表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂の上の神社  作者: kanon
1/8

懐かしい景色

 タンポポの花が咲く畦道を、歩いていた。久々に履いたスニーカーは少々硬くなっていたが、革靴の窮屈さとは比べ物にならないほど心地良く、もっと自由だった頃の自分を思い出した。この通学路を歩いた頃は、でこぼこした畦を全速力で駆けたものだが、今は足を踏み外しそうで、怖い。田植えが始まって水を張ったところへ落ちたくなくて、慎重に足元を確認してしまう自分に苦笑しながら、懐かしい景色を探した。

 古い民家が軒を連ねていたはずの通りへ曲がって、僕は思わず声を上げた。いつの間にか建て替えが進んで、総二階の洋風住宅が並び、テラコッタの風合いのタイルが敷き詰められたオープンガレージや、線路の枕木を再利用したエクステリアデザインが目を引く。平屋建ての黒い日本瓦の家はもう何処にもなく、ザリガニを捕って遊んだ用水路は分厚いコンクリートの蓋で覆われてしまっていて、代わりに道幅が広くなっていた。あまりの衝撃に立ち止まっていたが、気を取り直して、歩き出す。ゆるやかな坂の上に見える神社がまだ当時のまま存在していることにホッとして、予定にはなかったが、その鳥居をくぐった。

 大きく成長した木々の影で、シン、と静まり返った境内。さっき畦道を通ったときは、ひっきりなしにヒバリの鳴く声が聞こえていたのに、砂利を踏む自分の足音の他には、何も聞こえて来ない。僕は古びた木のベンチを見つけてそこに腰掛け、軽く息を吐いた。ジッとしていると、緑に囲まれて空気が澄んでいるせいか、少し、肌寒く感じる。木漏れ日も届かないほど、木々が葉を茂らせていた。

 意外にも、ここへは一度も来たことがない。というのも、当時の小学生たちの間で、この神社で幽霊が出たとか、ヒトダマが飛んだのを見たとか、よくある噂が蔓延していたから。それに、幸い僕の通学路は、神社の真ん前は通らなかった。見えているのに近づけない、その距離感が、神社の存在を、ますます不気味なものにしていたのかも知れない。

 改めて境内を見回すと、ベンチのすぐ側に、一つだけおみくじを結んだ枝が目にとまった。随分昔のものなのか、何度も雨に打たれては乾いたような風合い。僕は、おみくじをひいたことはあるものの、結果に関わらず、枝に結んだことは一度もなかった。結んだものを解くのは良くないと聞いたことはあるが……。何となく、内容が気になって、その細い枝に手を伸ばした。

『二〇一一年四月十七日、この場所で』

 枝から解いたそれは、おみくじではなかった。青いペンで書かれた文字は雨に滲むこともなく、ハッキリとしている。二〇一一年、四月十七日。それは、今日のことだった。


 僕はしばらく、そのおみくじに似せた紙切れを眺めていたが、再び、元通りに畳んで結び直し、歩き出した。神社の敷地を出ると、明暗の差で、軽く目眩が起こる。何度か瞬きして視野を取り戻し、元の通学路へと戻った。

 軽自動車がやっと通れるほどの、狭い路地。なだらかな起伏が続くその通りには、まだ昔の面影が残っていてホッとする。いつも湿ってまだらに苔の生えたブロック塀は、当時はもっと高くて狭い道を更に狭く見せていたはずだったが、今は身長がその高さを追い越して、古い民家の外壁を這うカタツムリが見えた。

 十数年ぶりにこんなところを歩こうと思い立ったきっかけは、立ち読みした雑誌の投稿欄に載っていた、ひとつの記事。小学校のときの通学路を学校から自宅に向かって歩いたら、タイムスリップできるというもの。亡くなった祖父にどうしても会いたかった男性は、長年タイムスリップについての情報を集めていたが、ある日とうとう、その方法を見つけた。病院に置かれていた雑誌の投稿欄で読んだというのだ。通学路を歩くうちに景色はいつの間にか当時の面影を取り戻し、自宅に辿り着いた彼は、玄関先に近所の人と談笑する祖父を見つけた。当然知らないはずの、成長した自分の姿をちゃんと認めてくれて、会話もできたと書かれていた。そんな不思議な記事を見つけてしまった僕は、社会人になって初めての有給休暇を使い、懐かしい町を訪れているのだった。

 その記事にあったように、僕はまず、通っていた小学校の駐車場に車を停め、通学路を逆に歩いて来た。ここまでは、神社に寄り道した以外に特に変わった出来事もなく、大人の足ならあと五分足らずで、実家のあった場所にたどり着くはずだ。

 中学の時に父親の転勤で引っ越してから、実家がその後どうなったのか、気にしたこともなかった。遠く離れたところに転校しても、人なつこい性格のおかげですぐに友達ができ、幼なじみに会えなくて寂しいと思ったこともない。それが今になって気にかかるのには、何か訳があるような気がしていた。非科学的なことを完全に否定する友人には、馬鹿げていると呆れられたが、そういうことも大いに信じたい僕は、何か変わったことが起こって欲しいという期待を胸に、うららかな春の陽射しの中を歩いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ