また妹が出来ました
聞きたいことはそりゃたくさんあったが、紗雪のピンチならそれは走るしかない。美桜に連れられ走った先は、壁だらけで中が全く見えない、要塞のような豪邸だった。
「本当にこんなところに、紗雪ちゃんがいるのか?こんなに金持ちなら、女なんていくらでも」
「だからだよ。私たちみたいに、おもちゃにしやすいものは喜んで買う」
「それは、どういう―」
おもむろに美桜に肩車される。こういうときは男は下になるものだが、美桜は男前だった。情けなくもそのまま上がると、塀はとても超えられそうになかったが、中の様子は見えた。見てはいけないものが見えた。
たくさんのうすら笑いするおっさんたちの中で、裸体で立ちつくす紗雪を。
それからは早かった。夏樹と美桜は屋敷へ潜入し、紗雪を奪還した。といえば格好いいが、夏樹はほとんど何もせず、紗雪をかばうだけで精一杯だった。美桜がほとんどやってくれた。お互い酷い怪我、力なく笑う。そして笑い終わった後、夏樹は泣きながら壁を殴った。
「なんなんだよ!こんなの…なんなんだよ!おかしいだろ!?」
「そうだね」
「そうだねじゃない、こんなの…こんなの…っ」
「よう、お兄ちゃん。イケメンになったなあ」
言葉にならない夏樹と、向かいで泣くしかない美桜は顔を上げて驚いた。向こうからやってきたのは、『先生』だった。夏樹の上着と布で裸体を隠し、ぐったりと眠っている彼女の頭を先生がそっと撫でるが夏樹が抱き戻した。
「紗雪ちゃんに触るな!ぶん殴るぞ!」
「止めて兄ちゃん!先生は何も」
「いいって、美桜。そうだな…もう限界だな。あんたは何回やっても記憶置換出来なかったし…美桜と似たような体質か。あんたらマジで遠い親戚じゃねえのか?」
睨む夏樹、必死で背中から抱きしめる美桜、二人を見て先生は降参するように両腕を上げた。
「来いよ、青少年。男同士で話ししようぜ」
適当に服を買って、紗雪と美桜は家へと帰した。かなり不安だったが、二人を見るなり両親の記憶はまた書き換えられたらしく、彼女たちは暖かく迎えられていた。それは微笑ましいようで、軽く恐怖な様子。
夏樹はその様子を見送ると、先生と供に近くの喫茶店に入った。どこまでも余裕そうな大人な雰囲気が相変わらず気に入らないが、前と比べて明らかに疲労の様子が見えた。
「…俺の父親な。奴隷商人やってたんだ」
「………は」
それは、さんざん殴られたり蹴られたりしてた頭では、理解不可能な話だった。いや、通常の頭でも難しかっただろう。
「そんなもの…」
「現代日本じゃ、ありえないって?どうして、そう言い切れる。お前は国内中見れるのか?」
「それは」
力なく、返す言葉がない。テレビで流れるニュースは良くも悪くも他人事、自分は自分の目に映るものだけ大事に生きて、隣に誰が住んでるか分からないくらい自分の世界が狭すぎる。
「俺も、オヤジが死ぬまで知らなかったよ。母親は知らない。遺されたのは、大量の奴隷と鼻くそみたいな遺産と出来のよすぎる秘書。もちろん俺は奴隷なんて趣味じゃない。全員施設に預けてやろうかと思ったが、数が多すぎた。とても面倒みきれないが、まさか捨てても夢見が悪い。そこで秘書がすげえこと言ってきたんだ。『家族』にしたらどうかって」
ぶわ、と、見てもないのに、たくさんの小さな笑顔が彼の後ろに見えた。
「皮肉なもんだ、少子化未婚率倍増言われて…実際子供産みたいのに産めない、結婚したいのに出来ない奴なんて五万といる。そんな奴らの記憶をちょっといじって、家族にする。当然、子供たちも混乱するから子供たちもだ。もちろん、金はもらう。こっちも空気を食って生きるわけにはいかない。するとどうだ、大当たりだ。あっという間に俺たちは大きくなったよ。もちろん身元がばれないように、宗教、団体、施設、あれこれ名前を変えてきたがな」
その宗教のときに、夏樹の母親が出会ったのだろうと思い当たった。なるほど、彼は悪い人ではない。美桜たちにとっては恩人だろう。でも、だから、だからって―
「じゃあ、どうして家族を止めさせるんだ」
「商品を一人占めされては困るからだ。こちらには、まだ商品になりきれない乳くせえガキを何人抱えてると思ってるんだ」
「商品だ!?」
「おお、怒るのか。じゃあ、お前、考えてくれ。おまえに、俺の『子供たち』が全員救えるのか?全員幸せに出来るのか?調査して安心した顧客が今日みたいな変態じゃないかどうかなんて、お前、どうやって調べてくれるんだ」
「それは」
無理だ、と、自分でも驚きの早さで諦めた。だって不可能だ。自分は学生だ、美桜と紗雪の二人だけでも両親の稼ぎがないと守りきれない。
「僕はひどい男だ…美桜ちゃんと紗雪ちゃんだけでも、僕が欲しい。僕の家族にしてほしい。お金は全然…そうだ。奨学金みたいに出来ないかな」
「奨学金だあ?」
先生がおかしそうに笑う。自分でもめちゃくちゃだと思ったが、それしか思いつかなかった。言葉が止まらなかった。
「今は学生だし、バイトしたって、大したことない。ちゃんと働き始めて少しずつ払っていって…二人、もらえないかな」
「…面白いこと言うな、お前」
「そ、そんで…僕だけじゃなくて。全ての子供たちに、その権利、もらえないだろうか。働きだして、お金返していくから、いつか自由にさせてほしいんだ」
先生は爆笑し始めた。夏樹はぐっと我慢して、彼が笑い止まるのを待った。信じたい。自分のエゴだけで彼女たちを引きとめてるのは重々承知だが、自分の家で笑っていた笑顔が全部ただの『置換』とは思いたくないから。
「ばーか。お前に言われるまでもねえよ。うちだって、いつまでも面倒見てる余裕なんてない。元から、成人した子供たちにはそうさせてる。好きでうちで『家族』として働いてる物好きもいるけどな」
「…な、なんだ。そうなのか」
「逆に言えばな。成人したら時間切れってことだぜ、お兄ちゃん。成人したら、あっさりさよならされるかもしれないのに、そんな奴らの為に、死ぬまで金払い続けるのか?」
「………っ、家族ってそういうもんだろ」
先生の爆笑は止まりそうになかった。
「…って、ことになったんだけど」
奨学金の話は情けなくて、あと米粒ほどの格好つけ精神で言わなかったが、結果報告をすると美桜はぶっさいくに泣いていて、夏樹たちのことを思い出した紗雪は拍手をしていた。
「すごい、面白いねお兄ちゃんの話。ドラマみたい」
「うんうん、紗雪ちゃんの可愛さもドラマ級だぞぉ」
「馬鹿…兄ちゃんの馬鹿!馬鹿!!」
「いたたた」
殴られるのも嬉しい、夏樹は少しだけ泣いてしまっている自分を無理やりごまかした。美桜は、取引したことを気付いたかもしれない。
「お兄ちゃん?それから、お話の続きないの?」
「ないよ。幸せな家族でハッピーエンドだ」
これからも家族でいてください、そう虫のような声で呟くと、夏樹は紗雪と美桜を抱きしめた。
その夜は何の日でもないのに夏樹のお願いにより、ごちそうだった。満腹も満腹、大満足で夏樹はベッドへ入った。届いた奨学金制度の金額を見て、苦笑する。これではほぼ払ってないのと変わらない。あの男は最初から妹二人を夏樹にくれるつもりだったのではないだろうか。まあ、金はきちんと払うけど。そしてあの男も受け取るだろうけど。
「兄ちゃん~」
「ん…うわああああああ!!?」
夏樹は飛び起きた。ベッドに侵入してきたのは、タオル一枚巻いた美桜だった。
「な、何してんだよ!お前、何してんだよ!」
「いや、お礼、これしか思いつかなくて。てへ☆」
「てへ、じゃない!そういうことから守るためにお前たちを引き取ったのに、僕はそういうことしたくてお前たちを引き取ったわけじゃ」
「…やっぱり私じゃ駄目?紗雪が好き?」
「なっ」
夏樹が首まで赤くなる。髪をおろし、布一枚だけの美桜がゆっくりと近づいてくる。
「私も兄ちゃんになら、あげてもいいんだけど」
「何をだ、何を!いいから早く部屋に戻りなさ」
「…お兄ちゃん?」
「-さっ!紗雪ちゃ、これは違…うわああああああああ!!!?」
夏樹はたまらず両目を塞いだ。今度は紗雪がタオルを一枚だけ巻いた状態で部屋へと入ってきた。
「紗雪ちゃん、服を着なさい!また風邪ひくぞ!」
「でも、紗雪、こうするんならお兄ちゃんがいい」
「全国中の兄が言われたい台詞を簡単に言うんじゃない!お前、お兄ちゃんが紳士じゃなかったらどうするつもりだったんだ!いいから早く服を」
「…兄ちゃん?」
ん、と夏樹がそろそろ手の間から様子を見ると、そのまま固まった。美桜は怒りのあまり髪がメデューサのようにうねっていて、おまけに変に笑っている。
「何、その反応の違い。やっぱり紗雪のが好きなんだ」
「ち、違!違うんだ、落ち着け!」
「これが落ち着いていられるか!」
「うわあああああ外れたタオル外れた!全部外れたよ、美桜ちゃん!」
「………ぐー。」
「紗雪ちゃん起きて!!!」
疲れた。全く寝た気がしない。
ふらふらしながら登校する夏樹の後ろから、美桜と紗雪が走ってついてくる。二人の手には、可愛らしい母からのお弁当。胸元には父からの防犯ブザー。疲れは少しは飛んだ。
「ねえ兄ちゃん」
「お兄ちゃん」
「何だよ」
「「どっちが好き??」」
可愛く首を傾げた二人の額を、夏樹が一緒にでこぴんした。
「両方!!」
こうして。
捏造妹たちは本当の家族になり、(主に自分から)妹たちを守る、騒がしく心臓が休まらずそれでいて暖かい日々がまた始まった。始まってくれた。
fin




