬。

「だから会社に損害が出れば怒られるんじゃないかと思ったの。それであたし関連会社にある専用の機械を使ってこのゲームにろぐいん? したんだ」

「専用の機械ってなんだ?」

「形は一般の物と同じって言ってたけど、デバックデバイスだったかな? 簡単に言えば不具合を修正する機能が付いてる奴」

 見た方が早いよね? と何気なく茜が指を翳すと、見た事のあるウィンドウが開く。

 橙色が背景色となっているそれは、街頭ディスプレイや管理者ゲームマスターの少女が保持しているデータにアクセスして見せたあのウィンドウだ。

「例えば……これでいいかな。見てて?」

 指し示したのは整備棟の壁にある手のひら大の錆。

 茜はウィンドウを手早く操作し、

「適用っと」

 ボタンを一つ押す。

 すると錆が淡く光り、ブロックノイズが波打つようにうねる。

 そこにあった錆は――なくなっていた。

「こんな感じ」

「……凄ぇな」

「あたしを崇め奉ってもいいわよ?」

「つってもいくらお嬢様でも、普通の奴貸すだろ。なんでそんなデバックデバイスなんて代物、貸してもらえたんだ?」

「うぅ、流された…………えと、プログラミングに関して結構詳しいんだ、あたし。パパ達の仕事を手伝いたい一心で覚えたの。それで手伝いの一環としてデバックのアルバイトをしたいって言って」

「雇ってもらったって事か」

「きっと悪い事をしようとした罰が当たったんだよ……」

 風船からゆっくり空気が抜けていくような声だった。

「怒られたいからってだけで人に迷惑をかけようとしたからこんな事に――」

「……それじゃ俺達はお前の我儘に巻き込まれたって事だな?」

 手摺にもたれかかった篠田が遮るように言った。その目は鋭く、茜を突き刺すようだった。

「このBFOからログアウト出来ないのも、俺達が命を懸けて戦ったのも、死んでいった奴も、お前の我儘に巻き込まれたせいだって事なんだな?」

「そ、それは……」

「広場で消されたアイツらも、お前の望んだ我儘で死んだってのか?」

 問い質す口調は強く、あの少年の最期の顔がフラッシュバックした。

「っ! それ、は……でもあたし、こんなの望んでたわけじゃない! 本当だよ!? 人が死ぬなんて――」

「そうだな」

「え……?」

「お前のは単なる我儘だ。しかも物凄く子供じみた」

 驚きに篠田を見ると、さっきまでの眼光は霧散していた。

 けれど真剣な眼差しは依然としてそこにあった。

「お前は目的があってログインしてる。俺達だってそうだ。理由なんてそんなに多くはないだろうけどな。だからどんな目的でここにいるとしても関係ない。好きにすればいい。ま、お前がしようとしたのはいい事じゃねぇけどな」

「うん……」

「BFOは自由度の高いゲームだ。戦ってもいいし、兵器開発をしてもいい。別に服飾作成をしたっていいし、料理をしても誰も文句は言わない。やれる事は一つじゃないからな」

「うん……」

「自分で選べ。それがこのBFOで与えられた権利だ」

「うん……」

「自分で選んだ事は責任を持たなきゃならねぇ。わかるよな?」

「ぅん……」

 声が掠れた。

 なんとなく篠田が言わんとしている事を理解してしまったから。

「最後に選んで決めるのは他の誰でもない自分だ。だから何があっても自分の結果であって誰のせいにも出来ない。何よりお前は何もやってない。だろ?」

「ぅ……ん……」

 不敵に笑う篠田に、茜は声を返せなかった。

 確かにいろんな事が一辺に起きた。

 子供じみた動機で悪事を計画した事が、今回の事件を引き寄せたと思い込んでいるのだ。なんの根拠も脈絡もないが、罪悪感の袋小路に入った茜にとって、自分を事件の一因とするのが唯一出来た身の置き方なのだろう。

 しかし事件は勝手に起こった事であり、最悪の今に至るような事を茜が担った事実はどこにもない。だから篠田の言葉の裏に含まれた『無闇に自分を責めるな』という言葉がただ嬉しくて……。

「じのだぁぁぁぁ!」

 感極まって抱きつこうとした茜の顔面が掴まれる。

「……なんでそんな事するの?」

「なんでも何もない。顔が汚い」

「ひ、酷い……」

 ゴシゴシと顔を擦った茜は笑い、篠田も口角を片方だけ上げる。

「あたしね、篠田に甘えてるんだと思う。あたしを特別扱いしない……というか雑に扱う人なんて初めてだし。なんていうか本音でぶつかれてる気がする」

「俺は誰にでもこんなだぞ」

「うん、だからいいの」

 潤んだ瞳から零れるものはなく、浮かべるのは笑顔。

 それがあまりにも純粋に見えて、篠田は思わず頭を掻いた。

現実むこうじゃどうかは知らねぇけど、少なくとも俺がお前に接する態度は変わらねぇよ」

「ありがと、しの――ふぎゅ」

 隙を見つけて抱きつこうとするも、篠田の手に拒まれる。隙を見せても隙がなかった。

「美少女の顔になんて事するのよぉ」

「お前こそ何しようとしてるんだ」

「熱い抱擁?」

「いらねぇよ。それに自称だろ?」

 からかうような口の形を作る篠田に、頬を膨らませる茜。けれどそれはどこか戯れる事が出来て嬉しいとでも言うかのように不満の気配はない。

「そろそろ寝ろ。自称美少女なら夜更かしはいけないんじゃないのか?」

「自称じゃないもん! そう言う篠田はどうなのよ。明日は戦うんでしょ?」

「俺はもう少ししたらな」

「じゃ、あたしももう少ししたらねっ」

「そうかい」

「そうだよ」

 素っ気なく視線をライトアップされた都市へと向けると、茜も同じように顔を向けた。

 ゲームであるこの世界に時間や昼夜は関係ない。けれど現実と隔離され、都市防衛戦で神経を消耗し、明日にはまた戦いがあると誰もが知っている。

 ほとんどの操縦士リンカーが出撃出来ない代わりに、選抜された操縦士リンカーが全員分の未来を背負う事になる。故に全力を出してもらうべく、休める環境が暗黙のうちに形成された。

 その結果が今の静寂だった。

 多くの人が起きているにもかかわらず、静まり返った光景は薄ら寒く感じる。しかしこれは明日の先へと繋げるための静寂である。もしも選抜された操縦士リンカーが敗北したならば、蹂躙の先に待つ無人の静寂が世界を塗り潰す事になるのだ。

「……」

「なんか言った?」

「別に」

「ほんとー?」

 顔を覗き込んでくる茜の顔を押しのける篠田。

 そんな二人を見守るようにする人物が一人いた。

「夜に二人っきりなんて面白そうだからデバガメ根性出してみたけど、込み入った話を聞いちまったよ。失敗したね、こりゃ」

 キャットウォークで並び立つ様を、壁越しに眺めるイヲが一升瓶を持て余しながら、気まずい顔で呟いた。

「ま、篠田が墜とされるなんて思っちゃいないけど……」

 蓋を開けると一口呷り、

「頑張んなよ」

 覚束ない足取りで事務所へと戻って行った。

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