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妹コン!  作者: 大和伊織
3/13

妹が風邪引きました


 ずっと一人っ子だった僕、夏樹の元にいきなり妹が、おまけに2人もいることになって、周り全部そう信じ込んでいて、まともなのは僕の頭だけで、その理由も事情も目的も何一つ分からないまま、ヘタレな僕は、今日もこうして、妹たちとドキドキライフを送っているわけです。

 何、この悲しい箇条書き。


 「お兄ちゃん!早く学校行かないと遅れるよ!」

 捏造長女・美桜。

 「はいはい、今、行きますよ」

 何だか自分の存在も自信がなくなってきた僕・夏樹。長男。

 「いってらっしゃい…」

 捏造次女・紗雪。

 今日も今日とて、平面上は平和だ。



 「今日はそんなに寒くないね」

 「だな」

 夢の中で妹たちにファイト一発かましたことなど何もなかったかのように、自分でも驚くほど兄をやれている、と夏樹は自負している。捏造妹ということを美桜から告白されてから、仕事、とは違うかもしれないが、妙な話、割り切ることに成功したのだ。

 「…美桜ちゃん。何か顔色悪くないか?」

 「え、そ、そう?気のせいじゃない?ほら、早く行こう」

 「ああ」

 言及はしないが、美桜の様子が違うことくらいは気づくことが出来た。あと嘘がものすごい下手なのにも気づいていた。一緒に暮らしているときの相手情報習得スキルは自慢出来るかもしれない。他言は出来そうにないけど。



 で、というのも変な話だが。

 「おーい元気か?」

 「兄ちゃんのタマ潰せるくらいなら元気…」

 「それはそれは」

 良かった。良くないけど。


 昼休みになり、夏樹が保健室に呼び出された先は保健室、何事かと思ったら、美桜が高熱で倒れたというのだ。すごい真っ赤な顔に汗、荒い呼吸、さすがに額に触れる勇気はないが、なるほど、熱が高いのはすぐに分かった。

 「今日は早退するようにってさ」

 「そりゃ…こんな熱で…勉強しろって馬鹿はいないでしょ…」

 「僕も送り届けていいって。両親がいないこと知ってるみたいだ」

 「いいよ、お兄ちゃんは勉強してなよ」

 「いやむしろ、ありがたいんだけど。五時間目の数学、宿題やってないし」

 半分、ほんと。半分、嘘。数学は苦手で出来ればあまりやりたくなくて、宿題は睡眠時間を削ってまで、何とか、怒られない程度には仕上げたつもりだ。

 美桜はしばらくうなりながら、覚悟を決めたように、のろのろと起き上がった。

 「タクシーでも呼んでくれるの」

 「そんなわけないだろ。僕が送るってば」

 「…そうでした」



 「お姫様抱っこかと思ったのに」

 「その格好で僕に帰れと」

 「百歩譲って、おんぶかと」

 「無理言うな」

 おんぶなんてしてみろ、ほら、いけないものが背中に当たるのが決定づかれてるじゃないか。僕の息子が大興奮、とても歩いて帰れるわけがない。

 お姫様抱っこなんて、まさかしようなんて思ってなかったが、ちょっと、いやかなり情けない話だが、持ち上げられる自信がない。僕が猛者になれるのはゲーム内だけだ。握力も筋力も美桜にも負けてそう。

 

 なので、チャリ。2人乗りチャリ。美桜がふらついて落ちないように、捕まっている。どっちにしても体が密着してしまっているが、集中して運転しているせいか、さすがの息子も大人しくしていた。時々元気になろうとも、自転車こいでいるせいか、あまり目立たない、と思う。


 「ごめん…」

 「いいよ、熱なら仕方がないって」

 「ごめん…なさい…先生…」

 そう言ったきり、美桜は眠ってしまったようだった。まさか、とは思いたくなかったが、美桜は泣いているようだった。熱にうなされ、夢を見ているのかもしれないけど。


 そういえば、と今更思い出す。昨日何だか夜遅くまでごそごそやっていた。誰かに、ずっと電話している。


 僕にしては、珍しいくらい、天啓のように、まさかの疑惑が訪れた。僕に捏造妹のことがばれたせいで、何者かに怒られてしまい、それで知恵熱を出してしまったのではないだろうか。

 先生。どこで、どんな権力があり、どんな力を持ってるやつだろう。とりあえず、何だかよく分からない相手ではあるが、仮にXとして、申し訳ないくらいの勢いで嫌いになった。

 恋人にしないだけまだマシだったが、捏造妹にさせるなんて、一体どういう類の変態なんだ。おまけに僕の記憶は正常なまま、ある意味一番肝心な相手だ。


 もしかして、わざとだったりして-


 何の為に、1人でにっと笑いながら、夏樹は帰宅した。起こさないようにそっと運ぶ、なんて紳士的なことはまさか出来そうになかった為、美桜は起こした。



 風邪の看護は実に簡単だ、と夏樹は単純に思う。滋養のあるものを食べさせ、薬を飲み、ひたすら寝かせる。汗を拭いたり、着替えさせたりするイベントはエロゲーだけでいい。そんなもの正直、熱がちょっと引いてから自分でやってもそれほど治りに違いはない、と思う。

 「レトルトのおかゆ…」

 「文句言うな、僕が本気で作るより美味いぞ」

 全く、素晴らしい世の中だ。コンビニに行けば暖めるだけのおかゆがあり、ドラッグストアに行けば風邪薬も額を冷ますものがある。経験上病院の薬が一番効くことは分かっていたが、何となく、本当になんとなくだが、病院につれていけなかった。馬鹿みたな話だが、保険証を見せるのが恐かった。

 「お兄ちゃん?」

 家族だと認められるのが?

 「なんでもないよ」

 家族だと認められないのが?


 よく分からん、夏樹が美桜の額に冷えピタを張ってやると、彼女は冷たっ、と呟いて、へへっと笑った。



 よく寝ている、ほっと息を吐いた夏樹は部屋を出て、一階へ降りていった。なんだかんだで結構な時間が過ぎてしまった。もう日も沈み暗くなっている、電気をつけると、思わず軽く叫んだ。暗い部屋の中、隅っこで両膝を抱いているのは紗雪だった。

 「紗雪ちゃん!何してんの、電気もつけないで」

 すると紗雪は主人を待ち構えていた犬のように、しっかりと夏樹にしがみついた。いないのが不安だったんだろうか、連絡くらいしたら良かったな-


 「なっちゃん、何してたの」

 しかし、まあ。

 可愛いなあ、畜生!!


 「…なっちゃん?」

 いかんいかん、我に返った夏樹は紗雪に笑ってみせた。

 「美桜ちゃんが熱を出したんだ」

 「…みっちゃんが?」

 「うん、もうよく寝てるから。部屋に行くなよ。お前風邪引くから」 

 美桜がいないのが寂しいのか、紗雪はこくり、と小さく頷き、大人しく椅子に座ると本を読み始めた。寂しがっているせいか、その背中はいつもよりずっと小さく見えた。

 やばい、抱きしめたい。



 「美桜も食べないし、今日は簡単でいいよな」

 「うん」

 つってもいつも簡単だけど-夏樹は自分でつっこみながら、冷蔵庫を開けた。

 両親はいないし、夏樹もそこまで料理は出来ないし、姉妹2人に至っては悲しいほど論外だ。コンビニや弁当屋は意外と高い為、近くの総菜屋が半額になる時間を見計らって買いに行っていた。あと冷凍食品も重宝している。最近餃子が上手く焼けるのが地味に嬉しい。まさか自慢しないけど。


 「はい」

 「ありがとう」

 「…いただきます」

 「いただきます…」

 「…」

 「…」

 

 気まずい!!


 それほど暖房も効いてないはずなのに、夏樹は汗ばむ体を自覚していた。普段あれだけやかましい美桜の存在がこんなに重要度を占めているとは思ってもみなかった。

 何でこういうときに限って、面白いテレビ番組は一つもやってないんだろう。何か、会話、会話-


 「あ、さ、紗雪ちゃん。学校はどうだ。楽しいか」

 会話に困ったお父さんか、僕は。

 紗雪は箸を置き、ちゃんと飲み込み終わったあと、しっかりとこっちを見た。

 「楽しい」

 「そうか、それは良かった」

 「けど、なっちゃんたちといる方が楽しい」


 やばい、餃子ごとチュウしたい。

 

 いかんいかんいかん、夏樹は無駄に笑ってごまかした。

 捏造妹と分かり割り切っている美桜と違って、紗雪もまた記憶を入れ替えられているらしい。彼女は演技ではなく、本当に自分を兄と慕ってくれているのだ。夢のように、甘えん坊さんに。

 これは夏樹にとって地味に困った。演技の美桜でさえドキドキしているのに、純粋な気持ちで無表情ながらも愛を与えまくってくれている紗雪には、また違うドキドキが産まれてしまっていた。

 要は、意識してしまうのだ。美桜とはまた別に。


 その夜は、夏樹は眠れたもんじゃなかった。それから場を繋ぐ紗雪への滑る話のオンパレード、風呂に入るときも、紗雪が風呂に入っているときもドキドキして、生きた心地がしなかった。

 後悔、意識、それから、あと、何だ、ああもういい加減寝ないと。

 布団の中でもそもそしながら何度も寝返りを打っていると、ノックが聞こえた。

 「なっちゃん」

 紗雪の声-夏樹は咄嗟に返事が出来なかった。

 「一緒に寝てもいい?」

 「勘弁して下さい!!」

 思わず敬語で返事して、夏樹は布団の中にもぐりこんだ。その後、どうやって寝たかよく覚えていない。



 その、おかげか、何か、知りませんが。


 「…何度?」

 「39度」

 「高っ!!」

 もののみごとに美桜から熱をもらい、ひっくり返るしかない夏樹を、彼女はげらげら笑いながら見下ろした。

 「お兄ちゃん、今日は私が看病してあげるからね」

 「いいって、学校行けよ」

 僕は今までずっと1人だったんだから、言おうとした言葉を、慌てて咳で飲み込んだ。

 「遠慮すんなよ。紗雪、あんたは学校いっといで。受験生だし、私一人で平気だから」

 「…分かった。いってきます」

 いってらっしゃい、の言葉は咳と供に消え、紗雪が泣きそうになっていることなど、夏樹は気づきもしなかった。


 「ナースの格好でもしてあげようかお兄ちゃん」

 「結構です」

 「…ありがとね」

 呟く美桜の声が、いつもの三倍くらい可愛くて、もう、別の熱が上がって、上がって、熱の完治は通そうだった。



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