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妹コン!  作者: 大和伊織
6/13

妹がまた風邪を引きました



 朝。

 珍しく美桜の甲高い怒声が響き渡り、たまらず夏樹は目を覚ました。紗雪の声もする、どうも二人は喧嘩してる、喧嘩というよりは声の割合からいって美桜が一方的に怒ってるといった感じだった。正直関わりたくない夏樹はそのまま二度寝を決め込んだ。そのときの行動の選択を、後で少しいやかなり後悔することになる。



 再び朝。遅刻寸前に起きた夏樹。泣いてる紗雪。ぶっ倒れてる美桜。状況が分からず、とりあえず顔洗ってもう一度台所のある部屋に戻ったが、やはり現状は同じだった。

 「な、何。何何何」

 「み、みっちゃんが。お皿洗ってくれなくて、当番だから、ちゃんと洗ってって言ったらすごく怒って…た、倒れちゃった」

 「何だそりゃ!」

 「どうしようお兄ちゃん。みっちゃんにきつく言い過ぎたかな」

 「いや、こいつは全人類が泣く罵声を浴びせたところでぴんぴん笑ってるような奴だ。あとどう考えてもお前は悪くないからな。美桜ちゃん、寝るんなら二階で」


 熱っ!!

 夏樹は思わず漫画みたいに手をはね除けた。ものすごく分かりやすく高熱だ。この前熱出したばっかりだというのに-意外と体弱いのか、じゃ、なくて。

 「紗雪ちゃん、風邪だ」

 「救急車?」

 「いや、そこまで大げさにはしなくていいけど…ちょっと熱高そうだな。僕は病院に連れて行くから、紗雪ちゃんは学校に」

 「でも」

 「大丈夫、こいつは殺しても死なないよ」

 ぽんぽん、と紗雪の頭を撫でると紗雪は渋々、出かける準備を開始した。自然に触ってしまった、と夏樹は紗雪に見つからないようにそっと赤くなった。

 続、捏造妹たちのヤマもなくエロもない生活、未だに頭ぽん程度で恥ずかしい。



 「あーどっこらしょー」

 夏樹は大げさにおじさんみたいに叫びながら、美桜を背中に背負って落ちないように紐で縛り、自転車に乗り込んだ。背中に上着を着させてくれる感触があった。

 「ありがとう。じゃあ、行ってくるから」

 「うん。お兄ちゃん、気をつけてね」

 「ああ」

 呼び名というのは意外と馬鹿に出来ないかもしれない。前の自分だったら、いくら熱を出しても、年の近い女の子を自転車で運ぶなんて考えつきもしなかったかもしれない。それでも、背中に当たる胸には当たり前に興奮するけど。



 風邪だから内科か-基本健康だから、病院にはほぼ縁がない。もう開いている病院がほとんだ、ネット環境に慣れている為口コミを検索をしてしまうが、そんな場合ではなかった。美桜は苦しそうだ。自転車と道案内アプリを頼りに進んでいくと、もう開いていて、内科もあって、そこそこ大きい病院に着いた。

 こんなところに病院があったか-夏樹は首をかしげたが、とにかく、美桜を担いで行こうかと思ったがさすがに無理で力んでいると、中から看護婦さんが走ってきてくれた。逞しい彼女たち、情けない僕。夏樹はすいませんすいませんと謝りながらついていくしかなかった。



 「はーいお熱下げる薬ですよー」

 「すぐ良くなりますからねー」

 「ほがががが」

 「美桜ちゃん、面白すぎるから写メっていいか」

 「ほがが!」

 「痛い痛い」

 良かった、目を覚まし、足を蹴る程度には回復したようだ。まだ学生だからだろうか、看護婦や医者の対応が実に子ども向けで見ている夏樹も、やられてる当の美桜も恥ずかしそうだ。

 あっという間に注射され、点滴にまで繋がれるといよいよ重病人っぽさが増したが、美桜の顔色は大分良くなっていた。

 「ちょっと熱も高いですし、食べられないようですから、念の為、点滴を続けますね」

 「あ、はい。お願いします」

 「ご家族の方、こちらに」

 「はい」 

 ご家族の方-そりゃそうだよな、夏樹は自嘲気味に笑った。恥ずかしいのか疑っていいのか、もうわけが分からない。

 事務的なことを書き終え、もう何もすることがない。夜には帰れそうだというので学校終わって迎えに来ますと告げ去ろうとしたそのときだった。


 「かなり衰弱してますね」

 「兄設定の家庭に問題があるのでは」


 関わりたくない面倒臭い心と好奇心が戦い、僅差で好奇心が勝った。勝ってしまった。夏樹が振り返り距離を詰めると、先ほど助けてくれた看護婦2人だった。

 「あの。兄設定って」

 「ご家族の方ですか、今日はもうお帰りに」

 義務的な笑顔、義務的な笑顔、逆に困難だ。夏樹は懸命に、平凡な醤油顔を今時のちょっと問題ある尖ったナイフ世代に顔を変形させた。

 「僕の記憶は上手く置換されてません。今ここで美桜が妹じゃないって叫んでもいいですよ。誰が聞いてるか分からない、それはまずいんじゃないですか」

 それでも顔はすぐ崩れ、何だかよく分からない恐怖にがたがた震えながら、それでもどうにか最後まで、むちゃくちゃな言葉を紡いだ。すると奥にいた方の看護婦が息を吐いた。

 「こちらへ」



 待合室を歩き、奥の部屋へ通される。相変わらずのよく分からない恐怖に殺されるような気さえしてきたが、一周回って、逆に落ち着いてきた。扉を開くと、医者が1人、座っている。病院で白衣を着てるから間違いなく医者だろうが-夏樹は眉をひそめて男を見た。何だろう-上手く、言えないが。男は医者には見えなかった。病院で白衣を着ているのに、清潔感もあるのに、どこか、胡散臭い。そのくせ信頼を厚めそうな雰囲気を醸し出している。

 「…先生?」

 直感的にそう呼ぶと、男は吹き出しながら笑った。

 「美桜が吐いたか」

 「僕の記憶置換が上手くいってなかったみたいです。彼女は悪くない」

 「おーおーおー、すっかり板についてんなお兄ちゃん。ちょっと前まで一人っ子だったのになあ」

 多分、もてるんだろう、この男は。これまた上手く言えないがモテ臭がする。非モテのひがみと取られて結構、この男は嫌いだ。夏樹はそう思った。

 「で、何が知りたいんだ」

 「目的です。人の記憶をいじくってまで捏造妹を2人も与えて、何がしたいんですか」

 「エロイプレゼント?」

 「それなら何かエロイイベント下さいよ」

 「自分で起こせよ」

 「草食系なので、選択肢とエンディングがないと無理です」

 大笑い、どんな悪役でも笑い顔を見ると多少なりとも愛着が沸くときもあるが、この男に限っては全くだ。

 「いいねえ、面白いわお兄ちゃん。妹ちゃんたちはお試し期間そろそろ終わらせようと思ったんだが、もうちょっといさせてやるか」

 「は」

 「じゃあなあ、お兄ちゃん」

 「まだ話は」 

 「お引き取り下さい?」



 病院から出ると、紗雪が駆けつけてきた。心配していたんだろう、ずっと待ってたみたいだ。

 「お兄ちゃん、みっちゃんは」

 「うん、大丈夫…大丈夫だよ」

 「…お兄ちゃん?」

 「大丈夫だ」

 ほんと、馬鹿みたいだ。冗談みたいな日々を、この嘘だらけの日々を、終わるのが怖い。あんな偽医者と逞しい看護婦にすごまれて、逃げるように病院を出たくせに。

 「おにい…」

 愛してる。信じられないくらい、愛してるんだ。この短い嘘だらけの毎日を。



 灰になりたい。むしろ灰にしてほしい。紗雪ちゃんを抱きしめてしまった。

 雰囲気と設定は恐ろしい。夏樹は必死で同級生男子にしがみつき、早く紗雪のぬくもりを忘れようと思っていた。覚えたままだと色々まずい。

 「何だよ、離れろよお兄ちゃん」

 「お兄ちゃん言うな」

 「いやお兄ちゃんだろう…今日は美桜ちゃん見れなくて残念だなあ、風邪だって?よく風邪引くなあ、健康優良児って感じなのに」

 「胸が?」

 「胸が!」

 「お前ら、僕の夢の中で100回殺してやるからな」

 そう、その通りだ。美桜はどう見たって健康優良児だ。なのにその美桜が風邪で2回も倒れるほど。


 

 「にいちゃ…来て、くれたんだ…」

 こんなに顔真っ赤になるまで、熱出してること。

 「せんせ…会った、の?何か…言われた…?」

 こんなに震えるくらい、『先生』という存在を恐れ敬い警戒していること。


 「なあ。僕はどうしたらいい。お前たちが家にいなきゃいけない理由を倒せないのか」

 

 「…え?」

 美桜の驚いた顔に、夏樹は我に返った。違う、言いたいことが大分違う。

 「違う、違うんだ…言いたいことはそんなことじゃない。もちろん、お前達に出ていってほしいわけじゃない。本当だ。楽しいよ。恥ずかしいから一気にしゃべるけどな、ほんとに、楽しいんだ。けど、お前がそんなに弱るのを見ていられない。もしお前の負担になってることがあるなら-」

 ぼろぼろと、でっかい目から、でっかい涙が、でっかい胸に落ちていく。

 「今までたくさん妹やって来たけど…そんなこと言ってもらえたの始めてだ…」

 「…た、たくさんって。何だ。お前達の職業は。出張妹か」

 「そんな感じかな」

 「ちょっと面白いな」

 「ね」

 笑う。笑う。笑ってごまかして話をずらしたままにしてやればどれだけいいか、それでも、この日の僕に限っては、珍しく、精神的に引かなかった。

 「兄ちゃん家にいるのが辛いわけじゃないよ。本当だよ。ただお腹出して寝ちゃっただけ。私、風邪、お腹からくるんだ。それに、先生だって、そんなに悪い人じゃないの。本当だよ。誤解はされやすいけど-」

 何だろう、これは。胸の奥からこみ上げてくる、熱いものは。感じたことのないものに夏樹が戸惑っていると、瞬間、そんなものは忘れていた。美桜の唇が、夏樹の唇に重なっていた。言葉を紡ぐ前に美桜はまた真っ赤な顔でベッドに倒れ伏してしまい、夏樹はそのまま、ナースコールを押した。



 「お姉ちゃん入院なの?」

 「そうなんだ、熱が思ったより下がらなくてな」

 「…?お兄ちゃんどうかした?」

 「何もないぞ、何も。さあ帰ろう」

 「うん」

 紗雪の美桜への呼び方がお姉ちゃんになってる-そんな小さなツッコミを押さえるくらいは落ち着いてるつもりだったが、心臓が今にも鼻から出そうだった。情けない話、初キスだった。美桜は熱にうなされたいたからきっと無意識の行動だろうが、何でまたキスなんか-


 -先生だって、そんなに悪い人じゃないの。本当だよ。誤解はされやすいけど-


 びき、っと夏樹の足が止まった。もしかして、もしかしなくても、先生とやらとぐるぐる頭の中で混同して、そのままキスされちゃったんじゃないだろうな。


 「今日、飯に何する」

 「あ…メンチカツ。あのコンビニの、メンチカツ、美味しいって」

 「そうか、じゃあそれをメインに」


 産まれて始めてまともにする嫉妬という感情に夏樹はただ苛々して、ただ振り回され、やり場に困り、かといって紗雪に当たるわけもなく、ただ、自身の中で燃やしていた。だから、隣でびっくりしている紗雪に気づかず、コンビニのメンチカツを買い占めたことにも、大分後になって気づいた。



 「…見事なメンチカツ弁当だな」

 「昨日、食べきれなかったから」

 朝。珍しく、というか始めて紗雪が弁当を作ってくれてるから嬉しくて覗いたら、これでもかとメンチカツが詰められていた。昨日2人でもう食べたくない、と言いながら。それでも押し込んだ代物。嫌そうに夏樹が見ると、紗雪がちょっと嬉しそうに笑っていた。

 「トマト…猫さんに」

 「猫お?どれどれ」


 どっ


 歯が当たって痛い、顔を上げると、紗雪の顔が予想より近くあり、夏樹は驚きすぎて動けないでいると、紗雪の方が一歩、また一歩と後退した。

 「お兄ちゃん、遅刻するよ」

 「…うん。弁当ありがとう。いってきます」

 「いってらっしゃい」



 「うはあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 「せんせー、夏樹が五月蠅いでーす」


 2日続けて妹とキスをしてしまった。どちらも事故というのが非常に情けなく、それでいて、今更だが、ギャルゲー感が漂ってきた。まさかあの先生とかいう男の策略かと思ったら、喜ぶに喜べない。

 そう-喜んで、いるのだ。

 脳が100あるとすれば、50は美桜が今頃先生とにゃんにゃんしてるのではないかと心配し、もう50は今頃紗雪もキスを恥ずかしがってたらかわいいなあと思ってる。

 今からでも遅くないから、マジで、記憶置換してくれないだろうか。普通の常識ある兄にしてほしい。長身でなくても、イケメンでなくても、ただ、心の底から兄貴にしてほしい。

 神様、妹2人とも恋してます。

 もうやだ、泣こうが喚こうが、この嘘だらけの生活はまだ続くと黒幕から告げられたばかりだった。




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