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妹コン!  作者: 大和伊織
10/13

妹は消えました



 数少ない夏樹の特技の一つ。髪を綺麗に切れる。正し、前髪に限る。


 「痒いとこはありませんかー?」

 「どこをかかせてあげようかなあ」

 「…っ、美桜ちゃん。俺が何もしないと思ってなめてるだろ」

 「ひょひょひょひょひょ」


 高3と高1と馬鹿な美容室ごっこしながら、夏樹は美桜の前髪を切ってやっていた。というのも、美桜がお金がもったいないからとおもむろに自分ではさみを取り出した。かなり鋭利なでかいはさみで。髪どころかまぶたも切り落としてしまいそうな捏造妹の怪力と不器用さを心配して、夏樹が髪を切ってやることを提案した。


 「はい、出来たよ」

 「…おお、綺麗になってる!すごいねお兄ちゃん!金取れるんじゃないない、50円くらい!」

 「安っ!」

 「…お兄ちゃん」


 おっと、ハサミを落としそうになる。捏造妹その2が夏樹の服を引っ張ってくる。でっかい目が下から覗いてきて、動揺した。この妹は上目遣い選手権で世界取れる。


 「どうしたんだ、紗雪ちゃん」

 「私の髪も切って」

 「え、でも、そこまで伸びてないだろ」

 「お兄ちゃんに切ってほしい」

 「そうかそうか」

 「兄ちゃん、鼻の下伸びてる」


 伸びる伸びる、鼻の下どころか全身伸びそうだ。可愛すぎる、絶対嫁にやらねえ。

 夏樹が促して紗雪が席に座ると、彼女が両目を閉じた。当然髪を切ってもらう為だ。分かってはいる、分かってはいるがキス待ち顔に見えてしまう。美桜はおもしろがって目を開けたり閉じたりしていたから、また新鮮さと緊張が違う。


 「…?お兄ちゃん?」

 「ちょっと待て紗雪ちゃん、今、落ち着くから!」

 「紗雪逃げて、その美容師変態だ」



 やっと終わった、夏樹が終わったことを告げると、鏡を見た紗雪が無表情がちながらもキラキラした顔で喜んでいた。


 「すごい、お兄ちゃん!ほんとに上手だね」

 「へへ、だろー?」

 「うん、可愛い可愛い。けど紗雪珍しいね、いつもギリギリまで伸ばしてるのに」

 「うん…お友達に誘ってもらったから」

 「へえ、いいじゃん。どこに行くの?」

 「合コンだって」


 そのとき、世界が止まった。夏樹はものすごくありえない角度で首を回し始め、美桜は顔の骨が変形するんじゃないかと心配するくらい口を大きく開けていた。


 「合コンってどこだろう。お兄ちゃん、知ってる?」

 「けけけけけけ剣を持てぇえええええええええええ」

 「兄ちゃん落ち着け!紗雪、押さえて!!」



 「いいか紗雪ちゃん!合コンなんて行ったら拉致られるか誘拐されるかDEADオアDEADだ!」

 「兄ちゃん、ちょっと黙って。紗雪、分かった?」

 「うん、大体分かった…」


 美桜から『はじめての合コン講座』のようなものをイラスト付きで長々と聞いていた紗雪は、イラストを見て、不安気にため息をついた。


 「どうしよう…よく知らないのに、人数足らないらしくて困ってたから、行くって言っちゃった…」

 「今からでも断りなさい!言えないなら、お兄ちゃんが電話してあげるから!!」

 「兄ちゃん落ち着け…うーん、来るの中学生だけか…なら大したことないだろうし…集まるのもカラオケBOXだし…そんなに危険なさそうかな。うん、行ってくれば?友達と約束しちゃったんでしょ」

 「駄目だ駄目だ!駄目に決まってるだろ!」

 「兄ちゃん!」


 ずい、っと美桜に近づかれ、夏樹がちょっと怯んだように眉を潜めた。


 「女子の薄っぺらい友情を舐めてはいけないよ。紗雪可愛いでしょ、大人しいし。絶対まともな友達少ないって。合コン誘ったのも、絶対相手方に紗雪目当ての男子がいるからであって」

 「だったら余計行かせられるか!」

 「兄ちゃん!話は最後まで聞く!断った程度で友情壊れるよ!あっさりはぶられるよ!最悪いじめられるよ!受験生だからストレス堪ってるよ!そもそも合コンなんかすんなって話だけど!!それに」


 おっと、美桜は口をつぐむ。これ以上はさすがに言うべきではない。説得としては弱いと思っていたが、さすがにいじめられるのは嫌なのか、夏樹はどうにか折れたようだ。


 「紗雪ちゃん、何かあったら絶対迎えに行くからな!もちろん帰りも迎えも!」

 「うん………」

 「ど、どうした?やっぱり行きたくないか?」

 「ううん…お友達の誘いだし、頑張って行くから…けど、知らない男の人ばかりだから不安だなって…そうだ、お兄ちゃん一緒だったらいいのにな…」


 そ、と美桜が席を外す。そのことを気づかないくらい2人は目の前の相手に集中している。夏樹は紗雪を心配しすぎて目が潤み、そしてその向かいにいる紗雪と目と表情は、全て物語っていた。

 

 「お兄ちゃん混じれないかな。合コンってどれくらい来るのかな」

 「いやいや、混ざれるわけないって。どんだけ人くんのよ」


 思わず突っ込んだ美桜は、慌てて別室へ移動した。そして急ぎ連絡を取ると、用意していたのではないかと思うくらいの速さで返事が返ってきた。常に監視カメラでもついているのではないかと本気で思う。紗雪の様子をメールで送ると、また返事が返ってくる。後ろに気配を感じるが、慌てて隠したりはしない。さすがに捏造兄の気配くらい分かるようになった。


 「普通、年頃の妹の携帯後ろから覗いたら絶交もんだよ兄ちゃん」

 「お前は大丈夫だよ。ブラコンだから。愛してるぜ」

 「残念だね、私もだよ」

 「じゃあ、愛ついでに」


 ぐ、と、力強く夏樹が美桜の首根っこを掴む。笑顔だがものすごく怒っていることが分かる。兄の自覚が出来てきている、嫌な感じに加速して。


 「何があったか教えてくれるかな?この家の中で連絡してたってことは僕にばれるってこと想定済みだよな?しゃべってくれるよな?ていうかしゃべるよな」

 「兄ちゃん兄ちゃん怖い怖い!ガチシスコンほんき怖い!!」



 「というわけで。どう考えても紗雪は貴方に惚れてます。1人の男として」

 

 一瞬耳まで赤くなったが、夏樹はすぐに冷静さを取り戻して、美桜の話の続きを聞こうとしていた。この男、本当に成長していっている。まさかの両思いかー いや、今は、捏造妹として妬んでる場合ではない。


 「私たちは、あくまで妹でなければならない。あの鈍さの固まりのような紗雪でも、兄弟を越えた恋心を自覚する日も近いでしょ。そしたらあの子は照れる、意識する。それでも兄ちゃんの側にいる。兄ちゃん大好きだからね。そうして毎日毎日ラブビーム出されてたらさすがに自覚する。兄ちゃんは拒まない。精神的に応える。そしたらもう兄妹じゃなくなる。私たちが妹じゃなくなる」

 「そしたら出張妹じゃなくなるってことか。お前達が僕の前から消えるのか?」

 「そう。私は、私たちは、まだここにいなければならない」

 「そういう仕事だからか?」

 「私がまだ側にいたいから」


 そう言ってやると、夏樹は今度こそ耳まで赤くなり、美桜は見えないようにガッツポーズした。捏造妹に譲ってやるわけにはいかないからな、内心でほくそ笑む。

 

 「で、僕はどうしたらいい。とりあえず髪の毛全部鼻毛に移植して幻滅させたらいいか」

 「どんだけ妹からの恋心に自信があるのよ。まあ、それも見て見たいけど、そうだなあ、とりあえず-」


 こうやって、ずっと、馬鹿話出来ると、甘い夢を見ていたのはお互い様だった。


 コマ送りのようだった。紗雪が倒れ、そして美桜が倒れ、見たことのない男達がどこからともなく現れ、まるで『回収』するかのように、2人を攫っていった。夏樹は体どころか指先一つ動かせず、そしていくらか時が経ち、扉が開いた。帰ってきた、帰ってきてくれた、震えるような笑顔で迎えると。

 

 「あら夏樹」

 「ただいま」

 

 見慣れたような、見飽きたような、随分久しぶりのような、両親の顔があった。部屋はまた1人部屋に戻り、携帯の履歴から妹たちの着信は全て消え、画像は消え、捏造家族はあっという間に終わった。



 平和な両親、平和な朝、何も、何も変わらない日常。父がいて、母がいて、自分がいる。そうだ、これが当たり前だったんだ。当たり前だったのに。


 「…え、やだ、ちょっと夏樹どうしたの?」

 「わさびがきつかったか?」

 

 どうして、僕の記憶はそのままなんだ。『先生』。こんなに彼女たちが愛しい僕は放置かよ。



 いくらか泣いた後は、ただ、恥ずかしかった。高3にもなって、両親の前でガチ泣きは恥ずかしい。どう考えてもわさびで泣いた泣き方ではないことくらいは察してくれたらしく、かといって受験がない息子が受験ノイローゼというわけでもなく、かといって理由を聞くのは思春期だからあんまりだろうという親の感情の流れが、なんというか態度に表れすぎていた。


 「も、もう大丈夫」

 「ほんとに大丈夫か」

 「うん、ほんと、平気だから」

 

 しかし情けないことに反抗期もろくろく経験したことないのだ、これだけいきなり、何の前触れもなく爆泣きしたら、普通は何かあったと思うだろう。何か、何か答えなくては、焦った結果、言ってはいけない言葉を言った気がした。


 「実はさ…妹がいた夢を見たんだ。すげえリアルでさ。でもいなくなっちゃったんだ。別れが悲しくて悲しくて」


 あ、明かに地雷を踏んだ、と夏樹はすぐに分かった。しかしだからといって、世間話程度だ、場を和ますつもりで言った言葉だ、訂正する言葉も、詫びるきっかけも生じさせられない。夏樹がもう部屋に戻ってしまおうかと思っている間に、肩を叩いてきたのは父親だった。


 「疲れてるんだよ。よし、お父さんがアイス買ってやろう」

 「…は」

 「…っ、あんまり甘やかさないでよ」


 明かにほっとした風の母親、普段絶対こんなこと言わない父親。しかし夏樹は、なぜか導かれるように父親についていった。そしてその背中を見て、改めて思った。


 「何が食べたいんだ、お前」

 「ハーゲン」

 「馬鹿か」


 この人は、恥ずかしいほど妻を、そして自分を、愛してくれていると。


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