妹がもててます
寒すぎて早めに目が覚めた。冷える為トイレが近い。
のそのそと用を済ませ、夏樹が歩く。冬の朝は凍り付くように寒い。冷暖房になれきった現代っ子の為、冬の朝も当然嫌いだが、張りつめた凍るような空気は嫌いではなかった。だからといって長居出来るかといったらまた別の話になる、夏樹がそうそうと自室に戻ろうとすると、美桜の部屋が少し空いていた。
風邪引くぞ、と思い、部屋を閉めてやろうとした手が止まった。言い訳が許されるなら見ようと思ってみたわけではない。視界にたまたま入っただけだ。
何だか言えば言うほど嘘っぽくなってきた、夏樹は目の前の光景に釘付けだった。美桜が寝ている、時間的にそりゃ寝てるだろうが、抱きしめているのは毛布ではなく紗雪だった。
寒いから一緒にくっついて寝ているんだろう、どっちが言い出したか知らないが、いいじゃないか。捏造だが姉妹なんだもの、ものすごく当たり前の光景なのに-
何でこんなにドキドキしてるんだ、僕は!?
ごくり、と生唾一つ飲み込んで、夏樹は一歩、また一歩と部屋へと侵入した。動機が異常に早く、この寒いのに汗ばんでさえいる気がする手を震えながら布団へと伸ばす。そろそろとめくると、揃いで色違いのパジャマを着ていた。
汗の先から頭のてっぺんまで走っていた緊張が一気に解けた。何を期待しているんだ、裸のわけないじゃないか-
待て。期待って何だ、裸って何だ。
「うわあああああ!?」
「…ん-?」
「兄ちゃん、五月蠅い―――」
ぐらぐら、ぐらぐら、鍋が煮える。
結局捏造兄妹揃ってものすごく早めに起きてしまった為、朝から鍋をすることになった。寒くて時間もあるので鍋が食べたいと紗雪が言いだし、美桜が冷蔵庫を捜索すると干物みたいになってる豚肉と色が変わった白菜が出て来た。
寒いから美味い。朝から鍋もいいな、なんて軽口を叩きたいがそんな言葉も出なかった。まだ夏樹の心臓は口から飛び出しそうなくらい高鳴っていた。早朝の興奮がまだ冷めてくれない。
「…兄ちゃん、どうしたの?」
「いや鍋が熱くて」
「いや、それにしても…なんか挙動不審じゃない?私の部屋に勝手に入ってたし、何してたのよやらしー」
「やらしー」
いつもは悪のりしない紗雪が珍しく悪のりして小声でそんなこと言うから、ああもう可愛いな畜生、動揺して菜箸を何度も落としながら、夏樹は肉を自棄でかっこんだ。
「はい、今日も男前よ」
「嫌味か」
「ふふ」
本当は自分で結べるんだが、美桜はこうしてふざけて、制服のネクタイを結びたがる。ものすごくヘタで結局後で自分で結び直すんだが、どうもこういうどうでもいいところで妹の好きにさせてしまう。
さていい加減に学校に行こうか、伸びをした夏樹が、あれ、と呟いた。スカーフを結んだりほどいたりしながら、紗雪がなんだか落ち着かない。元から小さい彼女が、更に小さく見えた。
「どうしたの、紗雪」
「また具合でも悪いのか」
二人揃って紗雪の元へ行くと、彼女が少し迷ったように、それでも覚悟を決めて顔を上げた。
「…がっこ…行きたくないな…」
しばしの沈黙の後、夏樹と美桜が顔を青くさせ、紗雪に詰め寄った。
「い、いじめられてるの!?どこのどいつよ、私が倒してやる!」
「止めろ、今時のいじめは厄介な上に陰湿だ!僕が法的処置を取ってやる!」
「兄ちゃんの方が恐いわ!」
ぎゃあぎゃあ盛り上がる兄姉を見ながら、紗雪が小さく首を横に振りながら、違うの、と呟いた。
「告白、されたの」
「何!?どこの馬の骨だ!」
「兄ちゃん、兄ちゃんじゃなくて父ちゃんになってる…で?どうしたの?受けたいの?断りたいの?」
「付き合うとかは…よく分からないし、断りたいんだけど…誰か選んでくれって…」
話しづらそうに、言いづらそうに、小声で話す紗雪の言葉を懸命にくみ取りながら、ちょっと待て、と夏樹が思わず手をかざして話を止めた。
「複数なのか」
「うん、三人」
「「三人!?」」
はもった、今時恋愛漫画だってそんなにいっぺんにはもてない。言葉がない2人の前で、紗雪が髪とペンを取り出し、律儀に、何か書き始めた。可愛らしいフォルムではあるが、3人の個性的な男達が書かれていた。
「最初にね、この人が告白してきたの」
この人、と指さしたのは、眼鏡をかけたふくよかな男子。
「そしたら、返事はいつでもいいから、って言われた後に、今度はこの人が、僕も好きだって」
この人、と指さしたのは、これでもかとイケメンな男子、何かキラキラしている。
「そしたら、別のところから、いや俺も、って」
この人、と指さしたのは、これまたこてこてのヤンキー。
「3人で喧嘩し始めちゃって…眼鏡の子が怪我までして…私がもう止めてって言ったら、誰か選んでって…もう私、どうしたらいいのか…」
漫画みたいな話もあるものだが、紗雪にとっては大問題なんだろう。自慢にもならないが、産まれてこのかた告白されたことがない夏樹には想像しづらい展開ではあるが、多いに面倒事なくらいは分かる。少し考えた夏樹は、学校についていこうと提案しかけたところ、美桜が立ち上がった。
「納得がいかない」
「そうだな、美桜ちゃんの言う通りだぞ紗雪ちゃん」
「…何で…私なんて1回も告白されてないのに!」
「えー!?」
そっちか、思わず大声で突っ込んでしまった夏樹の前で、美桜は割と本気でショックだったらしく、見間違いでなければ泣いてしまいそうだ。
「何で!?私も可愛いのに!私も可愛いよね、兄ちゃん!」
「うんって言えるか、僕はどんだけ兄馬鹿なんだ!」
「何で私は告白されないの!?私のがおっぱいでかいじゃん!」
「女子がおっぱいって言うな!そりゃお前…」
美桜と紗雪を並べて見る。捏造妹でなければ、ひっくり返ったってお近づきになれなかったであろう美少女2人だが、2人の違いは歴然だった。
「そりゃ胸がでかい小さいで判断するような奴もいるだろうけど、お前、強そうだろ、つうか実際強いだろ。乱暴だしでかいし。好みはあるだろうけど、基本、男は守ってやりたくなるような子がいいんだよ。ちっちゃくて大人しくて。お前、地球最後の日になっても生きてそうだろ」
「私はゴキブリか!何よ、紗雪だって、こんな可愛い顔して無言でゴキブリ潰しちゃうのに」
「…私…胸、小さい?」
自分の胸元を触りながらうつむく紗雪を見て、夏樹が自覚するくらい赤くなった。
「気にするな!お兄ちゃんは小さい子も好きだぞ!」
「ほんと?」
「紗雪、喜ばないでー。も、って言ったぞー。おっぱいなら何でもいいんだぞー」
「…あ、学校」
「「あ!!」」
大騒ぎしているうちに結局なし崩しになり、登校時間、時間切れ。大丈夫だから、ありがとうと見送ってくれる紗雪に後ろ髪を引かれながら、学校へと急いだ。
そして授業が一段落して、昼休み、そろそろと学校を抜け出す夏樹の肩をぽん、と誰かが叩いた。教師かと思って慌てて振り返ると、にこっと笑った美桜だった。
「脅かすなよ」
「妹のナイトなら、付き合うよ兄ちゃん」
「悪いな」
「やさしーんだから」
「五月蠅いな」
兄妹の関係性、距離感は相変わらず分かるわけがないが、それでも、踏み込みすぎなのは分かっていた。それでももう落ち着いて授業なんて聞いてられる段ではなかった。
「私の部屋調べたって、何もないわよ」
「…は?」
「捏造兄妹のカラクリのかの字も出てこないわよ」
いつもは妹をやってくれているから、急にこうして事務的な目になられると、恐いというより急激に寂しくなってしまう自分はもう、大概かもしれない。大概だからこそ、こうして、情けない顔で笑える。
「妹の下着チェックしようと思っただけだ」
「兄ちゃん、どういうのが好きなの」
「国家機密だ…お前こそどうしたんだよ。兄ちゃん、兄ちゃんって。おはどうした、おは!」
「可愛い子ぶるの面倒になってきちゃって…本当は兄貴って呼びたいんだけど」
「却下!!」
捏造の記憶内では知らないが、こうして紗雪の中学に来るのは始めてだ。夏樹が通っていた中学とは違うが、なんてことない普通の中学校。しかし今は何だか、異常にでかく、空は晴れ渡っているのに曇っているような気さえした。
「よし、入るぞ」
「うっす!」
告白の定番は体育館裏、まさかそこまでこてこてではないだろうと思っていたが、本当にこてこてだった。紗雪の向かいに立つのは個性的な3人の男達。彼女が今日描いてくれた似顔絵があまりにも忠実だったことが今分かり、見つけるなり笑ってしまいそうになった。
「静かに」
「お前も」
笑いながら、肘を付き合って、少し冷静になって、咳払い、じっと様子をうかがう。眼鏡はわざとらしく包帯はしているが、どう見て見大げさだ、手の動きも不自然だ。あの怪我は少なくても紗雪が落ち込むようなものじゃないな。
「紗雪さん、一緒に病院に行ってくれる?そこでついでに話でも」
「おい、抜け駆けすんなよ」
そう言ってすっと出て来たのはイケメン、本当にイケメンといえばイケメンだが、なんというか-
(胡散臭い)
美桜が小声で呟いてくれて、そうそれだ、と夏樹も頷いた。なんだろう、上手く表現出来ないが、これでもかと信用感がないイケメンだ。
「僕、卒業したら芸能界デビューが決まってるんだ。芸能人の彼氏なんて良くない?」
良くない良くない、夏樹が高速で首を横に振ると、横の美桜がげんなりとため息をついていた。どう思う、と小声で問うと、ありえない、と呟き返してきた。
(確かに綺麗な顔してるけど好感度ないし、第一、ほんとにデビュー決まってるんだったら、私が社長だったら絶対恋人なんて作らせない)
なるほど、もっともだ。こいつ年齢まで捏造してるんじゃないだろうな-要らん疑惑まで出て来てが、今はそんな場合ではない。
「どけえ!」
地響きが鳴った瞬間、出て来たのはヤンキーだった。紗雪が描いた似顔絵よりずっと恐い。ずん、と彼を中心に風が吹いている気がした。
「紗雪、俺の女になれ」
もういい加減いいかな、夏樹が出ようか出まいか落ち着けないでいると、紗雪がきっと3人へ顔を向けた。
「ごめんなさい、私、好きな人がいるんです」
「は」
「え、誰!?」
意外な展開だ、悪いと思いつつ体を前のめりにしてしまうと、めざとくヤンキーが夏樹たちを発見した。
「誰や!?」
見つかった、こういうとき年を重ねることを偉ぶりたくないなと思いつつ、結局そうなってしまう自分に嫌気が差す。中学生のヤンキーはいくら迫力があろうと、そう恐くなかった。
どうもどうも、と苦笑いしながら姿勢を正すと、紗雪が夏樹の腕にしがみついてきた。
「こ、この人とお付き合いしてるんです」
「え!?」
「「「え!?」」」
誰より先に驚いてしまったのは夏樹だが、その背中を怒るように美桜が叩いてきた。ちゃんと演じろ、とでも言いたいんだろうが、嘘も下手な僕にそれを強要するか-
ともあれ。
紗雪に頼られたら格好つけないわけにはいかない、かといって下手な嘘をつく自信もない。夏樹が紗雪の手をしっかり握って、何度も高速で首を縦に振り続けると、イケメンが鼻で笑った。
「ふん、信じられないな」
「本当、です」
「じゃあキスしてみろ」
「はあ!?」
これには夏樹も驚いた。自分も中学生だったから気持ちは分からんでもないが、中学生はほんとに馬鹿だ。自分だってそれの延長のようなものだが。
ほらしろ、出来ないのか、とガキ全開でなじられはやされ、夏樹がパンクしそうになっていると、紗雪が顔を真っ赤にさせながら、ずいっと背伸びをした。
「ちょ、さ、紗雪ちゃん!?紗雪ちゃ-」
「あはははは!あーーもう駄目!お腹痛い!」
「笑いすぎだよ、お前は」
「だってさあ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
「いいよ」
わしゃわしゃと紗雪の頭を撫でると、紗雪は照れたように少し笑った。
結局。驚いた夏樹がのけぞった為、紗雪の唇は夏樹の鼻に当たり、そのままバランスを崩し、夏樹は頭から地面に倒れ、動くなくなってしまった。パニックになった眼鏡が救急車を呼んだが、夏樹は大きなたんこぶが出来ただけ、3人は泣きそうに謝り続け、怒るに怒れなかった。
もう紗雪に近づくことはないだろう、一件落着だ。紗雪が風呂へと向かい2人だけになると、美桜が夏樹のすぐ隣に座ってきた。
「おしかったね」
「何がだよ。捏造妹とキスなんて笑えないぞ」
「でも、したかったでしょ?」
「あのなあ」
言えない。
ぜったい、口が裂けても、腸が裂けても言えない。
朝、トイレの中で、女の子同士のいやんな画像を検索してしまったなんて、死んでも言えない!!!
妹2人がキスした方が興奮できそう、完全に駄目な青春を送りそうな夏樹はもろもろ諦めてソファへと身を投げた。
もう、構わないだろう、神様よ。異質な興奮をするくらい。元々からして、おかしいのだから。