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坂の上の神社  作者: kanon
4/8

また会おうよ

 眩しい陽射しに目を開け、見慣れない天井に記憶の糸を辿っていると、扉をノックする音が聞こえた。その向こうから、遠慮がちな声で、

「河瀬さん、朝ご飯、できたよ?」

 僕はそれでようやく、ここが何処なのか把握した。眠い目をこすりながら起きて階段を降りて行くと、テーブルに二人分の朝食が用意されていて、珈琲の良い香りが漂っている。

「良く眠れた?」

 浅倉は、そう言って人なつこい笑顔を向けた。そういえば、彼はいつ、戻って来たのだろう。遅くまで起きていたが、全く気付かなかった。一緒に食事をしながらも、夕べのことを尋ねられず、つい無口になっていると、

「何か、あった?」

 心配そうに、僕を見つめる。

「ううん、寝たのが遅くて。眠いだけ」

 咄嗟に、そう言い訳をした。その嘘に安心したのか、今度は、

「世界一周旅行、できそう?」

 そんな質問を投げかけてくる。僕はようやく笑った。

「まだ、無理みたい。昨日はちょっといけるかな、って思ったんだけどさ」

 すると浅倉は、何があったの、と身を乗り出してくる。

「いや、結局何もなかった。期待しすぎて、そんなふうに思えただけだったよ」

「……そっか、でもまだ、二日あるから」

 励ましてくれているのか、浅倉は笑顔でそう言った。

 育ちが良いらしく、食べ終わるとすぐに食器の後片付けをする浅倉に感心しながら、僕は再び、リビングを観察してみた。やはり、生活感が感じられない。普通に生活していれば当然出るはずのゴミもなければ、ゴミ箱も見当たらない。普段は遅くまで仕事をしていて、家は寝るだけ、という生活だとしても、不自然だ。今どきは、ゴミ箱は見せるものではない、とクローゼットに隠す人もいるらしいが、それは極端な話。インテリアに命をかける、一人暮らしのOLくらいのものだろう。自分と同い年くらいの男がやることでは、ない。

「今日も、いい天気だね」

 いつの間にか片付けを終えた浅倉が側に来て、僕に声をかけた。窓を大きくとったリビングは、太陽光を存分に取り込んで明るく、温かい。冬でも天気の良い日は、窓辺にいるだけで、暖房がいらないほどだったことを思い出した。

「河瀬さんは、幾つ?」

「二十四。おまえは?」

 相手を年下と決めつけて、そう尋ねた。

「……内緒」

 答えるものだと思っていた僕は、思わず吹き出した。

「聞いといて、自分は答えないのかよ?」

「幾つに見える?」

「二十歳」

「じゃあ、それでいいや」

 その憎めない笑顔を前に、

「変なヤツだな、」

 言えない理由でも、あるのかな。そうも思えて、それ以上問いつめることも出来ずに、僕は再び庭へと目をやった。


「河瀬さんって、もう結婚してるの?」

「まだだよ。当分先かな」

 自分が結婚する時期がいつなのか、見当もつかない。それくらい先の話だった。それなのに浅倉は、

「子供ができたら、いいお父さんになるよ」

 何を根拠に、と尋ねると、なんとなく、と笑う。

「子供の頃って、どんなことして遊んだ?」

 質問ばかり。日頃から、こんなに一度に質問されることは、そうはない。何だか可笑しくなってきたが、僕はその他愛のない会話を続けることにした。

「外で遊ぶのが好きだったよ。虫を捕ったり、ザリガニを捕ったり、」

 昨日通って来た通学路に、もうその用水路がなかったことを思い出した。滅多に捕れないが、大きいザリガニを見つけると、皆で取り合いになる。

「僕たちの頃はもう、なかったよ。その用水路に落ちて、怪我をした子がいて、危ないからって蓋をしたらしいよ」

 その言葉に、彼も同じ小学校の卒業生だということが知れた。何のためか自分の情報を控えているようだが、うまく誘導尋問すれば、容易く引っかかるのかも知れない。それに気付いた僕は、心の中で笑いながら、

「あの坂の上の神社、お化けが出るって噂じゃなかった?」

 極力、自然に、そう口にしてみた。すると、浅倉の表情に、影が過った。……かのように見えた。もしかして、この手の話が恐いのだろうか。面白くなった僕は、さらに続ける。

「神社に明かりがついてるように見えるのは、ヒトダマだって」

「……ヒトダマ、」

「そうだよ。それに、白い服の幽霊を見たって、よく話してた」

 クラスメイトがしょっちゅう、話題にしていた。しかし、実際に見たという者は、誰もいない。噂というのは何処で生まれているのか。ふとそんなことが気になった。

「誰かと待ち合わせしてたんだよ」

「え?」

「その白い服の人。会えたんだといいな」

「……」

 僕は思わず、浅倉の目をジッと見つめた。待ち合わせ……。その言葉から浮かぶものは、一つしかない。

「……、おまえさ、……昨日、」

 その時、突然、僕の携帯が鳴った。が、電波が弱いのか、すぐに途切れる。相手は例の、世界一周に連れて行ってくれると言った友人だった。きっとまた、僕を馬鹿にするつもりなのだろう。何度かかかってきたり、かけ直したりを繰り返したが繋がらず、諦めて携帯を仕舞う。

「河瀬さん、明日帰るんだよね」

 沈んだ口調で、浅倉がそう尋ねた。こんなに短時間で情が移るということがあるのかと不思議だったが、僕はこの同じ名の青年の寂し気な様子が気にかかり、何とか励ましたい気分になってきた。

「そうだ、携帯教えてよ。暇だったら、また遊びにくるから」

 本当に、また来たいと思い始めていた。一人くらい、こんな不思議な友人がいてもいい。それなのに、

「ここ、電波悪いから……」

 教えたくないのか、教えられないのか、携帯を取り出そうともしない。浅倉はしばらく俯いていたが、

「何か、想い出に残ること、しようよ」

 打って変わって、明るい笑顔になり、そうだ、と思いついたように、何かを探し始める。やがて、ツールナイフを見つけてきて、その細い刃を取り出した。

「僕も、名前を彫ろうと思って、」

 浅倉はそう言って、僕の名前の下に、自分の名前を刻み始める。

「何年か経って、またここに来た時、懐かしいって思えるように」

 またここに来る? この家の住人が口にするセリフではないような気がしながら、僕はその、器用に動く細いナイフの切っ先を見つめる。

「僕のほうが、上手だよ」

 出来上がった名前を見て、浅倉は満足げに僕を振り返った。

「当たり前だろ? これを掘ったのは、小学校の時なんだから、」

 僕はそう言いながら携帯を取り出し、二人の名前を撮った。

「ねえ、明日じゃ遅いかも知れないから、今言っとくけど、」

 そう前置きして、浅倉は既に見慣れた人なつこい笑顔を向ける。

「僕のこと、覚えていてね」

「……、」

「また、会おうよ。いつか、この場所で、」

 その言葉の意味。理解しようとすればするほど、曖昧になっていく。

「ううん、ここはなくなってしまうかも知れないから、……あの、神社で」

 僕は何も聞かず、ただ、頷いた。


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