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妹コン!  作者: 大和伊織
7/13

妹がさらわれそうになりました


 冬も本格化してきた某月某日、夏樹は捏造妹たち2人への均等で平等で股がけな恋心を自覚してしまったわけだが、それを照れさせたり、意識させる時間はほぼなかった。師走が忙しいのは大人たちだけではない。子どもは子どもなりに忙しく、両親が不在である夏樹の家は特に、なんだかんだと忙しかった。

 「おい、誰だ今日、フレンチトーストって言ったやつ!これはパンに卵がかかってるだけだろうが!」

 「ん、らぴゅたパンだよ兄ちゃん」

 「せめて火を通せよ馬鹿」

 「意外と、いける…」

 「紗雪ちゃん、腹壊すぞ」

 「酷いなー」

 めまぐるしく、そろそろ行けよを知らせるように今日の占いが始まり、占いなんて気にしてる場合じゃない夏樹と美桜は飛び出した。

 「じゃあ、いってくる!」

 「いってきます!」

 「いってらっしゃい」



 家を飛び出して、信号渡って、少し急いだふりをしたら、あっという間に走るのを止めて競歩に変わる。僕ら省エネ世代。

 「お兄様、冬休みのご予定は」

 「何だよ急に、気持ち悪い。クリスマスもお年玉も知らんぞ」

 「うわ先に言われた…」

 「なあ、ところで、いつ父さんたち帰ってくるんだ。いい加減、子どもだけで生活していくのは、近所の目も痛いぞ。クリスマスはともかくとして、正月くらい母さんの雑煮が」

 そこまで夏樹がしゃべると、美桜が大げさにカバンを落とした。

 「酷い!私と紗雪が毎日のようにだしの取り方の練習をしてるのに!」

 「お茶漬けの素でか。あれで美味かったから、すごいよな現代」

 大げさに落としたため不本意ながら夏樹も手伝ってやっていると、拾いながら、あり、と美桜が呟いた。

 「やばい、数学ノート忘れた。部屋だ」

 「取りに帰るのか?遅れるぞ」

 「今日、当たるの!あのハゲ遅刻より怖い!」

 そう言うと美桜は舞うように走って戻っていった。まさか追うわけにもいかず、夏樹は1人で登校を続けた。すれ違う級友たちに挨拶をされながら歩く。1人での登校仕方を、やばい、忘れかけてる-


 ―兄ちゃん!!


 かき消されるように、叫ぶ美桜の声を聞き漏らさなかったのは、奇跡に近かったと思う。そして気のせいだと思わずに家に帰ったのもまた、大げさかもしれないが奇跡に近いと思う。戻って戻って、そして、信じられない光景が舞い込んできた。


 「紗雪!!」

 「…っ、お兄ちゃん!」


 思わず引きずりように、呼び捨てで、抱きしめた。紗雪は泣きじゃくりながら、夏樹にしがみついた。知らない男に、無理矢理車に乗せられようとしていた。そして美桜はといえば、知らない男その2と思い切り対戦ポーズになっている。まさか応戦しようなどと思えない情けない兄は、とにかく紗雪をかばうのが必死だった。

 「美桜、大丈夫か!?」

 「なんだ、このお嬢ちゃん、強いぞ」

 「おやじ、もういいって」

 え、と思わず顔を上げる。若い男2人組かと思ったら、美桜ととっくみあいをしているのは中年の男だった。そう言って車から降りてきた成年は、その男と目元が似ていた。父子だろうとすぐに察しがついた。

 「本当に覚えてないのか?俺のことを」

 紗雪はひたすら首を横に振って、夏樹から離れない。すると成年はふ、っと、力が抜けたように笑った。

 「そうだよな、君みたいな可愛い妹がいるわけないもんな俺に」

 ずくん、と、後ろから誰かに何か大きなもので殴られたような衝撃があった。この男と、今の夏樹の違いは何だろう。入れ替わってる可能性だって、あった。紗雪が夏樹を拒んで、彼にしがみついて-…まさか、彼、は。

 緊張で喉が渇ききりそうながら、どうにか声を出そうとしていると、美桜がまだおっさんと対峙していた。

 「お嬢ちゃん、ほんとに強いな…!」

 「おっさんこそ悪くないよ!」

 「おやじ、腰、悪くするぞ」

 「美桜ちゃん、いい加減にしなさい!パンツ見える!!」



 ていうか、見えてた。いや、そんなことは置いておいて。男前の長女は最後まで男前に、父子をぴょんぴょん追いかけていった。さすがに心配したが、数分もしないうちに、『記憶置換完了。先に学校行って来るぜ』と惚れ直すメールが届いた。彼らもまた記憶置換とやらが上手くいってないのだろう。

 ともあれ、夏樹はしゃがんで、ようやく泣き止んだ紗雪と目線を合わせた。

 「大丈夫か?どこも怪我がないか?」

 「うん、大丈夫…ありがとう、お兄ちゃん。学校…」

 「いいよ、1日くらい」

 「休むの?」

 「うん。今日は紗雪ちゃんとサボる日だ」



 格好つけて、ほぼ自由登校とはいえ小心者には病気でもないのに休むのが地味に恐怖だったが、紗雪が無表情ながらもはしゃいでるのが目に見えて、後悔は星の彼方へ消えていった。お菓子を持って来て、お気に入りのクッションに夏樹も座らせ、あのねあのね、とゆっくり小声で続く話を夏樹はうんうん聞いていた。

 「それでね、先生は高校こっちにしなさいって言うの」

 「うーん、僕はエスカレーター制だからな…受験とか志望校とかよく分かんないけど、先生が勧めるなら」

 「…お兄ちゃんと一緒のところがいい」

 可愛いな畜生、夏樹が自身の額を痛めつけながら萌えと戦っていると、ふと紗雪が表情を落とし、下を向いた。

 「あ、あのねお兄ちゃん。変な話していい?」

 「―?うん」

 「あのね」

 何だろう、空気が緊張がかってきて夏樹はラッパ飲みしていたサイダーを置いた。深刻な相談だろうか、それともまさか-愛の告白とか-

 「お兄ちゃん」

 「紗雪ちゃん駄目だ、僕たちには早すぎる!」

 「最近ね、変な夢見るの」

 「ゆ、夢?」

 「うん…違う家でね…違う名前でね…生活してる夢を、見るの」

 今度は、顔面から重たいもので殴られたような衝撃があった。甘い夢を見ている場合か、夏樹は座り直した。ややこしくも、紗雪は捏造妹ながら、記憶が置換されてるのだ。

 「短い映画みたいにね…ぱらぱら、ぱらぱら…場面変わって、色んな家族の人がね…私のこと、それぞれ違う名前で呼んで…可愛がってくれたり、喧嘩したり、してるの」

 「へ、へえ」

 「それでね…さっき、男の人がいたでしょう?あの人も、いたような気がするの。私に、すっごく大きいクマのぬいぐるみ勝ってくれたところ、見たことあるの」

 「きっ」

 緊張しすぎて唾が気管に入り、激しく噎せた。紗雪が水を持ってこようと走るから、慌てて座らせた。台所に行かせるだけで、一瞬でも視界から消えるだけで、今は馬鹿馬鹿しいほど不安だった。

 「気のせいだろう。あんなに怖がってたし」

 「あ、れはね…ごめんなさい、違うの。あの人が怖かったわけじゃないの。あの人、私のこと、違う名前で呼んで…私、普通に呪うとしてた…そしたら急に、違う、って思ってね…お兄ちゃんやお姉ちゃんのこと思い出してね…怖くて、悲しくて、泣いてたの。お兄ちゃんのこと忘れちゃうみたいで、泣いてたの」

 ざわざわ、と、胸が痛む。期間も、設定も、目的も、知ったことではない。考えても分からない。分からないけど、悲しくて、痛くて、ただ憎い。一時ではあれ、設定ではあれ、何かしら例えば国家機密レベルの目的があったところで、少なくても紗雪の心はボロボロだ。覚えてないにしても、無理矢理忘れさせられたとしても、傷だらけだ。いつか忘れるのだろうか、僕のことも。そして僕のことを思い出して、泣いてくれて、また、消されてしまうのだろうか。

 「だ」

 そして。

 「大作家になれるぞ、紗雪ちゃんは」

 「…え?」

 「すごい想像力だな、うん、お兄ちゃんびっくりだ。ノーベル文学賞もらえるんじゃないのか?」

 紗雪がいっときでも笑ってくれるだけで、いくらでも、くだらない言葉が浮かぶ。

 「そんなこと、ない…今、お話書いてるけど、全然駄目だし…」

 「お、ほんとに書いてるのか?見せてくれよ」

 「だ、だめっ。絶対だめ」

 「このノートか?」

 「だめだめっ。それは本当にだめなやつ」

 目的を、その時期を先延ばしにして、何も解決しないまま。



 それから紗雪と夏樹は、物語を考えては消して、考えては消してを繰り返し、小さい兄妹のように、何度も書きながら、笑いながら、本当に子どもみたいに寝ていた。

 頭を叩かれ、夏樹は顔を上げる。もう夕方だ。頭を起こすと、呆れた顔で美桜が笑っていた。

 「こら、妹とサボるか普通」

 「悪かったよ…今日はそんな気分だったんだ」

 「甘やかしすぎ」

 「紗雪ちゃんは?」

 「起きないからベッドまで運んだ」

 そうか、と夏樹は大あくびしながら、冷蔵庫内の牛乳を一気のみし、ちょっとひからびたあんパンをかじり、座り込み、美桜を見た。彼女もまた、向かいに座った。

 「紗雪、何か言ってた?」

 「今朝の兄ちゃん覚えてるみたいだったよ」

 「やっぱり…もう限界かなあ」

 内緒だよ、美桜は唇に人差し指を当てて、大量の書類を投げてよこした。最初は何の紙か分からなかった。その書類には全て、紗雪の写真があり、それぞれ別の名前が記されてあった。家族構成、住所、家族設定など事細かに書いてあるところまで気づいたところで、時間切れ、と美桜に取り上げられた。

 「もしかして…今までずっとこんだけ家族やってたのか」

 「そうだね」

 「ざっと見ただけで12,3あったぞ」

 「兄ちゃん目算早いね」

 「茶化すなよ」

 声を荒げた自覚が夏樹にはあった。美桜に怒っても仕方がない、むしろ怒ってはいけないと分かっていた、分かっていたのに、目の前には彼女しかいなかった。そもそも彼女にしか言う人がいなかったのだ。

 「僕がこんなこと言う筋合いないのも分かってる。僕もその記憶の置換とやらで、あっさりお前等のこと忘れるだろうから…けど、紗雪は?お前は?そうなってもまた、どっかで、別の家族やるんだろ。紗雪は傷ついてる、そりゃそうだ、そんだけ家族と別れた記憶が完全に消えてるわけじゃないから」

 「兄ちゃん」

 「お前なんかもっと酷いだろ、記憶そのまんまで」 

 「夏樹」

 名前を呼び捨てられ、弾かれたように夏樹が顔を上げた。美桜の芽は、驚くほど、大人の目をしていた。今まで平々凡々に生きてきた夏樹には、想像も出来ないような目で。

 「分かってるよ。紗雪も私も、分かってて、先生のところで、それやってるんだよ」

 また唾が気管に入って噎せた。咳き込んだ。脳みそが揺らされ、元々まとまらないような考えが束なりもしない。そりゃ誘拐されて拉致られて派遣家族させられてるとまでは思ってなかったけど-

 「何の為に?」

 「言えないってば」

 「僕じゃどうしようもないのか」

 「兄ちゃんがどうしてくれるの」

 「ずっと兄ちゃんでいる」

 かなり恥ずかしい台詞だったが口から出てしまったものは仕方がない。いつまでもにらみ合うように見合っていると、吹きだしたのは美桜の方だった。

 「愛してるぜ」

 「残念だな、僕もだよ」

 「ありがと…ほんとに、ありがと。でも、これは、私たちの問題なんだ。ごめんね…今更、兄ちゃんの記憶置換かけ直したって、わけ分かんなくなるしさ…まだまだ兄ちゃんには厄介にならないといけないみたいだしさ…けど、覚悟しておいて。紗雪が壊れる前に、またあの子、記憶の置換かけられるかも」

 「解放されることはないのか」

 「よほどのことがないとね。あの子、明日にでも、違う家で、違う名前で笑ってても、怒らないでね。どうか、他人でいてあげてね」

 「そんなの」

 出来るわけないだろ、そんなこと-が、言えなかった。



 当然というかなんというか、夏樹はその夜眠れなかった。昼寝過ぎたのがあるかもしれないが、全然落ち着かない。本当に何も出来ることがないんだな、何度も寝返りを繰り返しながら、ふと夏樹は、ベッドの中に体温が増えたのに気づいた。

 「うわ!?」

 「眠れない」

 「紗雪ちゃん」

 ノックくらいしなさい-中三にもなってお兄ちゃんのベッドに忍び込むんじゃありません。言いたいこと色々あったが、今日は、今日だけは、何も言えなかった。というかいつも比較的何も言えないが。

 「昼間は変な話してごめんね、お兄ちゃん」

 「いいよ、別に。面白かったし」

 「お兄ちゃん、大好き」

 泣きそうになった。この台詞も無理矢理言わせさせられているのか、それとも、これはまた明日別の誰かに向けられているのか、もう何か、このまま抱きしめて、何だったら飲み込んでしまいたいくらいだった。

 「紗雪、お兄ちゃんが好き」

 「紗雪ちゃん」

 いくらヘタレ童貞でも毒すぎる-恥ずかしいからそろそろ寝かそうとすると、紗雪は、夏樹の目の前で、最高に可愛く微笑んだ。

 「私、血が繋がってなくても、ここにいてもいいんだよね」

 「…さゆ-…」 

 「………」

 寝てるし、笑うしかなかった夏樹は、紗雪を置いて1人ソファに横になった。まさか一緒に寝られるわけもなく、かといって運べるほど力が強いわけでもなく、たたき起こして今の台詞の真意を確かめるわけもなく-

 まぶたを閉じた。明日も家族でいられますように、頼むから、祈るように夏樹は眠りに入った。



 目覚ましが五月蠅い、体をよじらせながら夏樹はうわっと朝一で叫んだ。右隣に紗雪、左隣に美桜、絶好調に元気な息子-は、置いておいて。

 「2人とも起きなさい!」

 やっぱり可愛い上に何も出来ない妹は心臓に悪い-思いながら、ぼやきながら、夏樹は大事そうに、2人を起こし始めた。


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